「じゅーきゅー…、にじゅー…、ペースが落ちてきてるぞ!!」
「ぐぐっ……くっ……」
ヤムチャのかけ声と、マーリンの苦しげな息遣いだけが、他に誰もいない荒野に響く。
男の指示通りにうつぶせになり、腕を曲げては伸ばして、身体を起こす度に、少女の細い両腕がぶるぶると震える。今の今まで、ここまで肉体のみを酷使した事など無く、また必要も無かったマーリンにとって、これはまさに苦行、荒行だった。
「く……ぅっっ……!!」
あまりの負荷に、無意識の内にエネルギーが少女の身体の内側からじわりと湧き出す。すっ、と身体が軽くなるが、それを目ざとく感知したヤムチャの叱咤が飛ぶ。
「気は使うなって言っただろ! 筋力だけでやるんだ!!」
「…はぁ…はぁ……、はぁ……っ…はあ……ッッ…」
たっぷり一時間以上が過ぎたものの、どうにかこうにかマーリンは、ヤムチャが課した腕立て100回を筋力のみでやり終えた。が、少女はそのまま地面にべちゃっと倒れこんでしまった。
もはや身体を起こす事も出来ないほどに、その腕は限界を超えて酷使され、疲弊していた。
「ん。じゃあ、しばらくしたら次は腹筋な」
しかし、その過酷を終えたばかりの少女に、知った事ではないとばかりにヤムチャが新たな命令を下す。近くの岩に足の先を引っ掛け、自ら手本を当たり前のように軽々とこなしてみせる。
「ほらほら、さっさとやらねぇと日が暮れちまうぞ」
無情に急かす男の態度に、マーリンはだんだんと怒りが込み上げてきた。ゆらり、と不意に、少女の周りの空気が不穏に揺らめいた。
「…いい加減にしろ…。…こんな訓練など…無意味だ…!」
修行をつけてもらえる、という男の約束につい舞い上がって、内容をちゃんと理解せずに同意したのは自分の落ち度であるとはいえ、これはあまりに意味不明で理不尽に過ぎる。そう少女は思い始めていた。
何とか身体を起こして、マーリンがヤムチャを睨みつける。しかし男はその視線と気をあっさりと流して言い放った。
「…何度も言わせるな。無意味かどうかはお前が決める事じゃない。お前は悟空を越えるんじゃなかったのか?」
「………っ…!」
「武術ってのはこういうもんなんだ。俺もあいつも、こうやって強くなったんだ」
「………く……ッッ……」
…その言葉に、マーリンはすんでのところで冷静さを取り戻した。そしていまだ納得はしていない、と言わんばかりの表情のままだったが、それでもヤムチャの指示に従い、言われた通りの体勢を取った。
「よし、じゃあこれも100回だ。いいか? いくぞ? いーち…にー…」
マーリンが顔を真っ赤にしながら必死に身体を起こし、そしてまた地面に背をつける。その横でヤムチャが静かに声をかける。
「いいか…? お前ははっきり言って身体と精神のバランスが…31…メチャクチャだ。心と肉体を一致させなければ、大きなパワーは出せっこない…32…」
そう言いながらも、ちゃんと数だけは数えながらヤムチャが続ける。
「…そのためにはまず、自分自身の身体を完全に把握する事が重要だ。身体の隅々にまで意識を張り巡らせ…33…精神と肉体を統一する。そうすれば力に振り回される事も無くなるし、逆におびえて力が出せなくなる事も無くなる…34…」
「ぐぅ……ッッ……!」
聞いている余裕など無さそうに、ひたすら荒い息を吐きながら、マーリンが課せられたものを黙々とこなす。しかし構わずに、さらにヤムチャが言葉を続ける。
「これは肉体の強化の鍛錬でもあるけど、自分の身体が本当に自分のものだって事を認識するためでもある。心だけでもダメ。身体だけでもダメ。ふたつが合わさってこその自分なんだ…35…」
「ふんぐっっくっ……くぅ……っ!」
「……苦しいか? でもその苦痛を無理にねじ伏せるんじゃない。受け入れ、心と身体を協調させて力を出せ」
淡々とヤムチャがアドバイスをする。しかし、到底それを聞く余裕など少女には無かった。ただ一刻も早く、『修行』を終わらせる事だけが、今の彼女の唯一の希望だった…。
そうして日が暮れる頃、何とか無事にマーリンの修行一日目が終了した。結局腹筋の後にも、背筋、スクワットなどのメニューを課され、最後は歩く事もままならない状態にまでなったが、ようやく修行から解放された少女がよたよたと覚束ない足取りで洞窟に帰り着いた。
「…思ったより頑張ったな。さすがにいい根性してるぜ」
先にさっさと帰っていたヤムチャが、そうねぎらいの言葉をかける。
「あぁ…言い忘れてたけど、今日からしばらくは気は使うなよ。当分は肉体の鍛錬に集中するからな」
ひざをがくがくと笑わせながら、無言でマーリンが頷く。そして、汗と埃にまみれたので、また風呂に行っていいかと尋ねる。
「いいけど……使っていいのは最低限の気だけだからな。言っとくが、バレないなんて考えない方がいいぞ…」
「……わ、…分かった…。いや、分かっている……」
男に釘を差され、渋々という風情で頷く。そしてふらふらとオアシスがある西の空に、マーリンが飛んでいった。それを見ながらヤムチャが独りごちる。
「やれやれ……。無事に帰ってこれるといいんだが…」
「……く……ッ? …ぐ…くく……?」
飛び始めてすぐに、マーリンは異変に気づいた。言われた通りに空を飛ぶのに最低限のパワーだけを維持しようとしているが、何度もバランスを崩して落ちそうになったのだ。
大きすぎては後でヤムチャに叱られるし、しかし少なすぎては墜落してしまう。身体の痛みも相まって、その丁度のところを維持するのが非常に難しいのだ。
まともに空も飛べなくなってしまった自分に、少女は頭がおかしくなりそうだった。
「…っくそ……。なんで…こんな事に…」
ぽつりと再び、少女は泣き言を漏らしたのだった。