そう言い放った男の顔は真剣なものだったが、声色はどこか少し嬉しそうでもあった。
……まさか自分がこのセリフを言う日が来るとは…と、どこか複雑な心境のまま、ヤムチャがじろりとマーリンを見やり、さらに言葉を続ける。
「……これは『組手』だって言っただろう。俺の方からも攻撃してくるって事を忘れてるんじゃないだろうな?」
そう言われ、起き上がったマーリンは、自分の足がびりびりと痺れている事に気づく。どうやら蹴りで足を払われたようだ…と理解したが、同時にその痛みが、彼女に更に重要なことを気づかせる。
確かに今日からは実戦形式だとヤムチャは言っていた。それはつまり、場合によっては命すら落としかねない、危険で過酷な訓練である事に、少女は今更ながら思い知った。
「く……ぐく…ッッ……!」
どうにか立ち上がったものの、時間が経つほどに少女のふくらはぎからの痛みは薄れるどころか増していくほどだった。たったの一撃で、立つ事もままならないほどのダメージだ。
だが、それでもなおマーリンは立ち続けた。
さっきの自分の考え……、『まずは一発入れる』は間違ってはいない。方針に
変更はない。そう信じ、少女は再びファイティングポーズを取り、ヤムチャに対峙する。
「…いいぞ。そうこなくっちゃな……」
マーリンの気概を称えるヤムチャ。そう言って男が初めて『構え』た。やや半身に腰を落とし、左腕を軽く伸ばす。まぎれもなく武道、武術の構えだ。
やがて、お互いに手を伸ばせば触れられる距離にまで二人が近づく。双方の間の空気が、陽炎のように揺らめく。そして。
シュバッッ!!
「………ッッ…!」
一瞬の間をおいて少女が消えた。いや、消えたようにすら思えるほどのスピードで動いたのだ。いかにヤムチャと言えど、肉眼では追い切れない速さだった。
しかし。
「…そこっ!!」
男が突然、何も無い空間に、ぶん、と腕を振った。
ガキィッッッ!
「…く…ぐっ…!」
しかし、何もないはずの空間は、実はそうではなかった。次の瞬間、その場所に消えたはずの少女が姿を現した。腕を十字にしながら、苦痛のうめき声を上げて。
…痛む足に喝を入れ、すさまじい速度でヤムチャの視界から消えたマーリンだったが、後ろに回りこんで一撃を加えようとした事を見切られたのだ。移動から攻撃に移ろうとした瞬間に、彼女が攻撃しようとしたポジションに腕を振り下ろされ、あわてて防御に切り替えたのだった。
「……なんてことだ……、くそ……」
ガードが間に合ったものの、数メートルはふっ飛ばされたマーリンが、毒づきながらどうにか体勢を立て直した。
…今のは確実にヤムチャには見えていなかったはずなのだ。見えていれば目で追うか、振り向くぐらいのことはしているはずだからだ。しかしヤムチャは気配だけで自分の攻撃をこうも正確に読んだのだ。
男の力と、『武術』というものの凄まじさをまざまざとマーリンは感じていた。そして強く、改めて思った。
…何としても、この力を手に入れたい……と。
そして同時に、それにしても…、とマーリンは思っていた。
先ほどの足への攻撃も、今の振り下ろした腕の攻撃にしても、少女の常識では考えられない威力だったのだ。今は自分の方が戦闘力は圧倒的に上にも関わらず、その差を無視しているかのような理不尽なダメージ。ガードした腕はまたしても痺れるほどの痛さだ。
とは言え組手の最中に、余計なことを考えていてはさっきの二の舞である。目の前の『戦い』に集中するべく、見様見真似の『構え』を取りながら、雑念を振り払う。が。
「ふふん…。何か気になってるみたいだな。言ってみな」
と、ふいに男が構えを解き、にやりと笑った。
「…む。いいのか?」
「あぁ。大体の予想はついてるけど、いいから言ってみな」
そうヤムチャに言われ、率直に先ほどからの『異常』をマーリンが訴える。
「…いいところに気がついたな。それで、お前自身はそれをどう考えてる?」
質問を質問で返され、少しかちんと来たマーリンだったが、ともかく頭をフル回転させ、何とか答えをひねり出す。
「おそらくだが……お前が戦闘力を変化させていないとするなら、攻撃の際の一瞬にパワー…気を、一点に…集中しているのではないのか…?」
ヒュウ、とヤムチャが口笛を鳴らす。
「なかなかいい答えだ。でも100点はやれないな。いいとこ50点って所か」
ヤムチャの評価にまたまたむっとするマーリン。当たらずとも遠からず、という結論に納得がいかないようだ。
「…どういうことだ…? それ以外にどういう理由があるというんだ?」
「ん……、お前の言うとおり、確かに俺は気を集中させてはいるけど、それだけじゃないのさ。俺はお前の気の弱いところを狙ってるんだ」
そうしてヤムチャが詳しく説明を始める。
まず前提として、どんな戦士も全身に気を張り巡らせ、敵からの攻撃の力を軽減している。これは地球の戦士も同じなのだ、と。
しかし全身をくまなく、隅々にまで完全に覆う事は難しい。マーリンはこの辺を経験やカンのような無意識で行っているので、気のガードの薄いところや、あるいは無い場所も存在するのだと。
つまり自分から見れば、そんなものは穴だらけのバリヤーみたいなものであって、薄い部分を狙えば、例え倍以上の戦闘力の差があっても、気を集中すれば有効打足りえるのだという。
「…ま、そう言う訳だ。要するにいわゆる『集中と選択』って奴だな。俺の『集中』は正解だったけど、お前自身の気のガードが甘くなってるところを狙う『選択』まで考えが及ばなかったッて事で50点」
「う……ぅぅ……、そうか…そういうことだったのか……」
ふぅぅぅ、と、マーリンが感心とも放心ともつかない大きなため息をつく。
さらにヤムチャが説明を続ける。
「お前は持ち前のパワーはすごいけど、てんで使い方がなってないんだ。…まぁ、我流じゃ仕方ないとは思うけどな…」
「……………」
「だからもっと効率のいい、有効な気の使い方をマスターする必要がある。とりあえず組手は一旦中止だ。昨日までの修行で覚えた身体の感覚を思い出して、しっかりと精神と肉体をバランスさせてみろ」
「…解った。やってみよう……」
男の指示通り、構えを解いたマーリンが、目を閉じて身体を意識する。
「……すぅ……はぁ……、すぅ…はぁぁ……」
目を閉じたまま深呼吸をしながら、爪の先まで意識を集中させ、そしてイメージする。自分の身体と、それを覆う力の脈動を感じながら、それらすべてを統一する事を。
わずかな間の後、少女の身体を覆う気が一瞬消えうせた。
「…ふ…ぅっッッ!!」
…ズオオォォォォッッ!!
しかし次の瞬間、完全に消えていた気が、再び激しく全身を覆う。
「ぉ…、…こ…こりゃすごいな……!」
さすがのヤムチャも、思わず呆気にとられていた。今、マーリンの身体を覆う気は、ほとんど隙なく全身を包んでいたのだ。
…あまりに『優秀』すぎる弟子の上達ぶりに、ほんの少しだけ嫉妬心を感じずにはいられないヤムチャだった…。