…結局、以前のように、また二人は同じ湯に浸かることとなった。ざぶんと首まで湯に浸かり、マーリンはうっとりとした表情を浮かべている。それに対してヤムチャはというと、相変わらず少女を直視しないよう、上を見たり横を見たりで実に落ち着き無くしていた。一方でそんなヤムチャの様子などお構いなしに、陶然とした表情でマーリンがつぶやく。
「…それにしてもこの星は…、この地球とやらは本当にいい星だな…」
「…そ…そうか? いや…、そう…かもな」
ヤムチャが少女の言葉を否定するような言葉を言いかけたが、言い終える前にすぐ口を閉じた。
マーリンのこれまでの人生はうかがい知れないが、こんな荒野での生活すら幸せを感じるなど、おおよそまともとは言い難い生活だったことは、ヤムチャにでも想像できたからだ。
…いったい、これまでどんな人生を、この少女は歩んできたのか。今までも気にならなかった訳ではないが、しかしヤムチャははっきりと聞くことは何となく気が引けて、避けていた。このマーリンという少女に、必要以上に深入りするべきではない、とも思っていたからだ。
…しかし、寝食をも共にしてきたこの2週間で、少しづつヤムチャの考えも変わっていった。
意を決して、男はそれを少女にぶつける。
「マーリン…お前、地球に来る前はどんな暮らしをしてたんだ? ずっとサイヤ人を追っかけてたって訳じゃないんだろ?」
マーリンは星から星へ略奪を繰り返して生きているような、無法者、ならず者どもとは明らかに違う。多少の価値観の違いはあれど、考え方や性格などは、むしろ『真面目』と言っても良いほどなのだ。
だから、ただサイヤ人を殺して回るだけが、彼女の全てだったとは考えにくい。何より生きていくには「カネ」が掛かるのがこの世の習わしだ。それは地球でも他の星でも同じだろう。ヤムチャの疑問はもっともだった。
少し真剣な表情になり、訥々とマーリンがそれに答えた。
「…わたしは…いわば傭兵だ。あちこちの星で戦争が起きる度、そこへ呼ばれたりして戦っていた。何度かフリーザ軍とも戦った事もある…」
「……へ…ぇ…」
おそらくはつい一月ほど前の事だろうに、まるで遠い記憶をたぐり寄せるようにマーリンが言葉を紡いでいく。
「本当に戦いだけの毎日だった…。…お前たちからすれば滑稽だろうが、それでもわたしの戦闘力は依頼人からすれば魅力だったのだろう。仕事が途切れる事はほとんど無かった。…無論、それだけの結果も残していたしな…」
言葉の最後にほんの一瞬だけ、マーリンは誇らしげな戦士の顔に戻っていた。
「…サイヤ人を倒すのは、その仕事と仕事の…わずかな合間だった…。…あるいは敵がサイヤ人だった事もある。名を騙っただけの、偽者だった事も多かったが…」
「…なるほどな…。…しかし…本当に場数だけは相当に踏んでるんだな…、お前…」
そう言いながら、ふいに何か、どこか違和感を感じつつ、ヤムチャは少女の言葉の先を待つ。
「まぁ、ソン・ゴクウがフリーザを倒してくれたせいで、フリーザ軍もすっかりガタガタだ。おかげでわたしもこうしてのんびり出来ると言うのは皮肉な話なんだが……ふふふっ」
そう言って、ぱしゃっとマーリンが楽しげに水音をたてる。漠然と覚えたさっきの違和感を頭の隅に追いやり、でもそれじゃ稼ぎが減って大変なんじゃないのか? などとヤムチャが軽口を飛ばす。オアシスには二人の笑い声がしばらく響いていた。
その後、いつものように二人は食料探しに向かった。相変わらずよく食べるマーリンも張り切ってそれに協力していた。まだまだ戦士の体というには程遠いものの、それでも以前よりは格段に体つきが良くなっていたのは、連日の修行だけではなく、この旺盛な食欲にも拠るのだろう。力強さを増しただけではなく、その身体はどことなくふっくらと、丸みを帯びつつもあった。
そして今回も何匹か魚を捕まえ、果物や草を適当に袋に詰め終えて、意気揚々と二人はオアシスを後にしたのだった。
ねぐらである洞窟に戻ると、取れたての果物をさっそく齧りながら、二人は取り留めのない話に花を咲かせる。修行のことから、どうでもいい下らないものまで、色々な事を話す。
それはとても平和な時間だった。マーリンもヤムチャも、ふと自分が何故ここにいるのか忘れてしまいそうな、そんな平和で安らかな時間だった。
「…それで、あの時の天津飯の顔と言ったら…もう傑作だったんだぜ?」
「ふふ…、そうか……」
ヤムチャの話をにこにこしながら少女は聞いている。内容はあまり関係なかった。ただ、ヤムチャの楽しそうな顔を見るだけで、それだけでマーリンも何故か楽しく、幸せな気持ちになったのだ。
「っと…、すっかり長話になっちまったな。それじゃ今日はそろそろ寝るか」
そう言ってごそごそと毛布に包まろうとするヤムチャだったが、ふと何かを思い出して立ち上がり、隅に置いてあった箱をかき回す。
「……?」
マーリンが何事かと思ってそれを見つめていると、やがて、何かを手に持ったヤムチャが戻ってきた。
「一応持って来ておいて良かったぜ。ほら、腕を出せよ。こいつはなかなかの効き目なんだ」
そう言って箱から取り出した、丸いケースを見せる。
「…? それは…何だ?」
再び地面に腰を下ろしたヤムチャと、その手の中のケースを見ながら少女が問う。
「こいつは打ち身とかによく効く塗り薬さ。仙豆とまではいかないが、それでも塗って一晩寝れば、たいていの打撲とかは直っちまう、天界特製のスーパー塗り薬ってとこだ」
そう言いながら男がくるくるとケースを開ける。と同時に、つん、とした匂いが少女の鼻を強くついた。
「…いや、わたしなら大丈夫だ。さっきの湯でずいぶんと回復した。だからそれは必要ない…」
顔をしかめながら、やんわりとそれをマーリンが拒否する。ヤムチャの言葉を疑うわけではないが、せっかく湯に浸かってキレイになった身体に、あからさまに異臭を放つそんなものを塗りたくるのは遠慮したいと思うマーリンだった。思わず両腕を後ろで組んでしまうほどに。
が、意に介さず、ヤムチャがなおも腕を出すことを要求する。
「だめだ。そのまま放置して、明日の修行に影響が出ても困るのはお前なんだぞ? ぐだぐだ言ってないでさっさと出せ」
「…し、しかしだな……、うぅ………」
ちなみにですが、「あの時の天津飯の顔」とは、界王星でのダジャレの試験の時のことです。