「そんな…まさか……」
唖然とした表情を浮かべたまま、男が絶句する。ヤムチャがにわかに信じられなかったのも無理はない。だが、マーリンの身体の気の流れを探ってみれば、そうとしか考えられないのだ
「…お…、おまえ…、…いつの間に界王拳を……」
ヤムチャはこれまで、自分が使う事はあっても、界王拳を少女に教えた事など無かった。もちろんいずれは教えるつもりではあったが、単純なエネルギーではない、「気」と言う概念を扱い始めたばかりの彼女にとって、まだレベルが高すぎたからだ。
完全に基礎修行を終え、心身ともに完成度を高めなければ、肉体への負担が大きい界王拳を使いこなす事は難しい。中途半端は命取りなのだ。そしてその事は、まさに今のマーリンの状態が如実に証明して見せていた。
「はぁぁぁぁ……ぁぁっっ……!!」
顔から滝のような汗を流しながら、マーリンの咆哮が続く。少しでも気を抜けば、身体の内側から引き裂かれそうな力の奔流に、少女はギリギリの領域で手綱を引いていく。一歩、いや半歩でも踏み外せば、そこに待つのは……。
ふと心をよぎった恐れを…破滅の予感を追いやり、マーリンが集中をさらに高めていく。
見よう見まねだが、今のところは何とか出来ている。ヤムチャの気の流れを折に触れては捉えてきたのが、ここにきて役に立ったと少女は感じていた。
それでもずきずきと徐々に身体が悲鳴を上げ始めたが、まだやめる訳にはいかない。この『戦い』が終わるまでは。
一方でヤムチャはあっけに取られていた。マーリンの底なしのセンスと、自分をも圧倒する眼前の戦闘力に。しかし、ふいに気がつく。
注意深く気を探ると、少女の自己流界王拳は非常に不安定なのだ。どうやら完全に気を、戦闘力をコントロールしきれている訳ではなく、妙にふらふらと力が安定していないのだ。ほんの一瞬の間に2倍以上になったり、そうかと思えば半分以下にすら落ちたりしているほどである。
「ぐぐ……っッ…! くあぁぁ……ッッ……!!」
「お……おい…、…マーリン……、おまえ……」
本来、界王拳という技は、気の流れや勢いを完全にコントロールするだけではなく、ある種の増幅回路を体内に形成する事が必要なのである。もちろん回路と言っても、それはあくまで便宜上そう考えるだけで、実際に何かを埋め込んだりする訳ではないが。
そして、いったん回路が形成さえされれば、後の運用はさほど難しいものではなくなる。2倍でも3倍でも思いのままである。身体さえ付いてこられれば、だが。
だが今、目の前で少女が行っているのは、そんな順序、段階など無視して、ただ気をめちゃくちゃに増幅しているだけだった。回路を通しての安定した増幅ではなく、瞬間的に跳ね上がる力を力でねじ伏せ、逆に落ち込めば無理やり引き上げるような、とうてい『技』とは言い難い、暴走、暴発すれすれの暴挙なのだ。
例えて言うなら、コンピュータ制御無しでは走れないようなレースマシンを、全てその補助を切って走らせるようなものである。ほんの僅かでもアクセルを踏みすぎたら、直線でもスピンしてしまうような、綱渡りのごとき危険な行為。
ヤムチャの顔に更なる驚きと焦りが浮かぶ。しかし、そんな事など知らず、あるいは知っていたとしても意に介さずに、40万近い戦闘力に達したマーリンがヤムチャに迫る。
ブンッッ!!……
「…う…おぉぉッッ?! あぐ…ッッ!! ……ッ?!」
マーリンの左拳がヤムチャの顔面に迫る。かろうじてそれを回避したヤムチャだったが、返しの右ボディをモロにがら空きのわき腹に食らってしまう。
しかし、まるで効かなかった。偶然に、不安定なマーリンの界王拳もどきにある、戦闘力の落ちこんだ状態だったのだろう。
「くっ…、…こんな時に……ッ…!」
毒づきながら、マーリンがなおも攻撃を続ける。ヤムチャにしてみても、今のはたまたま運が良かっただけで、攻撃の全てが脅威である事に違いは無いのだ。
「…おい! やめろマーリンっ…! ちょっと待てっ……!!」
必死に避けながらヤムチャが叫ぶ。こんな無茶な事を続けていればマーリンに取り返しのつかない事が起きかねない。もはや修行に見切りをつけたとは言え、少女には宇宙でやるべき事が残っているのだ。それまで忘れてしまうヤムチャでは無かった。
…いつの間にか、二人の立場は逆になっていた。少女は止めようとしていたのに、今では男が少女を止めようとしている。
「はあぁぁぁ…ッッ! うりゃあッッ!!」
「ま…待てって! いったん止めろ! そのままだと…お前は…ッッ!!」
「黙れっッ!! 止めたければ己の力で止めてみせろ!!」
しかしマーリンは取り合わない。まるでその言葉を受け入れてしまえば、結局は全ての終わりをも受け入れなければならないかのように。
次々と拳を、蹴りを少女が繰り出す。それらひとつひとつを紙一重で避け、ガードしていくヤムチャ。すでに自身の限界の9倍にまで界王拳を引き上げ、男の身体にも激痛が走り出していた。
「はは…こりゃ…、長期戦だとヤバいかもな………」
苦笑し、思わずそう一人ごちるヤムチャだったが、表情に一切の余裕は無かった。