…結局、その後少女はおかわりを繰り返し、その小さい身体のどこに入ったのか、鍋をからっぽにしてしまったのだった。
「……いくらなんでも食べ過ぎじゃないのか…」
一部始終を見ていた男が、呆れたような声を上げた。しかしその表情はむしろ嬉しそうなものだった。
「…た、確かにそうだ…。…お前の分の事をすっかり失念してしまった…、すまない…」
男の言葉の意味を取り違えたのか、少々バツが悪そうに、少女がうつむきながら、おずおずとブロックを差し出した。
「あ…あの…、これで良ければ食べてくれ…」
先ほどまで少女がかじっていたブロックを差し出されたが、急に顔を真っ赤にした男は受け取ろうとしない。
「ばっ…っ…! そ……そんな不味い食いかけなんて要るか!」
「……う…、い、いや…、そうだな…そうだろうな……」
男の反応も少女には当然だと感じられた。先ほどの『食事』に比べれば、このブロックは動物の餌以下だ。ゆえに男の激しい拒絶も少女には理解できた。さっきの味を知ってしまった自分が、今後もこのブロックと付き合っていけるか、正直言って疑問だっただけに。
…そしてもう一つ、疑問はあった。
「…なぜだ?」
しばしの沈黙の後、懐にブロックをしまい込みながら、不意に少女が口を開いた。
「……あぁ…?」
「なぜわたしに、さっきの食料を食べさせようとした?」
男にとって、少女に鍋を食べさせても何の得にもならない。むしろ、自分の量が減る分、損だと言える。事実、鍋はからっぽにされてしまった訳で、男にとってこれは、本来許しがたい行為だろう。なのに男は本気で怒る風でもなく、どちらかと言えばうれしそうだ。少女にとっては、それが到底理解出来なかった。
「…さっきの宇宙食ってヤツさ、お前…いつもアレばっかり食ってるんだろ」
「そうだ。活動に必要な高純度のエネルギーと、生命維持に必要な栄養素に加え、宇宙放射線からの影響も抑えられる、言わば完全食だ。これまであれ以外を口にした事はほとんど無い」
「………やっぱりな…」
男は少しだけ悲しそうな顔をして、ぶっきらぼうにつぶやいた。
「…………?」
「…お前がどんな生活をしてきたかは知らないが…なんだか腹が立っちまったんだよ」
「…腹が立つ? それはつまり怒りを覚えたと? どうしてだ。なぜお前が怒りを感じるのだ」
「知るか! お前みたいな女の子が、あんなクソ不味いものしか食った事ないって考えたら……どうしようもなく腹が立ったんだ! だからせめて、あんなものでも食わせてやりたくなったんだよ!」
「…わからない。お前の言う事は何も理解出来ない。翻訳機が故障したのか…」
「壊れてねぇよ!! 俺だって自分が何言ってるか、よく判らねぇんだ!」
再び沈黙が続く。先ほどよりも長く、重い沈黙が…。
「…ん、ごほん。そう言えばまだ自己紹介してなかったな。俺はヤムチャってんだ。で、そもそもお前は何なんだよ。宇宙人なんだろ? 何しに地球に来やがったんだ」
今度は男…ヤムチャと名乗った男が沈黙を破って話し掛ける。
「…わたしの名はマーリンという。……宇宙中に散らばったサイヤ人という民族を見つけ、始末している」
「…? サイヤ人って…あのサイヤ人か? でもサイヤ人は確か星ごと滅んだんじゃなかったのか?」
「ほぅ…? よく知っているな。その通りなのだが…そう単純な話でもないんだ」
ふと、一瞬マーリンの頭に疑念とも違和感ともつかない、不思議な感覚が生じた。しかしその正体は分からない。とりあえず心に浮かんだものを脇に置き、マーリンは話を進めることにした。
「…以前、サイヤ人はフリーザという宇宙の帝王を自称しているヤツの私兵集団…フリーザ軍に民族単位で所属していたんだ。しかしサイヤ人が反乱を起こそうと知ったフリーザに、星ごと消された…というのは知っているか…?」
「…あぁ…まぁな。それで…?」
自分が聞いた話とは少し違うな、と思いながらも、あまり触れてもよくない予感がしたヤムチャは、適当に相槌を打ちながら先を促した。
「でも、フリーザ軍に所属せず、独自の行動を取っていたサイヤ人もいたんだ…。…いわば、はぐれサイヤ人といった連中だ」
「ふむ………」
「そいつらは登録もされておらず、元から数に入っていない。だから、民族としてのサイヤ人は滅びたが、個人として生き残っている者は少ないが存在していた。その多くをわたしは駆逐してきたのだが…」
そこまで話すと、急に少女…マーリンは、ハッと何か思いついたように口を閉じた。そしてしばらく後、これまでに無く真剣な顔をして男…ヤムチャに向き合うと、再び口を開いた。
「…そう言えば改めて礼を言わせて欲しい。この星のサイヤ人を駆逐してくれたのは、ヤムチャ、お前なのだろう?」
「……………………は……?」
「…この星に着いた時から、サイヤ人が居るにしてはきれい過ぎると思っていたが、とうの昔に倒されていたならば不思議は無い。まさかこんな辺境の星に、お前ほどの実力者がいるとは思ってもいなかったのだろう。おそらくは下級戦士だったのだろうが、哀れな事だ…」
そう言いながらも、マーリンの口元には先日のサイヤ人を倒した時のように、冷たい笑みが浮かび上がっていた。
「いや…あの…」
「…ここへ来る前に倒したサイヤ人が、地球にいるのは超サイヤ人だ、などと下らない事を言っていて、少し不安もあったのだが…取り越し苦労だったようだ。…まぁ、出来ればわたしの手で倒したかったのだが…。…ふふ……」
嬉しげに、まるで歌うように喋り続けるマーリンだったが、対称的にヤムチャの表情はどんどんとこわばっていく。
「なぁ…マーリン…、その事なんだけど…実は……」
そうヤムチャが言い掛けた時、洞窟にのほほんとした声が響いた。
「なんだ? おめぇ、サイヤ人を探してるのか? オラになんか用か?」