「ふぅ…。…相変わらずたまんねぇな…お前の身体はよ…。くくく……」
満足そうにゆっくりとトレヴィスが身体を離した。一方ぐったりとしたまま、アローワナは天井を見つめて動かない。
だが、その目には何かを決意したような光がわずかに宿っていた。
背中を向け、ごそごそとトレヴィスが帰り支度を始めた。その戦士とは思えない無防備な背中に……突如としてアローワナの決死の一撃が閃いた。
ざくっ……
「…あ…ッ……?」
アローワナの短剣が男の背中に深々と突き立てられた。
一瞬何が起きたのか、トレヴィスには理解できなかった。背中への違和感……そして熱さにも似た痛み。
しかしその意味を考えるよりも先に、戦闘民族としての本能が彼を動かした。とっさに腕を伸ばし、振り向きざまに「敵」を薙ぎ払う。今までもそうしてきたように。
…だが、そこにあったのは敵などではなく、自身でもとうとう気づかないままだったが、本当は愛して追いかけ続けた一人の女性だった。
ぱんっ…!
乾いた、それでいて湿り気を帯びた破裂音が室内に鳴り響いた。
もうそろそろいいかな………
お母さまとこわいおじさん…ううん、お母さまはいつも「あんな汚らわしいサイヤ人などは、あなたの父親などではありません!」って言ってたけど、あの人はたぶんわたしのお父さま…。
いつものけんかが終わるのはもうそろそろだと思う。だからわたしはゆっくり目を開けてみた。
目を開けたら、お父さまがすごくへんなお顔をして立っていた。おこってるみたいで泣いてるみたい。あんなお父さまははじめて見る。
…よく見るとお母さまはまだ床にねたままだ。起こしてあげなきゃ。
わたしはゆっくりと立ち上がって、お母さまのところへ歩き出した。
「…おい! ガキ! 近づくんじゃねぇッ!!」
「………!!」
お父さまの大声にびっくりして、おもわずわたしは止まってしまった。へんなお父さま。なんでそばに行っちゃいけないんだろ。あわてて止まったところからお母さまを見た。
…なんかへんだ。うす暗くてよくわからないけど、お母さまはさっきからぜんぜん動かない。
それになんか床がぬるぬるしてる。へんなにおいもする。きもちわるい……吐きそうだよ……。
……カッ……!
きゅうにぴかっとまどの外が光った。かみなり……かな。
でも……それに照らされて見えたお母さまは……お顔がなかった。
「…あれ…? お母さま……?」
お母さまは首から上がきれいに無くなってた。まえに市場で見たお肉みたい。お母さまはお肉にされちゃうの? だれに? どうして? ううん、そんなことより…
………お母さま………しんじゃったの………?
「…バカな女だ…、…なんで…なんでこんな事を……くそっ!!」
お父さまがずっとなにかをぶつぶつ言ってる。よく聞き取れないけどなんとなくわかったことがある。
…お母さまをころしたのは………お父さまだ………。
「……………っ………ッッ!!」
そう思ったらからだが急にあつくなってきた。しんぞうがすごいスピードでドキドキする。むねがくるしい。めのまえがまっかになる。あたまのなかがぐちゃぐちゃになっていく。ぐちゃぐちゃでなにもかんがえられない。だけどこれだけはわかる。
…おとうさま。おとうさまなんかキライだ。
わたしのだいすきなおかあさまをころしたおとうさまなんかしんじゃえばいい。
……わたしもころしたい。おとうさまをばらばらにするの。だって。そうでなきゃふこうへいだよ。
…だからわたしもころすの。おとうさまを。
…ズズズズズッ……!
地鳴りのような音と共に、突然部屋全体が揺れた。
「なっ…地震かッ……!?」
突然の振動に我に返るトレヴィスだったが、耳につけたスカウターの警報が再び彼を呆然とさせる。
「何だっ!? 戦闘力6000…!? 近いぞっ…どこだ……? …? ……な……距離…ゼロ……??」
「……ま……まさか…、…お前かッ!?……」
一体何が起きているのか、己の常識、理解をはるかに超える事態に彼はまるで対応できなかった。いまだに上がり続けるその戦闘力の持ち主は、目の前にいた。マーリンである。
「せ…戦闘力…7000…バカなっ! …し…しかも…まだ…上がるだとッッ…!?」
スカウターが狂ったように警告音を鳴らし続ける。彼の知る限り、こんな子供でありながら、戦闘力が4桁に達する者など皆無だった。例えサイヤ人であっても、全くの訓練無しにこれほどの戦闘力を持つなど、あり得ない事なのだ。
ましてや7000などという数値は、下級戦士にしてはかなりの実力を誇るトレヴィスですら、全く勝負にならないほどである。
「お…おい、あれ…あそこ…、アローワナさんとこじゃないのか…?」
「ほ…本当だ…。で、でも…いったい何が…」
突然の地響きに、あわてて外に飛び出した村の住人が異常を目撃する。里から少し離れた場所…アローワナが仮住まいをしていたところから、凄まじい光が膨れ上がっていくのを見て、地震などではない、もっと恐ろしい何かが起きていることを、住人たちは直感した。
「に、逃げろっっ!! 地下だ! 地下の貯蔵庫だ! 急げっ!」
「…荷物なんか置いていけっ! 早くっっ!!!」
脱兎のごとく村人たちが駆け出していく。あの光に飲まれれば、間違いなく命はない。何の事情も、光の意味も知らないはずの村人にそう確信させるほどに、それは禍々しい輝きだった。
「……おとうさま……ころす………おとうさま……ころす……」
うわごとのように同じ単語を繰り返しながら、マーリンが一歩、また一歩トレヴィスに近づく。全身に凄まじい、今やはっきりと見えるほどに膨れ上がったオーラをまとって。
「くっ……よ…寄るなッ…! …化け物めッ……!!」
恐怖で男の身体が動かない。戦う事だけに特化した遺伝子は、より強き者には過敏に、過剰に反応してしまう。無邪気な殺意をまといながら近づく我が子に、父親は為す術などまるで無かった。
それはマーリンの感情…怒りとも悲しみとも、あるいは何かから解放された喜びだったのかもしれないそれらが混ざりあい、頂点に達した瞬間だった。
………そして全てが弾けた。
ズッ……ゴォアアアアァァァッ!!!!!!!
この瞬間に、一つの村と、一つの里山が消え去った。豊かな自然も、山に住む動物たちも、父親も。母親の骸さえも跡形も残さずに。
たったひとり、マーリンだけを除いて…。
ギリギリ避難が間に合ったので、村人さんたちは無事です。まぁ、家財道具とか家とかは全部吹っ飛びましたが。
元々のオリジナル版では国ごと万人単位で吹っ飛んだのですが、さすがにそれはマーリンに業を背負わせ過ぎかなぁと思い、このような形に変えました。動物さんゴメンナサイですが。