Saiyan killer   作:北江

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50話、過去6

 

 …その前後の事をマーリンはほとんど記憶していない。どこをどう彷徨ったのか、気がついた時には別の大陸にある大きな都市で、すりやかっぱらいの真似事をして生き延びていた。常人など足元にも及ばない運動能力とパワーのマーリンを、誰も捕らえる事など出来なかった。

 

 

 そしてまた、数年が経ったある日の事。

 

 いつものように店先から商品を盗んだマーリンを、一人の男が捕らえた。すばしっこく逃げ回るマーリンの動きを事も無げに見切り、易々と捕らえて見せたのだった。

 

 

「くそ……っ。何なんだ…お前は……」

「フフ…噂どおり、子供のクセに確かにたいした力の持ち主のようですね…。戦闘力4084……。フフ…素晴らしい…」

 捕らえられ、特製の檻に閉じ込められて、忌々しそうなマーリンにそう優しく男が語りかける。

 

「………わたしをどうするつもりだ……」

「…あなたのその力、フリーザ様のために役立たせなさい。そうすればこんな路地裏を寝床にする生活からは解放される。悪い話では無いでしょう? …フフフ…」

 

「…嫌だと言っても聞いてくれないんだろ…。勝手にしろ…」

「フフ…。聞き分けがよくて結構。では主人、これは今までこの娘が盗んだ品物の代金だ。分配はそっちで適当にやってもらおう。これでこの娘はフリーザ軍のザーボンが預かったぞ」

 

 

 そうしてマーリンは宇宙に数十はあると言われる、惑星フリーザのひとつに半ば誘拐されるような形で連れて来られたのだった。

 高い戦闘力とサイヤ人に対して強い憎しみを見せるマーリンをフリーザはいたく気に入り、惑星べジータの消滅の真実を話してみせるなど、特別とも言える扱いで遇せられるようになった。

 

 少女もまたそんなフリーザに好感をもち、彼の期待に応えようとトレーニングに日々励むようになっていった。ザーボンの読み通り、いや、それ以上に彼女は着実に腕を上げていった。

 

 

 

 …だがある日のことだった。事故が起こった。マーリンの訓練中、誤って用意された超強化サイバイマンの数体が、少女を瀕死の状況に追い込んだのだ。

 すぐに助け出され、医療ポッドに入れられたおかげで一命は取り留めたものの、それが原因でマーリン自身がサイヤ人の血を引いている事がフリーザの知るところとなってしまったのだ。

 

 それからと言うもの、戦闘力は飛躍的に向上したものの、フリーザの態度は一変し、ザーボン、ドドリアたちも以前のように彼女に構おうとはしなくなった。またしてもマーリンは孤独になってしまったのだった。

 

 またしばらく経ったある日、マーリンは信じられない噂を耳にした。サイヤ人が攻め滅ぼした彼女の母の故郷、惑星マリーンは今、惑星フリーザ№31となっているのだと言う。それはつまり、あの時サイヤ人を裏から操り、星を滅ぼした本当の張本人はフリーザだった事になるのだ。

 

 居ても経ってもいられず、事の真相を本人から聞こうと、マーリンはフリーザの部屋に向かった。

 

 

「…フリーザ様。聞いてもよろしいでしょうか」

「何ですか? 私はいま忙しいんですが……」

「…惑星フリーザNo31……。あの星の元の名を…ご存知ですか」

 

「…何かと思えば。いちいちそんなもの、覚えてなどいませんよ」

「では惑星マリーン……。この名に聞き覚えは…?」

「マリーン…? さぁ…知りませんが……、マーリンさん、あなたの名前によく似ていますね。何か関係があるんですか?」

 

 そう言って。フリーザがにやりと薄笑いを浮かべた。そしてその悪意に満ちた笑みに、マーリンは直感した。噂は本当だったのだ、と。

 

 その後、しばらくしてからマーリンは惑星フリーザから逃亡する。もはやフリーザの庇護の元で生きる事も、フリーザのために働く事もまっぴらだった。

 生き残りのサイヤ人はもちろんのこと、いずれは、いつかはフリーザをも殺す。そう決心したまだ幼い少女は、再び自身の力をのみ頼りに生きる事となった。

 

 広い宇宙に、誰一人頼るものも無く……。

 

 

 

 

 

 

「………なるほど……そうだったのか……」

 マーリンの口から語られた壮絶な過去に、似合わない神妙な顔をしてヤムチャが小さくうめいた。

 もちろんこれらの事全てをマーリンが知っていて、ヤムチャに語った訳ではない。伝聞や想像も含めても、彼女が知っている事は先の物語の半分以下である。だが、それでもヤムチャは大きな衝撃を受けていた。

 

「ああ…、そしてわたしは偶然出会った男にスカウトされ、戦士になった。それからは毎日戦い続けていたような生活だった…」

 マーリンの顔も暗く沈んでいる。彼女の予想するものが、これから始まる事を確信しているかのように。

 

 やがて少女はゆっくりと立ち上がった。そして精神と時の部屋のドアに手をかけ、ヤムチャに背を向けたまま、ぽつりとだけつぶやいた。

「…話は終わりだ。いろいろ世話になったな…」

 

 少女はサイヤ人が憎かった。母親を殺した父の事も、フリーザの手先だったとは言え、母の故郷を滅ぼした事も、何より宇宙中に恐怖をばら撒いてきたサイヤ人は邪悪そのものとしか思えない、嫌悪、憎悪の対象だった。

 …だが、少女にとってもっとも憎いのは、自分の身体の中に流れるサイヤ人の血そのものだったのだ。

 

 サイヤ人の血を引く事を知られれば、誰もが今までとは違う目で自分を見る。恐怖、嫌悪、憎悪、忌避、そして侮蔑。どれも今までに嫌と言うほど味わった事だ。その度に少女は言いようの無い苦しみを感じ、さらにサイヤ人に憎しみをたぎらせるようになっていった。

 

 だから。きっと今度もそうなのだろうとマーリンは思った。

 だけど。ヤムチャにそんな態度を取られる事は、今のマーリンに取っては死ぬ事よりも苦痛だった。それならば自分からさよならを言おう。そしてここを出て、今すぐ孫悟空と戦い、いっそその場で殺されるのも悪くないと少女は思っていた。

 

 しかし振り向けばその決意が鈍る。だからマーリンは背を向けたまま、言った。

「…さようなら…。…ヤムチャ…」

 

 だが、マーリンの背中に、彼女がまったく予想していなかった言葉が投げかけられた。

 

「…修行はまだ終わっちゃいないんだぜ? どこに行く気だよ…」

 

 

「……ぇ……?」

 驚きの余り、つい先程まで決して後ろを向くまいと誓ったはずの禁を破り、思わずマーリンは振り返ってしまった。そこには相変わらず少し難しい顔はしているものの、いつもと変わらないヤムチャの姿があった。

 

「……っ…、…お…おまえは……わたしの話を聞いてなかったのか…?」

「いや、ちゃんと聞いてたぜ?」

「だったら……だったら判るだろう…! わたしは…半分サイヤ人なんだぞ…! しかもソン・ゴクウとは違って、わたしの手は血に塗れている…! 大勢の人の血で……同族の血でだ! わたしは……わたしは最悪な人間なんだぞ……!!」

 

 一気呵成にそうまくし立てると、少女の目から大粒の涙が溢れ出した。

 

 

『…だからおまえもわたしをきらいになる』

 

 口にこそ出さなかったが、マーリンはそう思っていた。いや、出せなかった。出せばそれを認める事になる。だからその代わりなのか、涙が後から後から溢れて止まらなかった。

 

「う……うあ…っ! う…うわあああっっ………!!」

 ぺたんと床に座り込み、泣き続けるマーリンにヤムチャが近づき、静かに、柔らかく声を掛ける。

「…それがどうした? お前がサイヤ人だとかどうとかなんて、俺には関係ないさ。お前は俺の…、その…、た…大切な……弟子なんだからな…」

 

 そう言いつつも、ふっと先ほどのマーリンの臨死状態での自分の取り乱しっぷりを思い出したのか、ヤムチャがやや顔を赤らめる。目も少し泳いでいた。

 

 だが、マーリンの耳にはそんなヤムチャの言葉など届きはしなかった。もう泣く事だけに夢中になっているかのように、ついにはおーいおーいと声を上げ始める始末だった。

 

「………まったく…しょうがねぇな…」

 ヤムチャがぽりぽりと頬をかく。そしてためいきを一つつくと、ゆっくりと少女の背に手を回し、出来るだけ優しくその身体を抱きしめた。

 

「ッ……! う…ひっく……ヤム…チャ………?」

 今日二度目の抱擁。でもそれは、何かの必要に迫られた訳ではない、ただヤムチャの心が現われたものだった。

 

「…今まで辛かったんだな…マーリン。…でも、これだけは信じてくれ。俺は…そんな事でお前を嫌ったりなんかしない。お前は……お前だ、サイヤ人である前に、お前はマーリンなんだ」

「…………ッ………」

 

「…寝起きが悪くて早とちりで、気が強くてすぐにキレる…、でも、そんな風に泣き虫なのもマーリン、お前なんだ。何人かなんて…少なくとも俺にとっては何の関係もないんだ」

「ヤ……ム…チャ…、…うっ…ぐすっ……っ」

 

 おずおずとマーリンもヤムチャの背に手を伸ばす。遠慮がちに、何かを探るように。試すように。

 そして、やがてしっかりとヤムチャの大きな背中をつかむ。何も言わずそれをヤムチャは受け止め、より一層少女を抱く腕に力を込める。

 

 

 

「あ……あぁ…っ! ヤム……チャ…ぁぁ……っ!!」

 

 

 マーリンの目から、再び大きな涙が零れ落ちた。

 

 




鬱全開の過去編はこれにて終了でございます。
ちなみにですが、ザーボンさんの名前の由来が「ザボン」から来ていることに最近まで気づけませんでした。アホですね…自分。
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