「…え? お、おめぇ…何言ってんだよ。あいつはオラとやりてぇって……」
「やかましい…。貴様は黙って見ていろ…!!」
生粋のサイヤ人にしては温厚な悟空も、何の理由も無く目の前の戦いを取り上げられそうになっては納得がいかない。憮然としてベジータに詰め寄るが、しかしベジータも譲らない。
ただならない感情を見せるベジータに、さしもの悟空も何かを察した。
「…どういう事だよ。おめぇとあいつは何か関係あるのか?」
「フン…地球でぬくぬくと暮らしてきた貴様は知らんだろうがな…。あのマーリンという女は、オレたちサイヤ人を付け狙って…これまでに何人ものサイヤ人を殺してきたんだ!」
そう吐き捨てるようにベジータが言い放つ。マーリンの存在はフリーザ軍にいた頃から、噂で何度も耳にしていた。いわく、外見は少女のようだが恐ろしく強い、サイヤ人に対しては徹底的に無慈悲だとも。
「……へぇ…。そうなんか。でも…」
「だから俺が! サイヤ人の王子たる、このオレ自らがヤツに制裁を下す! だから貴様はそこで引っ込んでいろ!!」
「…………ッ……」
しばらく見せた事の無かった、激しいベジータの怒りを目の当たりにして、やれやれといった風情で悟空が来た道を戻る。だが、不思議とその表情にそれほどの残念さは見られなかった。やがて元いたところまで悟空が戻ると、ピッコロが小さく鼻を鳴らしながら声を掛けた。
「どうした…? 獲物を横取りされたにしては、それほど不満では無さそうだな…」
「……まぁ、ベジータがやりたいってんならしょうがないさ。それに…オラのカンが当たってりゃ…もしかしたら…」
「……? …貴様らしくない物言いだな…。どういう事だ?」
「まぁ見てりゃ判るさ…。…たぶんな…」
そう言って悟空がクレーターの中の二人に視線を戻す。その中心には、早くも陽炎のような気のゆらめきが生まれ始めていた。
「…わたしはソン・ゴクウとの対戦を希望したのだが……?」
「黙れ…。ヤツの出番は無い。ここで貴様はオレに殺されるんだからな…。この惑星ベジータの王子、ベジータ様の手によってな!!」
「…………ッ…」
『ベジータ』。その名前に少女は聞き覚えがあった。そう、サイヤ人たちの母星だ。その名を頂くこの男はつまり…サイヤ人の王族という事か、と理解する。
同時に、少女の頭の中に段々とかつての記憶が蘇ってきた。確か以前にも一度会った事があったと。
まだ幼い頃、惑星フリーザのトレーニングルームですれ違った後、ザーボンに教えてもらった事があったことを思い出す。あれがベジータ王子だ。と。
その時は思わず飛び掛りそうになり、ザーボンがあわてて自分を押しとどめた事をマーリンはふと思い出し、心の中だけで苦笑した。
その時のベジータは自分とさほど変わらない歳のようだったが、すでに何者をも寄せ付けないオーラを漂わせていた。そして、それは今も変わっていない様子だ。
もっとも、向こうはそんな事などまるで覚えていないようで、完全に臨戦態勢に入っている。
ふと、ヤムチャの語ってくれた地球の物語にもベジータは登場していたことをマーリンは思い出した。ヤムチャは死んだと話していたが、しかしそれが嘘だったことに、少女はやや複雑な気分になった。
むろん、嘘をついたその時のヤムチャの気持ちも、今の少女には理解は出来た。無鉄砲で無茶苦茶だったあの時の自分なら、ベジータがこの星に居ると聞かされれば、間違いなく挑みに行っただろう。そうなれば確実に自分は殺されていただろう、とも。気を開放しつつあるベジータからは、やはりかつての自分などでは勝負にならないほどの力が感じられるのだから。
その意味では、ヤムチャは命の恩人ではある。いったい自分は何度ヤムチャに命を救われたのかと、改めて少女に感謝の念が浮かぶが、しかし一方で、やはり嘘をつかれていた、という事実に心が痛んだ。
マーリンがふと、ちらりとヤムチャの方を見てみると、知らない女性と並んで頭を抱えていた。
……そして、彼女がブルマなのだ…とマーリンは理由も理屈もなく、ただ直感した。判った瞬間にまた、ちくり、と胸の奥が痛んだ。
一方でマーリンの視線に気づいたらしいヤムチャが、バツの悪そうな顔をして必死に首を横に振り始めた。ブルマも心配そうな顔をしてベジータを見つめている。
『…なんだ? なぜ彼女が…ヤムチャの恋人であるブルマが…この男の心配をする…?』
「…貴様…どこを見ていやがる!!」
ずいぶんとこの星…地球については判ったと少女は思っていたが、やはりまだまだ判らないことだらけだ、となど考えていると、ふいに男の…ベジータの怒りに満ちた声が飛んだ。
思わず、ふぅ、とため息を一つついて、マーリンが気持ちを切り替える。
「ふん…仕方ないな…。ではウォーミングアップ代わりに、少しだけ遊んでやろう」
「ッッ!!! なめるなァァァァッ!!!! はぁぁぁぁッッ………!!!!!」
ベジータの周囲の空気が一変する。とてつもないエネルギーが彼から放たれていく。揺らいでいた空気は吹き飛び、舞い上がる砂塵が身体を覆うオーラに触れる度、ばちっ、ばちっと音を立てて燃え尽きていく。
「……ほう…凄まじい戦闘力だ。なるほど…サイヤ人の王…いや、王子だったか…。さすがにそれを名乗るだけの事はある…」
「…フッ……今さら怖気づいたのか? だが容赦はせん…覚悟しやがれ!!」
ボゥゥゥッ!!!!
ベジータが神速のスピードでマーリンに迫る。宣言どおり、全く容赦の無いパンチが少女の顔に襲い掛かる。だが。
…バチィッ!!
「な…ぐ…ッ!!」
顔面を捉えられたのはベジータの方だった。ダメージこそ少ないが、先にパンチを放った自分が何故攻撃を受けるのかと、ベジータが愕然とする。
「…ふっ……ッッ!」
「……!! な…は…速………ッ??!!」
…ギュアッッッ!! ガガガガガッッッッ!!!
「……ッッ! ………がッ…ぎッ…ッ…!!」
そしてそんなベジータに更なる攻撃が襲い掛かる。顔、腹、足、ありとあらゆる箇所に降り注ぐ疾風のごとき連撃。
「ぐはァッ………ッ!!! こ…こんな…バカなッ……!!!」
吹き飛びながらベジータが叫ぶ。かろうじて体勢を整え、くるりと回転しながら着地する。
しかし、このほんの僅かな間に、ほんの数秒の間に、彼の服はすっかりボロ切れのようになっていた。
「…ハァ…ハァ…ッ…、…そ…そんなバカな……!」
信じられないものを見るような目つきでベジータがマーリンを射る。今の自分がまるで少女の攻撃に反応出来なかったことが、ベジータには理解どころか認めることさえ出来なかった。しかも、その攻撃はどれも、まるで本気ではない事が明らかに感じられたのだ。まるで自分の皮一枚だけを傷つけるだけが目的のような…。
「ぐぐ……ぎ………ぎ……ッ……ッ!!」
ぴくぴくとベジータの眉間に血管が浮き出る。サイヤ人の敵、それも女にここまでバカにされたのだ。実力の差を思い知れ、と言わんばかりに。
「ゆ…許さん……許さんぞォォォォッッ!!!!」
ベジータの身体から再び、莫大なエネルギーが溢れる。そしてそのエネルギーを両手に集中…収束させたエネルギー波をマーリンに向けて放つ。
ドゴォォォォォォッッッッ!!!!!
「まだだァァァッッ!! まだまだァァッッ……!!!」
だが、エネルギー波が直撃したにも関わらず、なおもベジータは手を緩めない。両の手から連続して光弾が撃ち出される。10発、20発、いや100発以上のエネルギーの塊が、絶え間なくマーリンを襲い続け、そのたびに爆風が巻き起こる。
…少しして。
ドォッオ……ンンッッ!!!
一際激しい衝撃音のあと、左腕を突き出したまま、ようやくベジータの攻撃が止んだ。
「ハァッ…ハァッ…、…ど…どうだ…!! て…手応えあったぜ……!」