ザァァァァァ…ッッ…
……ゆっくりとベジータが巻き上げた砂塵が収まっていく。半ば勝利を確信しつつも、男は警戒は怠らず、構えたままだ。それほどの細心さをもった歴戦の戦士が、絶対の自信で放った必殺の技だった。
しかし砂塵が薄れるにつれ見えてきた、またしても信じがたいものに男が絶句する。
「あ……ぁあ……? …っ……?!」
…消滅しているべきものは、サイヤ人の仇敵たる少女は、変わらぬ姿でそこに先ほどと同じように佇んでいた。伸ばした腕の手のひらからは僅かに煙がくすぶっていたが、しかし、まったくダメージなど受けてはいないようだった。
「…この服は気に入ってるんだ…。そんなもので埃まみれにして欲しくはないんだがな……」
それでもさっきの攻撃には腹が立ったのだろうか。ぱんぱんと山吹色の道着を叩き、砂埃を払いながら、マーリンがベジータに声をかける。その声色は、かすかに怒気…殺気のような色をはらんでいた。
「……な………、んだ……と……」
「…ふん。…しかし、どうやらここまでのようだな…。…ん……?」
うろたえるベジータの乱れる気をマーリンが感知する。しかし同時に別の気も捉えた。何やら、やたら焦りを感じているヤムチャの気だった。
ふとクレーターの外側に避難していたヤムチャに目を向けると、猛烈な勢いで首を振っている。殺すな、ということなのだろう。そのヤムチャのすぐ横で、ブルマは何か祈るようにしてベジータを見つめていた。
「………! なるほど…そういう事か…」
そんなブルマを見て、唐突にマーリンはベジータとブルマの二人の関係を直感する。げに恐ろしきは女の勘なり…なのかもしれない。
多少ブルマに罪悪感があったマーリンだが、とどのつまりはお互い様という事か、と嗤った。そして、それならなおのこと、この男…ベジータには、ぜひとも今後も居てもらわねばならない、と。
「…もういいだろう? お前では話にならない。早くソン・ゴクウと代わるんだな。その方がお前のためだ」
そう言って。マーリンが露骨にベジータに交代を要求する。こんな程度では疲労などしないが、うっかり加減を間違えて、いつか取り返しのつかない攻撃をしてしまうのが怖くなったのだ。
「ぐぅ………ッ…、く………く……ッッ…!!!」
かすかなうめき声を上げながら、ベジータの肩が震えていた。怒りか、屈辱か、それとも自分自身への情けなさか。ふいにうつむいたまま立ち上がったかと思うと、そのままベジータはすぅっ…と空中に飛び上がっていった。
「……?… …逃げる気か…? まぁ丁度いいが……」
ベジータがどんどんと高度を上げていく。悟空たちの方へ向かうでもなく、ただ真っ直ぐに上昇していく。一瞬ベジータが逃げようとしているとマーリンは考えた。しかし逃げようとしているはずのベジータの様子に、何かが、どこか違和感のあることに気づいたマーリンが、怪訝な眼差しで上空を見つめる。
「…はぁっ…! はぁ…ッ! …貴様……貴様あァッッ!!! もう…許さんぞォォッッッ!」
……ズオゥゥゥゥッッ……!!!
突然、かつて無いパワーがベジータの身体を包み込んだ。それまでとは比較にならない力が、彼の身体から溢れ出ていく。
「…………ッッ……!!」
その力を感知したマーリンの表情が、ようやく真剣なものに変わった。そう、男を…ベジータを初めて「敵」と認識したように。
「…たいしたものだ…。超サイヤ人以外に、ここまでの力を持つ者が居るとはな……」
率直に、感じたままにマーリンがベジータの力を賞賛する。事実、ここまでの力を持ったサイヤ人などこれまで皆無だったのだ。
……ただ一人。孫悟空を除けば。
「…オレは…戦闘民族サイヤ人の王子だ……。だからオレが…最強なんだ……。…オレこそがァッ…!! 最強であるべきなんだあっッッ!!!!!!」
「…とうに滅び去った星の王位を誇るのか…、お前も……」
つぶやくような声でマーリンがベジータに問いかける。『王子』の言葉が、かつての母の姿に重なる。記憶の中の母もまた、皇家の再興とかつての自分の身分に執着していた。しかしその果てが、あのとてつもない悲劇を産んだのだとマーリンには思えてならなかった。
「…オレは……オレはそうやって産まれ生きてきた! 星が砕けようが滅びようが関係ない!! この誇りは…誰にも奪えはしない!!!」
「………っ……」
ふっ…とマーリンはこの王子を哀れに、しかしどこか羨ましい、とも思った。自分はそのようなプライドも誇りも持ち合わせていない。王位にも一族の再興にも興味はない。自分はただ自分であり、ただの『マーリン』である。そしてそれでいい、とも。
だがベジータは違う。異常とも思えるプライドこそが、彼をここまでにしたのだろう。自分にはないその力の源泉に、少女はふと思う。もしも自分もこうだったのなら、また別の人生があったのだろうか…と。
「……クククククッ…!!! 消し…飛んでしまえぇぇぇぇッ!!!!! …喰らえ…ハイパー・ギャリックーーーーーーーーーッ!!!!!!」
ヴァオッッ…………!!!
そんな感傷を他所に、ベジータの気が両腕に集中する。限界以上に高められたそのエネルギーが周囲の空気すら消滅させながら迸る。
…それはまさに破壊の真髄だった。サイヤ人の王子がまとうにふさわしい、高純度の死の匂いがあたりに充満していく。
「お…お父さん! た…大変だよ! ベジータさん…地球ごとあの人を撃つつもりです! は…早く止めないと……!!」
あまりの凄まじいエネルギーに、悟飯があわてて悟空にベジータの制止を求める。だが悟空は動かない。その揺ぎ無い視線は、ただマーリンにのみ注がれていた。
「……この星ごとわたしを消す気か…。だが…どうしてだ…。…なぜこんな男をヤムチャたちはかばう……?」
膨れ上がる光を見上げながら、マーリンがそうひとりごちる。少女からすれば、この男はどう考えても『邪悪』そのものだった。サイヤ人への憎しみはもう無いが、それを抜きにしてもこの男は許せないと少女は感じた。
「……死ねェェェェェェッッッッ…………!!!!!!」
ベジータのハイパー・ギャリックが天空からマーリンに降り注ぐ。圧倒的なパワーはマーリンを飲み込み、そのまま地球すら貫いていくだろう。だが。
「…貴様はクズだ……。殺すつもりは無かったが気が変わった…。…死ね」
ブルマとこの男の今後を考えると少し残念だし、あとでヤムチャに死ぬほど叱られるかもしれないが、それでもこの男は生かしておけないとマーリンは思う。
ナメック星からこの地球に来たのなら、もうずいぶんと経つはずだ。なのにこの男…ベジータは何も変わっていない。剥き出しのサイヤ人そのものだ。放っておけばいずれ大きな災厄をこの地球に招くだろう。だからその前に処理しなければ、とマーリンは断じた。
ボゥッ…!!!
瞬間、少女の全身が真っ赤な気で包まれた。赤い、燃盛る紅蓮の炎のようなオーラが。
「………!! あ…あれは! おい! 孫! あれは……まさか!!」
ピッコロが目を剥いて驚きながら、同じように驚く悟空に振り向く。悟飯も唖然としていた。
「……あぁ…、間違いねぇ…。…ありゃ…界王拳…、…だ……」
半ば呆然としながら悟空がつぶやく。だが、あの少女の後ろにはヤムチャが付いているのだ。何を考えて手を貸しているのかは判らないが、それなら界王拳を教えられていても不思議は無い。ゆえに悟空の驚きも、そこには無かった。
「…いや、違うな。あいつ…さっきからもずっと使ってたんだ。だけど…すげぇ自然に使いこなしてたから今まで気づかなかったんだ…。…とんでもねぇ使い手になってるぞ……あいつ……」
マーリンの気も一気に膨れ上がった。今のベジータをはるかに上回る、凄まじい戦闘力だった。そして頭上から迫るハイパー・ギャリックを、なんと少女は片手一本で受け止めてみせた。
ギャオオオオッッッ……!!!
「な…んだと……ッッ???!!!」
信じがたい光景に、必死に技を維持しながらもベジータは己の目を疑った。まぎれもないフルパワー。本気で地球もブルマの事すらも頭には無い、無心のフルパワーだった。だが、それが事もあろうに片手で遮られていることにこそ、ベジータは激しく動揺する。
それでもマーリンの周囲が余波でぼろぼろと崩れていく。少しづつ、少しづつマーリンの足も大きな地割れを引き起こしながら地面にめり込んでいく。
「……ッッッッッ!!!!!」
それを見て、ベジータが鬼神の形相で持てる力の全てをハイパー・ギャリックに回す。ここで押し切らなければ死が待っている。戦い続けてきた一流の戦士だけが持つ直感だった。
だが。
「……はぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
左手で受けつつ、残った右手を握り込んだマーリンが、ハイパー・ギャリックに渾身の力で打ちつけた。
ギャウ………ッンン……
一瞬、光弾そのものが静止したかのように見えた。が、次の瞬間、大滝が逆流するかのように、ベジータのハイパー・ギャリックが、使い手であるベジータ本人に……襲い掛かった。
「なにぃィィッッ!! バカなッ……こ…こんな………ッッッ!!!」
ぐんぐんと逆流しながら迫る自らの必殺技にベジータが呆然とする。もはや回避する時間さえ無かった。
瞬きする暇も無く、あっという間に飲み込まれて自分は蒸発するだろう。一瞬のうちにベジータはそれを悟る。
……しかし奇跡が起きた。いや、奇跡などではなく、まるでそれを予想していたかのようなタイミングで。
「ベジータぁぁ!!! 掴まれぇぇッッ!!!」
着弾のほんの一瞬前に、瞬間移動でベジータの横に悟空が姿を現す。そして強引に腕を掴んで再び瞬間移動でピッコロたちのところへ戻った。まさに刹那の救出劇だった。
「…危なかったな…。もうちょっとでおめえが消えちまうとこだった」
「……………」
地面にベジータを下ろし、悟空がそう声を掛ける。しかしベジータは硬直したまま何も答えない。いや、答えられなかったのだろう。目を見開いたまま、全身からはおびただしい汗をかいてわずかに震えている。今、いったい自分がどうやって助かったかすら理解していない様子だった。
「あ…ぁ…、…カ…、カカ……ロット……?」
「…おめぇはそこで休んどけ。後はオラがやる……!」