「……ぐぐっ…、…くそっッ…! くそぉぉぉッッ………!!!」
ようやく状況を受け入れる事が出来たベジータが、座り込んだ姿勢のまま、わなわなと震えていた。地面に着いていた手が、じゃりっ、と砂を掻く。悔しさのあまりか、目にうっすらと涙さえ浮かべて。
「オ…オレが…このオレがあんな小娘などに……ッ…!! ちくしょうッ! ちくしょぉぉぉぉぉお………!!!」
怒りか哀しみか、ベジータの慟哭は止まらない。しかしそんなベジータを、ブルマはほっとした表情で見つめていた。
何はともあれ命が助かっただけでも良かった。そう思ったのだろうが、ベジータの戦線離脱によって心に余裕が出来たのか、急にヤムチャに食って掛かりだした。
「…ちょっとヤムチャ? 何なのよあの娘は! ベジータを殺す気!?」
「え…、いや…だからさっき言っただろ? あいつは宇宙から来たマーリンって名前で……」
「……へぇ、あいつ、ね。ずいぶんと親密な感じじゃない。…あの娘といったい何してたのよ! この一ヶ月ほとんど連絡もしないで!!」
ほんとは5ヶ月以上なんだけど…とは、男は口が裂けても言えなかった。いくらなんでも半年近くも、それこそ寝食を共にしてきた…などとブルマに知られては、何を言われるか判ったものではない。
だがヤムチャも、自分が黙ったのをいいことに、耳元で延々と文句を言い続けるブルマにだんだんと腹が立ってきた。
「…お前こそ何なんだよ! …さっきからベジータの事ばっかり言いやがって! そんなにあいつが心配なのかよ!!」
「………!!」
図星を指されたのか、一瞬答えに詰まったブルマだったが、あわてた素振りなど見せずに、さらにヤムチャに詰め寄る。
「そ…そんな事関係ないでしょ!! 何よ! 今時ペアルックなんか着て恥ずかしい! 何考えてんのよアンタたちは!」
「ペ…ペアルックって…お前、これはただの道着だろ! 悟空だってクリリンだって似たようなもんじゃねーか!!」
「いーえ、違います!! そんな胸元をあらわにした服なんかを、あの娘に着させて…いやらしい!! ヘンタイ!!」
「…は? い、いや……お前…何を……」
「ふんっ! どうせ自分じゃ勝てないから、あの娘にベジータをやっつけてもらうつもりだったんでしょ! この卑怯者!!」
聞くに堪えない暴言の数々を、さながらマシンガンのようにブルマがぶつけまくる。
思わず耐えかねて手が出そうになるが、いくら何でもヤムチャが一般人のブルマを叩けば大怪我をさせかねない。おまけに疚しい部分も無いではないので、ぐっと我慢するしかないヤムチャだった。
だが、それ幸いとばかりに、ブルマの執拗な口撃は止まらない。ロリコンだの浮気者だの、やはり若い娘の方がいいのかなどと、もはや支離滅裂の言葉をひたすらヤムチャに叩きつける。
「何よ!! あんなおかしな娘、孫くんにボコボコにされちゃえばいいのよっ!」
「……っ!!」
さんざん我慢したヤムチャだったが、その言葉を聞いて、一瞬、我を忘れかける。
思わず拳を振り上げ、それをブルマ………の足元に叩き付けた。
ドガッ……!
「きゃあっ!!」
「…頼むから…それ以上はもう言わないでくれ……。俺の事ならともかく、マーリンの事は言うな……!!」
「…………」
ブルマがぺたんとその場に尻餅をつく。ぼこり、とヤムチャが穿った地面の穴はまるで、いつからか空いてしまった…彼女の心の穴のようだった。
「……う…うぐっ…。なんなのよぉぉ…何考えてるのよヤムチャ…。…あ…あんたが…あんたがそんなんだから…わたしは…わたしはぁぁぁ……!! …あ……あぁぁぁぁ………っ!!」
「……………」
必死に心の中で支えてきたものが、何かぷっつりと切れてしまったようにブルマの感情が迸る。年甲斐も無く大泣きを始めてしまうブルマに、ヤムチャはかける言葉など一つも見つけられなかった。そこへ。
「…そいつはオレたちにも聞かせてもらいたいものだな…、…ヤムチャ」
「…ピッコロ……」
ピッコロと悟飯、そしてベジータの三人が、ヤムチャたちの方へ移動してきた。さっきまでの場所では戦いの邪魔になると思ったのだろう。もっともベジータだけは目を伏せてぶつぶつと何事か呪詛を口にしているだけで、心ここにあらずといった様子だったが。
「…ヤムチャ…、貴様…いったい何を考えている…? あの女は何者だ…? 貴様とて判っている筈だ。2年後に戦いを控えた今、孫にもしもの事があれば…」
そうピッコロがヤムチャを問い詰める。だが、そんなピッコロにわざと大げさにヤムチャは驚いて見せる。
「へぇ…。…ピッコロ大魔王ともあろうものが、ずいぶんと丸くなったもんだな。地球と…悟空の心配とはねぇ…」
「ふっ…ふざけるなッ!! オ…オレはただ……」
「…まぁ、別にいいさ。それに…言ったって判りゃしないぜ…」
ピッコロの言葉をさえぎり、そう言ってヤムチャが視線をクレーターの中心に戻す。
そうだ。話したところで彼らにマーリンの事など何も判るはずなどない。自身でも全てを理解している訳ではない自分が何かを語ったところで、あの少女の何が理解出来るというのか。
「く……っ……」
しばらく黙ってヤムチャを睨みつけていたピッコロだったが、やがてあきらめたのか、彼もまた視線をクレーターに向ける。ベジータとブルマは、泣きながらエアカーに戻っていった。
『ブルマさんたち…。何しに来たんだろ…』
それを見ながら悟飯が子供らしい、純粋で素朴な悪意に満ち溢れたツッコミを心の中で入れていた。
一方、クレーターの中心で、一連のやり取りをマーリンも見ていた。声までは聞き取れなかったが、何かケンカをしている風だと見て取っていた。
もしも自分が原因での諍いなら申し訳ないとも思ったが、二人肩を寄せ合うようにして歩くブルマとベジータを見て、ほんの少し、マーリンの口元が意地悪く歪んだ。まぁ、これはこれでいいか、と。
だが、すぐにそんな感傷から少女は現実に引き戻された。ざく、ざくと砂を蹴るように近づく足音に。
振り向いた先には男が…「孫悟空」が立っていた。
「…待たせちまったかな…。……すまねぇ」
「…伝説の超サイヤ人ともあろう男が…ずいぶんと慎重だな。あの男をぶつけてわたしの力を見るつもりだったのなら…とんだ節穴だな。貴様の目は…」
にやり、とマーリンが、そう言いながら近づいてきた男に、挨拶代わりと言わんばかりの挑発の言葉をぶつける。しかし悟空は少女の言葉をするりとかわす。
「そんなつもりは無かったんだけど…、まぁしょうがねぇかな。そう思われても」
へっへっへっ、と悟空が頭をかきながら笑う。だが視線はマーリンを捉えて離さないままだ。
「…だが、わたしも見せてもらった。瞬間移動…話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。これはつまり…、おあいこ…という事なのかな? ふふ…」
「へへっ……かもな………」
マーリンもかすかな微笑を浮かべる。ここだけを見れば、親しい二人が談笑しているような光景だろう。だが、笑い合いながらも、同時に少しづつ、少しづつ亀裂が走っていく地面が、この二人の関係を雄弁に物語っていた。
「…でも、やっぱその程度じゃ…オラには勝てねぇぞ。こんな短ぇ間で、そこまで強くなったのはたいしたもんだけどな」
やや間を置いて、きっ、と急に悟空が真顔になり、マーリンに言い放った。
「おめぇがまだ力を出し切ってねぇのは判ってる。でも、そいつを計算に入れても…本気のオラにはまるで届かねぇ。おめぇにだってホントは判ってるんじゃねぇのか?」
まるでこの戦いをやめさせようと言わんばかりの悟空の態度と言葉だったが、それにマーリンが冷ややかな表情を浮かべながら返す。
「…それはどうかな…? だいたい、お前が本当にそう思っているとも思えないがな…。…ふふっ…」
「……へへっ……」
にやり、と悟空も再び笑う。確かにその通りだと悟空は認めざるを得なかった。垣間見ただけとはいえ、この少女の力はベジータやピッコロをはるかに凌いでいる。それほどの力を持った相手との戦いに、サイヤ人として…いや、武道家としても胸が踊らないはずがない。
…ナメック星以来、本気の戦いから遠ざかって久しい悟空は、手に入れた宇宙最強の力を持て余す毎日だった。超サイヤ人にならなくとも、悟空の力はいまだピッコロたちの及ぶ所では無いのだ。
ゆえに時折悟空は夢を見ていた。ナメック星での、フリーザとのまさに命を賭けたギリギリの戦いの夢を。
あの時は必死で、とてもそんな事を感じている余裕など無かったが、今思い返せば、間違いなく自分はあの時、かつてない興奮を感じていたと悟空は思う。魂そのものを削りあうような、そんな戦いの喜びに打ち震えていたのだ。
それから遠ざかってもうずいぶんになる。フリーザ親子をトランクスに倒された事は、悟空にとっては正直に言えば少し不満だった。もう一度フリーザとあの戦いの再現ができるかと思っていたところを、突然見知らぬ誰かにそのチャンスを奪われたのだから。丸い宇宙船の暗闇の中で、密かに悟空は歯噛みしていた。
だが、それから一年が過ぎ、突然自分の目の前に現れた少女は、それには及ばないまでも、格別の力の持ち主だ。後2年たてば人造人間との決戦が待っているとはいえ、戦いに飢えている悟空にとって、少女…マーリンは格別のご馳走のようにも見えた。
「へへっ…オラの事…サイヤ人の事をよーく判ってるみてぇだな…。ならもう何も言わねぇ…。武道家としてこの勝負…受けた!!」
悟空やクリリンは道着の下に黒のインナーを着込んでますが、ヤムチャは道着だけなんですよね。それを女性に着せたら…ブルマがうるさく言うのも無理のない話なのです。マーリン本人はまったく気にしていないのですが(笑