「……ッ!?」
突然聞こえた声にマーリンがとっさに身構えた。そして声の主がどんどんと近づいてくる。スカウターも起動させ、少女が臨戦体制を整える。スカウターによれば、声の主は5000ほどの戦闘力の持ち主のようだった。
「ごっ…悟空!? なんでここへ…!」
「…何時間か前、ここらでヤムチャ、おめぇ誰かと戦ってただろ? オラたちの誰とも違う気だったけど、てんで弱い気だったし、ヤムチャも気の乱れが無かったから大した事はねぇと思ってたんだけど、……なんとなく気になってな」
そう言うと洞窟に突如現れた男…「悟空」とヤムチャが呼んだ男は、ヤムチャのそばで身構えている少女をふわりと見やった。
「おめぇか? さっきのヤムチャの相手は」
「………っっ…」
急に声を掛けられ、マーリンの身体が一瞬、ビクリとこわばる。
その声はおだやかで、温かみのある、しかし不思議な強さをも感じさせるものだった。しかし、今まで見てきた、どのサイヤ人とも異なる雰囲気、佇まいに、少女の心が乱されていく。
「…貴様…、本当に……サイヤ人…、なのか…?」
「ああ、オラは地球育ちのサイヤ人だ。なんか本当はカカロット…とかいう名前らしいけど、今の名前は孫悟空だ。……それで、そのサイヤ人のオラに何の用だ?」
サイヤ人を名乗る男が、マーリンの緊迫した表情などどこ吹く風の、極めて軽い調子で答える。必死に落ち着きを取り戻し、状況を理解しようとする少女が、横にいたヤムチャに目を向け、問う。
「…本当なのかヤムチャ…。…本当に…あの男はサイヤ人なのか……?」
「え、あ……あ…いや…、…その………」
「…………」
サイヤ人は存在そのものが悪だと少女は信じている。誰からも、どの星の住民にとってみても、嫌悪と憎悪の対象だ。力を持つ者がその「悪」を放置するなど、少女にとってはおよそ有り得ない話なのだ。
だからこそ、ヤムチャほどの力を持つ男が、サイヤ人を倒すどころか、親しげな口調で会話するなどマーリンには理解できなかった。
…いや。正確にいえば理解はできるのだ。たった一つの前提を覆しさえすれば。
そしてそれならば、さっきマーリンが一瞬覚えた違和感にも説明がつく。
こんな辺境の星にいながら、ヤムチャはなぜサイヤ人が滅んだことまで知っていたのか。しかし答えは簡単だ。つまり目の前の男は善人でも、この星の守護者でもなく、サイヤ人とその仲間…「共犯者」なのだ…と。
自分を助けたのも気まぐれか、何かに利用しようと考えてのことだっただけなのだ。そう考えれば全ての辻褄が合う。
だが、マーリンはこの結論を信じたくなかった。
その気になれば簡単に自分を倒せたはずなのに、それをしなかっただけでなく、自業自得で傷ついた自分を介抱し、さらには生まれて初めて「おいしい」という感覚を教えてくれたこの男が、邪悪なサイヤ人の仲間であるなどとは信じられない、いや、信じたくなかった。
「……なぜだ、ヤムチャ……なぜ答えてくれない……」
マーリンがすがるような目でヤムチャに迫る。
「…………」
しかしヤムチャは答えない。いや、答えられなかった。
彼の脳裏には先ほどの、サイヤ人への憎悪に満ち溢れた彼女の戦いぶりがあった。何があったかは知りようもないが、少女のサイヤ人への憎しみは尋常ではないと感じられた。
だから悟空やベジータの存在を隠し、うまく言いくるめて、そのままお引き取り願おうと考えていたのに、当のサイヤ人……悟空本人が出てきてはぶち壊しだ。
それでもどうにか、何とか穏便に済ます方法をヤムチャは必死に考える。
再び、長い沈黙が訪れる…。
長い、重苦しい沈黙が続く。ただ悟空だけは不思議そうに二人を見つめ、首をかしげている。
「…そうか…。やっぱり…そうなんだな…」
ふいにマーリンが口を開いた。長い長い沈黙は、暗黙の肯定と受け取ったのだ。
「あぅう……うぅ……」
「……? ……??」
結局、いくら考えてもヤムチャには解決案が浮かばなかった。口で否定する事は簡単だが、当の本人が目の前に居る状況では、いくらヤムチャでも上手くいくとは思えなかった。何せ相手は「あの」悟空なのだ。
実はさっきから必死にパチパチと目配せをしているのだが、全く気がついていないようである。
「…お前も後で必ず殺す…」
そうつぶやくと、マーリンはヤムチャのそばからゆっくりと離れた。
…マーリンは思う。サイヤ人は確かにクズだが、それはある意味、戦闘民族としての持って生まれた業、宿命のようなもので、仕方無いと思う部分もある。しかしその力を利用したり徒党を組んで星星を荒らすような連中は、完全な己の自由意思で行動している分、余計に許せなかった。
そして、ヤムチャもその一人なのだ、と。
いや、戦闘力で言えばこのサイヤ人よりも、ヤムチャの方が上なのだ。ということはつまり、ヤムチャはこのサイヤ人を手下のように操る、悪の元締めであると考える方が自然だ。
一見、サイヤ人が支配しているとは思えないほどの美しいこの星の有り様も、表立ってではなく、裏から支配していると考えれば不思議ではない。
そう言う星も少女はかつて、何度も見たことがある。そしてその有様は、ある意味でより悲惨なものだった。
不正、腐敗、そして圧倒的な理不尽。それらを正そうにも、星の民は自分たちの真の支配者を知らない。目に見える権力者をいくら倒しても、事態は何も変わらない。
疲弊していく民はやがて諦め、従順な奴隷へと堕ちていく。そして他星から侵略者に目をつけられたが最後、すでに戦う気力をも失った彼らがたどるのは滅亡以外になかった。
長く宇宙を渡り歩いてきたマーリンは、そうして滅びた星をいくつも知っている。
「……くっ……ッ…」
だまされた、信じていたのに裏切られた、そんな男に一瞬でも気を許しかけた自分、そしてサイヤ人への憎しみが渾然一体となって、少女の心がどんどんとドス黒く染め上げられていく。
「ちょ…ッ、ま、まて…! ち、違うんだ! とにかく話を……ッッ…??!!」
ヤムチャがあわてて引き止めようとするが、少女のまとう気がそれを許さない。燃え盛る漆黒の炎。そう形容するしかない異常な気の緊張に、触れる事もそれ以上近づく事も出来なかった。
そして向かい合う悟空とマーリン。
「もう一度だけ聞く…。貴様は本当にサイヤ人なんだな………?」
「しつっけぇなぁ。だからさっきからそう言ってるじゃねえか。早く用件を言…」
ズアォォォッッ………!!!!!
悟空が言い終わる前に、再び荒野に閃光が走る。すっかり日も落ち、暗くなった分、より美しく見える閃光のドーム。しかし、そこは普通の生物では1秒たりとも生存を許されない、美しくも恐ろしい、死のドームでもある。
「ふふ…終わった…」
勝利を確信し、小さく息を吐きながらマーリンがつぶやく。口元にはあの笑みが、幾度となくサイヤ人を葬り去った後に、決まって浮かんでいた笑みが貼り付いていた。しかし。
ピピピッ……!!
ふいにスカウターが発した警告音が、少女の耳を打った。