「…見切った…だと…?」
悟空の言葉に、ぴくりとマーリンの眉が上がる。ふざけるな、と喉まで言葉が出掛ったが、何とかそれを飲み込み、その代わりに男を強く睨みつける。先程かすかに心に生じた恐怖も、怒りによって塗り潰されていく。
再びじりじりと間合いを詰めると、マーリンがもう一度、悟空に飛び掛かった。
ヴァオッッ!!!
しかし今度は真正面からではない。瞬間的に横っ飛びで一度悟空の視界から消え、そのまま後ろに回りこんで、がら空きの背中に渾身のパンチを放つ。しかしそれを読んでいたのか、あるいは本当に見切っているのか、悟空は振り向きすらせずにそのマーリンの攻撃を真上にジャンプしてかわし、流れのままに蹴りを繰り出す。
ブンッッッ……!!
「………ッッ…!!」
瞬間、ぞくり、とマーリンの全身が総毛立った。少女の延髄に、悟空の背面蹴りが迫っていた。マーリンには見えてはいないが、何か危険な『モノ』が自分の身体に迫っていることだけを直感する。直撃すれば例え戦闘力に差があったとしても、ダメージは避けられないほどの。
だが、もはや回避は間に合わない。そうマーリンが悟る。
「……ちぃぃぃっッッ!!!」
ガ…ギッィッッ!!
とっさに少女は驚くべき手段でそれを避けた。いや、避けたのではなく、自分から悟空の蹴りに当たりに行ったのだ。
自分の後頭部を狙う蹴り、それにとっさに頭を動かし、延髄ではなく頭頂部をマーリンがぶつけた。強引に身体をのけぞらせてヒットポイントをずらし、狙い通りの場所ではなく、堅い部位であえて受ける事で、悟空の追撃をも回避しようとする、まさに肉を切らせて骨を絶つギリギリの選択だった。
ゴロゴロゴロ……ッ!!
だが。それでも悟空の蹴りが狙い通りの場所では無いにせよ、ヒットしたのは確かだった。少女がつんのめるように前に倒れこみ、2度3度地面を転がってから、ようやく立ち上がった。
「…ハァ…ハァ…。……く………ッ……!!」
ダメージはさほど無い。疲労も思ったほどではない。しかし予想外の戦況に、少女の精神が少しづつ削られていく。
「…なぜだ…。…わたしの戦闘力は…確実に奴を超えているのに…!」
ぼそりとつぶやいたマーリンの言葉を悟空は聞き逃さなかった。
「…おめぇ、まだそんな事言ってんのか。それじゃオラに勝つなんて10年かかっても無理だぞ!!」
そう言うが早いか、悟空がさらに少女に迫る。
「ぐぅっ……ッッ…く……ッッ!!」
矢継ぎ早に繰り出される拳にただ翻弄されるがままのマーリン。必死に避け、そして受けるが、ぬるりとそのガードをすり抜けるように、悟空の拳がマーリンの顎を捉えた。
「ッッッッッ……!!!」
ガギィィィッッッ!!
「…おめぇの力はそんなもんかぁぁぁッ!! 今までヤムチャから何を教わったんだーーーーッ!!!」
吹き飛んでいくマーリンに、悟空が吐き捨てるように絶叫した。
「………・・・っっ……・・・!!」
顎に悟空のアッパーを受け、マーリンが槍投げの槍のような放物線を描いて吹き飛んで行く。だがインパクトの瞬間、少女はとっさに自らジャンプして威力を半減させていた。手応えからそれを悟った悟空ではあったが、自らも空中に飛ぶ事はせず、地上からただマーリンを凝視する。
一方で自ら飛んで衝撃を減らしたものの、それでも強い痛みと衝撃がマーリンを襲っていた。半ば朦朧とする意識の中、少女はヤムチャの声を聞いたような気がした。
『………おまえは俺から何を学んだんだ…!』
「………ッッ!!」
はっと少女の意識が覚醒する。そして同時に、また自分が力に溺れていた事にマーリンは気づいた。ベジータ王子をも圧倒し、ねじ伏せた事で生まれた慢心が、超化すらせずに戦おうとする悟空への苛立ちと相まって、あれほど修行から…ヤムチャから学んだはずの物を、すっかり置き去りにしてしまっていた事に、ようやくマーリンは気が付いた。
『…いいか? 前にも言ったけどな、精神と肉体をバランスさせ、統一しなけりゃ大きなパワーは引き出せない。無理にパワーだけを引き出したとしても精神がそれをコントロールできなきゃ意味が無いんだ。常に協調し、2つをひとつにするんだ。今のお前になら…それが出来る……』
「……! はぁッ……!!」
飽きるほど聞かされた『師匠』の言葉が、マーリンの頭に鮮やかに蘇る。瞬間、くるり、と少女が空中で身体を捻ると、そしてそのまま空中に留まり、悟空の方へ向き直る。そんなマーリンを悟空がじっと見つめていた。
「…………」
すぅっ、と悟空の身体も宙に浮かんでいく。ゆっくりとマーリンのいる高度に達し、再び構えなおす。
「…ふぅぅぅぅ…ッッ…」
小さく息を吐き、マーリンも構える。そして自分が大きな思い違いをしていたことにも少女は気づいた。
自分の目的はあくまで超サイヤ人の悟空を倒す事だ。だが、今の悟空をも倒せない者が、それを口にしていいはずが無い。なぜなら超サイヤ人とは……究極のサイヤ人なのだから。
ボゥッ…!!
再びマーリンが赤いオーラをまとう。だがパワーは先ほどとほぼ同じだった。それを明確に感じ取った悟空が眉をひそめる。
「…どういうつもりだ? 今のはそれほど効いちゃいねぇはずだろ…?」
先ほどの戦いからすれば、無理やりにでもパワーをさらに上げるならともかく、ほとんど変化させないなどとは、悟空には不可解でしかなかった。ダメージでパワーが落ちたのならそれもあり得るが、マーリンから感じられる気の流れからは、それも無いはずだった。
にわかには意図が掴めないマーリンの行動を怪訝そうな表情で、それでも油断だけはせずに悟空が見つめる。その時、目の前の少女の口から、信じがたい言葉が飛び出した。
「ふ…。…今のお前などに全力…フルパワーは必要ない。当然だろう?」
「………ッッ……!」
それは今のマーリンの精一杯の強がりだった。だが少女の言葉に悟空の表情がさらに険しくなる。
「……オラの買いかぶりだったみてぇだな…。前みてぇにガムシャラな戦いのおめぇは嫌いじゃなかったが…。もういい。終わりにすっぞ!!」
もはやマーリンは勝負を捨てたのだと悟空は感じた。
…余力を残しての敗北。それも敗北には違いないが、一方では自身が認めなければ本当の敗北ではない。
『ー全力なら負けなかったー』
余力を残していればそう言い訳が出来る。例え出していたとしても、覆らない可能性があっても、そう思い込めば自分を慰める事は出来る。
そして、そんなつまらない言い訳にすがるために、全力を出さずに負ける事を……少女はその道を選んだのだ、と悟空は理解した。
バンッッッ!!
今度は悟空がマーリンに襲い掛かる。もはや茶番に堕した戦いなど、一刻も早く終わらせたい。そんな悟空の思いを乗せた拳が、何の遠慮もなく少女を襲う。
ドズッ! バキィッ!! ズガァッ!!
立ち尽くし、身体を丸めてただひたすらマーリンはガードに徹する。だがそれが破られるのも時間の問題だった。パワーだけならいまだ少女の方がわずかに上回ってはいるが、それでも悟空のこの連撃をいつまでも受け続ける事など出来ないだろう。
ブゥゥンンッッ!!! ドガァッッ!!!
悟空のハンマーパンチが中空のマーリンに振り下ろされた。そのまま地上に叩きつけられそうになった少女だったが、かろうじて体勢を整える。しかし悟空の追撃は止まない。間髪を入れずに悟空が真上からの急降下蹴りを放つ。
ギャオゥッッ…!!
「く……ッッ…!!」
「はぁッ………!!」
それを何とか回避したマーリンに、すかさず悟空が着地と同時に気功波を撃つ。それも何とかガードしたものの、もはやマーリンの手は攻撃する事を忘れたかのように、ただただがっちりと身を守るだけに使われていた。
「ッッっち………! いい加減に……!!」
退屈な、一方的な展開に半ばうんざりしながらも、しかし悟空の手が止まる事は無かった。執拗にガードの上からも、悟空がひたすら拳を叩きつける。
「く……ぐ…くっ……」
「……!! 終わり…だアァっっッ!!」
そして…ついにマーリンのガードがわずかに下がった。ここぞとばかりに渾身の一撃をそこへ滑り込ませようとする悟空。だが、わずかに開いたガードの隙間から見えたマーリンの目は……勝負を捨てた者の目ではなかった。
ブンッ!!!!
悟空の本気の鉄拳が、容赦なくマーリンの顔面を襲う。
…バキィッッ!!!
「ぐっ……はぁァッ…ッ??!!!」
だが。次の瞬間、悟空は己の拳をかわしつつ放たれたカウンターを、少女から叩き込まれていた。