「………な…ッ…?!」
今のは充分にパワーもスピードも乗った、何よりも完璧なタイミングのパンチだった。それだけに今度は悟空が困惑する番だった。ポタポタと血の滴り落ちる鼻を思わず押さえる。
「…ちぃ……っ…」
しかしすぐに悟空は気持ちを切り替えた。さっきの自分のパンチは決着を急ぎすぎて、少々力みがあった。それを突かれたのだ。また、すっかり少女は勝負を諦めたとばかり考えていたせいで、予想外のカウンターを食らってしまっただけなのだ、とも。
マーリンがまだ諦めていない、というのは悟空にとっては誤算ではあったが、依然状況はほとんど変わりはない。ならばもう一度繰り返せばいいだけの事である。油断は禁物とはいえ、しかし気を引き締めてかかれば何の問題も無いのだから。
じり、じり、と再び悟空が、だらりと両手を下げたままのマーリンに慎重に近づく。
「…しゃあァァっ!!」
もう一度マーリンに悟空がパンチを打ち込む。フルパワーではない、むしろスピードに重点を置いた、ジャブのようなパンチだった。パワーこそ少女に劣るが、無駄なく洗練された、まさにお手本のようなジャブだった。
『……よし、いいぞマーリン! 相手の攻撃を目で見るんじゃない。そうやって気で感じ取るんだ!』
悟空のパンチが迫る中、マーリンの頭の中にはヤムチャの声が響いていた。精神と時の部屋で過ごした4ヶ月にも及ぶ修行の間、ヤムチャが口を酸っぱくしてマーリンに説いてきた言葉が。
「…気で……感じる。気で…かわす…」
ぶつぶつとうわごとの様に、マーリンが繰り返す。目の前にはすでに悟空の拳が迫っている。当たれば確実にダメージは免れないパンチが。
だが。
ブゥゥゥンンッッ!!
凄まじい音を立てて、拳はマーリンの顔すれすれのところを通り過ぎていった。
「………!!??」
またも信じられない、という表情で、悟空が空を切った自身の拳を思わず凝視する。
外すつもりも、外されることも彼の頭には毛頭もなかった。かすかにうつむいたままの少女からは、かわす気配もなかったのだ。
「ちぇぇぇいぃッッ!! りゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁーーッ!!」
しかし間髪入れずに、悟空がさらなるパンチを繰り出す。それも二発三発どころではなく、ダース単位で必倒の連打を少女に放つ。
「…気の流れ…強さ…、…そして…バランス…、…協調……」
ぼそぼそと少女が何言かをつぶやく。驚いた事にその目は閉じられていた。だがその状態でマーリンは、次々と襲い掛かる悟空の拳をことごとく避けてみせる。
…パシィッ!
「…な…っ……!…」
避けられ続けた連打の最後の一撃。しかしそのパンチは避けるのではなく、あえてマーリンは払いのけた。腕を取られた悟空がバランスを崩しかけた一瞬、そこへ少女の反撃が襲い掛かる。
「…っちぃィッ…!」
バババッ!!
しかしさすがは歴戦の兵の悟空である。難なくマーリンの蹴りをバク転でかわし、さらに反撃に移る。
次から次へと攻守が目まぐるしく入れ替わっていく。その一進一退の攻防の最中、すでマーリンの目は開いていた。しかしその目はひとつひとつの攻撃を追うのではなく、ただ悟空本人をしっかりと捉えていた。
ガガガッッッ…!!
ガキィッッッ……!!
ベキイッッ……ッッ…!!!
「っりゃあァァッッ!! つあーーーッッ!!」
「……ふッ! っッ……しぃッッ!!」
…状況は拮抗していた。両者ともに一歩も引かず、その場に立ち止まったまま拳だけが交錯する異様な光景だった。お互いに直撃は無く、永遠に続くかのように思われた攻防だったが、徐々にその光景に変化が現れ始めた。
「ぐぐっ……くっ!」
じりじりと悟空の足元が土を引っかき始めた。1センチ、また1センチと、後ろに悟空の身体が押されていく。じわり、と悟空の表情にも混乱と焦りと驚きが浮かび始めた。そしてそれは見物しているピッコロたちにしても同じだった。
「バっ……バカな!! 孫が押されているだとッ!? なぜだ!! パワーはさっきとは変わっていないのに……!!」
これ以上無い、という驚きの表情でピッコロが叫ぶ。しかしそれも当然の事だろう。悟空の戦闘、格闘技術の高さはピッコロが一番良く知っていると言っても過言ではない。
…生死をかけて戦った天下一武道会、そして共に戦ったラディッツとの戦い、フリーザとの死闘、そしてどういう因果か、今は何故か一緒に修行をしているのだ。
そしてその分、誰よりも悟空の技術の高さを、ピッコロは肌身を持って知っていた。だからこそ信じられなかった。
「…バカな…。何だと言うんだ…! まさか……あの女の技…腕が急に上がったとでも言うのかっ!? バカ……なっ……!!!」
自分の口から出た言葉を、とっさにピッコロが否定する。そんなことなどあり得るはずがない、と。
しかし己の最大のライバルである悟空が、パワーが少々上だけの相手に遅れを取ることも、ピッコロには考えられなかった。ならばやはり今、目の前で起きている光景の理由は……悟空と鎬を削りあっている少女は、普通ならばそんなことはあり得ないが、戦いながら腕を上げていると認めざるを得なかった。
「………お…お父さん……」
悟飯も同様に、半ば呆然としながら眼前で繰り広げられている超ハイレベルな死闘に、ただ息を呑んで見入っていた。
一方、それとは対照的に、ヤムチャはほっと安堵の表情を浮かべていた。
『……冷や冷やさせやがる…。相手が超サイヤ人の悟空じゃなかったのが幸いだったぜ…』
やれやれと嘆息するヤムチャだったが、悟空と互角以上に打ち合うマーリンを見て、本音の所では少し驚きもしていた。もちろんマーリンが今やっていることは、ヤムチャの指導によるものだ。普段どおりならば、出来て当然の技術なのだ。
だが、自分と修行…組手をしていた時とは、桁違いに集中、実践できていることにヤムチャは驚いていた。
『…追い込まれて一皮むけたみたいだな…。これでこの勝負…まだまだ判らねぇぞ…!』
ピッコロが言った事もあながち間違いでは無かった。この戦いの只中で、なおもマーリンは進化を続けていた。
ズガァッッッ…!
ズドォッッッ……!!
バギィィッッッ………!!!
「く……ぐ…ッッ……!! りゃああああぁぁッッ!!」
「はぁっッッ!! ッつあッッ…!!」
なおもクレーターの中心では激しい戦いが続いていた。しかし先ほどまでは手に取るように判った少女の攻撃が、一転して悟空にはまるで掴めなくなっていた。
無駄なパワーや動作を伴わない洗練された技は、見切る事が非常に困難である。そしてマーリンの攻撃はほぼ完全にその域に達しようとしていた。パワーは今の悟空の方が低いのだ。スピードとパワーが上ならば、技のレベルが近づきつつある今、悟空の不利は当然のことだった。
ドガッ!! ズンッ!! ベキィッ!!
「くっ…こ…このままじゃ……!!」
すでに完全に状況は逆転していた。先ほどとは反対に、今度は悟空がマーリンの攻撃を亀のように身体を丸くして凌ぐしかなかった。ならば先のマーリンのように隙をついて反撃するしか道は無い。悟空が両腕の間から、必ずや見えるであろう少女の隙を必死で探る。
「……!! そこだぁぁぁっっ!!」
わずかに見えた少女の隙。そこに悟空は拳を繰り出した。
「………ッッ……!」
だが、それを読んでいたのか、パンチをしゃがんで回避すると同時に、さっきのお返しといわんばかりに、マーリンが立ち上がる体ごとのボディアッパーを悟空にお見舞いする。
ド…ズゥッッッッンッッ!!
「お…ぐ……っあ……!!……」
一瞬、身体に大穴が空いたような錯覚すら覚えたほどの一撃だった。血と胃液を地面に振りまきながら悟空の足がたたらを踏む。しかし少女は追撃の手を全く緩めようとしない。
「おおおおおッッッ!! っらぁッッ!! せいッッ!!」
ガガガガガッッッ!! ドドドドドッッッ!!!
「ぐ……ぐぐ…ッッ…、…ぎ……ぎ……」
さらに激しくなっていく嵐のような少女の攻撃に、もはや悟空の敗北は時間の問題に思えた。だが。
「……ッッ…! …っか…界…王……拳………、20倍…だぁぁぁっっっっ!!!」