「…言っておくぞ…。やめるなら今のうちだ……」
超サイヤ人の姿を見てもなお、戦意を失わないマーリンに、悟空が今までとは少し違う口調で声を掛けた。どれだけ激しい戦いであっても、どこか余裕すら感じさせていた丸い口調ではなく、迸るような低い声と、突き刺すような口調だった。
…ただ、そう言いながらも、悟空は自分の感情が乱れている事を自覚していた。激しく突き動かされるような戦いへの欲望と、それとは全く逆の、少女への気遣いが心の中で混沌としていた。
超サイヤ人になるといつもこうだ、と悟空は心の片隅で思う。得体の知れないどす黒い感情がぐるぐると蜷局を巻いて心の中に居座り始める。まるで遠い日に失った、本来のサイヤ人としての本能が、この時だけ蘇るかのように。
上手くそれを抑えられればいい。だが、そのタガが外れそうな予感は常にある。戦いが激しければ激しいほどに。
そして目の前の少女は強い。これほどの実力者と戦って、どこまで正気でいられるか、悟空は確信を持てなかった。最後の最後で、自分はいったい何をしてしまうのか…?
…気が付いた時、自分は少女をバラバラに引き裂いてその血で全身を染め上げ、狂気の笑みを浮かべているかもしれないのだ。
以前はそんなサイヤ人の残忍な性向など、まるで想像も出来なかったし、理解も出来なかった。だが超サイヤ人に目覚めてからは、自分もまぎれもなくサイヤ人なのだと悟空は強く実感するようになっていた。
失った訳ではなく、単に心の奥底に普段は眠っているだけで、サイヤ人としての本質は依然自分の内にしっかりと存在しているのだ…と。
だから界王拳で終わらせたかった。自分が自分でいられる限界の力で。しかしそれは叶わなかった。
ならば。結果が例えどうなろうと、真の力で相手をする他は無い。そして少女もそれを強く望んでいるのだ。
五体満足で終われるなど、そもそもこの少女は考えてすらないだろう。自分を見失うなど、それに比べれば些細な恐れでしかない。ましてやこの少女を殺したくない、などという考えは傲慢であり侮辱であろう。
ゆえに、ただ全力を持って倒す。それだけが戦士として、武道家としてマーリンに応える唯一の手段なのだと、悟空はわずかに残っていた迷いを振り払った。
ボゥッッッ!!
そして、これが返事だ、と言わんばかりに、マーリンの身体からも再び赤いオーラが噴き上がる。それに悟空が、ふぅ、とため息を漏らしながらつぶやいた。
「いいんだな……。さっきのお前の言葉じゃないが…死ぬんじゃないぞ…」
ギュアッッ!!!
マーリンの視界から一瞬にして悟空が消えた。金色のオーラをたなびかせて。
「……??!!」
そして悟空が消えたかに見えた瞬間、ぞくり、とマーリンは背中に気配を感じた。
「な…」
とっさに振り向きかけ、何だと、と言いかけた少女だったが、その言葉は最後まで発する事は出来なかった。
…ズ…ガッッッ!!!
「が……ッぎゃっ……!!??」
いったい何が起きたのか全く判らないまま、無様な叫び声を残してマーリンが吹っ飛んでいく。地面と平行に数十メートル、そしてそのまま水面を跳ねる石ころのように、何度もバウンドしてさらに数メートルの距離を地面を削りながらようやく止まったところに、悟空が飛んだ。
「………ぁ……ぁ……ッ…っ?…」
マーリンの意識は完全に刈り取られていた。痛みなどは無く、ただ突然に、まるで麻酔でもかけられたように、いきなり意識が断ち切られたのだ。
しかし何度も地面に叩きつけられ、全身をボロクズのようにされて、ようやく少女は意識を取り戻し始めた。とっさに身体を起こそうとしたものの、指先ひとつピクリとも動かせない。
まるで言うことを聞かない身体に、いったい己の身に何が起きたのかを必死に把握しようとした瞬間、ごう、と風を巻く音がマーリンの耳に飛び込んできた。
「う……く……っ……」
気を感じるまでもなく、悟空が迫る音だと少女は直感する。同時にこの追撃を避けられなければ……再び自分は暗黒の世界に戻されるだろうと確信する。かつて垣間見た、あの永遠に目覚める事の無い暗黒の世界に。
「ぐっ……あぁぁぁぁぁっ!!!!」
ド……ゴオゥッッ!!!
かろうじて繋がれている精神と肉体をマーリンが必死に再統合する。どうにか感覚が戻った身体に力を入れ、ばね仕掛けの人形のように跳ね起きた。そのほんのわずかな後、先ほどまで自分が倒れていた場所に悟空が降り立った。圧倒的な威力が込められた拳が、大地を激しく穿ちながら。
「…へぇ……。よく起き上がれたな…。もう終わりかとガッカリしかけたんだがな……」
ずぼっ…と地面から拳を引き抜きながら、悟空がそうつぶやく。その表情からは感情というものがまるで見えなかった。しかし、はぁはぁと荒い息をつきながらマーリンがふらふらと立ち上がると、かすかな笑みを浮かべた。
一方、かろうじて立ち上がれたものの、少女はただの一撃で甚大なダメージを負っていた。それは肉体だけではなく、むしろ精神へのダメージだった。
「く……そ……っ…」
折れた奥歯をぷっと何本か吐き出し、口元の血をぬぐいながら少女が弱々しくつぶやいた。同時にようやく先ほどの攻撃が何だったのかを把握する。振り向きかけた自分の横っ面にパンチが直撃したのだ、と。
そして、その悟空のパンチにまったく反応できなかったことに、マーリンは改めて衝撃を受けていた。
…もはや気で捉える、気で避ける、などというレベルの話ではなかった。今の悟空の…いや、超サイヤ人のスピードは、もはやそういう次元の問題ではないのだと、マーリンは痛感した。なぜなら初動を気で感知できたとしても、それに対応した行動を取る前に、悟空は自身の攻撃を完了させてしまう。仮に悟空の動きが全て事前に読めたとしても、防御や反撃でマーリンが腕を動かす速度より、悟空の全ての速度が単純に上回っているために、どうにもならないのだ。
「……………ッッ……」
…真正面からこの超サイヤ人という『怪物』にぶつかる限り、一片の可能性も残されてはいない事を、つくづく少女は思い知った。だが。
……全く予想以上…。しかし…「予想外」ではない!