「ちっ……いぃぃぃぃっッッ!!」
ヴァウッッ!!
ゆらり、と砂のベールの向こうから迫るマーリンの影に、混乱しながらも悟空は渾身の一撃を見舞う。しかし。
パァァッンンンッッ…!!
「…手応えがっ……! コイツは偽者か……ッ!?」
悟空の一撃を受け、『それ』が木っ端微塵に弾け飛んだが、それは小さな人型の気の塊に過ぎなかった。
そしてふと気づくと、辺り一面に何らかの気配が自分を包囲している事に、悟空は息を呑んだ。
「…くそっ!! だがそんな子供だまし…オレには通用しないぞっ…!!」
そう言いながらも、内心悟空は動揺していた。普段の自分ならば確かにこんなものは子供だましに過ぎない。しかしどういう訳か、今の悟空にはマーリンの影であるこれらの微妙な違いが捉えられないのだ。
「気」を感知する事は出来ても、それがマーリン本人なのか、ただの気の塊なのか、その差までを感じ取る事が出来ないのだ。その事実にこそ悟空は動揺していた。
「ちぃ……ッッ!!」
ゆらり、とまた一つ迫った影に、悟空が半ばキレ気味に拳を振るう。が、やはり手応えはない。その苛立った男の背中に、もう一つ影が忍び寄る。
バキィィィッッ!!!
「ぐっ…はあぁぁぁっ!!」
しかし、それは影ではなく、マーリン本人だった。背中に強烈な一撃を浴び、あわてて悟空が振り向くが、すでにマーリンは気を静めて幾多の影に紛れていく。そしてまた影が迫る。
混乱は深まり、動揺へと変わっていく。そして動揺は焦りを呼び、悟空の心から、どんどんと冷静さが奪われていく。
一方、クレーターの中に立ちこめる砂煙で状況を上手く掴めないのは悟空だけではなかった。ピッコロたちも同様に混乱していた。ただし、悟空とは違う意味でだが。
「な…何をしてる……孫のヤツは…! こんな目くらましなど、オレたちには無意味のはずだろうが!!」
彼らにはよく状況が「見えて」いる。それだけに悟空が、何故こんな愚にもつかない作戦に引っかかっているのが理解出来なかった。武術のぶの字も知らないような、まるで素人のような無様な戦いぶりの『ライバル』の姿に、思わずピッコロが叫んだ。
「ヤムチャ…! どういう事だ、これは! キサマ…あの女に何をさせた!?」
「……さぁてな…。そいつは自分で勝手に考えるんだな…」
いきなりピッコロに話を振られ、カッコよく含みを持たせてクールに答えたものの、ヤムチャ自身もそれへの答えなど持ち合わせてはいなかった。思い当たる節は無いではないが、今の時点でははっきりと断言できるほどのものでもないのだ。
しかしふいに、それまで静かに観戦していた悟飯が口を開いた。
「…お…お父さん…、もしかしてあの人の気が読めてないんじゃ……!?」
「……な……んだと……?」
まず驚き、次に平静を装ってピッコロが嗤う。
「フ……フフ…。な…何をバカな……。孫に限ってそんな事があるはずが無い! ヤツの腕は悔しいがオレ以上だ…。いくら冷静さを欠いたとしても、相手の気が読めなくなるなど……有り得ん…!!」
そう言って、きっ、と悟飯を睨みつける。だが、悟飯はそんなピッコロの視線を真っ直ぐに受け止める。それに気圧された訳では無かろうが、少しづつピッコロも先ほどの己の言葉への自信が揺らいでいく。
……なぜなら仮に、もしも本当にそうなら、確かに今の悟空の戦いぶりにも納得がいくのだ。
「…何だ…。何か…気づいたというのか…? …悟飯」
渋々、と言った風情でピッコロがようやく悟飯に続きを促す。
「……ピッコロさんなら判ると思いますけど…ボクはカッとなったり、自分で自分を抑えられなくなった時…力がどんどんと膨れ上がるんです…」
「……………」
悟飯の言葉に、修行の最中やナッパ、そしてフリーザとの戦いをピッコロが回想する。
「確かにそうだったな…。…だが、それと今の悟空と何の関係が……」
「…ボクがそのパワーでメチャクチャな戦いをしてしまうのは…ボクがその大き過ぎる力を…まるでコントロールできないからなんです。だから今のお父さんも…もしかしたら超サイヤ人の力を上手く操れなくて、そのせいでいつもより上手に戦えないんじゃないかって…」
「……な………」
「…へぇ………」
悟飯の恐るべき推測に息を呑むピッコロ。ヤムチャも思わず感嘆の声を漏らした。ここまでの戦いを考察していたヤムチャも、同じ結論に至ったからだ。
「…お前さ、やっぱ学者に向いてるのかもな」
「え? は……はぁ……、どうもありがとうございます……」
『孫悟空』の息子の頭を、わしわしとヤムチャが撫でた。まだ10歳にも満たない子供とは思えない洞察力に、ヤムチャが感心する。そして……その推測は当たっていた。
超サイヤ人に変身すれば、確かに桁外れのパワーを得る事が出来る。だが悟空本人のスキルまでが上がる訳では無いのだ。10倍界王拳までならまだしも、それを軽く上回る超サイヤ人状態の超絶パワーまでも完全に制御できる訳ではないのだ。
もし完全に制御できているのなら、超サイヤ人であっても気をほぼゼロにする事もできるだろう。しかし今の悟空には出来ないことからも、それは明らかだった。
また、超化する事で、心には得体の知れないサイヤ人本来の性格が現れる。普段は穏やかな悟空であるがゆえに、そのギャップは計り知れないほどの、ざわざわと常に落ち着かない精神状態になってしまうのだ。
加えて今の予想外の状況……何よりもマーリンの挑発により、すでに悟空は武道家として、もっとも大切な平常心すら失いかけていた。こんな状態ではパワーを除いては、むしろ『戦力』はダウンしていると言っても過言ではない。
そして、これまでのマーリンの挑発めいた嘲笑は、この状況を生むための戦略、戦術だったのだ。
今のような精神状態では、どれほどの戦士であっても、まともに相手の気配を読み取ることなど不可能だろう。かろうじて気を感知できるだけでも、悟空のセンスが卓抜したものの証左なのだ。
もっとも、本来ならば超サイヤ人への変身は、それを差し引いても余りあるだけのパワーアップではある。だがすでにマーリンは、ただのパワー自慢の戦士では無くなっていた。機転も利き、武術の腕前もすでにかなりのものである少女は、今の悟空にとっては相当に危険な相手となっていた。
「ち……ぃぃ……ッッ! 舐めやがって……ッッ!!」
…あるいは超化などせず、無理にでも界王拳で戦っていた方がまだいい勝負になっていたかもしれない。ちらりとそんな考えも一瞬だけ悟空の頭をよぎったが、伝説とまで称えられた超サイヤ人としては、それは到底受け入れられなかった。
…しかし少しづつ削られていく体力と精神に、悟空のストレスが底なしに増えていく。