Saiyan killer   作:北江

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65話、秘技

 

 ドガァッ!!

 

「ぐっ…はァ…!」

 

 バキィッ!

 

「がっ…!!」

 

 ゆらり、またゆらりと現れては消えるマーリンと影に、悟空の苛立ちが最高潮に達する。

 

「い…いい加減にしやがれ…! それでも戦士かお前ッ……!!!」

 そう吠えながら、悟空が気功波を影に撃ち込んでいく。しかし相変わらず手応えは感じられない。それどころか、影をいくら消しても全く数が減る事は無く、むしろ分裂し、数が増えているかのように感じられていた。

 しかし、その奇妙さと限界を超える苛立ちが一周して、逆に悟空は冷静さを取り戻した。

 

「…へっ…よく考えてみりゃ…、簡単な事じゃねぇか…」

 そう言って悟空が大きく息を吸い込んだ。そしてにやり、とその口元が歪む。

 

「…ハァッッッ!!!」

 

 ズヴォォォッッッ!!!

 

 悟空の身体をまとうオーラが一際大きく輝く。そして全方位に放たれた気が、さながら大爆発を起こしたかのように、みるみる内にクレーターの中に充満していた砂塵を吹き飛ばしていく。

 

 ぶわあああっっっ………

 

「………」

 一気に、完全に視界がクリアになった。しかしそこで悟空が目にしたものは…ふわふわと浮かぶ気の塊だけだった。

 

「…な…に…、ヤツは…どこだ……!?」

 

 きょろきょろと辺りを伺い、一応気も探ってみる。しかし全く気配がない。

「くそッ…どこに行きやがった……!?」

 

 そんな悟空をあざ笑うかのように、ふわふわと気の塊が彼の周りで愉快そうに踊る。

「きっ…消えろッッ!!」

 

 ボウッ!

 

 悟空の手からエネルギーが撃ち出される。しかし。

 

 ギュルッ!

 

「何ッッ…!!??」

 その気の塊が、悟空から放たれたエネルギーを浴びる寸前に形を変えた。ふわふわとしたものではなく、小さく丸い形状に。それによって外れた悟空の気功波が大地を激しく揺らす。

 

 ふと回りを見渡せば、全てのふわふわが同じく小さく変形していた。数にしておよそ10はくだらない。

 そしてこの形を…悟空はどこかで見た記憶があった。もう何年前だったかも定かではないが、生まれて初めて自分が強敵と感じた男が、かつての師を敗北寸前にまで追い込んだ時に使われた技…。

 

 

「……繰気弾か…ッ!!!!」

 

 

 

 悟空がその言葉を発するのを待っていたのか、それともただの偶然なのか、同時に気の塊…繰気弾が動き始めた。

 

「………ちッ……」

 マーリンの姿が相変わらず見えないことに、悟空が小さく舌を鳴らした。どこかに隠れているのか、それとも宇宙人としての特殊能力などで姿を見えなくしているのか、ヤードラット星人の事もあって悟空は結論を下せないでいた。何より今の脅威はマーリン本人では無い。目の前の繰気弾たちなのだから。

 

 ヴゥゥゥゥン……ッ…

 

 回りを取り囲むように、ゆっくりと距離を縮めてくるそれらから、悟空は相応の力を感じた。正確には測れないものの、かなりの気量を圧縮、内包しているようだった。超サイヤ人となった今の自分であっても、まともに直撃すれば無傷では済まないだろう、と瞬時に判断する。

 

 慎重に悟空がそれらを見渡す。そしてじりじりと包囲を狭める気弾たちが……弾かれたように一斉に襲い掛かった。

 

 ヴァゥウッッッ!! ヴォッッッ!!!

 

「……くっ!! ちぃぃっっ!!」

 

 矢継ぎ早に迫る気弾たちを悟空が避ける。ひたすらに避ける。だが手の動きである程度気弾のコントロールが読める単発のヤムチャの繰気弾とは違って、術者の姿が見えないこの繰気弾は、単純に気弾の動きそのものを、しかも同時に多方向からのものを見切らねばならない。それは今の悟空にとって非常に困難な作業だったが、それでも長年の経験からか、半ば勝手に身体が動いていた。

 そしてほとんど無意識で気弾をかわしながら、改めて悟空は、後手後手に回ってしまう己れのうかつさを呪い、歯噛みしていた。

 

 

「く…っ!! またあんな見え見えの罠にかかるとは…孫め…! いくらなんでも相手を舐めすぎだ…。…バカがっ!!」

 ピッコロもその様子を見ながら毒づいていた。しかし。

 

「…しょうがないさ。悟空は今まで、そんな戦い方なんかほとんどした事なんか無いんだからな…。…そこが言わば、あいつの隙だったという訳さ」

 ぽつりとそうヤムチャがつぶやくように言った。

 

 そう、悟空の今までの激戦は、全て相手が互角、あるいは格上だった。マーリンのような自分よりも一回り以上も実力が下の相手との「死闘」など、経験がないのだ。

 

 格上が相手ならば油断など出来るはずもない。互角でも同じ事だ。だが、「少し本気を出せばいつでも倒せる」ようなレベルの相手の戦いでは、そこまで油断なく相対する必要など無い。そこにマーリンはまんまと付け入ったのだ。

 

 そしてそれはヤムチャの入れ知恵でもあった。慢心とまでは言わないものの、今の時点で宇宙最強を誇る悟空が、そこまで謙虚になるような男でもない事は、長い付き合いからよく知っている。

 

 一撃で終わる事を恐れていたのは悟空だけではなかった。マーリンもヤムチャもそうだったのだ。それはつまり、そこを乗り越えさえすれば、いかに戦闘力に開きがあったとしても、勝ち目は出てくるとの確信によるものだった。

 身を削りながら、必死に少女は少しづつ積み重ねていた。勝利への道筋とその可能性を…。

 

 

 ブゥゥゥンンッッ!! ヴァオッッ!! 

 

 なおも次々と悟空に気弾たちが襲い掛かる。しかし、最初こそ何発かは食らったものの、すでに目が慣れてきたのか、もはや余裕すらもって悟空はそれらを回避し続ける。

 

「…いい加減にあきらめろ!! もうこの技はオレには通用しねぇ!」

 そう高らかに宣告する。しかし、相変わらずぶんぶんとまとわり付く小虫のように、気弾は悟空の回りを飛び回る。

 だが彼は気が付いていなかった。回避しながらも、少しづつ少しづつ…自分がある方向へ歩かされている事を。

 

 

 

 ぴしっ…

 

 唐突に悟空の背後の地面がかすかな音を立てる。

「!!!」

 

 その音にとっさに悟空が振り向く。そしてその悟空に向かって、大地を砕きながら地中から特大の気弾が撃ち上がって来た。

 しかし、にやり、と余裕の笑みを浮かべながら悟空はその攻撃をあっけなくかわす。

 だが振り返った悟空の耳に、さらにもうひとつ地面が立てる音が飛び込んできた。

 

「…今度はこっちか…!!」

 もう一度、男が振り返る。だが。

 

 

 

 ガッゴォォォォッッッ!!!!

 

「な………っがッ……ッッ…!!!!」

 

 振り向いた先の地面は、わずかなひび割れを見せただけで、何も昇ってくる様子など無かった。だが、先ほどの一発目に開いた大穴から、もう一つ現れた気弾が、がら空きの悟空の後頭部を直撃した。

 2回目の地面の音は、このためのトラップだったのだ。

 

 まったくの予想外の攻撃に、さすがの超サイヤ人も一瞬意識が途切れそうになっていた。そして朦朧とする意識のなか、もう一度悟空は地面からの音を聞いた。

 

「せいーーーーーーーーーっッッ!!!」

 地の底から聞こえる雄叫びと、大地が砕ける音が混ざり合い、耳鳴りのようになって悟空の耳朶を打つ。そして。

 

 2発目の音の場所から、今度こそ飛び出したものがあった。だがそれは気弾ではなく、マーリン本人だった。

 後頭部に直撃を受け、よろよろと下を向いていた悟空の顔に、少女が強烈なヒザを叩き込む。

 

 メギィッッッ!!!

 

 ヤムチャやピッコロたちのところにまで届くほどの、激しい打撃音が響いた。

 

 

 

 ……だが、少女のヒザは悟空の顔面を捉えてはいなかった。激突の瞬間、悟空はとっさに掌を滑り込ませ、直撃するのを避けていたのだ。むろん掌一枚でダメージがゼロになる訳は無く、悟空の鼻や口からは再び血が滴り落ちていた。しかしその表情にはかすかな笑みが浮かんでいた。

 

「ヘ…へへ…。やっと出てきたな…?」

「……く…っ! ぐ…くっ…!!」

 

 みしり、と音を立てて掴まれたヒザに力が込められていく。マーリンの顔にも苦痛の色が浮かんでいく。ぺろり、と鼻からの出血を悟空が舌ですくった。

 

 

 …そして、その男の目には、かすかな狂気の色が宿り始めていた。

 


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