「狼牙……繰気…拳…だと……!!??」
そう悟空が声を発すると同時に、マーリンの周囲を飛んでいた気弾が一斉に、見えない戒めの鎖から解き放たれたように、四方から悟空に襲い掛かった。
しかし数はたったの4つ。こんな程度の数では何の役にも立たない。そう判断し、明らかな余裕をもって悟空が構える。
ヴァオッッッ!!
「……っな……?!」
しかし着弾寸前に迫った気弾は突然コースを変え、悟空から遠ざかっていった。思わず気弾を目で追ってしまった悟空だったが、自分に一直線に迫るもう一つの巨大な気を感知し、あわてて視線をそちらに戻す。そこにいたのは…マーリン本人だった。
なんと気弾からわずかに遅れて、マーリン自身も悟空に向かって突っ込んできたのだ。予想外の事態に、驚きと焦りの色が悟空に浮かんだ。
ヴォッ!! バババババッッッ!!!
「く……ッッ!!」
「はいはいはい~~~!! はいッ! はいぃ~~ッッ!!」
独特の掛け声と共に、やはりこれも独特な少女の拳が矢継ぎ早に繰り出される。その拳は握られておらず、人差し指と中指、そして親指によって作られている。3本の指に気を集中する事で、拳全体を強化するよりも、少ない気でより威力を高めているのだ。まともに食らえば今の悟空と言えど、皮膚はおろか肉まで裂かれかねないほどの威力を。
「はいはいはいはいはい~~~~ッッ!!!」
実のところ、ほんの少しだけ、マーリンは以前からこの掛け声はどうかと思っていた。しかしそれを言うとヤムチャが不機嫌になるので、いやいや従っていたのだが、いつのまにかそれほど気にはならなくなっていた。
…それはともかくとして。
マーリンの連撃、疾風のような牙拳が次々と悟空に襲い掛かる。しかし力の差はいまだ歴然としている。驚いたのも最初の一瞬だけで、後はさほど焦る事もなく、悟空が易々とそれらを捌き続ける。
「…大層な名前の割にはつまらん技だ…。…今更そんな程度の攻撃が……」
「通用するかしないかは…こいつを見てから言うんだな!!!」
そう言って。連撃を続けるマーリンの牙が…再びかすかに動いた。
はっきりとそれが見えた訳ではなかった。しかし武道家としての勘、というよりはむしろ動物的な直感で、悟空が己の身に迫る危険を察知する。
「…やべぇッッ!!」
とっさに男が顔を逸らす。その刹那、鼻先を白い塊が…気弾が、つい一瞬前まで己れの頭があった空間を引き裂いていった。
またしても予想外の攻撃だったが、どうにか避けられたことに悟空が安堵しかけた。しかし。
ズバァッッッ!!!
「……っが……ッッ!!」
次の瞬間、マーリンの白い牙と化した拳が、アッパー気味に下から悟空の道着を引き裂いた。
顔を逸らした瞬間、わずかに身体も反れた事が幸いし、かろうじて直撃は免れていた。だが、それでも悟空の胸からは鮮血が迸った。
「ほぅ…よく避けたな…。超サイヤ人…さすがだ……」
油断無く構えを直しながら、そうマーリンが賞賛する。運も実力のうち。戦士としてのキャリアの長い少女はそれを良く知っている。いくら強くても、それだけで『戦場』では生き残る事など出来ないのだから。
「ぐ……くっ………ッッ!」
じわりと道着に染み出す血を悟空が押さえる。その表情は今までに無く強張っていた。
そして悟空もようやく理解する。『狼牙繰気拳』とは、つまり繰気弾と狼牙風風拳のコンビネーション技なのだ、と。
だがしかし、複数の気弾を操りながら、同時に自らも攻撃に参加するなど、尋常のことではない。いったいどんな修練を積めばそんなことが出来るのか。ましてや自分と戦うためだけに、わずか一月でここまで技と力を練り上げてきたなど、到底正気の沙汰とは思えなかった。
「………ッッ……」
悟空は半ば呆れ、そしてかすかに畏怖し思わず呻いた。眼前のこの少女の、狂気にも似た執念に。
一方でマーリンは、そんな悟空を見ながらヤムチャの言葉を思い出していた。
『…そろそろ作戦とかも考えないと…まずいかもなぁ…』
そんな風に突然ヤムチャが言い出したのは、精神と時の部屋に入ってから2ヶ月が過ぎようとしていた時だった。
あの一件以来、ますます戦闘力を伸ばしていたマーリンではあったが、まだまだ悟空には遠く及ばないのも確かなのだ。ヤムチャの不安ももっともである。
『…作戦…だと? つまり、ただ戦うだけではなく、何か卑劣な策を講じる気か!? ふざけるな!! そんなものは戦いじゃない!』
いつもの反復練習の途中だったが、たまらずマーリンが大声で反対する。
『誇りある戦士の戦いはひとつだけだ! まっすぐに挑み、まっすぐに叩き伏せる! それしかない!!』
そうマーリンが正論、王道めいた主張を叫ぶ。しかしそんな少女に、ヤムチャが冷ややかな視線を向ける。
『…勇ましいのは結構なことだけどよ、負けたら何にもならないだろ? お前は悟空とただ戦いたいだけなのか? それとも勝ちたいのか?』
『……ぅぐ……っ……』
男の言葉に思わずマーリンが黙り込んでしまう。しかし確かにその通りなのだ。
戦うだけでは意味が無い。勝ってはじめて、自分は本当の意味での、完全な自分になれると、少女は信じたのだから。
『……まぁ、今のこのままのペースが続けば、そんなものも必要ないとは思うけどな…。要するに念には念を、と言いたいのさ』
そう言って、ぱちり、とヤムチャがウィンクしてみせる。ふっ、とようやく少女の顔にも笑顔が戻る。
『判った…。で、具体的な案はなにかあるのか? ヤムチャ…』
マーリンの言葉にしばらく考え込んでいたヤムチャだったが、ややあってゆっくりと口を開いた。
『…そうだな…、案って程じゃないけど、いくつか思いつく事はある。例えば悟空の性格やら戦法だな。敵を知り、己を知れば何とやら、ともあるし』
『ん…。確かにそれはもっともだ。相手の事が判れば作戦とやらも立て易くはあるだろう。…で?』
『………んん………』
先を促されたものの、そこまではまだ考えていなかったヤムチャが再び腕組みをしながら唸る。今度はマーリンがヤムチャに冷ややかな視線を送るのだった。
『…えーと、俺の知る限り、悟空は業師的な相手との対戦は少ない、と思う。たぶん』
何やら頼りない物言いに、ますますマーリンが冷ややかな視線をぶつける。
『……つまり、そう言う戦いをすれば、悟空も勝手が違ってやりにくい、かもしれないな。うん』
『………………』
『………そ…それと! 悟空のヤツはああ見えてもオリジナルの技をほとんど持ってないんだ。そこがもしかしたら突破口かもしれない…!』
ほとんど苦し紛れに口を突いて出た言葉だったが、意外なほどマーリンがそれに反応した。
『…何…? それは確かに意外だな…。ふむ…どういう事だ……?』
少女の反応を見て、ここぞとばかりにヤムチャの頭と口がフル回転を始める。
『だろ? 誰だって自分なりの必殺技の一つや二つは持ってるもんだ。でも俺の知る限り、あいつにそんなのは無い。全部誰かから…武天老師さまや界王様から伝授されたものばかりなんだ。強いて言えば、超サイヤ人への変身ぐらいがそうなのかもな…』
『…確かにそれなりに名の通った戦士ならば、固有の技ぐらいは誰でも持っているな…。わたしのファイナル・グランスピアードにしても、おまえの繰気弾にしても。それが当たり前だと思っていたが…ヤツが違うとして、それはつまりどういう意味があると言うんだ?』
『…悟空は決してバカじゃない。事、戦いにおいては特にな。それどころかセンスはピカイチだ。なのにオリジナルの技が無いって事は…つまり…』
ごくり、とマーリンが唾を飲み込む。いったいどんな衝撃的な結論がヤムチャの口から語られるのか…。期待と不安に満ちた表情で、少女が男のその先の言葉を待つ。
『…つ……つまり……?』
『つまり……ど…どういう事だろ?』
……ズザザザザァァァァッッ!!!!
戦闘力100万以上による、まさに美技、超技と呼ぶにふさわしい、超ド迫力の凄まじいズッコケをマーリンが披露した…。
『おぉ! すごいぞマーリン!! おまえもずいぶんと芸達者になってきたな!!』
ヤムチャとこの部屋で過ごすようになってから、マーリンもかなり毒されてきたようだった。いろいろな意味で…。
『だが、まだまだ角度や突っ込み方が甘いな…その程度じゃ俺の隣には立たせられないぜ……ふっ………』
『……訳の判らない事を……。そんな事はどうでもいい! さっきの結論はどうした!!!』
『どうでもいいとは何だ!! 大事な事なんだぞ!!』
逆ギレするヤムチャを見て、ずいぶんと伸びた髪に隠れて見えにくいが、少女のこめかみにぴくぴくと血管が浮く。
あ、ちょっとヤバイかも。そんな風にヤムチャが思った瞬間、一気に膨れ上がったマーリンの気に、男は軽やかに吹き飛ばされていったのだった…。
実際の修行期間は5ヶ月ですが、悟空はマーリンが精神と時の部屋で修行したのを知りません。知っていればこんな風に気圧されることはなかったでしょうね。