「………ッッ!!」
「…おいおい、他所の星だと思って無茶すんじゃねぇぞ。形が変わっちまうじゃねぇか」
……あり得ないはずのスカウターからの警告音のすぐ後に、静寂を取り戻した夜の荒野に、のほほんとした声が響いた。
「……ッ!!??」
確かに仕留めた手応えを感じた直後だけに、一瞬我を忘れかけたマーリンだったが、すかさずスカウターで位置を探った。どうやら『敵』はとっさに空中に逃れたようだ、と判断した。
……思ったよりも速い。そうもマーリンは判断していた。全くの意外な事だったが、しかしそれは、むしろ彼女を冷静にしていった。
マーリンも空中へ飛び、再び悟空と相対する。スカウターの数値は先ほどと変わらず、5000少々を表示していた。サイヤ人にしては中々の戦闘力だが、もちろんそれでも少女に敵うレベルではない。
「ふん…スピードだけはなかなかだな。だが…その程度の戦闘力では、わたしには勝てない…」
「…なんだ、おめぇもナントカって相手の強さが判る機械つけてんのか。それ、オラたちにはあんま意味ねぇぞ。それと…おめぇにオラは倒せねぇ」
相変わらず、戦いの最中とは思えない飄々とした声だった。スカウターを持っていないため、マーリンの戦闘力が判らず、外見で判断しているゆえの余裕なのか。
「…まぁいい…。言っておけ。すぐに判る…判らせてやる!」
マーリンからすれば、あまりに常軌を逸した発言の数々に思わずキレかける。いや、発言だけではない。その声、話し方、立ち居振舞いの全てが、彼女の知るサイヤ人とは違い過ぎるのだ。その違和感こそが、彼女をさらに苛立たせる。
「はぁっッ!!!」
その苛立ちをも乗せ、少女の放った渾身のエネルギー波が悟空を襲う。だがそれは、虚空をむなしく切り裂いただけだった。
「なっ…………!」
思わず声を失うマーリン。悟空の…サイヤ人の姿を少女は見失った。あろうことか、『敵』の動きが見えなかったのだ。
いや、それ以前に今の攻撃をかわされる事など有り得なかった。パワー、スピード、共に申し分ないエネルギー波だ。戦闘力5000程度の戦士には、受ける事もかわす事も不可能なレベルの攻撃だったのだ。
呆然とするマーリンにさらに追い討ちがかかる。サイヤ人の反応がスカウターから消失していることに少女は気づいた。
「…な、なに…、なんなんだ……いったい……」
…この星は訳の判らない事が多すぎる。もしかして、今自分は夢を見ているのではないかとすら少女は思った。それとも、先ほどヤムチャに食べさせられた食料に、致死性ではなく幻覚作用のある薬物などが盛られていたのかとも。
ピピピッ!!
混乱する一方のマーリンを、唐突にスカウターの警報が現実に引き戻す。
消えていた反応が再び現れた。しかしその場所は…なんと彼女の後方1メートルだった。
「くっ………!!!」
振り向きざま、エネルギー波を放つ。しかしこれも当たりなどしなかった。
一体全体、どういうわけなのか、悟空の動きをまったく捉えられないマーリンは、更なる混乱に陥っていた。
本来、当然の事ながら戦闘力5000程度の戦士の動きが見切れないマーリンではない。やはり何かしらの要因で、自分が大きく力を落としてしまったのか、それとも、このサイヤ人が何か得体の知れない、スカウターでは捉えられない能力を持っているのか、とマーリンが焦る。
いずれにせよ、予想外の戦況に、少女の心の乱れは激しさを増していく。
ズ…オォォッッッ……!!!
ヴァヴァヴァヴァヴァッッ……!!!
「う…わぁぁぁぁぁああッッ…!!!!!」
不安を振り払うためか、今まで以上の気合なのか、マーリンが絶叫しながらエネルギー波を撃ち続ける。目にはうっすらとだが涙すら浮かんでいる。しかし一向に悟空は捉えられない。そんな彼女をあざ笑うかのように、かわしながら悟空が声をかける。
「…なぁ、そんな攻撃じゃいつまでたってもオラは倒せねぇぞ」
「………ッ! だまれだまれーーーーーッ!!」
男の言葉にさらに狂ったようにマーリンが攻撃を続ける。相当消耗し始めているのか、呼吸が大きく乱れている。
「パワーはそれなりにあるみてぇだけど、てんで使い方がなっちゃいねぇ」
「ーーーーーーーーーッッ!!」
「気功波はそんな風に使うもんじゃねぇ。それじゃ体力が減るだけだ」
まるで組み手稽古でもしているかのように、悟空がマーリンを批評しながら淡々と攻撃をかわし続けていく。このあまりに有り得ない状況に、少女の精神はもはや限界ギリギリだった。
「はぁ…はぁ…はぁ………ッ…」
…やがて、さすがに撃ち疲れたのか、マーリンの両手がだらりと下がる。ヤムチャに巻いてもらった包帯はとうに消し飛び、先ほどの戦いで自らつけた傷が開いていた。あちこちで内出血もしているのだろう、ヒジから下はどす黒い斑点がいくつも浮かんでいた。
「どうした? もう終わりかぁ?」
「ぐぅぅぅ……ッッ……!!」
悟空が軽い調子で再び声を掛ける。緊張感の無い、自分を殺そうとしている相手に掛けるようにはとても聞こえない声。焼けるような腕の痛みをこらえながら、憎しみと怒りと、絶望がない交ぜになった目だけで、マーリンは男の声に答える。
「…………っ…」
「…お?」
やがて、観念したのか、マーリンがするすると地上へ降り立った。悟空もそれを追って、つい先ほど出来たばかりのクレーターに降りる。20メートルほどの距離をおいて相対するふたり。
しかしマーリンが地上に降りたのは、決して敗北を認めたからではない。空中戦では捉えられないが、地上ならまた違う展開があり得ることをかすかに期待してのことだ。
もっとも、それがあまりにも楽観的な希望であることはマーリンも自覚している。どういうわけか、戦闘力では圧倒的に優位に立っているはずの自分が、攻撃を当てることも、それどころか捉えることもできないという事実は、事実として認めなければならない。
一時はパニックにさえ陥りかけたマーリンだったが、異常な状況に際して、逆に冷静さを取り戻しつつあった。
…目の前のサイヤ人は何か、得体の知れない力を持っていると認めざるを得ない。そう少女は認識する。であるならば、それを知り、考慮した上で戦術を練り直すだけだ。
戦場においては冷静さを欠くことこそが一番危険なのだ、と彼女の知己が常々語っていたことをふと思い出す。
冷静に。あくまで、どこまでも冷静になればまだいける。まだ戦える。少女がそう自分に言い聞かせていた時、ふいにサイヤ人からまた、のほほんとした声が聞こえてきた。
「…もうわかっただろ? おめぇはオラには勝てねぇ。オラを倒して何がしてぇのか知らねぇけど、あきらめてとっとと自分の星に帰ぇれ」
「……星へ……帰れ………だと……」
……それは。
…禁断の言葉だった。