Saiyan killer   作:北江

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69話、反転

 ザシャッ……

 

 悟空のヒザがゆっくりと地面に落ちる。うつむき、腕は力無くだらりと垂れ下げられていた。ぽたり、ぽたりとその腕から血が滴り落ち、小さな血溜まりを地面に作る。

 

『…や…やった…のか………!?』

 そんな悟空の様子に、マーリンが一瞬声を上げそうになったが、すぐに気づいた。いまだ彼の身体からは、恐ろしいほどの戦闘力を感じられる事に。

 

 

 一方で悟空は、これまでの戦いを振り返りながら、混乱、困惑、そして言い知れぬ激しい感情に襲われていた。明らかに力では自分が上回りながらも、これほどの劣勢を強いられた事実に。

 何よりも、なぜこんな年端も行かぬ少女に…しかも一度目の戦いでは、勝負にすらなり得なかった程度の相手なのに、と。

 

 悟空にとっては認めがたいことだったが、自分の心に慢心と油断があったことは受け入れざるを得なかった。そして、少女を舐めていた事も。それゆえ彼女の繰り出す罠や戦法に、後手後手に回らされてきたのだ、と。

 少女の…そしておそらくは裏にいるヤムチャの筋書き通りに乗せられてきたこと、そしてまんまと思惑通りに乗せられた自分自身の愚かさと未熟さへの怒りで、悟空は最後の理性さえ吹き飛びそうになっていた。

 

 だが、それを悟空は必死に抑えた。ここで狂えばそれこそ少女たちの思うツボだ。だからこそ少女はこれまでに、ありとあらゆる手段で自分から冷静さを奪い、武の鎧を剥ぎ取ろうとしてきたのだから。

 

 もはや悟空は認めざるを得なかった。このマーリンという少女が、とてつもない『強敵』である事を。

 

「………なっ……!」

 

 ふいに、すっ、と悟空が立ち上がった。まるで何事も無かったかのように。

 その様に思わず目を疑い、声を上げかけたマーリンだったが、あわてて気持ちを切り替え、すかさず構えを取る。

 べっとりと手についた血を振り払い、悟空が大きく深呼吸をする。静かに見開かれた男の目と心からは、もはや一切の迷いも慢心も、そして狂気さえもが消えていた。

 

「……波ァァァァァッッ!!!」

 

 そして大きく息を吐くと同時に、悟空から必殺のかめはめ波が放たれた。

 

 

「……!!??」

 

 突然の大技に、さすがのマーリンも一瞬怯む。かすっただけでも大ダメージ、悪くすれば一撃で終わりかねない。とっさに空中へジャンプして逃れる。だが。

 瞬間的に飛び上がった先、その自分のすぐ傍に、悟空の気配を少女は感じた。しかしおかしい。いくら何でも速過ぎる。有り得ない。

 そんなまとまらない思考が瞬間的にマーリンの頭を駆け巡る。そうしている内に少女は悟空の姿を目の端に捉えた。堅く硬く握り込まれた拳が自分に迫る様を見て、まとまらない線がひとつに集約する。

 

「…瞬間…移動…かッ???!!!」

 

 ガッッッッツツ!!!!

 

「ぐあぁっっ…ああッッ!!」

 

 不可避のように思えた悟空のパンチだったが、かろうじてガードが間に合った。しかし、ガードしてもなおその衝撃が、マーリンの胸部に大きなダメージを刻む。

 一瞬、痛みで涙がこぼれそうになったが、そんなヒマなど悟空は与えない。一撃で再び地面に引き戻された少女に、畳み掛けるように更に拳を繰り出す。

 

「うりゃあぁぁぁぁぁッ!!!」

「くっ……うッ……!!」

 

 とっさに痛む胸を押さえながら、必死に意識を回避に集中する。しかし一発一発が身体を掠るたび、マーリンの身体が総毛立つ。

 

「りゃりゃりゃりゃあーーーーーーーッッ!!」

「ぐぅッ……! く……はぁっ…!! はいはいはいッッ…!!」

 

 その攻撃を必死に避け続けながらも、悟空の攻撃主体の構えの隙を突いて繰り出されるマーリンの狼牙繰気拳も、男の身体の至る所に確かな傷跡を残していく。

 しかしかろうじて直撃だけは防いでいたものの、圧倒的な戦闘力の差は、例えガードの上からでも、決して小さくないダメージを少女の身体に刻み込んでいく。

 

 一見しただけではほぼ互角のような攻防ではあるが、実際にはマーリンが押されていた。これがもし『試合』で、採点があったのならば、『内容』としてはマーリンの方が上回っているが、『これ』はそうではないのだ。

 

「たぁりゃーーーーーーッ!!」

 悟空の渾身のサイドキックがマーリンの細い胴を襲う。とっさにそれを回り込んで避けた少女が、そのままバックブローをお見舞いする。紙一重で悟空もそれを避けたものの、さらに気弾が追い討ちをかけ、空中で体勢の崩れた悟空に2発の気弾が命中した。

 

 ガッッ!! ガギッィッッ……!!

 

 しかし、直撃にもかかわらず、悟空は大して効いた素振りも見せず、一瞬大きくよろめいた次の瞬間に、開いた距離を再び瞬間移動で詰める。

 

 

『ち…まずいな…。悟空のヤツ…開き直りやがったか…』

 ヤムチャの眉がわずかに曇る。先ほどまでの攻防とは違い、悟空はマーリンに決してペースを握らせまいとしているようだった。かめはめ波からの瞬間移動で、強引に絶対的な格闘戦に持ち込み、その状況をずっと維持しているのだ。

 

 今度はヤムチャの顔に、かすかな汗と焦りの色が浮かぶ番だった。そしてこれこそが、悟空が驕りを捨てて選んだ戦法だった。

 狼牙繰気拳とは複数の気弾で敵を翻弄し、あるいは攻撃を潰し、体勢を崩したところに牙拳を打ち込む、というのが基本的なパターンだ。つまり間合いとしては中距離から長距離を前提としているのだと、悟空はすでに見切っていた。

 ゆえに悟空は無理矢理にその間合いを潰した。気弾は無視して距離を詰めて、手数と回転で押し切ろうという作戦なのだ。

 

 …また、先程までの戦いで、あれほどまでに自分が追い込まれた理由の一つに、『普通』に戦おうとしていたことにある、とも悟空は気づいていた。『普通の戦い』とはつまるところ、相手の攻撃を出来る限り避け、逆に相手の隙を突き、打つというものだ。それは武術以前の、闘争の原則だろう。

 

 しかしマーリンという少女は普通ではない。その普通ではない相手に、普通の戦い方をしていては勝てる道理などないのだ。

 だから悟空は普通に戦って勝つことを捨てた。泥臭く、どれほど無様であっても、ただ勝利のために最善を尽くす戦い方を選んだのだ。

 

「…だだだだだっッ! だだだだだ----ッッ!!」

「ぐぐぐ……ッッ! はいッ!! はいいぃィ---ッッ!!」

 

 己が立てた作戦を、愚直なまでに悟空が守る。距離を空けられれば瞬間移動で即座に詰め、気弾はすべて無視する。

 確かに直撃すれば相応のダメージは負う。しかし致命傷には決してならないことも、これまでの戦闘で悟空は承知していた。食らうと判っているのなら、耐えられないほどの痛みもダメージでもないのだ、と。

 ゆえに当然無傷と言う訳にはいかなかったが、多少のダメージは最初から織り込み済み、覚悟の上なのだ。

 

 もっとも、この『肉を切らせて骨を絶つ』作戦で、相当パワーが低下してしまうことは避けられない。それでもその戦い方を続けていけば、先に潰れるのは間違いなくマーリンだという事を悟空は確信していた。

 ただの一撃でもまともに食らえば終わってしまいかねない少女と、何発もの攻撃を受けてなお致命傷にには至らない悟空とでは、そもそもの前提が違いすぎるのだ。

 このままの状況が続けば、いずれ天秤が悟空に傾くのは、火を見るより明らかだった。

 

「……ふん……。孫のヤツめ……やっと気づいたか…」

「…………っ……」

 徐々に変わり始めた戦況に、ピッコロもようやく安堵の表情を浮かべている。悟飯も少し微妙な感じではあるが、それでも父親の勝利を確信しているようだった。

 

 

 …バチィッッ!!

 

 一瞬の交錯の後、悟空とマーリンの二人の間合いが再び離れた。はぁはぁと荒い息をつく両者だったが、すでに勝負は決したかのように見えた。ようやく悟空にもかすかな笑みが浮かぶ。

 

「…どうやらここまでのようだな…。…だがオレをここまで追い込むとは…たいした女だ…おまえは……」

「はぁ…はぁ……、はぁ……ッッ……!!」

 

 そう言いながらも悟空は油断無く体勢を整える。マーリンはと言えば、大きく肩で息をしている。すでに戦闘力は最初の3分の2近くにまで落ち込み、気弾の数も残り一つとなっていた。

 もはや限界がもうすぐそこに来ている事は、誰の目にも明らかだった……。

 

 




ちなみに悟空の回想は、その通りに悟空が心の中で考えてるものではありません。もっとこう、ぐちゃぐちゃな心の声を、翻訳してお伝えしているものとお考えください。
あと、悟空にとっての気弾の直撃は、普通の人がバスケットボールを思いっきりぶつけられたのと同じぐらいの感覚です。痛いし、ノーダメではないけれど、骨が折れたりするほどではない、という(当たりどころにもよるでしょうが)。
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