…ざっ、と悟空が足元の砂を軽く蹴った。そして大きく構える。終わらせる気なのだろう。
もはやマーリンに敗北を宣言させるつもりなど悟空には無かった。そんな半端なもので終わらせたくは無い。どちらかが動かなくなる事だけが、この戦いを完結させられる。そう悟空は感じていた。例えそれが、どちらかの命が失われる結果になったとしても。
すでにマーリンの身体からは赤いオーラが失われていた。界王拳を解き、構えすら取らずにただじっと悟空を見つめる。だが。少女のその目は、いまだ揺ぎ無い勝利への確信の色に満ちていた。
さすがにそれには悟空も面食らったが、あくまで油断せずに様子を伺う。この少女が大人しく、ただ倒されるのを待つだけなどとは夢にも思わない。今までの戦いで、それは十二分に理解している。
「…何か…まだ手でもあるのか…?」
静かに、どこか押し殺したような口調で悟空がマーリンに問う。
「あぁ……わたしも傷ついたが、お前のダメージはそれ以上だ…。ずっとこの時を待っていた……」
「…どういう事だ…? 確かにオレのダメージは大きいが、それでも今のお前を倒す事ぐらいはたやすいぞ…?」
にわかにはマーリンの言葉の意味が掴めず、不審げに悟空が言葉を返す。その悟空に、ようやく息を整えたマーリンが静かに、しかしはっきりと言い放った。
「…さっきまでの戦いは全て、お前を削るための戦いだったのさ…。これで…ようやく届くようになった…ようやくな…!!」
「………???」
悟空にはマーリンが何を言っているのかまるで理解できない。確かにほとんど直撃のない少女のダメージや体力は、自分に比べればずいぶんと余裕があるのは事実だ。それによって差は初めの頃よりも格段に縮まったとはいえ、しかしまだまだ開きは大きいのだ。
「………っ…!」
その時、ぐらり、と大地が揺れた。その揺れが徐々に大きくなる。
……ゴゴゴゴ……ゴゴゴゴ…ゴ……ッッ…!!
「な…じ……地震かっ…? ……い…いや…違うっ!!」
突然の事態にピッコロが驚いて叫んだ。まるで地球そのものが恐怖に慄いているかのような凄まじい振動が、外にいる3人をも襲う。
振動は地響きとなり、大地を、そしてクレーターを大きく崩していく。もはや外も内も存在しなくなるのは時間の問題だった。
そして……その『震源』に気づいたピッコロがわなわなと震えながら、それを凝視し、叫んだ。
「ば…バカなっ…なんだ……このパワーはッッ!!!」
その視線の先。
そこには。
……マーリンがいた。その意図を見て取ったヤムチャが、両手を口に添えて大きく叫ぶ。
「よーーーしッ!!! こうなったら仕方ねぇ…! 見せてやれマーリン!! カイオウケンをーーーッッ!!!」
「か…界王拳だと!!?? どういう事だそれは!! 今まで使っていたのでは無いのか!?」
謎のヤムチャの言葉に、目を剥いてピッコロが詰問する。しかしますます激しさを増す揺れにと地割れに、もはや3人はそれどころでは無くなっていた。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ…………ッッ!!」
マーリンのこめかみ、腕や足にいくつも血管が走る。そしてその横を滝のような汗が幾筋にも流れ、足元には幾何学的な裂け目が無数に生まれてはそれが大きく広がっていった。
「な……どうなってる……んだ…、こいつのパワーは……っ!」
眼前の少女から感じられ始めた途轍もない力に、さすがの悟空も驚きを隠せない。すでに戦いが始まった直後のフルパワー…10倍界王拳すら軽く超えているのだ。
やがてマーリンの咆哮が止んだ。そして一呼吸置いて。
「海!!! 皇!!! 拳ーーーーーーッッ!!!!」
カッ……… ゴゥアァァァァァァァァーーーーーーッッ!!!
一瞬マーリンの身体が目も眩む閃光を放つ。そしてわずかに遅れて衝撃波が疾る。危うく吹き飛ばされそうになった3人だったが、かろうじてそれを堪え、再びマーリンに視線を戻す。
すでに大地の震動は、まるで何事も無かったかのように止まっていた。そしてゆっくりと巻き上がる砂塵の中から少女が姿を現す。その身体に、ほの青き白銀の炎を纏って。
「ち……違う…、界…王拳じゃないぞ…。なんだ…あの気は……」
呆然としながらピッコロがつぶやく。界王拳の特徴的な赤いオーラではなく、今マーリンの身体から噴き上がっているのは、かすかに青みがかった銀色のオーラである。その中心の少女もまた、金色に輝く悟空と対照的に全身をまばゆい銀色に染め上げられていた。
「…あれは界王拳じゃない…。『海皇拳』さ。あいつ自身が生死の狭間で…って言うか、マジで一度死んだんだけど…その時の事をヒントに編み出した、界王拳を超える界王拳…いわば超界王拳ってとこだな」
複雑な表情で、一応ヤムチャがピッコロに解説をする。そしてその表情が意味するもの……それが続いて語られる。
「…ただし、あれは界王拳なんか比較にならないぐらい、精神と肉体をすり減らす技だ。いや…正確に言えば、あれは技って代物ですらない。なんせ一歩間違えたら…暴走して自分がバラバラに吹っ飛んじまうんだからな…」
「………な…んだ…と?」
「…何より…パワーに身体が持たない。せいぜい1分が限界なのさ…。だからこいつだけは使わせたくなかった…」
想像を絶するヤムチャの言葉に、ピッコロと、そして悟飯の顔が色を失う。確かに気の流れを探ってみれば、ヤムチャの言葉が嘘でも誇張でもないことが、はっきりとピッコロにも感じ取れたのだ。
いまだ不完全な…未完の超絶奥義をも解き放った今、もはや誰もこの戦いの結末を予想する事はできなかった。いや、予想する事すら許されない気がしていた。ただじっと目を逸らさず見続ける。それだけがこの場にいる者の出来る全てだった。
「残り…1分……。ここに全てを賭ける…!! 行くぞっ!! ソン・ゴクウーーーッッ!!!」
ちなみにですが、海皇拳のオーラは、身勝手の極意のそれよりも、もう少しだけ青が濃くて形状は界王拳のままです。