Saiyan killer   作:北江

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72話、禁技

 

 …それはもしかしたら、悟空の人生の中で初めての…いや、あるいは最初で最後の事だったのかもしれない。戦いの最中において、敵を倒すためではなく、ただ敵から逃げるために、この技を使うのは。

 

 ……シュン…ッ!

 

「ハァッ…ハァッ……… くっ……」

 悟空が次の瞬間に現れたのは、ヤムチャたち三人のいるクレーターの外周のすぐそばだった。マーリンからおよそ数十メートル離れた場所に、悟飯の気を辿って無我夢中のまま瞬間移動で逃れたのだ。

 ややあって、何が起きたのかを理解した少女が顔を上げる。それを見て思わず悟空、いや、ピッコロたちでさえ息を呑んだ。

 

 悟空からは位置的に見えなかった。だから気がつかなかったのだが、先ほどの悟空のパンチは間違いなく少女にヒットし、ダメージを与えていたのだ。

 顔を上げたマーリンの顔面は、ぞっとするほど赤く赤く染まっていた。ぽたり、ぽたりと地面に赤い花が咲いていく。

 そしてよく見れば、鮮血に塗れているのは顔だけではない。腕も足もボロボロの状態だ。すでに立っている事すら苦痛に感じるレベルに違いなかった。

 

「ッ…… オ……オレは……っ……!」

 戦士として、武道家として、あまりに恥ずべき行為を己がしてしまったことに気づいた悟空が、一瞬我を忘れそうになった。そして呆然としながら、男がヤムチャへ振り向く。

 

「……………」

 ヤムチャは何も言わなかった。だが、その目が全てを悟空に悟らせる。少女に残された時間、そしてこの戦いそのものが、あとわずかである事を。

 そしてヤムチャ自身も悟った。最初からマーリンは海皇拳を使うつもりだったのだ。恐らくは超サイヤ人と化した悟空との、最初の太刀合わせの時点で、使わなければ勝てないことを認識したのだと。

 

 …何が繰気弾と界王拳だけで勝てる、だ。己の読みの甘さがつくづく嫌になるヤムチャだったが、ふと同時に、かすかな…それも不吉な胸騒ぎを覚え、思わず胸を押さえた。

 

 一方、ぎりっ、とヤムチャたちにさえ聞こえそうな大きな歯噛みをひとつすると、悟空が再びその両の目でマーリンを真っ直ぐに捉えた。マーリンにも悟空の意図が伝わったのか、顔の血を拭って構えを取った。

 

 …残された時間は少ない。あと一撃でおそらくは全てが決する。いや、終わらせようとしている。それは悟空とマーリンの二人だけではなく、ピッコロや悟飯さえもそう感じていた。

 間合いは数十メートル。だが悟空たちにとってそれは、瞬きするほどの距離ですらない。しかしマーリンも悟空も、闇雲に動くどころか、身じろぎ一つせずにいた。

 

 

 まるでガンマン同士の早撃ち勝負のような緊迫感が漂う。相手の一挙手一投足の全てが見逃せない。焦った方が負ける…この場にいる誰もがそう感じていた。

 

 …ぽたりと悟空の顔から汗が滴り落ちた。マーリンの顔からも血と汗の入り混じったものがひとつ、またひとつ零れ落ちる。ほんの数秒しか経っていないはずなのに、数時間が経過しているような濃密な時間が流れていく。

 このまま対峙を続けていれば、早晩マーリンは力尽きる。そうすれば勝利は悟空に転がり込むのは明らかだ。だが、そんなものをこの男が望むはずなどなかった。

 

 ダァッンッッ!!!

 

「ずありゃあああああーーーーーッッ!!!」

 そしてついに前触れ無く、悟空の身体が引き絞られた弓から放たれる矢のように疾った。大きく地面を蹴り、その反動で一気に加速を掛け、そのまま舞空術のギアをトップに叩き込む。

 

 それは何の変哲も小細工もない、ただただ全力の拳だった。しかし宇宙最強と伝説にまで称えられた、超サイヤ人としての意地とプライドを乗せた、「力」そのものだった。

 いかにマーリンの虚を突き、彼女の想像と反応を超えるスピードをもって迫るか。そのために悟空が最後に選んだのが、この拳ごとの突撃だった。

 

 対するマーリンの狙いはカウンターだ。悟空の攻撃に合わせて、逆に必殺の技を叩き込むためには、悟空の動き、特に初動を見逃すわけにはいかなかった。

 そして……。

 

『…すまない、ヤムチャ。約束は…守れないかもしれない……が……!!!』

 見事に悟空の初動を捉えたマーリンの腕にも、急速に気が集中し始める。肉体の限界を超えて。その両腕が天に向かって掲げ上げられていく。

 

 

 …そして最強を迎え撃つは、マーリンの全てを込めた…「これ」だった。

 

「………ファイナル…・…メガスピアード!!!」

 

 

「……ッッ……!! ま…まさか……あ、あのバカ………ッ!!!」

 さっきの胸騒ぎはこのことだったのかと、ヤムチャの顔から、さあっと色が失われた。

 マーリンの取った構えの意味に気づいた男の全身が総毛立ち、背中に冷たい汗が伝う。そして今度はヤムチャの頭に、つい半日ほど前の記憶が走馬灯のように流れる。

 

 

 

 

 …しゃき…じゃきっ…

 

 ……じょきっ…ちょきっ……

 

『ん……どうだろ。こんな感じだったか?』

 

『……そう…だな。それにしても…いろいろ持ってきていると思っていたが、こんなものまで用意していたとはな…』

『まぁ…な。これだけ髪が伸びてるのを見たら、いくらあの悟空でも感づくかもしれないからな。こいつも作戦の一つだ』

 

『ふっ……。まったく……用意周到なことだ』

『…それ…、褒めてるのか?』

『ふふ……さぁな』

 

 ちょき……ちょき……

 

『……それと…くどいようだけどな、海皇拳は…』

『…判ってる。海皇拳は使うな。繰気弾と界王拳で勝てる、だろう?』

『あぁ…。でも、もしも…もしも使わざるを得ないところまで追い込まれたら、その時は仕方ない。全力で一分で決めろ。ただし……』

 

『ただし……? 何だ…?』

『…ただしだ、…間違っても海皇拳とあの技……、ファイナル・メガスピアードを合わせて使うんじゃないぞ。あれは今のお前には絶対に無理だ』

『………っ…』

 

『ただでさえ暴走すれすれまで増幅した気を無理やりコントロールする海皇拳と、こっちもそれなりの気のコントロールが必要なメガスピアードは相性が悪すぎる。無理にメガスピアードを発動させたら、その分、海皇拳の精度が落ちて、下手すりゃ一瞬で自爆だからな』

『…判った。肝に銘じておこう』

『それと…最後にもう一つだけ。…絶対に死ぬなよ。刺し違えても…なんてのは無しだからな。いいな』

『ああ…それも判ってる。勝っても負けても…わたしは生きて戻る。約束する』

 

 しゃき……しゃ……きんっ!!

 

『よーし! じゃあ…これで終わりっ!』

 

『…どれどれ…では鏡を渡してくれ…って、おいヤムチャ。後ろ髪が適当すぎないか…?』

『うぐっ……い、いいんだよ! 悟空だってそんなとこまで覚えちゃいねえよ!』

『むっ……、そういう問題ではないんだが……。でも…ありがとう、ヤムチャ……』 

 

 

 

「…っやッ…やめろぉぉッッ!! マーーーーリンーーーーっっ!!!」

 

 

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