「……ん……っ…・・」
「…やれやれ、ようやくお目覚めか? まったく……最後の最後までお前らしいと言えばらしいよ…」
ゆっくりとマーリンの瞼が開かれていく。いまだ焦点の定まらない目に写るのは、すぐ側にいるヤムチャと、自分を抱く大きな腕だった。
「……ここ…は…?……」
身体を起こしながら、少女が誰ともなくつぶやく。案の定、記憶が途切れているようだった。まるで出会った時の様だと苦笑しながら、ヤムチャも身体を起こす。
「……ッッ!! ば…バカなッ! わたしは何を…!」
しかし、少女の意識がだんだんと、そしてはっきりと覚醒していく。
どうやら自分は気絶していたらしいと、ようやくマーリンは気づいた。何による攻撃を食らったのかは判らないが、戦闘中に意識を失うなどという失態に焦りながら、すぐさま気を高め、悟空の姿を探す。
「…あー、落ち着け。気…力を抜け。もう戦いは終わったんだ」
そんなマーリンに、静かに、柔らかくヤムチャが声を掛ける。その声はこれ以上無いほどに穏やかだった。
「お…わった…? ソン・ゴクウ…との戦いが……?」
呆然としながらマーリンが男に問いかける。しかしそれも当然だった。彼女の記憶はファイナル・メガスピアードを破られた辺りで飛んでいる。後はほとんど無意識で動いていたのだから。
だが、確かに周囲の光景…もうすっかり日の落ちた荒野と、悟空の気が近くから感じられないことに、すぐにマーリンはあれから相当な時間が経ったことを理解した。そして、それが意味するところも。
「ああ…いい戦いだった。さすがは俺の一番弟子の事はあるぜ。悟空も認めてた。おまえはすごい奴だってってな」
「…でも……勝てなかったんだな…。…わたしは……」
残念そうな、それでいてどこかさばさばとした表情でマーリンが一人ごちる。
…絶対に勝ちたかった。そのために自分は、5ヶ月間もの間、必死に鍛えてきたのだから。しかし、負けたとしても『生きて戻る』というヤムチャとの約束だけは果たせたのだ。
その約束を自分は破りかけた。一か八かではなく、ある程度の目算があっての最後のメガスピアードではあったが、しかしそれも賭けだったことに違いはない。賭けに負けていれば、こうして再びヤムチャの顔を見ることは叶わなかっただろう。
だからせめて『生きて戻る』というヤムチャとの約束だけは果たせたことを喜ぼう。そう少女は思った。
…しかし。
「……やれやれ、そんな事も覚えてないのかよ…。…お前は勝ったんだよ! あの悟空に、超サイヤ人にな…!!」
「……は……っ……?」
にいっと歯を見せてヤムチャが笑う。一方、対称的にマーリンがぽかんとした表情を浮かべる。男の言葉の意味が、少女にはまるで判らなかった。
そして静かにヤムチャが、マーリンの記憶の途切れたその先を話す。最後の最後に起きた、奇跡的な幕切れを……。
…ドガァァァァッッ!!!!
マーリンの起こした地割れによって出来た岩山に、激しく悟空が叩きつけられた。粉々に崩れたそれに、悟空が埋もれていく。
『そ……孫ッ!!!』
『お……お父さんーーーっっ!!!』
『……………』
とっさに岩山にピッコロたちが駆け寄る、だが、ヤムチャだけは動かなかった。
がらがら……らっ……
…わずかな間を置いて、ゆっくりと悟空が瓦礫の下から顔を出した。その身体から、変わらず金色のオーラを上げながら。
じゃりっ、と再び悟空が大地に立つと、その視線がクレーターの中にいるマーリンに向けられた。が、急にくるりと向きを変え、ヤムチャの方に歩き出した。同時に悟空から、金色のオーラがふっと消えた。
『……お…おい、孫! どうした! まだ戦いは終わって……』
『この勝負…オラの負けだ…』
『………は…?』
悟空の言葉に、ピッコロが思わず目を白黒させる。しかしそれも当然のことだった。超化を解いたと言っても、まだ続行不可能なほどのダメージは悟空には無い。むしろマーリンの方こそ今や海皇拳も解け、体力の低下もダメージも大きいはずなのだ。
その証拠に、身じろぎ一つせずに、少女は拳を突き出した体勢のまま、クレーターの中で気を失ったかのように立ち尽くしていた。おそらくは軽く小突いただけで、勝利が確定するだろう。ゆえにピッコロには悟空の言葉が理解も納得もいかなかった。
『な…何を…。貴様はまだ……』
『…ピッコロ…おめぇ、気がつかなかったか? オラがさっきぶつかった場所をよーく見てみろ…』
『…ば…場所…???』
悟空の言っている事がよく掴めないピッコロだったが、言われるままに辺りを見回す。そしてその表情が段々と驚きに変わっていく。
クレーターはすでに痕跡をかすかに残す程度でしか存在していなかったが、それでも悟空の言わんとするところをピッコロが理解する。
『ま…まさか…、…このクレーターが…武舞台だったとでもいうのか…!?』
「そうだ。それでオラがぶつかったところはその外…。…つまり、オラの場外負けだ』
『なっ…何をバカな!! これは試合じゃないぞ?! そんなものは貴様が勝手に思っているだけじゃないのか!?』
あまりにあっけなく負けを認めた悟空に、何故か激しい怒りをピッコロが見せる。ライバルと認める男の不甲斐ない姿に、我慢がならないのかも知れない。しかし、そんなピッコロをなだめるように悟空が静かに言葉を続ける。
『…さっきの戦いをよーく思い出してみろよ、ピッコロ。…オラもあいつも、一度もそこから出なかっただろ。それにオラは戦う前…武道家としてこの戦いを受けるって言ったろ? だからなおさらだ』
『ぐ……っ…、し、しかし……!』
なおも反論しようとするピッコロを置き去りにして、さくさくと悟空は歩を進める。そしてヤムチャの傍らに静かに立った。
『ヤムチャ…オラの負けだ。おめぇもあいつも…めちゃくちゃスゲェ奴だったな』
『……ははっ』
振り向きもせず、ヤムチャが軽く笑う。気づくのが遅いんだよ、と。
『…じゃあオラは帰ぇるぞ。あいつが目を覚ます前にな』
『あぁ。次に会うのはしばらく後だな…』
『…あいつはどうすんだ? このまま地球にいるのか?』
『さぁてな…どうだろうな…』
『……そっか。ま、よろしく言っといてくれ。それと、これで一勝一敗だから、次はオラが勝つってな』
にやりと不敵な笑みを悟空が浮かべる。それを受けて、ようやく振り向いてヤムチャも笑う。
『……く…っ! み、認めん…認めんぞ……! オレはこんな…こんなもの、断じて認められん!!』
あくまでピッコロがこの「試合」の結末を否定しながら、まるで逃げるように舞台の袖から去っていった。
この戦いに一体何を感じたのか。それは今のピッコロ自身にもはっきりとは判らない。しかし、かすかな予感だけがあった。
そしてゆっくりとヤムチャと、最後のパンチを放ったままの姿勢で気を失い、それでもなお武舞台の中に立ち続けるマーリンに背を向けて、悟空が歩き出した。
それに遅れまいと悟飯がぴったりと寄り添う。
『…お父さん…大丈夫……?』
『あぁ……晩メシ前の腹ごなしにしちゃ、ちぃっとハードだったけどな…』
心配そうに顔を覗き込む悟飯に笑顔を見せる悟空だったが、実の所はそれほど余裕がある訳でもなかった。
『へへ…腹が減っちまった…。やっぱ…エアカーで来た方が…良かったかも…な…。早く帰って…チチのメシを腹一杯食いたいや……』
『は…はい!』
父の強がりと痛んだ身体を悟飯が笑顔で受け止めながら、ふわりと浮き上がり、二人が帰路に着く。この戦いは彼にとっても、一生忘れられない記憶となるだろう。
『ボクもいつか…あの人みたいに強くなる。だってあの人も…ボクと同じ…』