Saiyan killer   作:北江

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76話、吐露

 先ほどまでの荒野から、10分少々飛んだところにそれはあった。半年近くの月日を感じさせるように、それは自らが穿った大穴に半ば埋没さえしており、表面はチリや砂で覆われ、お世辞にもきれいとはいい難い状態だった。

 

「へぇ…こいつが宇宙船かぁ…。…思ったよりも小さいんだな…」

 そのすぐ傍に降り立ちながら、クリリンたちと違って、このタイプの宇宙船を見るのは初めてだったヤムチャが、感心したのか呆れたのか判らないつぶやきを漏らす。

 

「……基本的に一人乗りだからな…。それに、乗っている間はほとんど寝ているだけだから、この大きさでも別に問題はないんだ」

 同じく側に降り立ったマーリンがリモコンらしき物を取り出し、操作しながらヤムチャに応じる。しばらくするとかすかな音を立てて宇宙船がゆっくりと浮かび上がり、その姿を完全に現した。

 

 プシュッ…

 

 静まり返った夜のしじまに、やけに響く音を立ててハッチが開いた。さっそく中を覗き込み、マーリンがあれこれとスイッチを押したりひねったりと操作を始めると、かすかだった宇宙船からの音が少しづつ大きくなっていく。あの乱暴な、『着陸』とは到底言えないような到着に続き、半年近くも放置していた割には、どうやら何の問題も無いようだった。

 …もっとも、そんな程度でどうにかなる代物では、怖くてとてもこんな用途には使えないのだろうが。

 

「うん…、…各部、各機関に問題なし。エネルギーレベルも充分だ。これなら7日…いや、6日もあれば着く」

 手早くチェックを終え、ほっとしたようにマーリンがつぶやく。その様子をヤムチャが優しげな、それでいて少し寂しそうな眼差しで見つめていた。

 

 

 

「…さてと…。これで…いよいよお別れか…。俺もようやく自分の修行に専念できるってもんだ。なんせ後1年半しか無いんだからなぁ…」

 ヤムチャがまるで独り言を言うかのように、背を向けたままのマーリンに声を掛ける。

 

「………」

「ま、いくら何でも俺じゃ主役にはなれそうもないからな。死なないように修行するって感じだけどな。はははっ……」

 などと自虐めいた笑いを口にする。それでも笑いは笑いだ。湿っぽいサヨナラよりはずっとマシだとヤムチャは思った。そんな風に笑いながら、脳裏にこれまで過ごしてきたマーリンとの5ヶ月の思い出が浮かぶ。

 

 ……まったく出会いは最悪だった。いきなり戦いを挑んできて、しかもそれは勘違いときた。その後も隠れ家の一つを消滅させられ、虎の子の仙豆まで使われた。

 そして修行を引き受けてからの訓練に次ぐ訓練の日々。にわか仕立ての露天風呂に食料集め。精神と時の部屋での自分の逆ギレとマーリンの死、そして復活と覚醒……。

 思い返すだけで懐かしく、楽しく、暖かく、そして胸が締め付けられるようなこともあった思い出の数々。

 

 そんな思い出に満ちた5ヶ月だった。

 何もかもが今となってはいい思い出だ。…ただひとつの心残りを除いては。

 

 

 そんな風に回想していたヤムチャに、突然マーリンが背を向けたまま声を掛けた。

「なぁ…ヤムチャ…。…前にわたしが言った事…覚えてる…か…?」

「………え…?」

 あまりに漠然とした、そして唐突な言葉に、とっさに男は答える事ができなかった。

「ま、前に…言った事………? な…なんだっけ…?」

 

 …女のこういう所だけは相変わらず苦手だ、とヤムチャは思う。ブルマもそうだったが、とかく男からすれば些細な事を、ねちねちといつまでも覚えていては、事あるごとにそれを持ち出すのだから。

 だが、マーリンの口ぶりはまるで非難の色など感じさせないものだった。そのまま、いまだ背を向けたままで少女が続ける。

 

「……おまえは…あるいはこの地球では弱いのかもしれないが、それ以外の世界では…宇宙ではほとんど無敵と言われるレベルなんだ…」

「あ……あぁ、そう…だっけか。そう言われても、あんま実感はないけどな……はは…」

 そう言えば来て間もない頃、そんな風な事をマーリンが言っていたのを、男も何となく思い出す。だが、それが一体、今と何の関係があるというのか…?

 

「この宇宙船は一人乗りだ…でも、それはあくまで基本的にというだけで…二人は絶対に乗れないという…訳じゃ…ないんだ…っ…」

 

 その背中越しの少女の声が、かすかに震える。

 

 

 …少しの間、沈黙が流れる。マーリンの言わんとするところを、ヤムチャも薄っすらと感じ取ったが、しかし口には出さず、黙ったままだった。

 やがてうつむき加減のまま、ゆっくりと少女が振り向いた。その目に一杯の涙を湛えて。

 

「…わたしと…いっしょに来て…欲しい。その方が…おまえにとっても……きっと…いい……! 人造…人間とやらは…ソン・ゴクウに任せればいいじゃないか! 奴が勝てないのなら、おまえにだって勝てっこない! だったら……おまえが戦う必要も……この星に留まる理由もないじゃないか…!!」

 

 ずっとずっとマーリンが心に押し殺してきた感情が一気に弾けた。もう涙はすでにとめどなく零れ落ちていた。

 

「それなら…!! わたしといっしょに星々を巡ろう…! その力をこの地球で腐らせるだけなんて……駄目だっ……! 宇宙には…おまえが必要なんだ……!!」

「…………っっ……!」

 多少は予想はしていたものの、突然のマーリンからの熱い誘い、スカウトに、やはりヤムチャは驚いた。だが、それは以前からマーリンが胸に秘めてきた想いでもあった。

 

 今のマーリンには遠く及ばないとはいえ、それでもヤムチャの戦闘力もフルパワーで100万近くに達するのだ。かつての宇宙の帝王、フリーザの第二形態に匹敵するほどの力は、どこの勢力にとっても魅力的に違いない。それはもしかしたら、侵略者への抑止力にもなり、宇宙全体の平和をも左右する『力』にもなり得るのだ。

 熱のこもった勧誘に面映い心地のヤムチャだったが、しかし答えは考えるまでもなかった。

 

 

「…ありがたい申し出だけど…遠慮しとくよ。俺はそんな……正義の味方ってガラじゃないし…、宇宙に出たらメシはずっとアレなんだろ? そいつは俺にはちょっとなぁ…。はははっ…」

「…………ッッ……」

 あくまで冗談っぽく流そうとするヤムチャに、かすかに少女の目に怒りが灯る。

 

「……だったらはっきり言ってやろう…。地球にいる限り……おまえは何の役にも立たない…。ソン・ゴクウたちの引き立て役のままだ!!」

「……っ……」

 ずばり、と少女がその後の世界を見通したかのような言葉を口にした。そしてそれは、ヤムチャ自身も、あるいは薄々感じていたことでもあった。

 

「…戦う機会すら与えられず!! もし機会が訪れるとすれば……それはおまえの死ぬ時なんだぞ!! おまえは…おまえはそれでいいと言うのか!! ヤムチャ!!! 答えろ!!!」

 かすかだった怒りが、放たれる言葉に共鳴するように激しさを増していく。まるで駄々っ子のように首を振りながら、ついにはそれが絶叫へと変っていった。

 

 そして目を閉じ、マーリンの訴えをじっと聞いていたヤムチャの胸にどん、とぶつかるものがあった。

「頼む……わたしと…一緒に来て…。わたしは…わたしはおまえに……死んで欲しくないんだ……っ!」

 

 一転して静かに、つぶやくような声でマーリンが訴える。その小さな拳でヤムチャの胸を叩く。何度も何度も。そしてそっと頭を押し付ける。まるで涙でぐちゃぐちゃの顔を見られるのを隠すように。

 

「……ありがとよ…マーリン。…でも、やっぱり俺は行けない。お前にやる事があったように、俺にもまだここでやらなきゃいけない事があるんだ…」

 そんなマーリンの頭を、優しくなでるように男の大きな掌が包み込む。だが、その言葉ははっきりとした拒絶だった。

 

「…なぁマーリン。前に俺は、ある戦士にこんな事を言われたんだ。『終わってみるまで判らない戦いを無駄と決め付けるやつは戦士じゃない』ってな…」

「………っ……」

 ふいに掛けられた男の言葉に、びくり、と少女の肩が震える。

 

「その戦士は、誰もが無理だと思っていた戦いに…最後の最後まであきらめずに立ち向かって…とうとう勝っちまった。俺は心底すごいと思ったんだ。そして…俺もそうなりたいと思った。なれるんじゃないかって勇気ももらった」

 

 静かに、だがきっぱりとした口調でヤムチャが淡々と続ける。

 

「俺は確かに悟空たちに比べれば弱っちい。でも、それは才能だとか地球人だからじゃない。自分自身と…本気で戦ってなかったからだ。だから今度こそ戦う。だから……お前とは行けない…」

「で……でも……!」

 

「それに…力だけが戦いじゃないって事はお前も判っただろ? あいつらがきちんと戦えるようにフォローするのだって戦いさ」

「………っっ…」

 

 ぴったりとヤムチャに抱きついたまま、マーリンの動きが完全に止まる。ヤムチャの決心が揺ぎ無いものである事が、自分を包む腕から、いや、全身から伝わるのを感じていた。

 

「…ならヤムチャ…ひとつだけ聞かせて…ほしい。おまえは…その戦士の事を……どう思ってた…?」

 

 顔を押し付けたまま、少女がくぐもった声でぽそりとつぶやいた。

 




ヤムチャもうっかり1年半と言っていますが、実際は2年です。
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