悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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晴れて? 世界の舞台へ

 入口から奥の壁まで五十メートル以上はありそうな広々とした空間。壁は金属製で、どこか冷え冷えとした空気と圧迫感で満ちている。

 ここはお馴染み総帥室。帝国学園にもあった王侯貴族の謁見の間を思わせる場所だ。

 その部屋の中央辺りで、私は冷たい地面に額をつけていた。

 いわゆる土下座だ。

 

「えー……今回のことは……まことに申し訳なく……」

「……」

「うっ……」

 

 怖い! 怖いよぉ!

 奥の玉座みたいな椅子に座ってる総帥の顔を見て、そのあまりのプレッシャーに思わず目を背けてしまった。

 たぶん効果音をつけるならゴゴゴッ! とかいう音が出てそう。なんならあのサングラスからビームが出てきそうだ。

 

「……空気の読めんやつだ」

「……むっ、元はと言えば総帥の説明不足でしょ。私だって事前に手抜きのチームって知ってたらあんなにガッカリしなかったし」

「ほう、この私に楯突くか」

「えっ、いやその……」

 

 大人ってずるい。

 色々言いたいことがあるのに、圧が増したせいで黙りこくってしまった。

 

「まずは貴様にこれを渡しておこう」

 

 そう言うと総帥は懐から畳まれた紙を取り出し、私に投げつけて……ちょっ!? 強くない!? しかも今絶対顔面狙ってたよね!? 避けてなかったら角が目にぶっ刺さってたよね!?

 

 総帥はそれを見て舌打ちする。

 謝罪はなしかそうですか。

 とりあえず、拾った紙を開いてみる。

 えーと、レンガ壁の修理費の請求……? ああ、そういえばイタリアグラウンドのやつを派手にぶっ壊しちゃったんだっけ。

 内容を見たところ、あれは高級品だったらしく、請求費はかなりのものとなっていた。

 しかし私はそこらの中学生と違って、手に職を持っている。それもかなりの大金を得られるものを。

 不幸にもこの島に来たときに貯金の大半を使い果たしてしまったが、給料を前借りすればなんとかなるだろう。

 

「というわけで総帥、給料ちょうだい」

「貴様にくれるものなどない」

「あははーまたまたー。前借りぐらいしちゃっていいじゃないー。総帥はケチだなー」

「事実だ。今回の件で貴様の給料は向こう半年間七割カットになった。よって今回の請求費を貸すことはない」

「……嘘だと言ってよバーニィ」

 

 何にも処罰に関することを言ってこないって思ってたら、そういうことだったのか。

 ……ヤバイ。どうしよ。普通のアルバイトじゃいくらかけ持ちしたって期限以内に払えないよこれ。

 借金しようにも、私の仕事は裏稼業なだけあって信用なんて微塵もない。銀行が貸してくれることはないだろう。

 かといって闇金なんかに行ったらそれこそおしまいだ。返すまでに利子が膨れ上がって潰されちゃう。

 てことは、目の前のお金持ちっぽい人に頼る以外ないわけで……。

 

「ね、ねえ総帥、なにか困ってることない? 私ちょーと働きたいかなぁって……」

「そう言うと思い、貴様にピッタリの仕事を抑えておいた」

「……痛いのはやめてね?」

「痛みなどない。……体はな」

 

 体は!? えっ、ちょっ! なにその含んだセリフ!?

 やっべー、もう逃げたくなってきた。

 しかし現実問題でそうはいかず、私は業務内容すら説明されてない仕事を泣く泣く引き受けることとなった。

 

 

 ♦︎

 

 

 フィディオたちオルフェウスは晴れてイタリア代表の座を取り戻し、グラウンドで特訓に打ち込んでいた。

 二回戦まで今日含めて残り二日。相手はイギリス代表ナイツオブクイーンだ。

 その評判はヨーロッパに近い場所にあるためよく耳に届いていた。特にキャプテンであるエドガーは将来プロ一軍入りは確実とも言われるほどの実力者。

 しかし情報集めや分析は本来監督の仕事なので、オルフェウスは深刻な情報不足に陥っていた。

 それでもやるしかない。

 フィディオたちは半端な情報を集めるのをやめ、その分特訓することに決めていた。

 

「よし、十分休憩だ!」

 

 フィディオの呼びかけで全員がベンチ近くに座り込む。

 彼自身も持っている水筒からドリンクを飲んでいる。

 ブラージは彼が水筒を口から放すのを見計らって、話しかける。

 

「全員調子はよさそうだな」

「ぷはっ。ああ、アレサンドロがチームを離れてしまったことへの動揺も少なさそうだ。練習に集中できている」

「残念だよな、一人重傷だなんて。それもこれもあいつのせいだ……!」

 

 怪我したオルフェウスのメンバーのほぼ全員はもう練習できるほどに回復していた。

 しかし全員ではない。

 運悪く補欠のアレサンドロは足を捻ってしまったようで、大会期間中は治る見込みがないと医者に言われてしまったのだ。

 戦えない選手は去るのみ。厳しいが、それが代表というものだ。彼は飛行機に乗っていき、昨日チームを離れてしまった。

 別れ際の彼の無念そうな表情は今でも鮮明に思い出せる。

 ブラージは特に情に厚い男だ。

 こんな目に彼を追いやったミスターKを許しては置けないのだろう。フィディオはそう推測する。

 

「こういう場合は補充メンバーが来るのが普通だけど……果たしてミスターKが呼んでくれるだろうか……」

「けっ、たとえ呼んだとしてもロクな奴が来なさそうだぜ」

「なっ、ロクでもないとは失敬なっ!」

 

 女子らしい高い声を聞いて振り返る。

 そこにはチームKキャプテンだったなえがいた。

 彼女は常夏の島にいるはずなのに黒いダッフルコートを着ており、しかも汗一つかいていないのでとても不思議に思えた。

 フィディオは少し視線を下げる。コートで隠れてはいるが、微かにスカートが見えており、それが少女の可愛さを引き立てている。

 

「ナエ、どうしてここに!?」

「てんめぇ、よくのこのこと顔出せたな! ああん!?」

 

 フィディオが答えを聞く前にブラージの怒りが爆発した。

 勢いよく詰め寄ろうとする彼を必死にフィディオは止める。

 

「待て! ここで殴ってもイタリア代表から降されるだけだ! そんなの俺たちは望んでいない!」

「ぐっ……!」

「あ、大丈夫だよ私強いし」

「上等だ!」

「やめろ!」

 

 巨漢が迫ってもケラケラとなえは笑っていた。それがさらにブラージの怒りに油を注ぐことになる。

 結局、フィディオの尽力によって彼が落ち着くまでに数分かかった。

 

 なえはその様子を監督席に座りながら楽しげに見ていた。

 その光景にフィディオを除く他のメンバーの視線も厳しさを増す。

 

「ナエ、そこは監督席なんだ。だからその……」

「あー、それなら大丈夫。私、副監督になったから」

『副監督!?』

 

 ナエはポケットから無雑作に紙を取り出し、それを見せつける。それは副監督の契約書らしきものだった。

 シワだらけにはなっていたが、そこにはたしかにイタリアサッカー協会の印が押されている。

 

「ミスターKに続いて副監督まで。イタリアサッカー協会はどうなってやがる!」

「ああそれと、私マネージャーにもなったから。今日からこの宿舎で寝泊まりするからよろしく」

『はぁっ!?』

 

 また全員が声をあげた。

 再びポケットから取り出されたのは、同じようにマネージャーの契約書だった。

 

「……前みたいに直接手を出してくるわけじゃないんだ。みんな、受け入れよう」

「ちっ、納得がいかねえ……」

 

 彼らも代表だ。ここで協会にかけあっても何の解決にもならないことぐらいは理解できている。

 フィディオの提案に、全員はしぶしぶ頷く。

 

 練習再開だ。と言おうとする前に、フィディオは先ほどのブラージとの会話を思い出す。そして気になったことを彼女に聞いた。

 

「そういえば、代表の補充はないのか? 副監督だったら何か知ってると思うんだけど」

「目の前にいるじゃん」

「目の前……って、まさか……」

 

 まじまじとなえを見る。

 少女は驚く顔が見たかったのか、ドヤ顔をしていた。その反応で全員の頭に思い浮かんだことが現実であることが確定してしまう。

 

 

 ♦︎

 

「ふざけんな! さっきお前副監督だって言ってたじゃねえか!」

「FFIの規約見てないの? 副監督と選手の兼任は認められるって」

「な、なんて都合がいい規約だ……!」

「そりゃそうだよ。私のために作られたものだし」

 

 元々FFIの元となったFFでもこの規約は適用されていた。

 まあ当時サッカー協会副会長だった総帥が圧力をかけて無理やり作らせたものだけど。

 で、今回のFFIでも総帥が開催者であるガルシルドにかけあってこれを引き継がせたようだ。ガルシルド自身も他の正常な大会関係者も別にこれに関しては問題ないんじゃないかと思ったらしく、手続きはあっさりしていたと聞く。

 

「よかったねーみんな。この私が加われば百人力だよ!」

「お前はイタリア人じゃないだろうが!」

「おたくのキャプテンだってそうじゃん。それに私の国籍変更自体は正式なものだし、プロだって帰化選手を使ってるでしょ?」

 

 イタリアは二重国籍ありだけど、日本は認めていないので現在の私は日本国籍を失った状態にある。

 まあ私にとっては些細な問題だ。母国にはそれなりに思うところがあるけど、強い場所でサッカーができれば私はそれでいいし。そういう意味じゃこのFFI終了後にそのままイタリア人としてヨーロッパリーグで活躍するのもありかもね。

 

 オルフェウスキャプテンのナカタ・ヒデも私と同じ状態だ。故にそこを指摘してやればブラージは唸るだけで黙りこくってしまった。

 ふふふ、サッカーしかやってない脳筋が、散々面倒な交渉事を押し付けられてきたこの私に口論で勝てると思ったら大間違いだ。

 

「じゃあさっそく副監督の仕事をしよっかな。ナイツオブクイーンのビデオ持ってきたから研究会始めるよー!」

「それは助か……」

「けっ、勝手にやってろ!」

 

 あらら、かなり嫌われちゃってるね。フィディオ以外は全員フィールドに戻っちゃったよ。

 慌てた様子で彼は全員を引き止めようとする。

 

「ま、待て! 念願の情報じゃないか! ここはビデオを見て話を聞いておくべきじゃないか?」

「情報を集めないのは朝のミーティングで全員で決めたことだろ。それにあいつの持ってきた情報に信憑性があると思うか? 偽の情報をつかまされるに決まってる」

 

 ブラージを始め他のメンバーも同意見なようだ。全員は私たちを無視して練習を再開してしまう。

 こうなったら副キャプテンであるフィディオでもどうしようもない。

 彼は申し訳なさそうな顔をこちらに向けてくる。

 

「せっかく集めてくれたのに……ごめん」

「まっ、嫌われてるのは予想できたからね。私も仕事が一つ減るから大助かりだし、別にいいよ」

「……副監督はともかく、マネージャーまでやる必要はあったのかい?」

「……私が好きでどっちもやってると思っているの?」

 

 おっと、本音が出てしまった。

 私は視線をゴール後ろの穴が空いたレンガの壁に向ける。フィディオもつられてそっちを見る。

 

「あれの借金がすごく高くなっちゃって……通常の補佐としての給料だけじゃやってけなくなっちゃったんだよ。そこに目をつけられて総帥に仕事を押し付けられたってわけ」

 

 しかもいつもの三倍働いて給料は前と同じくらいなのだ。いくら七割減でもやってけるか!

 ああ、次はボール磨きにグラウンドの整備、あとFFI関係者との対談や雑誌や新聞の取材……死にそう。

 

 仕事を思い出していくたびに、私の目からハイライトが消えていくのがわかる。

 フィディオはどう反応したらいいのかわからないのか、ただ乾いた笑みを浮かべていた。




 というわけでなえちゃんのイタリア代表入りが決定しました。
 これからはイタリア中心の話になっていくと思います。まあ、試合に出れるかはまだわかりませんが。
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