悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
ザッザッザという規律の整った、何百もの足音がグラウンド中に木霊する。
足を高く上げ、勢いよく振り下ろし歩いていく。その様はまさに軍事パレードだった。
『フィフス!! フィフス!!』
その足音をもかき消すほどの大歓声。
東京ドーム何個分など、考えのが面倒なほどに果てしなく巨大なスタジアムには、何十万もの観客が声を張り上げていた。
彼らはみな目を血走らせ、まるで呪文のように狂気的に同じ言葉を叫び続けている。
『フィフス!! フィフス!!』
高鳴る熱狂。
震えるスタジアム。
あまりの息苦しさに、途中吐いてしまう者もいた。しかし誰もそんなものに目を止めず、また吐いた本人でさえそれをしたまま奇声を上げ続ける。
『間もなく、聖女様の御入場です』
『フィフスッ!!! フィフスッ!!!』
女性のアナウンスがあちこちに設置されたスピーカーから響く。
そしてスタジアムの一角に設置された玉座の後ろからあるものが見えた時、観衆の声は絶頂を迎えた。
それは、桃色の美しい少女だった。
背中や脇を露出したウェディングドレスのような服の端を引きずり、中学生にも見える少女は観衆の前にその姿を露わにする。
恐ろしく整った顔。地面にまでつくほどの長く、光り輝く髪。
そして、煌めくそれらとは違って、光をも吸い込んでしまいそうな暗く、ガラス玉のような冷たい瞳。
無表情で人間離れしたその容貌。雰囲気。
それはまさに聖女、いや女神に等しく見えた。
聖女と呼ばれた少女は手のひらを観衆に向ける。
それだけでスタジアム中は一瞬のうちに静寂に包まれた。
彼女はしばらく目を閉じたあと、その小さな口を開く。
「『サッカーは生きとし生きる者全てが愛すべきであり、それによって得た栄光は何においても優先される』。この大日本サッカー帝国第五条を守るために、国家組織フィフスセクターは作られました」
透き通った、しかし感情のこもっていないその声は、観衆たちには神からの啓示のように聞こえた。全員が跪き、無言で必死に聖女に向かって祈りを捧げている。
「勝利こそ全て。敗者に存在価値はありません。生きとし生きる全ての者たちよ、死にたくなければ戦いなさい。この聖域で命尽きるまで争いなさい。そのような魂と魂のぶつかり合う美しい試合が見れると信じて、今ここに少年サッカーの祭典『ホーリーロード』の開催を宣言します」
『フィフスッ!!! フィフスッ!!!』
『ワァァァァァァッ!!!』
少女の啓示が終わると、途端にスタジアムが割れると錯覚するほどの大歓声が響き渡る。
少女はその狂気的な信者たちを、無表情で見下ろしていた。
♦︎
「ふわぁ〜ぁ……」
「寝不足かいナエ?」
「まあ昨日も徹夜だったからね。まったく、私だって選手なんだから前日ぐらい休ませてくれてもいいのに」
でもなんかいい夢を見たような気がするなぁ。
あんまり詳しくは思い出せないけど、理想郷の中で楽しく暮らしてた夢だったような……。
うーん……やっぱり思い出せん。
仕方ないか。それよりも今は試合に集中しなくちゃ。
オルフェウスのみんなとの関係回復がままならないまま数日経ち、イギリス戦がやってきた。
開催場所はウミヘビスタジアム。名前通り道が長く、グネグネしていて来るのが大変だった。
道のりまではまさにジャングルって感じだったけど、スタジアムはそうじゃないらしい。石造りの趣があるそこは、どっちかというと中世ヨーロッパのもののように見える。まあ似せて作ってるのだろう。
今日ばかりは公式戦ということで、ベンチには総帥の姿があった。
総帥はチームKが負けてから、まったくと言っていいほどオルフェウスの練習に関与してこなかった。
そして私の仕事にも。
いや関与しなよ。というかそもそもこれ絶対総帥の仕事だったはずのやつだよね。副監督とかいう肩書きを与えられたせいで仕事を押し付けられている気がする。
当然総帥が仕事しないので、スタメンは選手たち自身で決めることとなった。まあ総帥が仕事しても反発しただろうけど。
ちなみに私はベンチだ。泣けるね。
「いいか、あんたの指示は必要ねえ。これはチーム全員の意思だ」
「……」
ブラージはあんなこと言ってるけど、たった一人、フィディオだけは納得がいってなさそうな表情をしていた。
あれだけやられてもまだ総帥を信じようとしているのか……はたまたこの先監督なしじゃ勝てないと判断しての行動なのか。どっちなのかは私にはわからない。
「……いいだろう。貴様たちには一切口出ししないと約束しよう」
「私は出して欲しかったなー」
「うっせぇ! お前も黙ってろ!」
「ブラージ、そうカッカするのはよくないよ。バナナ食べる?」
「いるか! あとなんでバナナなんだよ! というかどこから持ってきた!?」
「おーもぐもぐ、いいツッコミもぐねー」
「食うな!」
ほんのりと甘い味が口の中に広がる。
全部食い終えて、皮を投げ捨てて一言私は呟く。
「……うん、やっぱバナナ嫌いだわ」
「じゃあなんで食った!?」
なんか不動に似てて好きじゃないんだよね。
こう、見てるとムカつくというか?
ブラージはなんか知らないけど、顔真っ赤にして息を切らしていた。
バカでしょこの人。なに試合前に疲れてるんだ。
なんて思ってたらそれが伝わってしまったらしく、彼は納得がいかないと大声をあげた。
チームメイトたちに宥められてフィールドにドナドナされていくブラージ。
そしてようやく全選手がポジションにつき、試合が始まった。
……始まったのはいいけど、こりゃダメそうだ。
開始から三十分。オルフェウスは大苦戦を強いられていた。
「必殺タクティクス——アブソリュートナイツ!」
ナイツオブクイーンの選手たち四人が、わずかに時間差を作って一斉にボールに襲いかかった。それをフリーズショット君……じゃなくてラファエレは避けきれず、二人目を避けたところでボールを奪われてしまう。
『アブソリュートナイツ』。
一人の選手に対して四人が間髪入れずに高速でディフェンスをしかけることで相手の体勢を崩させ、ボールを奪う技。
このタクティクスの肝はこの『高速』という点にある。
普通、選手一人に対して四人なんてフォーメーションは崩れるし、パスを出されたら簡単に突破されてしまう。
しかし彼らの場合はこれらをほぼ一瞬で行うことによってパスする時間を与えないようにしている。
なお、イナズマジャパンはこのタクティクスを三人縦一列に並び、次々とパスを出していくことで突破したが、あれは至近距離に味方が複数いたからこそできた芸当だ。おまけにその戦法も最終的には破られてしまっているので、オルフェウスが見本として使うことはできないだろう。
「無敵の槍!」
『ぐあぁぁぁっ!!』
さらに必殺タクティクスが発動される。
『無敵の槍』。
ボールを持つエドガーを中心に、三人の選手が三角形を描くように彼の左右前をガッチリガードしながら超高速で突っ込むことによって、まるで騎士のランスチャージのように敵陣を真ん中から突き崩すタクティクスだ。
その突破力は凄まじく、止めようとした選手たちは漏れなく突き飛ばされて、地面に転がっていった。
ゴール前にディフェンダーは誰もいない。
エドガーはここで左回りに一回転。その遠心力を利用し、トーキック*1でボールを撃ち出す。
「パラディンストライク改!」
「コロッセオガード! ——ぐはっ!?」
光り輝く光弾が発射。
ブラージはコロッセオを思わせる壁を左右から出現させ、それを両手で操って閉じることでボールを防ごうとする。しかし光弾の威力は壁の耐久力を上回り、打ち崩してゴールに入った。
試合を見ていて思ったのは、ナイツオブクイーンがデータよりもパワーアップしているということだ。
技の威力がイナズマジャパン戦の時よりもかなり上がっている。それにあの二つのタクティクスは、適正の問題で選手を交代しなければ使えなかったはず。
試合一つ終わるだけでここまで変わるなんて。
さすがは世界。
選手たちだけでなくその監督も超一流だ。
っと、ここで得点時とは別のホイッスル 。
前半終了の合図だ。
最初ベンチを出る時とは打って変わって、フィディオたちは暗い顔をしながら帰ってきた。
さてさて、私もマネージャーの仕事をしなくちゃ。
「はーいお疲れ。ドリンクだよ」
「……ちっ」
いつもだったら文句を言うみんなも、今だけは特に文句も言わずにドリンクを受け取ってくれた。
よっぽど疲れが溜まっているのだろう。私に口答えする余裕もないと見える。
「くそっ、誰かあのタクティクスを破る方法がわかるやつはいねえのかよ!」
ブラージの問いに誰も答えることはできない。
オルフェウスには明確な司令塔がいない。
いや、実際にはキャプテン代理であるフィディオが指示を出しているのだが、鬼道君や不動といった戦術の天才がいないのだ。
今までは前監督が作戦を立てていたのだろう。監督の有無はこのチームには決定的だ。
「クックック……」
突如不気味な笑い声が全員の耳に入る。
こんな笑い方をするのはこの人しかいない。全員の目が総帥に集中する。
ブラージはその笑いが気に食わなかったのか、真っ先に食ってかかった。
「何がおかしい!?」
「……貴様たちとの約束を破っても構わないかね?」
「アンタの助言なんていら——」
「待て。話だけでも聞いてみよう」
ブラージの否定をフィディオが遮る。
「フィディオ、お前……」
「……悔しいけど、俺たちには戦術を練ってくれる監督が必要だ。それは君もわかっているはず」
「けどよ、そんなやつの言うことなんて聞いたらイタリア代表の恥だ!」
まあ、間違いではない。
悪人の言うことを聞けばその人自身も悪人になる。総帥の罪が発覚した時間違いなく彼らも非難されることとなるだろう。少なくともメディアはそう広める。
そして何より、そんな汚い人の指示なんて聞いたら彼らの誇りが失われる。
フィディオ以外のみんなが嫌がるのももっともだ。
しかしブラージの話を聞いてもなお、フィディオは首を横に振った。
「ブラージ。俺は試合に勝つことこそがイタリア代表の誇りを守ることだと思う」
「そのためなら何したっていいって言うのかよ?」
「いいや。でも俺たちが今から聞くのはサッカーでの戦術だ。そこに卑怯も何もない。誰が戦術を立てるかじゃない。どんな戦術を立ててくれるのかが大切なんだ」
「けどよ……」
ブラージが言い淀む。
フィディオはそこで改めて彼だけでなくチーム全員の顔を見渡し、力強い目で自分の考えを述べる。
「いいかみんな、俺たちは代表なんだ! 俺たちは何千といるイタリアサッカープレイヤーたちの夢を引き継いでここにいるんだ! 中には夢破れて悲しませてしまった人たちもいるだろう! だからこそ、俺はそんな彼らに、あの観客席にいる人たちに恥じない戦いをしたい! みんなもそうじゃないのか!」
彼の拳は強く握りしめられていた。
話を聞いて、私の中にチームKのメンバーの顔が脳裏に浮かび上がる。
そっか……代表だもん。選ばれる人もいれば選ばれない人もいる。私みたいな裏口入団とは違って候補生から選ばれた彼は、選ばれなかった人たちの悲しみを直に受け止めてきたんだ。
そしてそれはブラージたちも同じ。
彼らはしばらく険しい顔をしていたが、次第にバカらしくなったようにフッと顔を緩めた。
「……やっぱ今でもミスターKは許せねえよ。でも、そうだな。たしかにそうだ。俺らを必死に応援してくれるあの人たちを悲しませたくはないよな」
「だな。今は俺たちのプライドなんか投げ捨てて、イタリアにいるみんなのために戦おうぜ!」
「ブラージ、ラファエレ、みんな……!」
オルフェウスのメンバーの心が一つになったのがわかる。
驚いた。
みんなの私たちへの恨みは相当深かったはずだ。正直なところ、私も彼らがまともに言うことを聞いてくれることはないと思っていた。
でもフィディオは言葉だけでそれを変えてしまった。
ふと彼の背中に円堂君の背中が重なって見える。
みんなのためのサッカー。
私とは真逆だ。
でも、真逆だからこそ、私はそこにいつも惹かれるのかもしれない。
総帥は全員の意志を改めて確認する。
「では、指示を出していいかね?」
「ええ、お願いしますミスターK」
「……背番号78番、アップをしておけ」
「いやなんで番号で呼ぶのさ?」
ま、いいけど。
ようやく私の出番か。
ベンチから立ち上がり、ジャージを脱ぎ捨てる。
その中から78と刻まれた青いユニフォームが現れた。
「後半はディフェンスを一人減らし、フォーメーションを変えていく。入れ替わるのはこいつだ」
「ナエってフォワードじゃないのか?」
「いや、彼女はリベロだ。どんなポジションでもできるはず。実際にディフェンスも凄いところはみんなも見ただろ?」
ディフェンダーか……。まあ試合に出れればいいや。その気になれば私は上がってシュート撃てるし。
次に総帥はボードを用いてフォーメーションを説明していく。
しかしその奇妙な形を見て、私を含む全員が驚くのだった。