悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
『さあ後半が始まります。オルフェウスは巻き返すことができるのでしょうか?』
『おっと、ここでオルフェウス、選手の交代です。オットリーノに代わり入ってくるのは……見たことない選手ですね』
『えー、データによりますと彼はナエ・シラトヤ。日本生まれ日本育ちですがオルフェウスキャプテンヒデナカタのように国籍が変わったことでイタリア代表になれたようです。公式戦は今年のフットボールフロンティア決勝でイナズマジャパンキャプテン円堂率いる雷門中に破れて以来音沙汰がないですが、気になる選出です』
そっか、私って久しぶりの公式戦なのか。
気付いてからは観客たちの熱気や応援というものがよく聞こえるようになる。
緊張はない。しかし夢の舞台に今立っているのだとそれらは実感させてくれた。
フォーメーションはこの通りだ。
1ー4ー3ー2という異色さに私も最初は驚いた。しかし総帥はサッカーの戦術においては誰よりも頼りになる。説明された作戦もまともそうに思えたし、あとはあの人を信じて動くのみだね。
キックオフと同時に相手はバックパスし、エドガーにボールを渡す。その周囲に三人の選手が集まり、彼らは一振りの槍と化す。
「必殺タクティクス—— 無敵の槍!」
青白い光が選手たちを包み込み、巨大な槍がフィールド中央を進んでいく。
しかしオルフェウスの選手たちはそれを見た瞬間からわざと左右に散って、無敵の槍を通した。
あっという間に槍は中盤を突破。残る四人のディフェンスに向けてその突きを加速させていく。
「く、くるぞ……!」
「ハハハッ、無駄だ! 無敵の槍はどんな防御をも貫通する!」
無敵の槍がディフェンス陣を突破し、ペナルティエリアへと侵入してしまった。
相手にとっては絶好の好機。エドガーはパラディンストライクを撃とうと体を捻り——逆方向からボールを蹴った私の勢いに負けて数メートル吹き飛ぶ。
「なっ……!」
「ま、こんなもんかな」
『ふっ、防ぎましたナエ! あのエドガーの蹴りを上回る蹴りで、逆に彼を吹っ飛ばしたァ!』
全部私の手柄のように実況してるけど、全ては総帥の戦術のおかげだ。
『無敵の槍が無敵なのはペナルティエリアに侵入するまで』
総帥はそう言った。
無敵の槍は三角形の中にエドガーを入れるような陣形のため、シュートの際はその鉄壁のガード役が邪魔になるのだ。
そこを突いた。ガードが離れた瞬間に最後尾で隠れていた私がボールを奪うという作戦だ。
それは見事に成功。おまけに敵陣には四人もの選手が抜けてスペースがたくさんある。
「フィディオ!」
ボールを敵のミッドを越すように高く上げる。
カウンターだ。
フィディオはボールを受け取ると、素早いドリブルで敵のディフェンス陣を破り、あっという間にゴール前にたどり着いた。
彼の足元に魔法陣が浮かび上がる。
「オーディンソード!」
「ガラティーン! ——がっ!?」
魔法陣から剣が飛び出す。
相手の手からも光が集まり、それを剣と化して振り下ろしてくる。
一瞬の剣戟。
勝ったのはオーディンソードだ。
ガラティーンはオーディンソードに当たった瞬間に真ん中から折れて、ボールはゴールネットに突き刺さった。
「……マジかよ」
「ふふん、総帥はすごいでしょ?」
「ちっ、試合はまだ終わっちゃいねぇ! まだまだ気を抜くな!」
あんなに苦戦した敵からこうもあっさり点を取れてしまったことにブラージは呆然としているように見えた。
それが面白くってからかってみると、案の定鼻息を荒くして言い返してきてくれた。
『決まりましたフィディオ! 見事なカウンター!』
『いや、あれは戦術も美しかったですよ。カテナチオなんて私も久しぶりに見ました』
『カテナチオ? マードックさん、解説をお願いします』
『カテナチオとはイタリア語で閂を現す、イタリアの古い守備的な戦術ですね。特徴的なのはディフェンスのさらに後ろに置いたスウィーパーと呼ばれる選手です。これが左右に動き回り、ディフェンスを突破した少数の選手を抑えます。そしてそこから一気にカウンター、あとはご覧の通りです』
『なるほど……初めて見ました』
『しかし古い戦術と言ったように、カテナチオには明確な弱点があります。オルフェウスはこれをどう克服していくのかが課題ですね』
カテナチオ。私も名前でしか聞いたことがない。
でもそんな古い戦術を引き出して敵を封殺するなんて、さすが総帥。やっぱり指揮能力は超一流だ。
キックオフは再びナイツオブクイーンから。
彼らは性懲りも無くエドガーにボールを回し、無敵の槍の陣形を作る。しかしさっきとは違って、無敵の槍は中央ではなく私たちから見て右サイドに寄っていた。
「無敵の槍!」
再び無敵の槍が発動。右サイドのディフェンス陣がどんどん崩されていってしまう。
でも私のやることは変わらない。抜け出してきた無敵の槍に近づく。槍が解除され、中から飛び出してきたのは——まったく別の選手だった。
『マードックさん、カテナチオの弱点とはなんですか?』
『やはり左右のセンタリングに弱いことでしょう。一人しかディフェンスがいないので、逆サイドにボールをあげられるとお手上げなんですね。ナイツオブクイーンもそれを狙ってきたようです』
『ここで逆です! 左サイドにエドガーが走り込んできている!』
無敵の槍は発動すると、青白い気によって選手たちを包み込むため中の選手たちの姿は見えなくなる。それを利用してエドガーは一度発動したあと、別の選手と入れ替わっていたんだ。
「これでフィニッシュだ!」
エドガーはノーマークでボールを受け取ると、すぐにシュート体勢に入った。
ブラージじゃ止められない。ここで入れられたら全てが水の泡だ。
——まあ、私なら普通に届くんだけど。
エドガーはまたもやボールを蹴った瞬間、逆に弾き返された。
それを成したのは私の蹴り。
『なっ……何が起きたのでしょうか!? エドガーにボールが渡った時にはいつの間にか逆サイドに引きつけられていたはずのナエが!』
さっきと同じように、大きく蹴り上げてボールをフィディオに渡す。
しかし二度目ということでエドガーの指示も早かった。
あっという間に彼は包囲されてしまう。
『抜け道を塞がれたフィディオ!』
『うーん、四人でガッチリマークされてますね。これはいくらフィディオでも突破するのは難しいでしょう』
『オルフェウスは全体的に守備寄りのチームですからね。フィディオさえ封じればどうにかなるという考えなのでしょう。……っと、ここでフィディオ誰もいないところにパスを出し……いや、いる!! ナエが走ってきている!?』
ゴール前から敵も味方もごぼう抜きして、フィディオが出したパスに追いつく。
当然ながらノーマーク。外すわけがない。
回転しながらペンギンたちを呼び寄せ、ヘキサグラムの魔法陣を構築。そしてペンギンたちと一緒にそこに飛び込み、両足でボールを撃ち込む。
「皇帝ペンギン零式!」
「ガラティ——ぬぁぁああああっ!?」
遅い。
相手キーパーは光の剣を振り下ろそうとしたけど、その前に魔法陣から放たれた極太の閃光が彼を飲み込んだ。
「バーン! ……なんちゃって」
ゴールイン。
なんとなく指で敵を撃ち抜くポーズを取ってみる。
途端にスタジアム中から大歓声が湧き上がった。
『驚きましたナエ! あのフィディオにも負けず劣らない、いやそれ以上かもしれないシュート!』
『いや、それもありますけど一番驚くべきはあの驚異的なスピードですね。VTRをスローモーションでご覧ください』
『これは……まるで瞬間移動したかのように次々とナエの立ち位置がズレていますね』
『普通のカメラじゃ追い付いていないんです。それほどの速度です。たぶんゴールからゴールにつくのにニ、三秒くらいしかかかってないんじゃないですかね?』
『似たような選手をマードックさんは?』
『いや、プロにもいませんよこれは。入団すれば有名チームの一軍入りも確実でしょう。これほどの選手が東方の島国に隠れていたとは、世界は広いものです』
……すっごい歓声が降り注いでくる。
久しぶりに浴びたよ。
不思議とほおが緩む。この時だけはまるで闇の世界から抜け出しているかのように感じられた。
「やったなナエ」
「ふふん、当然でしょ」
私とフィディオはハイタッチする。
一際大きな歓声がまた湧いた。
それがポツポツとやみ始めたころには両チームがフォーメーションを整えていた。
時間は残りわずか。
普通に攻めても守りの固いオルフェウスを時間内に突破するのは不可能。無敵の槍も封じてある。
なら、次にナイツオブクイーンがしてくる行動はおそらく……。
私はいつでも前に走れるよう、前傾姿勢をとる。
キックオフと同時に敵は後ろにバックパスを出してきた。
ボールはミッドを越え、ディフェンスラインへ。そこに立っていたエドガーがボールを受け取る。
「受けてみよ! 最大火力の騎士の剣をっ!」
エドガーが天高く足を振り上げる。
するとそこから紋様の刻まれた、神秘的な青色の剣が出現した。
「エクスカリバー改!」
エクスカリバー。
その性質は
でも、全部読めてたことだ。
エドガーがボールを蹴る直前、私は彼の目の前に立っていた。
指笛を吹き、黒いペンギンたちを呼び寄せる。それらは次々と右足に噛み付いていく。
「皇帝ペンギンXV3!!」
放たれたエクスカリバーに向かってそのまま蹴りをくらわせる。
——『カウンターシュート』。
均衡は発生しない。一直線にボールは元きた道を引き返し、エドガーの横をすり抜けてゴールに入る。
同時に試合終了のホイッスル。
シンと静まり返る観客席に向かってダブルピースをする。
その時、今日一番の割れんばかりの大歓声が響き渡った。
『試合終了! 3対1! 3対1です! オルフェウス、前半からは考えられないような見事な大逆転!』
『この試合一番の貢献者は間違いなくナエでしょうね。観客も新たなオルフェウスのエースに祝福の声をあげています』
ふぅ……うまくいってよかった。
エクスカリバーは距離が開けば開くほど威力が増す。逆にいえば距離が短ければ本来の威力は出ないのだ。だからあんな簡単に弾き返すことができたってわけ。
観客に手を振っていると、ふと勝ったにも関わらずボーッとしているフィディオが目に入った。
それが気になり、からかい半分で話しかける。
「どしたの? もしかして私にエースストライカーの座を奪われるかもって思って焦ってる?」
「ハハ……いや、そういうわけじゃないんだけど……ちょっとね」
うーん? はっきりしないなー。
曖昧に言葉を濁しているだけなのが気になり、さらに彼の顔を覗き込んでみる。
そこで、彼の視線は総帥に注がれていることに気がついた。
「……って、うわぁっ!? ち、近い近い!」
「あらら、顔真っ赤。そんなに私に見惚れてた?」
「そ、そんなんじゃないって!」
そう言ってフィディオは照れ隠しのためか、グラウンドの出入り口の方に走り去っていってしまった。
いや、女耐性なさすぎじゃね? 雑誌とかじゃ女性ファンに投げキッスするほどのイケイケ男子って感じで書かれてるけど……。もしかしてああいうのはうわべだけで、本当は恋愛経験が皆無だったりするのかもしれない。
あの顔だし、将来悪い女性に騙されそうで心配だ。
彼がいなくなったタイミングを見計らってか、ブラージがムスッとした顔でこっちに近づいてきた。
「あなたもずいぶん不景気そうな顔してるね。活躍の場を奪われちゃって不満だったり?」
「……いや、キーパーの仕事は誰を利用しようがゴールを守ることだ。正直、お前とミスターKがいなかったらこの試合は勝てなかっただろう。それは認めてやる」
「おっ、意外と素直だね」
「勘違いすんなよ! 今日は認めただけだ! 次の試合までに俺はもっと強くなって、お前なしでもゴールを守ってみせる!」
それだけ言うと、鼻をならして彼は私から離れていった。
……
私には人の心を感じ取る力はない。だからこれは希望的観測なんだけど、そうだったらいいな。
ちょこっと笑みを浮かべて、私もグラウンドを出た。
♦︎
控え室に続く関係者エリアを歩いていく。
コツーン、という自分の足音がよく聞こえる。
こういったスタジアム内の関係者用の通路は基本どこも狭いので、音が響き渡りやすいのだ。
だからだろう。曲がり角から聞こえるその声は、よく私の耳に入った。
「ミスターK、あなたにとってサッカーとはなんなんですか?」
「……見てわからんかったのか?」
「わかりません。あの作戦は決してサッカーを憎んでいるだけの者には作れないものです!」
「サッカーを潰すにはサッカーを知る必要がある。それだけだ」
「まっ、待ってくださいミスターK!」
こっそりと曲がり角を覗き込んだ。
話をしていたのはフィディオと総帥だった。
しかし話は一方的に終わってしまい、総帥はまるで逃げるように足早に去っていってしまう。
「……本当にそれだけなのかな……?」
ぽつりと呟きが彼から漏れた。
そっか……貴方も気づき始めたんだね。総帥の闇に隠された何かを。
たまに自問自答することがある。
なぜ私はあの人についていっているのかを。
世間一般で見てあの人は紛れもなく悪だ。いくら私の性別を偽れるほどの権力を持っていて、サッカーの戦術に秀でているとしても、私は必要以上にあの人を追い求めてしまっている気がする。
そして悩んで悩んで……最後に同じ結論が出る。
私は総帥のサッカーが好きなのだ。
だから、ここまでついていってるんだと。
だけど今のままじゃ本当の意味でそれを見ることはできないかもしれない。あの人が本当の自分を曝け出さない限りは。
たぶん、私は総帥が本当に欲しいと思っているものに気づいている。
しかし私にはそれを見せる力が、センスがなかった。総帥もそれを知っていたからこそ、私ではなく鬼道君に自分のサッカーを叩き込んだのだろう。
でも彼なら、あのフィールドを空から見下ろしているかのような空間把握能力を持つ彼なら、もしかしたら……。
思考に没頭しすぎていたのだろう。私はそこで不用意にも足音を鳴らしてしまった。
「っ、なんだナエか……びっくりしたよ」
「……いや、ちょっと話が聞こえたもんだからさ。貴方には悪いけど」
「そうだ、君なら何かわかるんじゃないか? ミスターKが何を思ってサッカーを見ているのかを」
その核心的な問いに思わず飛びつきそうになる。
しかし動きかけた口を必死に押し止め、しばらく考えたあとゆっくりと答える。
「……さあね。私もはっきりとはわからないんだ」
「そっか……君でもわからないのか」
「でも、総帥はサッカーに憎しみ以外の感情を持ってる。私はそう思ってるよ」
「っ! そっか、やっぱり……。ありがとうナエ。おかげでちょっと気が晴れたよ」
フィディオは迷いが晴れたような顔でそう言って、控え室の方に行ってしまった。
……まだだ。可能性があるだけじゃ託せない。
たぶんこれは一生に一度のチャンスになるだろう。これで失敗すれば、総帥は二度と自分と向き合えなくなる。
今は見定める時期だ。彼が本当に私の願いを託せる選手なのかを。
遠くなっていく彼の背中をジッと眺め続けながらそんなことを考えた。
なえちゃんの名前が実況でもカタカナ表記になってる理由は、彼女がイタリア人扱いされているからです。ヒデナカタがそんな感じで呼ばれていたので、それに似せました。