悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
私と総帥を乗せた車がイタリアエリアの街中を通り過ぎていく。
この街ヴェネチアを意識してるせいで水路が多く、車道が少ないんだよね。そのせいで私が走った方が早く着くほど遠回りをしてしまっている。まあ総帥がいるからできないけど。
もちろん運転手はそれ専用の黒服の男だ。私も免許は持ってるけど、さすがにメディアに見つかったらヤバいということで最近は運転してない。
あー愛用のトラクターをぶっ飛ばしたいなぁ。惜しむらくは一度捕まった時に差し押さえられたせいで二度と再会することができないんだよね。
そうこう思っているうちにグラウンドに着いた。
総帥は降りるなりズケズケと進んで行ってしまう。
みんなはいきなりの黒グラサンの登場に、非常に驚いているようだった。
「お、おいなえ! なんでミスターKが来てるんだよ!」
「作戦について相談したら来てくれたんだよ。よかったね、これで万事オーケー!」
「なわけあるか! どう見ても怪しいだろうが!」
ブラージはいつも通り私に噛み付いてきた。
いや、そこは普通総帥に言いなよ。私だって部下の一人なんだから知るわけないじゃん。
私たちの口論を無視して総帥は監督席に腰を下ろす。それを見て何人かがまた顔をしかめる。
フィディオたちは集合して、総帥の前に立った。
「ミスターK、確認のため聞きますがなんの用ですか?」
「ククク、行き詰まっている貴様たちに策を与えてやろうと思ってな」
「んなもんいらねえよ!」
「ブラージ、イギリス戦もアメリカ戦もミスターKのアドバイスは十分に役立っていた。だからここはまず聞くことにしよう」
「……ちっ」
みんなには私がローリングサンダーを破れたのは総帥の助言があったからってことはイメージアップのために伝えておいた。
ブラージは特に苦戦したからね。恩恵を一番受けたと言っても過言じゃない。だからだろうか、フィディオの言葉を聞いて強く言い出せなくなったようだ。
みんなが静まったところで総帥が作戦を説明し出す。
「必殺タクティクス—— カテナチオカウンター。貴様らには今からこれを習得してもらう」
「必殺タクティクス……」
「カテナチオ……カウンター……?」
私とフィディオの声が重なった。
カテナチオってあれでしょ。イギリス戦で私たちがやったやつ。守備寄りの陣形で攻撃をガッチリ防ぎ、前線に残っていた少人数でカウンターをしかけるのが基本の戦法だ。
「カテナチオカウンター。ボールを中心にフォーメーションを崩さないまま全員で近づき、一瞬で包囲をする」
「ああ? なんだそりゃ。イマイチ凄さがよくわかんねえぞ」
「……たしかに、この説明だけでは具体的なイメージは難しいです。もう一度詳しく教えてくれませんか」
むー? マジでパッとしないぞ。ブラージと同じ感想言うのは悔しいけど、サッパリ凄さが理解できない。
一瞬で囲むタクティクスだったらこれまでにもあった。アルゼンチンのアンデスの蟻地獄、それにアジア地区だけでも韓国のパーフェクトゾーンプレスやオーストラリアのボックスロックディフェンスなんかもある。
もちろんこれら全てをイナズマジャパンは攻略済みだ。果たして慣れ切った包囲系タクティクスで彼らを防げるかどうか……。
「断る。時間の無駄だ。このタクティクスは説明しようとすればするだけ長くなる。今の貴様らには必要ない」
「タクティクスのカラクリがわかんなくてどうやって完成させるんだよ?」
「簡単だ。何も考えなければいい。貴様らがただ私の命令に従う兵士となれば、最短でこのタクティクスは完成する」
「なんだと!」
「落ち着け。今まで散々厳しい言葉をかけられてきただろ。これくらいで動揺してどうする」
「けどよ……」
「一度どんな練習をするのか体験しよう。やるかどうかはそのあとにみんなで決めればいい」
「……わかった」
ほっと私は心の中で一息つく。
正直総帥が喋ってる間ずっとヒヤヒヤしてたけど、フィディオがいてくれて助かった〜。あの火薬庫みたいなブラージじゃすぐに爆発するに決まってるからね。私が宥めようにも火に油を注ぐ未来しか見えないし。
私や総帥に未だいいイメージがない人たちも、だいたいのことをブラージが代わりに言ってくれたせいなのか何も話すことはなかった。
決まりだ。
総帥はさっそく練習方法を私たちに教えてくれた。
しかしそれは驚きの方法だった。
「ぐあっ!」
「がはっ!」
「お、おい大丈夫か!?」
シュートをまともに受け、倒れたラファエレたちのもとにブラージが駆け寄る。その腕や足には若干青く変色した箇所がいくつもある。
周りを見渡すと、私以外の全員が同じような怪我をしているようだった。
総帥が教えた練習は単純だった。
ゴールの両サイドから放たれるシュートの嵐をドリブルしながら避け続けるだけ。ゴールに着いたらそれで終了だ。しかし誰もたどり着けた者はいない。
「ちくしょう、こんな練習になんの意味があるってんだ!」
「空間把握能力が足りん! もっと周りを感じ取れ! 目だけでなく、耳や肌で!」
「んなもん無理に決まってるだろうが! フィールドを上から見渡すなんて言われてるフィディオですらできてないんだぜ!?」
「ちっ、うるさいやつだ。黙らせろ」
「はいはーい」
ここが帝国だったら腹パン一発ぶちこんでるところだけど、さすがにそれやったら引かれちゃう。
てことで私は実力で口を塞ぐことにした。
そこら辺に落ちてるボールを回収し、ゴールの目の前に立つ。
走り出すと同時にシュートがマシンガンみたいに放たれる。
走る速度はあえてみんなと同じくらいに抑えている。
この特訓にスピードは必要ない。
視界の中に映る全てのボールを感じ取り、一手二手先を読むように鋭くターンを繰り返しながら、走り続けた。
そしてとうとうゴールラインにまでたどり着き、みんなに向かってピースする。
「おいおい、なんであんなに簡単にできんだよ……」
「風切り音だよ」
「風切り音?」
「そっ。みんなは目だけに頼って飛んでくるボールの全てを避けようとしてるけど、それじゃあ目が疲れちゃうよ。そうじゃなくて、もっと風切り音とかで目だけじゃ捉え切れないボールを感じ取れれば楽なもんだよ」
「耳や肌って、そういうことか……」
「特にブラージ。あなたしょっちゅう風切り音なんて聞いてるんだから、できないのはどうかと思うよ?」
「うるせえ! 次こそ成功してやる!」
ブラージは鼻息を荒くしてゴール前に立つ。
どうやら私の説明でやる気を取り戻してくれたらしい。
でも……みんなには言ってないけど、この難易度はやっぱり厳しい気がする。
今まで使ってこなかった感覚を意識して使えなんて、もともと無茶な話だ。試合まで数日で完成できるものじゃない。
立向居のムゲン・ザハンドの原理も、この練習と同じで全ての感覚でボールを見切るっていうのだけど、才能だけなら円堂君すら上回る彼ですら習得には一ヶ月以上かかったのだ。試合までに全員が成功できるなんてとうてい思えない。
総帥の顔をちらっと伺う。
目はわからないけど、雰囲気は真剣だ。本気になった総帥が意味のないことをするわけがない。
私はそう信じて、ゴール前に立つことにした。
♦︎
結局、今日までにあの練習をクリアできたのは私以外にいなかった。
グラウンドに総帥はいない。今日の練習が終わったらすぐに帰ってしまった。
さっきまでみんなとしてた会話を思い出す。
『まったく、なんだよあの練習は!』
『ラファエレ落ち着け。練習の意義はちゃんとなえが教えてくれたはずだろ?』
『それだって本当かわからねえじゃねえか。なあブラージ?』
『……いや、俺はもう少し続ける』
『はあ?』
『こいつはキーパーの特訓にはなりそうだしな。それにできねえままってのは性に合わねえ』
その後みんなで話し合った結果、午後はあの練習をやることになった。
正直、足りないんじゃないかと思う。丸一日やってても足りないのに、さらに時間を減らすなんて、これじゃあ全員が成功できるようになるはずがない。
しかしフィディオがブラージが擁護してくれてこれなのだ。彼らがいなかったらそもそも練習自体打ち切りになってたかもしれないことを考えると、贅沢は言えないよ。
夜の帳が下りた中、私はボールを持ってグラウンドに向かう。
今度の対戦相手は因縁深い円堂君たちということもあって、私は練習に専念するためにしばらく仕事しなくていいことになっていた。
だから今日は夜練ができるってわけ。
しかしグラウンドには先客がいたようだ。
「ハァッ!」
間隔を置いて並べられたコーン。その隙間を白いイナズマが次々と横切っていく。
あんなドリブルをできるのは一人しかいない。フィディオだ。
走っている姿がブレるほど速い。それをペースを落とさずに何往復もしていた。
彼はこちらに気づくと、足を止めた。
「なえか。夜にグラウンドにいるなんて珍しいな」
「仕事がなくなったからね。フィディオはいつもこの時間も練習してるの?」
「いや、普段は体を休めるためにちゃんと寝てるよ。ただ、今日のミスターKの練習にまったく歯が立たなかったからね。だから早くクリアしたいんだ。俺がクリアしたらみんなも勢いづくかもしれないし」
なるほど、フィディオらしい理由だ。
「でもコーンだけじゃあんまり練習にならないんじゃない?」
「うーん……でも他のみんなを起こすわけにはいかないからね」
フィディオも薄々は気づいていたようだ。
今日の練習は空間把握能力を高めるためのもの。だからコーンを置いて避けるための速度を上げてもあまり意味はないのだ。
シュートを撃ってあげたいけど、私一人じゃさすがに弾幕と言えるほどの密度にできないし……。
その時、いいアイデアが浮かんだ。
「ちょっと待ってて」
スマホを取り出し、部下に連絡。
そして倉庫からあるものをここに運んでくるようにメールを送る。
「何をやったんだ?」
「昔、円堂君がキーパーの特訓をする時にボールをマシンガンみたいに発射する機械を使ってたんだよ。それを再現したものを作ってあったんだけど、今なら役に立つかなって」
「へぇ、マモルが使ってた機械か……ちょっと興味あるね」
「まあ来るのは数十分後だろうし、ちょっと話さない?」
その提案に彼は頷いてくれた。そして近くにあったベンチに腰をかける。
話か……自分から誘っておいてなんだけど、何話そう。
今日の天気? いやもう真っ暗でわからんよ。
あかん、なんも思いつかない。
さりげなく目線で助けを求めてみるけど、彼は俯くばっかでなんも話しかけてこない。練習して汗をかいたのか、その顔はほんのり赤くなっている。
いやそこはいつものイケメンムーブ発揮しろよ! なんのためにあるんだその顔は!
……私の会話デッキってもしかして貧弱すぎ?
い、いや、そんなことはないはず! たしかこういう時は共通する話からするんだ!
共通点……サッカー、はいつも話してるし。
そうだ、円堂君がいた! 円堂君の話をしよう!
ありがとう教祖様!
「そういえば、フィディオってどうやって円堂君と会ったの? やっぱチームK戦の時?」
「いや、マモルとはライオコット島に来たばかりのころに会ったんだ」
彼はその時のことを楽しそうに話してくれた。
なんでも円堂君は当時練習用のタイヤを探してたらしく、その道中でフィディオとぶつかりそうになったらしい。
フィディオは間一髪のところで避けたらしいけど、その時持ってたボールが走っていた車にちょうど乗っかってしまい、二人で追いかけることになったそうだ。
彼はそこで、途中坂道を凄い勢いで転がってきた巨大タイヤを受け止めたことを見てわくわくしたらしい。
わかるなぁ、その気持ち。新しい場所で新しいライバルと出会う。
特にそういうのは相手が強ければ強いほど戦いたくてたまらなくなっちゃうんだよね。
フィディオの円堂君の話が終わって、再び沈黙が訪れた。
いやそこで私に話題流せよ。会話下手かお前は。
私の方の出会いとか、聞けるとこいっぱいあったでしょうが。
彼はしばらくこっちを見てこなかったけど、やがて決心したような顔をしてやっと話しかけてくれた。
しかし、それは私が予想していたものとは違った。
「その……なえはさ。マモルのことが好きなのか?」
「……へっ?」
「いや、よくマモルの話を楽しそうに話すからさ。もしかしてそうなんじゃないかと思って」
フィディオの言葉が私の頭の中をぐるぐる回る。
私が? 円堂君を?
好きって言えばたしかに大好きだ。でもこれはその、たぶん恋愛的な気持ちとかじゃなくて……。
「好きっていうより、尊敬してる、かな? 正しくは」
「尊敬?」
「うん。私にとって円堂君は憧れの人なの。どんなに弱くても必死に努力して、最後に必ず勝ってみせる。絶対に諦めないの、彼」
「……なんだかわかる気がするよ」
「でも、円堂君は私にとっては遠すぎる。光が強ければ強いほど闇が濃くなるように、私たちの間には決して交われない狭間があるの。だから私は彼には相応しくない。私は汚れているから……」
そう。どんだけサッカーが好きでも、私じゃ彼と胸を張って隣に立つことはできない。
闇に沈んだことに後悔はない。こうでもしなきゃ道は開けなかっただろうから。でもその結果として私は光を得る術を、闇から抜け出す術を失ってしまった。
だからこその、憧れ。
太陽みたいな彼に、私のような血濡れた犯罪者は似合わない。
その輝きを私の血で曇らせてしまうことなどあってはならないのだ。
「違う」
フィディオがポツリと呟いた。
そして、それを皮切りに彼から言葉が溢れてくるよう
「違う違う違うっ! 君は汚れてなんかいない!」
「ふぃ、フィディオ?」
「君は綺麗だ! 顔も、そのプレーも全部俺にとっては眩しいものなんだ!」
突然の咆哮。
彼は心の声を吐き出すようにそう言ってくれた。
突然のことで私は何を話したらいいかわからず、硬直してしまう。しかしそれは彼も同じようで、ハッと我にかえったかと思えばものすごい勢いで顔を真っ赤にし私から離れた。
「い、いや違うんだこれは! 決して告白なんかじゃなくて!」
あたふたと慌てる姿を見てると、自然にふふっと笑みが溢れた。
なんだか緊張しちゃったのがバカらしくなったよ。
もちろんこれが告白じゃないことはわかってる。
フィディオは優しいから、誰にでもこういうことを言っちゃうやつなのだろう。
だけど、ありがとう。
心の中でそう呟く。
そして普段通りを装い、小馬鹿にするように彼を笑う。
「ふふっ、カッコつけて慣れない言葉使うからだよ。明日みんなにも教えてあげよっかな〜?」
「それだけはやめてくれぇ!」
「ど〜しよっかな、ど〜しよっかなぁ? ……って、ようやく来たみたいだよ」
グラウンド前の道路にゴッツイ機会が乗っかっているトラクターを見つけた。
フィディオはこれ幸いとばかりに、逃げるようにそちらへ走っていってしまう。
「これは……すごいな」
「魔改造してあって、最速で弾丸並みのシュートを撃つこともできるよ。やる?」
「……最初は簡単なのからやらせてくれ」
指示を出すと、トラクターに乗り込んでいた数人の黒服たちが血管が浮き出るぐらい踏ん張って機械を持ち上げ、運んでいく。
あんまりにも辛そうなので、フィディオが助けに入ろうか悩んでいた。まあ私にはそんな気微塵もないけど。
「ちなみに私の部下は私以上にブラックだから、だいたい二十四時間体制でオーダーを受けられるようになってるよ」
「酷い社会の裏を見たような気がした」
遠い目を彼はしていた。
素行と頭が悪く、腕っ節だけがマシなだけの連中だ。お似合いの仕事だろう。そもそもこの会社にたどり着いたところで人生詰んでるようなもんだしね。
やっと機械が設置されたみたいなので、試しにボールを補充して発射スイッチを押してみる。
するとボシュっという音とともに見事ボールがが砲身から放たれる。
——そしてそれは弾丸のような速度で加速し、ゴールを外して奥のレンガの壁にめり込んだ。
『あ……』
あの壁って、例の高級レンガだよね? 私が絶賛借金中の。
ちろっとボタンの横のレベル表示を見る。
そこには『MAX』と書かれていた。
あはは、そういえば最後これを使った時って弾丸速度のシュートの威力実験だったっけ。
……まずい。
「全員証拠隠滅に手伝って! フィディオも早く!」
「あ、ああ!」
その後、私たちは瞬間接着剤で割れたレンガをくっつけることによってバレるのを防いだ。
側から見ればまったくわからないだろう。
ハッハッハ!
……バレて借金要求された時に備えてお金貯めとこ。
そして練習が再開。
しかしその圧倒的なシュートの弾幕をフィディオはなかなか避けきれず、今夜で成功することはなかった。