悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「なあ、なんだこれ?」
「みんなを鍛えてくれる画期的なマシーンだよ!」
昼食を食べ終わり、午後の練習を始めるという時に私は昨日部下に運ばせたボールガトリング君(今名付けた)をみんなにお披露目していた。
「今日からこれを使って特訓するよ。異論は認めない」
「けっこうゴツいなこれ……どんくらい速度出るんだ?」
『……』
「おいなんで黙るんだよ!?」
ラファエレのその問いに私とフィディオはそっと目を逸らした。
「とーもーかーく! 実け……試行は昨日フィディオで済ませてあるから、安心してくれていいよ」
「今こいつ実験って言いかけたぞ」
「そこブラージ、うっさい」
グダグダ言ってても仕方がないということで、みんなはしぶしぶとこれを使うことを了承した。
「で、誰が操作するんだこれ?」
「そんなもの、唯一クリアしてる私に決まってるじゃん」
「あっ……」
「いやそんな『終わった……』みたいな顔しなくても」
失礼な人だな。ブラージの時にはこっそりシュートの速度上げておいてやろう。
そうして楽しい楽しい特訓が始まった。
「アハハハハッ!」
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
「ぬわぁぁぁぁっ!!」
「ちょっ、まっ、テメェ! なんか俺だけやたら速くない……ぶべっ!?」
ヒャッハー! 汚物は消毒だぜぇ!
ヤバい、なんか癖になりそう。今ならトリガーハッピーになる人の気持ちがわかるかも。
撃ち続けている間、一番槍となったブラージとラファエレ、ついでにダンテたちの野太い悲鳴がグラウンド中に響き渡る。そして弾を切らしたころには全員はボロ雑巾みたいになって地面に転がっていた。
うん、ピクリとも動いていないね。
「さ、次の方どうぞー」
『誰がやるか!?』
唾が飛んでくるほどの勢いでみんなに拒否された。
アンジェロちゃんなんか白目剥いてガタガタ震えちゃってるし。
不安を和らげようと笑いかけてあげたら、とうとう気絶して倒れてしまった。
解せぬ。
「ぐっ……このクソアマが……!」
「あ、ブラージ生きてたんだ」
「そこどけ! 今度は俺がやってやる!」
「いいよー」
ま、どうせ無駄だろうけど。
私が降りると、ブラージは蛇みたいに気持ち悪く這いずって機械まで移動し、乗り込んだ。
そして弾幕が目の前に一気に広がる。が……。
「クソ! 当たれ! 当たれってんだよクソが!」
「ざーこざーこ」
「チクショぉぉぉっ!!」
弾が切れるまでに、結局私がボールに当たることはなかった。
その後は選手交代ということでまだやってない選手たちにも弾丸の嵐を味合わせてあげた。
うん、みんな素晴らしい悲鳴だったよー。
その苦労の代価として、彼らの動きは目に見えて良くなっている。
でも成功者はまだ出てきていない。試合まであと三日しかないのに。
気づけば空が赤く染まっていた。遠くの方ではもう薄暗くなってしまっており、ここももうすぐ夜の帳に閉ざされることになるだろう。カラスがカーカーとやかましく鳴いているのが聞こえた。
スマホで時刻を確認する。
……これ以上の特訓は今日は無理か。
「はい、そこまで! ストレッチしたら今日はもう解散!」
「や、やっと終わったか……」
「な、なえ……水を投げてくれ……もう一歩も動けねぇ……」
はぁ……。
グラウンドに突っ伏していたのはラファエレとブラージだった。
この二人、私に対抗してかいつも以上に張り切ってあのマシンに撃たれ続けたんだよね。その結果がこの体たらくである。
普段私に反発してるくせに、最後に私にお願いするのはどうなのよ?
ただ私はマネージャーでもあるので仕方なく彼らのものと思われる水筒を投げてあげた。
……彼らの顔面に。
『ぶごっ!?』
「あ、ごめーん。手が滑っちゃって」
「こ、殺す……!」
「どう見てもわざとだろうが!」
なんか物騒なこと言ってますけど無理そう。だって言葉に反して体がめっちゃプルプルしてるんだもん。
む……? 黒猫みたいな絵が描かれたトラックがグラウンド前に止まったぞ。中からはツナギのような服を着た人が出てきて、フィディオの名前を呼んだ。
どうやらあの男は配達員だったようだ。彼は小包をフィディオに渡して、去っていった。
そしてフィディオは小包の詳細が書かれた紙を見たあと、飛び上がりそうなほど見るからに喜んで、宿舎へダッシュしていってしまった。
まさか、女性ファンからのラブレターとか?
昨日の一件で彼、イケメンのくせして女性経験なさそうなことがわかったしなぁ。あれだけ喜ぶのも納得できる。
「隙あり! 死ね!」
いつのまにか足元まで這い寄ってきていたブラージたちからの飛びつきをジャンプして避け、その背中を踏んづける。
うーん、気になる。いったいどんな子が送ったのだろうか。ヨーロッパだし、もしかすると格好つけすぎたせいで意味がわからなくなった中二病ポエムとか入ってるかも。
こっそり彼の部屋に侵入したくなったけど、さすがにそれはやめた。
彼だって思春期だしね。ラブレター読んでる途中に他の女に入られたら萎えるだろう。
どうせ今日の夜も一緒に練習するのだ。その時に聞けばいい。答えなかったら答えなかったで手紙を盗み見たりすればいいし。
そうと決めれば、あとは夜を待つだけだ。宿舎に向かって歩き出す。
後ろがなんかうるさいけど、それも無視することにする。
♦︎
フィディオは小包を受け取ったあと、中身をいち早く確認するために自室に戻っていた。
送り元は彼の尊敬するキャプテンから。
今でもどこで何をしているかはわからないが、彼は真にチームに必要になった時には来てくれる人だ。そう信じてたからこそ今まで消息不明であっても気にすることはなかったが、今久しぶりにその手がかりとなるものが送られてきた。
ガムテープを乱雑に解き、箱を開ける。
まず目に入ったのは荷物の上に置かれた封筒。中にはおそらく自分宛の手紙が入っているのだろう。
それを取り除くと、次に見えたのはタイトルも何も書かれていない録画ディスクだ。最後に何十年前のものとはっきりわかるほどくたびれたサッカー雑誌が入っている。
この二つに関しては意図がわからなかったので、まず手紙を読むことにする。
手紙の内容はさほど長くなく、簡潔に言うと今までの試合に対しての労いと、これから役に立つと思うものを送った、とのことだった。
役に立つもの、とはこの二つのことだろう。なんのことだかわからないが、とりあえずディスクの中の映像をまず見ることにする。
『さあいよいよ日本代表対韓国代表の親善試合の始まりです!』
「ずいぶん古い映像だな。それに日本代表と韓国代表の試合だなんて」
訝しげな顔をしながら試合の展開を眺めていく。
しかしそんな考えは前半戦を見終えた時には吹き飛んでいた。
「な、なんだこのサッカーは……!? こんな高レベルなプレイがあるなんて……!」
早く続きが見たいとハーフタイム時の映像を早送りさせる。
そして試合が再開されると、彼は取り憑かれたかのように映像にかじりついた。
『試合終了! 3対0! 日本代表快勝です!』
「す、すごい……」
試合が終わり、日本の代表たちが肩を組むようにして勝利を喜んでいる。その中の一人に彼は目が離せなかった。
この試合をコントロールしていたのは間違いなく彼だった。
繊細なボールコントロール、豪快なシュート、そして何よりもフィールドを支配しているかのような絶対的な空間把握能力。
そこに、彼はサッカーの理想という夢を見た。
もっとあの選手について知りたい!
すぐにパソコンを立ち上げるも、海外の、それも何十年も前の選手なんてなかなか見つかるわけがない。
「っ、そうだ雑誌が!」
あのキャプテンがディスクとともに送ったものなのだ。何か関係があるはず。
破ってしまいそうな勢いでページをめくり続け、そしてついに彼はその名前に辿りついた。
「影山……東吾……」
『影山』。その名を持つことにも驚いたが、それ以上に衝撃的なのは横の文章だった。
「代表、落ち……っ」
信じられないとばかりに目を皿のようにしてそのページを読み続ける。文章にはそこに至った経緯が無機質に書かれており、その隣に貼られた絶望したかのような東吾の顔と対比されて不気味に感じられる。
「……そっか。そういうことだったのか……」
そして文章を全て読み終えた時、フィディオは全てを悟った。
なぜ自分はあんなことをしたミスターKを信じられたのか。そこには多分、戦術の素晴らしさとか以前に……。
(たぶん、俺とミスターKは……)
聞かなくてはならない。ミスターKのことを。
幸い身近には真実を知っていそうな人がいる。
ふと窓の外を見た。闇と静けさが世界を支配していた。
一試合を丸々見たせいで、かなりの時間が経ってしまっている。たぶんもうみんな夕食は食べ終えてしまっているだろう。
それでもあの少女ならあそこにいるはずだと思い、フィディオは雑誌を抱えて部屋を出た。
♦︎
今日の夜も私はグラウンドにいた。
せっかく仕事がないのだ。サッカーできるうちにやっとかなきゃ損よ損。
仮想の敵を思い浮かべる。次はイナズマジャパンだから……鬼道君とかかな。それを避けるようにドリブルし、シュートを撃つ。
しばらくそれを続けていると、バタバタとやけにうるさい足音が聞こえてきた。
「ハァッ、ハァッ……いると思ったよ……」
「どうしたの、そんなに急いで?」
やってきたのはフィディオだった。
しかしその息は荒い。
いつものように笑いかけようとして、思わず目を見開いてしまう。
彼の手には古い雑誌が握られている。
彼は真剣な表情で口を開く。
「ミスターKのことを俺に教えてくれないか?」
「……その雑誌、どこで……」
表紙に写っている選手を見れば、それがいつの時代のものかわかってしまう。
そして唐突な総帥についての話。これだけでだいたいわかった。
彼をまじまじと見る。
頃合いなのかもしれない。彼に全てを託す時の。
私はずっと探し求めていた。光を持ちつつ、闇を理解することができ、そして目的を実現する強い力を持ったプレイヤーを。
彼なら、もしかしたら総帥を……。
……決めた。
「いいよ、話してあげる。私が知ってる総帥の全部をね」
隠し事はもうなしだ。
私は全てを彼に託すことにした。
ベンチに座り、私は話し出す。
「その雑誌を読んだってことは、総帥と東吾さんの関係については予想できてるってことでいい?」
「ああ。影山東吾。この雑誌の年代から考えると……彼はミスターKの父親だ」
「そっ。そして全ての憎しみの起源」
振り返るように、私は知ってる限りの総帥の過去を語り出す。
「代表を落とされたあとの東吾さんは荒れに荒れたらしくてね。暴行は当たり前、家族関係は一気に崩壊して離婚になった。つまり、総帥は東吾さんとサッカーに人生を無茶苦茶にされたの」
「でも、あんな素晴らしい戦術はサッカーを憎んでるだけの人には絶対にできない」
「……見たいんだよ総帥は。もう一度だけでも、東吾さんのプレーを」
「えっ……?」
彼は一見矛盾した答えに戸惑う。
「総帥の戦術の全ては東吾さんに繋がってる」
総帥はよく一人の司令塔による組織的なサッカーを好む。そしてその構図は東吾さんが中心となってチームを導いていた当時の日本代表とよく似ている。
「たぶん無意識だろうけどね」
「ミスターKは、そんなに影山東吾のサッカーを愛していたのか……」
「でも愛情は時に憎しみに変わりやすいもの。総帥の理想のサッカーを東吾さん自身が否定した時から、総帥はずっと見えない暗闇を歩き続けているんだよ」
可哀想な人だ。
求めていたものが二度と手に入らない。
これほど悲しいことがあるだろうか。
でも、それでも諦めきれなくて。
でもやっぱり手に入らなくて。
総帥の理想のサッカーへの愛はいつしか憎しみへと変わってしまった。
「総帥を憎しみから解き放つこと。そして本当の総帥とサッカーをすること。それが私の願いだよ」
「なら、影山東吾のサッカーを完成させることができれば……」
「できなかったんだよ。私には最も欲しかった才能が致命的なまでに足りなかった」
言葉にしているうちにかつて感じた悔しさが溢れてきてしまう。
それを我慢して、言葉を紡ぐ。
「私には確かに東吾さんを超えるキック力やドリブル力がある。でも、私にはチームをまとめる力がなかった」
「あっ……」
東吾さんのサッカーは彼自身がチームのつなぎになることで成立する。それにはチームメイト全員を真に理解し、心を通わせることが必要だ。
でも私はそれができない。
父親に捨てられたあの時から、私は誰との間にも壁を一枚作ってしまっている。それは仲間と一緒にプレーしたり、連携を取ったりするには問題のないほど薄い壁だ。でも司令塔にはその薄さでも致命的となってしまう。
総帥もそれをわかっていたから私に見切りをつけて、代わりに鬼道君を育てることとなった。
「でも、今までの試合を見てわかったの。あなたなら、フィディオ・アルデナならきっとこのサッカーを完成させられる」
フィールドを上から見るような空間把握能力と、仲間に寄り添える強い心。彼以外に適任はいない。
だから、彼に頼るほかない。
今から行うのは最低の行為だ。
加害者が被害者に助けを求める。なんてプライドのない行動だろう。
でも、今はそんなものかなぐり捨ててやる。あの人を助けられるなら、恥知らずにでもなんでもなってやる。
私は彼の前に立って、必死に頭を下げた。
「お願いフィディオ。今まで散々あなたたちを傷つけたのはわかってる……けどっ、総帥を助けてあげてっ!」
「……ああ。任せてくれ」
彼は静かに、でも力強く頷いてくれた。
月明かりが彼の顔を照らす。
ああ……いい表情だ。強い決意がわかる。
これでようやくあの人を助けられる。そう思うと、肩の荷物を全て預けたせいもあってか、涙が溢れ出しそうになり……。
「でも、動くのは俺一人じゃない。君にも手伝ってもらうよ」
「えっ?」
フィディオはポケットから丁寧に折り畳んである手紙のようなものを出すと、それを渡してきた。
「キャプテンが新しい連携技を考えたらしくてさ。これがあればイナズマジャパンにも一泡吹かせられるって」
「えぇ……今この時にする話?」
総帥を助けるか助けないかって話してたのに。いきなり方向転換するのはどうなのよ?
やっぱりこいつは乙女心がわかってない。KYだKY。
「俺は欲張りだからさ。ミスターKも助けたいし、マモルにも勝ちたいんだ」
「……」
しかしフィディオの言葉を聞いてその認識も変わった。
そうか、彼も生粋のサッカー選手だったんだ。どんなに大切なことがあろうと、本能がどうしても勝利を求めてしまう。
それはサッカー選手である以上は当たり前のことなのだ。
なのに、私もサッカー選手のはずなのにそれを小馬鹿にして……ちょっと自分が情けなくなった。
「せっかくやるんだったら、確かに全部欲しいよね。よし、さっそくやろう!」
「ああ!」
この夜、私たちは限界になるまで新しい技の特訓に励んだ。
勝つ。勝ってみせる。総帥の足を引っ張る闇にも、円堂君にも。
その思いが私たちの中で燃え盛っているのを感じた。