悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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あなたの望み

 決まっちゃった……。

 先制点はイナズマジャパン。豪炎寺君とシロウの新技クロスファイアが点をもぎ取った。

 彼らはフッと笑い、手の甲をぶつけ合う。

 

「むー、いつの間にそんな技覚えてたのさ」

「構想自体は前からあったんだよ。でもアスタリスクヘブンからなえちゃんを抜くと意外と難しくてさ。それに僕の怪我もあったから、完成したのはつい最近なんだよ」

「どうやら一泡吹かせられたようだな」

 

 まあアスタリスクヘブン自体、私たち最高クラスのストライカー三人で撃つものだしね。そこから私が抜けたとしても、世界で十分通じるわけだ。

 あー、やられた。

 シロウが上がってくるのはわかったから次に打たせることはないだろうけど、それでもこの均衡状態で一点奪われたのはつらい。

 みんなもそれがわかっているようで、かなり動揺していた。

 

「くそっ、いい案が思いつかねえ。どうするんだフィディオ?」

「……あの堅固な守備を突破するには、攻撃と防御の入れ替わりの隙を突くしかない」

「どうやってそんなこと……」

「カテナチオカウンターだ」

 

 フィディオが断言する。

 みんなの抗議の目線が集まる。

 ブラージが声を荒げる。

 

「またかよフィディオ! さっきやってわかっただろ!? やっぱり中身もわかってない必殺タクティクスなんてできるわけがないって!」

「いや、構想ならある。俺はキャプテンから送られてきたビデオでミスターKの理想とするサッカーを見た。だから、今ならあの人が何をやろうとしていたのかわかるんだ」

「あの小包にはそんなものが……」

 

 雑誌だけじゃなかったんだ。ヒデナカタはそんなデータをどこで見つけたんだろ。

 キャプテンという言葉にみんなもピクリと反応する。彼らにとってヒデナカタは大きな存在だ。その人がフィディオを後押しているのだと知ったら、考え直す人も出るだろう。

 みんながどうすればいいか揺らいでいる中、フィディオは必死に頼み込むように叫ぶ。

 

「頼むみんな、俺に時間をくれ! 俺はミスターKが目指す理想のサッカー、最高のイタリア代表をこのチームで見たい! そのためにはみんなの力が必要なんだ! だから、頼むっ……!」

 

 フィディオは頭を下げたまま、動くことはなかった。

 その姿勢からは、何がなんでもこの必殺タクティクスを完成させたいという思いが強く伝わってくる。

 私は、ここで彼一人に任せて突っ立っているだけでいいのだろうか。

 そんなの……いいわけがない。

 これは元はといえば私の問題なんだ。

 フィディオにだけ責任を押し付けるなんて、していいはずがない。

 そう思った時には、体が動いていた。

 

「私からもお願い。私は……私は、どうしてもこのタクティクスを完成させなくちゃいけないの! 身勝手なのはわかってる! でも、それでも……!」

 

 フィディオと並んで頭を下げる。

 ブラージの顔は見えない。

 正直……怖い。今彼がどんな顔をしているのかを見るのが。もしこれで否定的だったら、みんなの協力を得るのは絶望的になってしまう。

 ハァァ……。と、深いため息が聞こえた。

 ビクリと思わず体を揺らしてしまう。

 

「……しゃーねーな。こうなったらやけだ! 俺は今ここで堅実に戦って負けるよりも、仲間を信じなくて負ける方が絶対嫌だ! お前らもそうだろ!?」

「……ああ、そうだ。どうせ突破口が見えねえんだったら、やりたいことをやってやる!」

「みんな……!」

 

 バッと顔を上げる。みんなはやる気に満ちた顔をしている。

 よかった。私たちの思いが通じたんだ。

 

「まったく。普段からそんなしおらしげな顔しときゃ、俺たちも突っかからないのによ」

「うっさいデカブツ、さっさとゴールに戻って」

「へいへい」

 

 ……とりあえずブラージは軽く蹴っておいた。

 作戦に賛成してくれたのには感謝してるけど、それとこれとは別である。

 

 ボールをセンターサークル内にセットし、振り返る。

 カテナチオカウンターの成功確率を少しでも上げるため、私とフィディオとラファエレ以外はいつもより下がっている。

 私にできることはあまりない。タクティクスの指揮ができるのはフィディオだけだからだ。

 隣にいる彼と一瞬目を合わせ、試合を再開させる。

 

 始まると同時に、私は単独で敵陣に乗り込んでいく。

 

「豪炎寺はフィディオを抑えろ! ヒロトはなえに当たっていけ!」

スプリントワープ!」

 

 桃色のオーラを纏い、加速。目にも止まらないスピードで、変幻自在に動き回り、ヒロトにふれもさせずに突破する。

 

「不動!」

真キラースライド!」

「まだまだ!」

 

 スプリントワープの力は残っている。不動の強烈なスライディングを避け、ついでに鬼道君を避けたところでとうとう加速が終わってしまう。

 

「——今だ、綱海、壁山!」

 

 っ、はめられた!

 フィディオにパスを出そうとする。その時、豪炎寺君が彼についているのを思い出した。

 その一瞬の戸惑いが命取りとなってしまう。

 

ホエールガード!!』

「くじらぁっ!? ……わっぷっ!」

 

 壁山が四つん這いとなって地面に倒れ、そこに綱海が飛び乗る。すると周囲が一瞬にして波に呑まれ、その水面からクジラが現れた。

 わーお、摩訶不思議。太平洋に帰って、どうぞ。

 尻尾が私の目の前に叩きつけられ、盛り上がった波が私を飲み込む。

 ……って、溺れっ……ゴボボボッ!?

 

「ケホッ、ケホッ、酷い技だよこれ……!」

 

 ああもう水飲んじゃったよ。咳も止まらないし、息しづらいことありゃしない。

 

 状況を確認するため周りを見渡す。どうやらフィディオが例のタクティクスを完成させようと指揮を取っているらしい。

 

「フォーメーションを崩すな! 互いに同じ距離を取りつつ、ボールの動きを予測しろ!」

「そうはいっても……!」

「難しすぎる……!」

「ボールを見ながら、気配で仲間を、敵を感じ取るんだ!」

 

 でもまだ歯車が噛み合っていないようだ。だんだんと良くなってきているけど、これじゃあ完成するころには相手はまたゴールを決めてしまうだろう。

 

 今ボールを持っているのは……鬼道君か。

 あのタクティクスに私は加われない。個人技で活躍するタイプの私じゃせっかくの連携を乱してしまうだろうから。

 なら、私がやれることは一つだけ。時間を稼ぐことだ。

 しょーがないねぇ。

 全力で走り出し、彼を追い越してその前に立つ。

 

「ちょこっと遊びに付き合ってもらうよ!」

「残念だが、お前とはもう遊び飽きた。……不動!」

「命令すんなっての!」

 

 鬼道君の後ろから不動が飛び出してくる。

 彼らは互いに向き合うと、人一人殺せてしまいそうなほどの蹴りを、ボールを挟み込むように入れる。

 瞬間、そこの力場が歪む。

 

キラーフィールズ!!』

「っ……きゃぁっ!」

 

 荒れ狂う重力の奔流が私を襲う。

 踏ん張ろうとしたが耐えられず、私の体は浮き上がってしまう。

 うぅっ、臓物が浮かび上がる感覚がやばい!

 空中じゃさすがの私も何もできない。なすがままに体をシェイクされて、放り出されたころにはボロ雑巾のようになっていた。

 

 一瞬、フィディオと目が合う。

 やれるだけのことはやった。あとは……頼むよ!

 私の思いに返事をするように、彼の動きが良くなる。

 

(一定の間隔を全員で保って敵を囲む! ボールは常に……フォーメーションの中心に……!)

 

 これは……。

 何かがカチリとハマったような音が聞こえた気がした。

 同時にフィディオの動きから膨大な情報が伝わってくる。

 わかる。わかるよ。次に何をすればいいのか、一手先の未来がわかる。

 

 みんなも同じことを感じ取っているのだろう。彼らはあんなに難しいと言っていたフォーメーションの維持を完璧にこなしている。

 

「すげぇ……俺たちの動きがまったく乱れてない……」

「フィディオが全てコントロールしてるのか……?」

 

 気づけば、総帥が立ち上がってフィディオを凝視していた。

 味方だけでなく、フィールドで動く選手全員を見通し、コントロールするゲームメイク。常に一歩先をゆく戦術。

 これが、影山東吾のサッカーなんだ。

 

「そのプレイをやめろ! 私の全てを壊した、あの男のプレイなど!」

「いいえ、続けて! 総帥の中の光は、総帥の中のサッカーにしかないんだから!」

「なっ……!」

 

 驚愕したようにこちらを見てくる。

 へっへーん。いつまでも子どもじゃないんだよ私は。目的のためだったら命令なんていくらでも破ってやる!

 

 フィディオが鬼道君を追い越し、前に立ち塞がる。

 鬼道君が足を止める。その一瞬の間で、オルフェウスの選手たちは包囲網を形成してみせた。

 

「これが俺たちの必殺タクティクス—— カテナチオカウンターだっ!」

「なっ……!」

 

 頑強な扉に、関が差し込まれる光景を幻視する。

 逃げ場を失った鬼道君に、フィディオが迫る。

 白い流星が流れた。

 すれ違いざまに、ボールは彼によって掠め取られる。

 

 完成した。

 これが、カテナチオカウンターだ。

 

「ラファエレぇぇぇっ!!」

 

 カウンターだ。ボールが前線に残っていたラファエレに渡る。

 彼の周囲の地面が凍てついていく。

 

フリーズショット!」

 

 間髪入れず、彼は必殺技を繰り出した。ボールはスケートコートのようになった地面を滑り、ドンドン加速していく。

 ブロック役の壁山たちはそれを受け止めるために身構えている。

 しかし、ボールは彼らの予想を外れてシュートコースからずれていった。

 

 怪訝そうにその行方を彼らは眺める。そしてあるものが目に入ったのか、あっと声を漏らした。

 その先には誰が? 

 私に決まってる。

 

「シュートじゃない、パスだ!」

 

 ご名答! でも遅い!

 風を纏ってボールに追いつき、それを天に蹴り上げた。

 そして空に六芒星の魔法陣が浮かび上がる。

 

「本日二回目ぇ! 皇帝ペンギン零式!!」

 

 山も、次元の裂け目も間に合わない。

 桃色の閃光はディフェンス二人を飲み込み、ゴールへ一直線に飛んでいく。

 

イジゲン・ザ・ハンド改!! ……っぐあぁぁぁっ!!」

 

 円堂君が張った結界に閃光がぶつかる。そして徐々にヒビが入っていき……パリンッという音とともに、ゴールが撃ち抜かれた。

 

 沸き上がる歓声。それを無視して、憤怒とも言える顔をしている総帥と向き合う。

 フィディオは自分の役目を果たしてくれた。なら今度は私の番。

 本当の戦いはここからだ。

 

 精神統一をするように目を閉じる。

 ……感じる。あの人のオーラの揺れ、心の惑いを。

 今なら……。

 何も見えない暗闇の中、憎しみと悲しみに満ちたオーラを手繰り寄せ——私の意識は深い闇に落ちていった。

 

 

 ♦︎

 

 

『ここは……懐かしい場所だね』

 

 気がつけば私は鋼鉄の壁に挟まれた、牢屋のような廊下に立っていた。

 寒々しいその光景は、しかし私には暖かいものにも感じられる。

 ここは帝国学園だ。そしてこの廊下の先には、あの部屋がある。

 突き当たりにある扉に手を当てると、パスワード認証もなしにそれがスライドし……総帥の部屋があらわになる。

 

『カテナチオカウンター。すごい戦術だよね。あれならほぼ全ての攻撃を封じ込め、一瞬で攻撃に転換できる。よっぽどの知識がなきゃ考えられないよ』

 

 歩いて奥に進んでいく。

 総帥はいつもの玉座みたいな椅子に座っていた。サングラス越しの目から凍てつくような目線を感じ、室温が下がったようだと錯覚する。

 いや、実際に下がっているのだ。あの人の体からはほとばしるような冷気が放たれており、それが鈍色の壁を白く染め上げようとしていた。

 

『……何が言いたい』

 

 ようやく総帥が口を開いた。同時に冷気も一段と強くなる。

 まるで黙れ、何も言うなとでも叫ぶかのように。

 それでも私は声をかけた。

 

『もう認めようよ総帥。あなたはサッカーを愛している』

『違うっ!!』

 

 瞬間、世界が入れ替わった。

 鋼鉄の牢からサッカーフィールドへ。しかしそれを認識する間もないまま、突如上から響いた轟音に気を取られ……私は鉄骨の群れに押し潰された。

 

『サッカーを潰すためにはサッカーを知らねばならぬ。そのために身につけた知識だ』

『嘘つかないで!』

 

 鉄骨を弾き飛ばす。

 頭がクラクラする。視界も赤い。たぶん大量の血が頭から流れているのだろう。

 それでも総帥の言い訳を切り捨てるため、私は叫ぶ。

 

『探してたんでしょ? 東吾さんのサッカーをもう一度見せてくれるかもしれないプレイヤーを。私はあなたの研究データを何度も見てきた。その中にはいつだって、東吾さんのサッカーがあった!』

『何を……!』

『あなたは東吾さんのサッカーが見れなくなったことに絶望し、そしてその空いた穴を埋めるために“復讐”という言い訳を始めた。でも、代用品じゃ本当に望むものは得られない。だからあなたの心は悲しみに満ちたまま』

『っ、貴様にッ! 何がわかるというのだッ!! サッカーは私の全てを奪った! 私の背負った孤独と絶望など、わかるものかぁッ!!』

 

 両肩を掴まれ、顔の目の前で叫ばれた。

 総帥の顔はぐちゃぐちゃになっていた。憤怒。悲しみ。言いようのない二つがごちゃごちゃになっていて、まるで道に迷った子どものようだ。

 

『……わかるよ。だって、私も同じだったんだもん』

『なに……?』

『私は父親に裏切られて、絶望の底にいた。そこから私を引き上げてくれたのは総帥、あなたなんだよ』

『……!』

 

 ようやく、総帥の本心が聞けたような気がした。

 この人は寂しかったんだ。絶望の中に一人放り出され、誰にも理解されず、孤独に生きていくしかなかった。

 私も同じだ。違うのは、手を差し伸べてくれた誰かがいたかどうか。

 この人はたぶんそんな人はいなかったのだろう。だから、唯一のつながりである東吾さんのサッカーを追い続けたんだ。

 

『本当はね、最初から気づいていたの。ああ……この人も絶望に落ちたままなんだって。だから今度は私の番。私はあなたを救うため……あなたが愛していたものを愛することに決めた』

『まさか、貴様がサッカーを愛する理由は……!』

『今日、私たちはあなたが探してたものを叶える。だからさ、自分の本心を認めたうえでよく見ていてよ。そしてそれで絶望から抜け出せたと思ったのなら……私と一緒にサッカーをしてくれませんか?』

 

 微笑みながら、手を差し伸べる。

 総帥は私の顔になにを感じたのだろうか。私の体と重なるように、もっと大きくて、分厚くて、大人の手がどこからか同時に伸びてくる。

 総帥の顔からは涙が流れていた。

 そして、ゆっくりと手が伸ばされ……闇が晴れた。

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