悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
とんだ茶番だ。
この世で一番憎いと思っていたものが、私が生涯を賭して追い求めていたものなど。
ああ、認めよう。
私は影山東吾のサッカーを愛していた。愛していたが故に、それが二度と見れなくなったことに絶望し、闇の中を彷徨い続けるしかなかった。
しかし、今それもようやく終わりを迎えようとしている。
鬼道、フィディオ、なえ。お前たちのおかげだ。
闇は、晴れた——。
♦︎
「——えっ! なえっ!」
「……むにゅっ……」
沈んでいた意識が浮上していく。
どうやら戻ってこれたようだ。
いやー、テレパシーの延長でオーラを操って精神世界に飛ぶなんてやったことなかったけど、案外どうにかなるもんだね。
テレパシーって言うと何かすっごい力のように思えるかも知れないけど、そんな大層なものじゃない。
ほら、試合中でオーラが最高に高まった状態で目とか合わせると、それだけで相手の気持ちが流れ込んでくることがあるでしょ? ああいうやつだ。一流の選手だったら誰でもできる。
「なんだかよくわからないけど、うまくいったみたいだね。ミスターKの顔を見てればわかるよ」
総帥は不敵な笑みを浮かべていた。しかしそこに今まであった邪悪さはない。汚いものが削ぎ落とされて、純粋な強者みたいなオーラを感じる。
総帥の前に私たちは集まる。
「ふん、さんざん不平を言ってたわりにノコノコ寄ってくるとは、恥知らずなやつらだ」
「もー、開口一番でそれ? せっかくみんな集まってくれたんだし、もうちょっと役に立つ言葉を頂戴よ」
あ、あれれ? なんか前と変わってなくない?
おっかしいな。私の予定じゃここで浄化された総帥からお褒めの言葉でももらえると思ってたのに。
浄化された総帥……キレイな総帥……うぇっ。想像したら気持ち悪くなっちゃった。やっぱ今のままでいいや。
みんなは真剣に総帥の指示を待っている。
それに満足したのか、総帥の凄みのある笑みがさらに深くなる。
「私の父のサッカーはもういい。次からはお前たちのサッカーをしろ」
「えっ……?」
「ラファエレ、前に出るタイミングをワンテンポ早めろ。アンジェロ、スライディングを躊躇するな。ダンテ、さらに踏み込んでパスを出せ。安定度が増すはずだ」
「え、えっ……?」
「……返事は?」
『は、はいっ!』
あの総帥が、普通に指示を出しただと……!?
こんなに積極的に出しているのを見るのは久しぶりだ。ニ、三回はあっただろうか……?
総帥は帝国時代から試合前だけにしか指令を出さず、その後はベンチにも座らないで高みの見物をしていることが多かった。作戦とかほとんど鬼道君任せだったし。
だからだろう。オルフェウスのみんなだけじゃなくて、この会話を盗み聞いていた鬼道君や不動、佐久間たちも目を丸くしている。
「状況は刻一刻と変わる。そのたびに私が指示を出し、それらを調整する。当然高度な技術が必要になってくるが、今のお前たちなら十分対応できるはずだ」
『はいっ!』
総帥の声には不思議な力がこもっているようだ。
聞いてるだけで身が引き締まり、力が湧いてくる。瞳子監督や響木監督の時ではこんなこと感じたことがない。これが長年監督として力を磨き続けたこの人の力。
総帥は細かい指示を出すと、最後に私の方を向いてくる。
「そして、なえ」
「はいっ!」
「貴様は……好きにしろ」
「はいっ! ……って、それだけ!?」
私のだけ適当くない!? あんなに頑張ったのに!
いつも通りの私の扱いにみんなが苦笑する。笑うところじゃねえぞ……!
しかし総帥だけは真剣に私を見ていた。
「貴様は自由だ。もう私に縛られなくてもいい。跳べ、私などを超えて、どこまでも。貴様の目指す天の彼方まで!」
「……はいっ!」
はぁ、まったく。そういう年頃は過ぎたと思ってたんだけどね……。そんな熱い言葉をかけられて、燃え上がってる自分がいる。
でも、悪い気分じゃない。むしろサイコーに心地いい。
パンッと顔に気合いを入れて、私は総帥に背を向ける。
「じゃあ、行ってくる!」
「ああ……」
そして試合が再開した。
ボールはジャパンからだ。キックオフで豪炎寺君にボールが渡る……と同時に、まるで地面を滑るかのように高速で飛びつく。
「っ!」
豪炎寺君が慌ててすぐにパスを出す。だけど無駄だ。すぐに私は地に足をつけ、ボールとピッタリ同じ軌道に、同じ速度で飛びついた。
『ナエ選手、ボールを追いかけて次々とパス先の選手たちに向かって跳んでいく! この跳ねるような動き、まるで兎だ!』
『ずいぶん派手に動き回ってますね。もうポジションとか関係ないですよ』
『マードックさん、これ大丈夫なんですか?』
『セオリー無視の圧倒的な個人技ですが、これは相手側にとってはたまらないですよ。なにせボールを受け取って一秒も経たないうちに跳んでくるんですから。当然有利なパスコースを探してる暇はありません。上手くパスを回してるように見えますけど、あれはただ偶然視界に映っていた仲間に苦し紛れにパスを出しているだけです』
パスが繋がれること数十回。
それだけ回していれば、いくら世界とはいえミスは起こる。特にこうやってプレッシャーをかけられ続けてたらなおさら。
「っ、やべっ!」
「っ!」
惜しい。今微かにボールの感触が感じられたのに。
しかしそのせいだろうね。綱海のパスはパスコースにいた風丸の場所からわずかに横に逸れた。それを回収しようと、彼は一歩多く踏み出す必要がある。
しかしその一歩は私には十分だ。
瞬間移動したかのように急接近。もはや私と彼とのボールの位置に違いはない。
そのまま私の足が伸びて……。
「させるかぁ!」
そこから彼はさらに伸びた。まるでスライディングをするように飛び出して、私の足よりも早くボールを蹴ったのだ。
パスコースにはシロウが。もはや追いつくことは無理だろう。
満足そうな顔を彼は一瞬する。しかしそれは本当に一瞬だけだ。
彼は、私の笑みを見て表情を凍らせた。
「ダンテ!」
「うおぉらっ!」
ボールがシロウに届く前にフィディオの声が響き、巨漢のダンテがパスをカットした。
さっすがフィディオ。よく見てたよ。
あれだけ追い立てられていれば、ジャパンはパスコースを選んでいる余裕はなくなる。彼はそこを見抜いて、仲間に指示を出したのだ。
もともと彼には司令塔の素質があった。たびたび彼はフィールドを真上から見下ろしているようだと評されていたが、それはつまり視野が広い、敵と仲間がよく見えているということ。それは司令塔には必須のものだ。
それが今回のカテナチオカウンターの特訓で開花したようだ。
さらには経験不足を補っている総帥の指示。
まさしく完璧の布陣。
オルフェウスは今、目覚めた。
ボールを持ったダンテは空中で振り返り、着地と同時にボールを踏んづける。
すると、ドーム上の黒いオーラが発生し、彼らを包み隠す。
「エコーボール!」
「うっ……耳が……!」
エコーボール。閉じられた空間を作り上げ、そこに大騒音を発生させる技だ。それもかなり嫌なものらしく、今ごろシロウの耳には黒板を引っ掻くような音が聞こえていることだろう。
そしてドームが割れて、中から頭を押さえているシロウと、それを抜き去っているダンテが現れる。
「なえっ!」
「させるか! 真……!」
ダンテからのセンタリングが上がってくる。それを阻止しようと、飛鷹は足を振り上げたけど、そうはさせない。
ボールを受け取ると同時に、桃色のオーラを噴出させて地を蹴った。
「スプリントワープ!」
「グワァァァッ!!」
その超加速状態のままのタックルをくらった彼は、面白いくらいに吹き飛んだ。
ちょっと荒っぽい方法だけどごめんね。あの技、ボールを吸い込んじゃうから下手に避けても意味ないんだよね。
センターバックの片方が消えたことでシュートコースが開かれる。
躊躇わずに魔法陣を作り出しながら宙へ飛び立ち、シュートを撃つ。
「皇帝ペンギン零式!!」
「ダークトルネードッ!!」
『なんと司令塔の鬼道、ここまで戻ってきていたぁぁぁぁ!!』
黒い旋風を纏った蹴りが、円堂君に届く前に閃光を遮った。
ふぁっ!? どうしてここに!? ……って、何回もこれ言うの飽きたな。
はぁぁ、またか、またなのか。鬼道君はなぜかよくわからないけど、私との試合の時だけしょっちゅう後ろに下がってくる。今回で何回目かは忘れたけど、シュートブロックのタイミングも慣れたものだろう。
もちろん鬼道君一人だけでは止められるはずがない。彼はシュートのその勢いに飲まれ、逆にきりもみ回転しながら吹っ飛んでいった。
「イジゲン・ザ・ハンド改!!」
でもパワーダウンは成功しちゃってる。勢いが落ちたそれに円堂君の結界が破れるはずがなく、閃光はコースを外されて再三バーと激突するのだった。
跳ね返ったボールが彼に回収される。
「大丈夫か鬼道!」
「ぐっ……! ああっ、なんとかな……! 今回の試合だけは、負けるわけにはいかない……!」
鬼道君の目が総帥に向けられる。
この試合に勝つ。それは彼にとって大きな意味があるのだろう。
勝たなければ呪縛からは逃れられない。過去を乗り越えることができない。彼と同じほどあの人と付き合ってきた私には、その思いがよく感じられた。
鬼道君は立ち上がると、声を張り上げて全員に指示を出す。
「必殺タクティクス——ルート・オブ・スカイ!」
ゴール前からいきなりか。
ボールが頭上を飛び越えていき、放射線を描いてジャパン選手のもとへ落ちていく。
彼らの動きは早かった。ボールを地面に落とさないよう、胸トラップ、リフティングなどの技術を駆使していき、次々とボールを打ち上げてパスを繋げていく。
『ルート・オブ・スカイ』。
韓国戦の『パーフェクトゾーンプレス』を破ったタクティクス。
たしかに包囲という点では同じだろう。だけど、それで破れるほど、総帥の理想は甘くない。
「カテナチオカウンター!」
「くそっ、パスコースが……!」
フィディオが指示を出すと、みんなは周囲の敵選手たちを背後にして立つように、ボールを持った染岡君を包囲した。
ボールを高く上げて包囲網を飛び越えるといっても、パスが出される先は結局選手がいる場所だけだ。ならばその選手をマークしながら包囲してあげればいい。たとえ誰もいないところに出したとしても、放射線を描く軌道のおかげで追いつくことも容易だろう。
この状況を理解してしまった染岡君は、一瞬足を止めてしまう。そうなったら命取りだ。
フィディオの鮮やかな後ろ蹴りが、空中に浮かぶボールを捉えた。
「ラファエレ!」
「スノーエンジェル」
「がっ……!」
ラファエレはフィディオから蹴り上げられたボールをトラップする前に、突然発生した氷の中に閉じ込められてしまう。
私以外じゃさすがに避けるのは難しいか。
再度ボールは鬼道君に渡る。
「カテナチオカウンター!」
「だったら…… ダンシングボールエスケープ!」
彼が選択したのは別の必殺タクティクス。
『ダンシングボールエスケープ』は包囲をしている敵に対して、その包囲の中に逆に味方が入り込み、パスを回していくことによって内側から包囲を崩していく。
鉄壁の『アンデスの蟻地獄』がこれに破れていたのは記憶に新しい。
でも、それを私たちに使うのは悪手じゃない?
風を突っ切り、包囲網めがけて走り出す。
そして、閃光が包囲網の中を通り過ぎる。
関の鍵を差し込むように、包囲網の中へと乱入し、パス回しに気を取られていた鬼道君のボールを奪い取る。
誰がこのタクティクスを教えたと思ってるの?
そう、私だ。だったら対策ぐらい思いつかないわけがない。
「そしてこのタクティクスは、カウンターに弱い」
「っ、しまった! みんな下がれ!」
鬼道君が言い終わる前に加速する。
『ダンシングボールエスケープ』は相手の包囲網の数によって、必要となる人数が変わる。たとえば包囲が四人だったらあっちも四人と、包囲の数と同じ数を出す必要があるわけだ。
そして『カテナチオカウンター』の包囲はフィディオを除外して六。相手も相応の六人を出したとなると、あちらの守備はガラガラだ。
『ホエールガード!!』
「スプリントワープ!」
桃色の光がブースターとなり、さらに私を加速させる。
周囲が水で満ち溢れるも、風圧だけでまるでモーゼの海割りのように道ができた。そこを突っ切り、二人のディフェンスを突破。
今度こそ一対一だ。
腰を落として身構える円堂君に対して、魔法陣を描きながら私は宙を舞う。そして落下と同時にボールを蹴り出し——閃光を放出する。
「皇帝ペンギン零式!!」
「イジゲン・ザ・ハンドォッ!! ——ぐあぁぁぁぁぁッ!!」
円堂君の張った結界が粉々に砕け散った。
しかしそこで少し予想外のことが起きる。閃光が今ので軌道がずれたらしく、バーに激突してしまったのだ。
そのままボールはゴール裏へと飛んでいって、観客席の方へ飛んでいった。
……お客さん、大丈夫かな。本気で撃ったから、流れ弾に当たって死んでなきゃいいけど。
プレイが中断されたので、ちょっと一息をつく。掲示板の時計を見ると、前半の残り時間は5分とちょっとぐらい。たぶん次がラストプレーになるだろう。
戦況はこちらが圧倒的に有利だ。カテナチオカウンターは鉄壁だし、数を重ねたおかげで司令塔としてのフィディオの動きがますます良くなっているのがわかる。
具体的には鬼道君に似てるというか、近づいていってる感じかな。あともう少しすれば彼と同じような動きができるようになるだろう。
ジャパンベンチは選手交代をするようだ。入るのは染岡君に変わって、佐久間か。これで役者は揃った。
「次だよ。そう何度も止めさせない。次で終わらせてあげるよ」
「そいつはどうかな? 俺も、あいつらも、まだまだ諦めちゃいねえぞ」
円堂君が指差す先には、鬼道君と不動、佐久間が何やら話し合っている姿がある。
それが終わったあと、鬼道君が不意に笑みを浮かべるのが見えた。
あの自信、いったい何をするつもりなんだろう。
気にはなったが、直後にホイッスルの音が聞こえたので、余計な考えを捨てるよう私は試合に集中することにした。
オーラ操って精神世界に飛ぶとか、どんどんなえちゃんが超能力者になっちゃってるような……。
まあイナイレなんでおかしくないです。教祖様やホモとかだってよくテレパシー使いますしね。