悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:キメラテックパチスロ屋
後半戦が間もなく始まろうとしている。
スタジアムはまだプレイ前だというのに熱狂していた。
その理由はおそらく……。
『ヒーデッ!! ヒーデッ!!』
「……ずいぶん人気じゃん。妬いちゃいそう」
「当然だろ。キャプテンはイタリア一のサッカープレイヤーなんだから!」
「ハハッ、褒めるのもほどほどにしてくれフィディオ。俺にはまだその称号は早いよ」
『まだ』ってことはいつか名乗るつもりなのか。自信満々なことで。
しかし彼の場合はフィディオの言う通り、最強を名乗っても十分な気がするけど。
私はビデオでナカタの試合を何個か見たことあるけど、彼は言ってしまえば『完璧』だ。フォワード、ミッド、ディフェンス全ての能力が超高水準でまとまっており、カリスマ性も高い。
正直スピードとキック力以外じゃ全部私以上。そのキック力も確実に上回っているとは言い切れず、私と同等はある。
そりゃ観客もこんなスーパースターがいたら夢中になるわけだ。
興奮の渦の中、ホイッスルが鳴り響く。
ジャパンボールから始まり、豪炎寺君がこちらに駆けてくる。その目はラファエレと代わってミッドの位置についたナカタに向けられている。
(まずは様子見……相手の実力を見極める!)
「ヒートタックル!」
豪炎寺君の体から炎が噴出する。それをジェットのように利用し、彼は加速。当たれば体重のある選手でも吹っ飛ぶだろう。
「さあ、ゲームの始まりだ」
「はいっ、キャプテン!」
しかしナカタは迫り来る脅威を楽しそうに見ていた。
豪炎寺君のタックルが届く前に、流星のような速度でフィディオがスライディングを繰り出し、ボールをすくい上げる。
『ブロックサーカス!!』
「なにっ!?」
宙に舞うボールを追いかけて彼が視線を上げれば、そこにはアクロバティックに空に浮かぶナカタの姿が。そしてボールはナカタの両足に吸い込まれるように引っ付き、彼はくるりと一回転したあと豪炎寺君を抜く。
『ブロックサーカス』。
陽花戸中でも見られた技で、炎や氷を出す必要もなくプロでも使う人はそこそこいる。しかしナカタの完成度は別格だった。フィディオとのコンビネーションから速度、何もかもがだ。
同じことを思ったのか、タックルを軽くいなされた豪炎寺はしばし呆然としている。
『さあナカタ、さっそくボールを奪いました!』
『追いすがるジャパン! しかし息のあった連続パスに追いつけていません!』
まるでマシンガンでも撃ってるかのように連続で素早くパスがつながっていく。
選手一人でこうも変わるものなのか。オルフェウスがパスを繋げていられるのは彼のおかげだ。
パス回しはもちろん、空いたスペースへの移動が比べ物にならないほどやりやすい。おそらく全てナカタが操作しているのだろう。
実況の言う通りジャパンはまったくその動きに対応できておらず、一気にゴール前の私へボールが回った。
「いかせねえぜ! 真く……!」
「はい、残念」
「なっ!?」
でもナカタばっかり注目されるのは癪なので、ちょこっと曲芸じみたことを私もしてみた。
胸ぐらいの高さまで浮かんだボールに、超低空オーバーヘッドキック。ボールは私の真後ろへ飛んでいく。
それを見た誰もが目を見開く。
ミスキック? まさか、そんなわけないでしょうが。
私の無駄にいい耳は、地面を蹴る後ろの音を捕らえてたのだから。
「いいパスだ、なえ」
いつのまにか私の後ろにいたナカタがボールをトラップする。
やっぱりいたか。この男ならこれくらい取れないはずがない。
彼はそのままボールを踏んづけるようにして頭上に浮かべ……へっ、何する気?
「ブレイブ……ショォォォットォッ!!」
『なんとナカタ撃ちました!? ペナルティエリア外からのロングシュート!』
それはまさに英雄の一撃。
オーバーヘッドから力強く蹴られたボールは、一筋の青い流星となり、グラウンドを通り抜けていく。
「っ、イジゲン・ザ・ハンド改! ——のわぁっ!!」
ゴール前に今日何度も見た結界が張られる。しかし青い流星はそれをガラスでも割るように、呆気なく打ち砕く。
それでいて私のようにコースがズレることなく、ゴールネットの中心を撃ち抜いた。
『ご……ゴォォォォル! ヒデナカタ、まさかのロングシュートでゴールを奪った! 伝説のヒーローの名は伊達じゃなかった!』
『ヒーデッ!! ヒーデッ!! ヒーデッ!!』
……うそーん、入っちゃった。
シュートの威力はやはり私と同程度。でも、彼のは距離があっても威力が落ちなかった。
フィディオたちが頼りきりになってたってのも今なら納得できる。ハハッ、負けるビジョンがまったく浮かばない。
オルフェウスのみんなから祝福のもみくちゃ状態にされていたはずのナカタはするりと抜け出してきて、私に手を差し伸ばしてくる。
「さて、どうだったかな俺のプレイは? 君は好みが激しいと聞くし、お気に召したらいいんだが」
「……ふふっ、私ですらできないことやられて文句もなにもないよ」
その手を私は握った。
状況は2対2で同点。だけどどっちが優勢かは言うまでもない。
「取られたら取り返す! いくぞ!」
キックオフで試合が再開し、鬼道君がボールを持って上がってくる。
それを囲むようにみんながポジションに立つ。
『カテナチオカウンター』か。さっきは鬼道君に読まれてたけど、フィディオは総帥から指示を受けてたはず。ここはみんなを信じよう。
カウンターのパスをもらうため、一人私は上がっていく。
「必殺タクティクス—— カテナチオカウンター!」
「それはもう通用しない!」
一瞬の攻防の末、鬼道君がフィディオを抜き去る。
そのまま前半同様、包囲網を抜けようとして……突如立ちはだかった影にボールを奪われた。
「悪いね。通すわけにはいかないんだ」
「ナイスだキャプテン!」
なるほど、これがフィディオの『カテナチオカウンター』か。一人でなんとかするのではなく、仲間に頼る。彼らしさが感じられる。
ナカタはすぐさまこちらにボールを上げてくる。
……って、三人くらい集まってきちゃったよ。
仕方ないなぁ。
私は無理に抜けようとするのをやめて、ディフェンスの隙間を突くようにダイレクトでシュートを撃った。
キーパー側から見て斜め上。バーとポストの交差点ギリギリのいいコースだ。
「ハァッ!」
しかし円堂君はなんとかパンチングで弾いてみせた。
やっぱ私じゃロングシュートはダメか。コースはよかったけど、いかんせん遠すぎた。
私のシュート技はナカタのとは違って魔法陣とか描く必要あるし、囲まれていても撃てるものじゃないしね。ここは普通に攻めていくとしますか。
ボールは再び鬼道君へ。
しかしまた進化した『カテナチオカウンター』に阻まれ、ボールがこっちに飛んでくる。
……って、今度は五人!? 無理だよこんなの!
パスを出そうにも、みんな必殺タクティクスにかかりっきりになってたから近くに誰もいないんだよね。
「真キラースライド!」
「はっ!」
「スノーエンジェル!」
「ちょっ!?」
「ザ・マウンテン!」
「手加減なしだなぁほんと!」
飛び交う必殺技の嵐。
『キラースライド』で空中に誘き出され、かろうじて『スノーエンジェル』を避けたところで止めの『ザ・マウンテン』。バランスを崩しまくった私に避けられるはずがない。
でもくらう前になんとか見えたナカタにボールを出すことはできた。
彼は私が頑張って繋いだボールを踏んづけて……センターサークルだよそこ!?
「ブレイブ……ショォォォットォッ!!」
撃った。撃っちゃったよ。
で、でもあのヒデナカタだよ? もしかしたら案外いけたり……?
「イジゲン・ザ・ハンド改!」
『止めたァ! 円堂ガッチリセーブ!』
いやダメじゃん。
失敗しても当の本人はハハハッと軽く笑うだけだった。
「キャプテン……さすがにあれは無理だよ」
「まあまあフィディオ。できないと思われていることに挑戦することもサッカーだ」
「なるほど!」
「いや納得しちゃダメでしょ」
なんかフィディオ、ナカタと会話する時だけIQ下がってない?
「なえもすまないな。でもこれで、だいたいどの距離から撃てば入るのかはわかったつもりだ。次こそは決めてみせよう」
「ならいいけど」
ジャパン側が攻めてきたので会話をやめ、それぞれの持ち場に戻る。
防御は……フィディオたちが止めてくれるからいいか。
今度はさっきよりも後ろで待機してみる。
今の『カテナチオカウンター』は間違いなく最強だ。フィディオだけでも大会最高クラスの防御力だったのに、そこにナカタが加わっちゃえば鬼に金棒。突破するのはまず無理だろう。
しかし問題点もある。それは……攻めがまったくいなくなるってことなんだよね!
オルフェウスのフォーメーションは後ろから5ー3ー2だ。つまりトップは私を含めて二人しかいない。攻めが足りない時は真ん中にいる選手が攻撃に参加するってことになってたけど、その位置にいるのもナカタ。
お分かりいただけたでしょうか?
攻撃役三人のうち二人が守備に回っちゃってるんだよちくしょうめ!
実質私一人でミッドとディフェンス抜いてシュート撃てってことだからね!? 国内ならまだしも世界クラスじゃ無理に決まってるでしょうが!
ということで一人でむざむざ攻めてもボールを取られるだけなので、他二人を待つことにした。
あ、ちょうどタクティクスが発動したようだ。
「なえ!」
またこっちにボールがくるも、ちょっと下がったおかげかさっきほど囲まれることはなかった。
二人か……いける!
自慢のスピードで不動たちを抜く。
「ナカタ!」
「スーパーエラシコ!」
ある程度進んだところでパスを出す。
受け取ったナカタは……エラシコなのあれ? まあなんかすっごいドリブル技でディフェンスを抜いてみせ、またまたロングシュートの体勢に入る。
「ブレイブ……ショォォォットォッ!!」
青い流星がグラウンドを走る。
しかし三回目となれば慣れたのか、進路方向には飛鷹がシュートブロックの準備をしている。このままではパワーダウンは免れないだろう。
そんな飛鷹とナカタの間に割って入る影が一つ。
フィディオだ。
彼の足元を中心に巨大な魔法陣が展開される。
「オーディン……ソード!!」
シュートチェイン。
青き流星に黄金の光が加わり、さらに加速。その速度に飛鷹は足を振り上げるも間に合わず、ボールは彼の横をすり抜けていく。
そしてそのままゴールに迫り——。
「イジゲン・ザ・ハンド改! ——クッソォォッ!!」
結界を割り、逆立ちになっていた円堂君ごと押し込んでゴールに入った。
3対2。オルフェウスはついに逆転した。
まだまだ続くよ……。
伝説のヒーローは実際のゲームでのヒデナカタの称号です。この最強感、私は好きです。