悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
ナカタのシュートからフィディオのチェインが決まり、ようやく私たちは逆転することができた。
二人がハイタッチをしているのを横目に掲示板を見る。
……まだ時間は十分にある。時間稼ぎは逆効果だろう。むざむざつけ入る隙を与えてしまうこととなる。
となれば、攻めて攻めて攻めまくる。もう一点を取ってアドバンテージを広げるのだ。
私の目線だけでそれが伝わったのか、ナカタは頷いた。
♦︎
なかなか攻めきれない現状に鬼道の焦りは膨らみ続けていた。
「ハァァッ! 真イリュージョンボール」
「カテナチオカウンター!」
「くっ!」
分裂するボールはフィディオを惑わすことに成功する。しかし彼を追い抜いた先にあるナカタにあっさりボールを奪われる。
(ダメだ……俺にはあの必殺タクティクスは突破できないのか……!)
この試合は鬼道にとって運命の一戦だ。この試合で勝って、自分は影山を超えたことを証明しなければならない。
——だが何も思い浮かばない……!
手段は全て試した。しかし突破口はカケラも見えてこない。
——俺は……俺には影山を越えることはできないのか……!
『その程度か? お前が私の元から離れて得たものは』
その時、あの男の声が頭に響いてきた。
気がつけば鬼道は闇以外に何もない空間にいた。
いや、一人いる。
影山の姿は闇に紛れず、真っ直ぐ鬼道を見つめている。
『一つ聞こう鬼道。貴様はなぜ私の元から離れた?』
「それは……俺のサッカーを守るため! 陰謀などなくとも自由に戦って勝てると証明するためだ!」
『なら貴様は雷門で何を得たのだ?』
その問いが頭の中に響く。
力? いや、それはこの男の元でも得られたはず。仲間? いや、源田たち帝国イレブンは今でも鬼道の仲間だ。
——俺は……俺は……。
『俺、ずっと思ってたんだ。こいつと一緒にプレーできたら楽しいだろうなって。初めてお前のボールを受けた時からさ』
その時、鬼道の後ろでそんな声が聞こえた。
振り返れば、円堂が笑いながら手を振っている。その周囲には雷門の仲間たちがいた。
『だけどやっぱりお前は雷門にいる方が自分を出せている気がするんだ』
『グラウンドの外からだとよくわかるんだ。雷門のやつらは常にお前を刺激してくれる。引っ張ってくれるんだ。だから行け、鬼道。迷うな。俺たちはいつまでもお前を応援している』
「佐久間……わかったぞ、俺が得たものの正体を……」
『どうやら答えを得たようだな』
「ああ」
仲間と考え、仲間と全員で協力し合うこと。
一人の司令塔による組織的サッカーではなく、チーム全員が答えを探していく。
それこそが、雷門で得た鬼道のサッカーなのだ。
影山は鬼道の答えを聞こうとはしなかった。背を向け、闇の中へと溶け込んでいく。
その背中に鬼道は頭を下げる。
『……感謝しよう影山。……いや、影山総帥。おかげで俺は大切なことに気づけた』
『ふっ、見せてみろ鬼道。私の手から離れた、貴様だけのサッカー……!』
その言葉とともに闇が砕け散り——世界は色を取り戻す。
意識が飛んでいたのはほんの数秒だけだろう。しかしサッカーではそれすらも致命的になる場合がある。
鬼道が見たのは、ペナルティエリア内でボールを持つ、ノーマークのヒデナカタだった。
「君には敬意を表すよ円堂。だがこれで終わりだ! —— ブレイブ……ショォォォットォッ!!」
オーバーヘッドの体勢から、青い光が解き放たれた。光は流星となり、空気を焼いて円堂に迫る。
「円堂っ!!」
『キャプテンッ!!』
『円堂ォッ!!』
鬼道の声が響く。それに続いて他の仲間たちも声を上げる。それはたしかに彼に、彼の拳に届いた。
円堂の拳に虹色の光が灯っていく。それはまるで全員の思いがその手に宿っているかのようだ。
「まだまだだァァァッ!!」
その光が雄叫びとともに爆発した。
円堂は大きく跳び上がり、その拳を地面に打ち付ける。
ズゥンッ、と轟音が鳴る。
そして衝撃が届いた地面に亀裂が走っていき、そこから溢れ出した虹色の光が美しい結界を作り出した。
「真……イジゲン・ザ・ハンドォォォッ!!」
青い流星が結界に衝突した。
しかし今度はヒビ一つ入ることはなく、びくとも動くことはない。完全に流星を受け止めてみせている。
その軌道は徐々に上に逸れていき……天高く伸びていったかと思うと、花火のように爆発した。
ボールが青光の粒子とともに落ちてくる。
円堂は弓引くように足を限界まで引き絞り……地面に着くと同時に蹴り出した。
「鬼道ォォォォォッ!!」
——『グレネードショット』。
そのキラーパスは選手たちの間を次々とすり抜けていく。その先にいたのは鬼道。
胸でトラップした瞬間、彼の体に衝撃がはしる。ボールの勢いが止まらない。胸に当たってなお、回転し続けている。
重い……だがこれはみんなの気持ちの重さだ。痛いわけがない。
鬼道はそれを全て受け止めてみせた。ボールは焦げの跡を彼のユニフォームに残しながら、ゆっくりと落ちていく。
それを前に蹴り出して、走り出す。
——見せてやろう、これが俺の答えだ!
「佐久間、不動! 頼む、力を貸してくれ!」
「ああ、もちろんだ!」
「へっ、何度も言わせんな! お前が俺を助けるんだよ!」
鬼道はフィディオを見据え、真正面から突っ込んでいく。
そんなことをすれば囲まれるのは当たり前。必殺タクティクスが完成し、フィディオがボールを奪いにかかる。
「カテナチオカウンター!」
「……そこだ!」
ギリギリのタイミングで鬼道は彼のディフェンスを避ける。しかしその途中でバランスを崩してしまい、そこにすかさずヒデナカタが迫ってくる。
——が、鬼道も一人ではなかった。
「佐久間、不動!」
「なっ、そちらも人数増強だと!?」
背中から左右に分かれて二人が飛び出した。
そうだ、足りないのならば人数を足せばいい。実に単純な答え。しかしそれはサッカーの一つの真理だ。
流れるようなワンツーパスに、ヒデナカタはあっさり抜かれた。
『カテナチオカウンター』を越えれば敵はもうディフェンスにいない。
ゴール前。三人はボールごと跳び上がり、中心の鬼道が指笛を響かせる。すると現れた紫色のペンギンたちが彼らの周囲を飛び回り始める。
『皇帝ペンギン3号!!』
「コロッセオガード改!」
かかと落としによって放たれた魔弾はペンギンたちを引き連れて、壁に衝突。
一匹が突き刺さるごとにブラージの体が揺れる。同時に壁にもヒビが入っていく。
雄叫びを上げてこらえようとするが……それに体は耐え切れず、壁は大きな穴を空けて崩れ落ちる。そして魔弾がゴールネットを歪ませた。
♦︎
ああ……とうとう進化しちゃったか。
いやわかってたことだから今さら驚きはないよ? 今までも円堂君の進化で過去何回も苦渋を飲まされてきたし。でも、だからこそ進化する前に点差を広げたかったんだけどなぁ……。
ナカタのシュートの最後を見てわかった。あれは今の私じゃ突破できない。
『イジゲン・ザ・ハンド』は本来シュートのコースをずらしてポストにぶつけたり、バーを越えさせたりすることで防ぐ技だ。でもさっきの『ブレイブショット』はそのどちらかの止め方をされていない。
真正面だ。あの結界は『ブレイブショット』を真正面から受け止められる防御力があるのだ。
もはや新技でも出さない限り、突破するのは不可能だろう。
試合終了まであと五分。時間はかけていられない。
「それで、どうするの?」
「円堂は必殺技を進化させることで俺のシュートを止めてみせた。なら俺たちも進化しなければ勝てないだろう」
「でも進化って、そう簡単にできないから難しいんでしょ」
あんなポンポン進化するのは円堂君ぐらいだ。残念ながら私にはそんな主人公属性はない。
ナカタは頷くと、急に私とフィディオの足をジロジロと見てくる。
……って。
「この変態!」
「いやすまない。でもその様子じゃ俺が与えていた課題はこなしていたようだな」
課題? ああ、あの連携技のやつね。
たしかに私たちはあれをほぼ完璧に仕上げてきた。それでもあのシュートは個人で撃った方がマシな威力だ。
「……まさかアレ撃つの? 残念だけど円堂君を突破できるとは思えないよ?」
「それは二人で撃っているからだ。あの技は三人で撃つことで何倍にも威力が増す」
「それを言うってことはあなたの仕上がりは万全って思っていいんだよね?」
「ああ。二人は練習通りに撃ってくれ。俺がコントロールしてみせる。いいな?」
「わかったキャプテン!」
いや即答なのか。フィディオやっぱり馬鹿になってない?
まあ、たしかに突破口はそれしかなさそうだしね。少し考えた末に私も彼に頷く。
「ふふっ、ぶっつけで本番か。いつもならこんなことしないけど——」
でも円堂君はこれをずっとやってきたのだ。そして何度も奇跡を起こしてきた。
私はその姿にいつも憧れてきた。ああなりたい、私も奇跡を起こしたいって。今がその時だ。私は……円堂君を超えてみせる。
「——ちょっとワクワクしてきた」
「あっ……」
「ん、どうしたのフィディオ? そんなボーっとして」
なぜか彼の顔はみるみるうちに赤くなっていく。
小首を傾げていると、彼はためらいがちに答えてくれた。
「いや、綺麗に笑うなって思って……」
「にゃっ!? こ、こんな時にからかわないでっ」
さっきから緊張感ないなぁもう! これから逆転を賭けた大勝負って時に!
なんだかフィディオのが移ったのかこっちまで恥ずかしくなってきたよ。気を紛らわすためさっさとポジションに立つ。
そしておそらく最後のホイッスルが鳴った。
同時にオルフェウス全員で飛び出す。それはジャパンも同じ。時間がないのだ。点差がついていないのならば、次のゴールがそのまま決着になるというのは誰もが考えることだろう。
センターサークルを中心にほぼ全員の選手が集結し、大乱戦となった。
「エコーボール!」
「スノーエンジェル!」
「ヒートタックル!」
「バーバリアンの盾!」
「一人ワンツー!」
「ザ・マウンテン!」
見たこともない規模の必殺技の応酬。秒単位で奪っては奪われ、奪って奪われを繰り返していく。
辺りは砂煙が巻き上がり、火花や氷、クレーター。もはやグラウンドの原型をとどめていない。しかし誰も止まる者はいない。吹き飛ばされるたびに立ち上がり、ひたすらボールへ突っ込んでいく。
「デーモンカット!」
「ぐっ!」
「アンジェロちゃん!」
「任せて!」
体型から小回りのきくアンジェロちゃんならこの乱戦下でも有利に動けるはず。実際その通りで、固まりすぎて動きが鈍くなっていた選手たちを彼は次々とくぐり抜けることができた。
しかしここで意外な選手が飛び出してきた。
「繋いでみせる! 勝利へと! —— フォトンフラッシュ!」
「なっ、フォワードが!?」
『あーとフォワード基山ここでまさかのディフェンス技だァ! そしてボールはようやく鬼道に繋がる!』
「いくぞ二人とも!」
『おうっ!!』
鬼道君、不動、佐久間の三人が揃ってセンターラインを超えてくる。
これはさっきの……!
「くっ…… カテナチオカウンター!!」
「無駄だっ!」
フィディオとナカタが包囲網の中でボールを奪おうとする。しかしまた不動たちのサポートによって突破されてしまう。
二人が抜かれればもうなす術がない。カテナチオカウンターはすぐに瓦解し始める。
——そこへ、思いっきり助走をつけて私はスライディングを繰り出した。
「とまれェェェェェェェェッ!!」
「しまっ……ぐあぁぁぁぁっ!!」
『鬼道!!』
被害だとかファールの可能性とか、そういったものはもう頭の中になかった。ただあのボールを止める。その一心で風に身を任せる。
車すら余裕で超える私の、全力のスライディング。それはまさしく砲弾と化して、場外まで鬼道君を吹き飛した。
しかしそれを気に留める余裕はもうない。
ファールかどうかも確認せず、立ち上がるとすぐさま円堂君の元へ走り出す。その後ろに二人がついてくる。
これがラストチャンスだ。地面を踏み砕き、一気に加速した。
『これは速い……! なえと同じスピードでフィディオ、ヒデナカタが走ってますよ! どこにここまでの底力を残していたのでしょうか!?』
『いえ……これは“スリップストーム”! なえが先頭で風除けになることで、後続の二人の空気抵抗を限りなく下げているんです!』
三人一列となって風を切り裂き、突き進んでいく。その速度についてくる者はいない。
そしてペナルティエリアに入ったところでパスをナカタに出す。
「よくやってくれたみんな。さあ最後の仕上げだ! ボールを中心にエネルギーを注ぎ込むんだ!」
『ハァァァァァァッ!!』
私たちは互いに背を向けてボールを囲み、言われた通りエネルギーを放出した。
青と金と桃色の光が混ざり合い、赤い炎がボールを包む。それは限界まで高まると天高く上っていき、一つの太陽と化す。
同じように天に跳びたった私たちは蹴りを繰り出す。それによって青い斬撃状の衝撃波が発生し、太陽にぶつかった。
「これがオルフェウス最強の必殺技……!」
『ネオ・ギャラクシーッ!!!』
燃え盛る太陽が地上へと落下を始め、その熱波だけで人工芝から炎が湧き出る。空は赤く染まり幻想的だ。
まさに世界の終わり。空から見る世界はまるで世紀末のようでいて、どこか美しささえ感じられる。
「真イジゲン・ザ・ハンドォォォッ!!」
しかし彼はそんな光景を見ても諦めてはいない。その目からは絶対に止めるという意志がギラギラ伝わってくる。
虹色の結界と太陽が衝突を果たす。それだけで凄まじい衝撃波がグラウンド中に発生した。
「ぐっぐぐぐっ……! チームのみんなのためにも……止めてみせるッ!」
円堂君がそう叫ぶ。
そうだ、今ならわかる。どうして彼が強くなれるのかが。
彼はいつも一人じゃなかった。みんなの気持ちを背負って戦ってきた。あらゆる困難に打ち勝ってこれたのは、その思いが力を与えていたからなんだ。
だけど……今の私は一人じゃない。
私には勝利を届けてあげたい人がいる。見させてあげたい子がいる。分かち合いたい仲間がいる。
だから私は、負けるわけにはいかない!
「決まれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
その私の声が引き金となったように、太陽が一際大きく輝く。そして虹色の結界を赤で染め上げていき——。
——パリンッという音が、響いた。
炎がゴールを包み込む。超新星のような爆発がそこで巻き起こり、それが収まったころ……ボールはゴールネットに絡まっていた。
『ご……ご……ゴォォォォルッ!! 勝負を決めたのはオルフェウス最強の三人組!』
『そしてここでホイッスル! 4対3! 4対3で、オルフェウスの勝利です!』
鬼道は無事です。ちゃんと生きてます。