悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
『ご……ご……ゴォォォォルッ!! 勝負を決めたのはオルフェウス最強の三人組!』
『そしてここでホイッスル! 4対3! 4対3で、オルフェウスの勝利です!』
太陽がゴールに落ちたあと、スタジアムはシィンと静まりかえる。
1秒、10秒、1分……。衝撃のあまり永遠に思える。
しかし実況の声を皮切りに、それは途端に大喝采へと変化した。
揺れる。揺れている。比喩でもなんでもなく、スタジアムが興奮のあまり雄叫びをあげている。そこには日本人もイタリア人も関係ない。
観客全員の大歓声が雨霰となって私たちに降り注いでいた。
「かっ……た……?」
「……ああ。俺たちの勝利だ」
勝利。実況のその言葉をまだ理解できないでいる。
しかしフィディオが手を差し出しながら改めてそう言ってくれたことで、ようやく実感が湧いてくる。
勝った……。私はあの円堂君にっ、本当に……っ!
ぐぅぅっ! と腹に力を込め、拳を握りしめる。こうでもしなきゃ何かが溢れて体の中が爆発しそうだった。しかし堪えきれず、心の奥底に溜めた思いを解き放つように、叫ぶ。
「勝ったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『ウォォォォォォォォオオオオッ!!!』
私の勝利宣言を聞いてスタジアムの熱はますますヒートアップ。チームのみんなが私たちのところへ殺到してくる。
むぎゅっ! ちょっ、押すな触るな引っ張るな! って……なんでみんな私を持ち上げて……? まさか……。
『胴上げだっ!!』
「いやぁぁぁぁぁっ!! それだけはやめてぇぇぇっ!!」
私それだけは嫌いなのにぃぃぃ!
しかしみんなは聞く耳持たず、打ち上げ花火の如く私の体が宙に放り捨てられる。瞬間、臓器の浮き上がる感触がしてゲロを吐きそうになった。
ぎゃうっ! しっ、視界がっ! 内臓が超揺れてるっ! もっと丁寧に扱ってお願いだから!
そう叫びたいけど腹に響く衝撃のせいで声がうまく出てくれない。出ても「おっ、おっ、おっ」みたいな声しか出てくれない。トドか私は。
あーもうなるようになれ!
なんて思いながらしばらく放り投げ続けられていたけど、急にそれは止まる。みんなはポイっと私を地面に下ろす。痛い。
そして人垣が割れると、そこには円堂君と鬼道君が並んで立っていた。
「あ……」
「いい試合だったぜ。こんなに胸がワクワクしたのは初めてだ」
「え“……え”ん“ど”う“く”ぅ“ぅ”ぅ“ぅ”ん“っ!!」
「もがっ!? うぉっ、ひっつくな!」
「な、なえっ!? 女の子なのに君は何をしてるんだ!」
「だ”って“ぇ”ぇ“ぇ“!!」
「助けてくれフィディオ鬼道!」
「はぁ……相変わらずのバカだな」
感極まってだいしゅきホールドしてるところを強引に引っ剥がされる。その後数分間二人に説教された。
遅れてやってきた佐久間と不動には呆れた目で見られる。
……はい。ちょこっと反省しました。
「ったく、ヒートアップしすぎて頭のネジでも外れたんじゃねえか?」
「髪の毛がいつも抜けてる人には言われたくないよ」
「これはそういう髪型だ!」
「あっはっは。ご冗談を。そのバナナを髪型に含めるのは床屋に失礼でしょ」
「てんめぇ……!」
「なにかな……!」
あーすっごい殴りたい。というかこのトサカ引っこ抜きたい。
一触即発の雰囲気。私たちは指や首を鳴らしながら互いに睨み合う。
「お姉ちゃーん!」
と、そんな時ルシェの声が聞こえた。
遠目から見てもその顔が笑顔でいっぱいなのがわかる。このバナナと違って癒されるなぁ」
「……おい。口に出てんぞ」
「あら、うっかり」
「殺すっ!」
「ほ、ほらっ、彼女が呼んでるぞ」
「そうだった。じゃあ、サリュー」
「あ、こら逃げんな! 待ちやがれ!」
こんなバナナに構ってる暇なかった。急いでルシェのところへ行く。
「お姉ちゃんおめでとう! かっこよかったよ!」
「ふ、ふへへ……そ、そう? そんなに褒めてもなにも出ないよ……くふふ」
「なえ、顔がすごいことになってるぞ」
う、うるさいやい! 可愛い子に褒められて喜ぶのはそんなに悪いことなんですか!
よく言われるのだけれど、子どもたちには私のプレイは刺激が強すぎてあまり人気がないらしい。だからこうやって純粋に慕ってくれる子は滅多にないのだ。
「お姉ちゃん、Kのおじさんのところにも行ってあげて。さっきから待ってるみたいだから」
「ん? もちろん行くつもりだよ。ルシェもどう?」
「ううん、私は後にしておくね。理由はわからないけど、今はその方がいい気がするの」
この子は……。
彼女はたぶんこの試合に何かしらの因縁があったと無意識に気づいているのだろう。目が見えなかったからだろうか。彼女は私と出会った時から人の気配や気持ちを察するのが得意だった。
……たしかに、これからする話は私たちだけの方がいいかもね。この子の『理想のミスターK』を壊さないためにも。
私は頭を撫でたあと、少しばかりの別れを告げた。
そして私とフィディオ、鬼道君は総帥の前に並び立つ。
彼は背を私たちに向けていた。
総帥が今何を思っているのかはわからない。しかし話しかけなくては話は始まらない。
「ミスターK……」
「ふん、ギリギリだったな。サッカーは勝利こそ全て。敗者に存在価値はない。……だが、いい試合だった」
「影山……総帥……」
「総帥……っ! うんっ……うんっ……!」
ゆっくりと総帥がこちらを向く。その顔には僅かに、ほんの僅かにだけど笑みが浮かんでいた。そこに見慣れた邪悪さは微塵もない。
ああ……この人はようやく救われたんだ。
見たことないほどの爽やかな笑みを見てそう理解する。とたんに私の目から雫が溢れ始める。
「フィディオ、一つ聞きたい。なぜ私を信じた?」
それが総帥の一番の疑問なのだろう。
たしかにフィディオは総帥の過去を知る前からも、やけに総帥を憎みきれないでいた。チームを傷つけられても信じるなんて、たしかに不思議なことだ。
しかし答えを聞いて私はなんとなく納得できた。
「俺が……あなたと同じだったからです」
「私と同じだと?」
それは予想外の答え。
驚く総帥をよそに彼は己の過去を語り始める。
「かつて、俺の父もプロのサッカー選手でした。しかし歳をとるにつれプレイにキレがなくなっていき、引退後は現役の姿が影もないほど荒れてしまった。それでも俺は父のサッカーが大好きだった。だからサッカーを憎みきれなかった。それはあなたも同じでしょう?」
「私が……?」
「あなたはサッカーを憎むと言いながら、心の奥底では影山東吾のサッカーを愛していた。だから憎みきれなかった。キャプテンが渡してくれた資料を見た時にそれがはっきりとわかったんです。そして俺はあなたを、かつての俺を救いたいと思った。それだけです」
「……そうか。私は父のサッカーを……」
たぶん、フィディオは最初から総帥にシンパシーを感じていたのだろう。だから過去を知らなくても信じる気になっていたのかもしれない。
総帥はふっと馬鹿馬鹿しそうに笑う。
「まさか貴様らごときに気づかされるとはな。……いや、貴様らだからこそ、か……」
(父の領域に至った者、父を超えた者、そして父とは全く別の道を歩む者……)
総帥は届かない空に焦がれるように天を仰ぐ。
「なりたかったものだ。私もお前たちのように」
「あなたならなれたはずです。いや、あなたはもうすでになっている」
鬼道君は不意にゴーグルを外し、その素顔を総帥へと晒す。
その行為に若干驚きながらも、懐かしいものを見たと彼は笑う。
「お前の顔を見るのはずいぶんと久しぶりだな」
帝国に入る前ぐらいのころだろうか。あのゴーグルは鬼道君の司令塔としての能力を鍛えるために総帥が渡したものだ。視界が狭くなるが、逆にそれによって深くボールを見ることによってその回転や落下地点を予測するためのもの。鬼道君は帝国を去り雷門にきてからもそれを外したことはない。
「あなたのおかげで俺はここまでこれた。なら、それを手助けしたあなたも俺たちと同じになっているはずです」
「嬉しいことを言う。だが、今の貴様にはもはやそれは無用か」
「いいえ、これは今後もつけさせてもらいますよ。これは俺のトレードマークなんでね」
「ふっ、好きにしろ」
その時、耳を引き裂くようなパトカーの音が下の方から聞こえてきた。
これは……!?
突然のことでみんなパニックになるも、総帥だけは微動だにしていない。それでこれが彼によるものだと気づく。
「時間だな」
「ミスターK、なにを!?」
……最後って、こういうことか。
それから数分後、警察が入場口から大量に現れ、オルフェウスのベンチを取り囲んだ。
その中には見慣れた顔もある。
鬼瓦刑事は書状を総帥へと突き出し、手錠を構えた。
「影山零治! 殺人及びその他数多の犯罪の容疑で、お前を逮捕する!」
「鬼瓦か……ふっ、いいだろう。貴様に捕らえられるのもまた運命か」
「ようやくだ影山……! 今日という今日はお前の陰謀の全てを暴かせてもらうぜ!」
総帥は抵抗するようなことはしなかった。たくさんの警察たちが総帥を取り囲み、連行していく。
ハーフタイム中、ナカタから聞かされていたことだ。こうなることはわかっていた。
そしてその時、決めていたことがある。
私は両腕を自分から鬼瓦刑事の元へ突き出す。
「さあ鬼瓦刑事、私も逮捕して」
「なえ!?」
「黙っててフィディオ。私は総帥の下でいろんな悪事に加担してきた。だから総帥が逮捕されるなら、私もその罪を一緒に背負わなくちゃならない」
これでいいんだ、これで。これまで私は殺人だってやってきた。おそらく日の目を見ることはもうないだろう。サッカーだってできなくなるかもしれない。
でも、あの人を一人にすることなんて私にはできないよ。
さあ、と鬼瓦刑事を急かす。
しかし彼はなぜか動こうとはしなかった。その後真剣に私の目を見続ける。深いため息が溢れたあと、ようやくその重たい口が動き出す。
「……お前に対する調査を行なったが……残念ながら証拠につながるものは見つからなかった。よってお前を逮捕することはできない」
「なっ……!?」
バカな、そんなわけがないでしょ! 私はこの島に来てから一度もそんなことしたことがない! 総帥や私のパソコンを調べればすぐに証拠が出てくるはずだ!
なぜ? 頭の中がその疑問で埋め尽くされる。
まさか……。
そしてその答えが出るのは早かった。私のパソコンを操作できる人物。そんなのは一人しかいない。
私は警察たちを押し退けて、連行されている総帥へと迫る。
「どうして総帥!? どうして私を置いていくの!?」
「こら君! やめなさい!」
「うるさいっ! ねえ答えてよ総帥! 総帥ィィ!!」
総帥の足がピタリと止まる。
「貴様は私の手などなくとも輝ける選手だった。私はお前を巻き込み、お前の運命をねじ曲げてしまった。貴様には迷惑をかけたと思っている」
「そんなっ、迷惑なわけないよ! 総帥がいなかったら私は……!」
「……最後の命令だ。——生きろ。生きて私などという影を踏み越え、月を掴め。貴様はいずれ最高の選手になれるだろう。そんな貴様の踏み台になれたのなら、私はこの醜い人生を僅かにでも誇りに思うことができるかもしれない……」
「総……っ、帥……っ!」
涙が止まらなかった。警察たちが私を取り押さえる。しかしそれでも心の方がはるかに痛かった。
総帥が遠のいていく。その背中を追いかける気力もさっきの言葉で消えてしまった。
本当はずっと一緒にいたい。離れたくなんかない。でもそれが最後の願いなら……っ!
私は総帥に聞こえるよう、私の気持ちを吐き出すように叫んだ。
「今まであ゛り゛か゛と゛う゛っ……こ゛さ゛い゛ま゛し゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!」
「……ふん」
総帥が消えていく。私の、私の大切な人……家族が。
あなたは私に失った温もりをくれた。たとえそれが口喧嘩のようだったとしても……私はそれだけでも幸せだったんだ。
さようなら……お父さん。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
私は泣いた。泣き続けた。
その慟哭はいつまでも、総帥の姿が見えなくなった後でも止まることはなかった。
『ニュースです。先日FFIイタリア代表の監督を務めていましたミスターK氏が、制御を失ったトラックに追突され、お亡くなりになりました』
——私の中のナニカガコワレタ。