悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「ふぁぁ〜……」
暖かな日差しが部屋に差し込み、目を覚ます。
あ〜よく寝た。こんなに寝たのは久しぶりだ。
時計を見ればもうお昼になっていた。
いつもは朝練とかあるし、そう感じるのも当然か。
ベッドから起き上がり、ぐぐっと背筋を伸ばす。
服が寝衣になってるけど、いつ着替えたんだか記憶にない。誰も部屋に入ってないのは覚えているし、私がやったのは間違いないんだけど……。それほど疲れてたからね。まさに泥のように眠ったってわけだ。
……昨日か。
ふと、フィディオに抱きついたときの記憶が蘇る。とたんに言いようのない思いがすっごい沸き上がってきて、堪えきれずに布団に再ダイブしてしまった。
みゃぁぁぁっ!! 今考えれば恥ずかしすぎるでしょ! 次からどんな顔して会えばいいのさ!
足を激しくパタパタと動かし続ける。こうでもしなきゃ羞恥心で体が爆発しちゃいそう。
お、落ち着くんだ私。落ち着いて餅つけ。こういう時は素数を数えるんだ。
素数? 素数ってなんだ? じゃあ奇数? いや偶数?
……とにかく着替えよう。
ハンガーにかけられているユニフォームに手を伸ばし……その横のお気に入りの私服を掴む。
いやほら、総帥が消えたことで仕事が増えただろうし、今日は練習しないだろうし。決しておしゃれとかを意識しているわけではないのだっ。
着替えを終え、部屋を出る。
とりあえずみんなと顔合わせなきゃか。いろいろ心配かけただろうし。ロビーにでも行けば誰かいるか。
「ナエっ、起きたのか!」
「ひえっ!? ちょっ、そんな近づいちゃだめ……!」
階段を降りたらオルフェウスのみんなが勢揃いしていた。
それだったら当然フィディオもいるわけで……。
うぅ、腕とか掴まないで……今の私にあなたはキツイ……。
「ふっ、少し離れてやれ。彼女がゆでだこみたいになってしまっている」
「ん? ああごめん」
「ハーッ、ハーッ……しばらく半径一メートル以内に入るの禁止ね」
「なんでさ!?」
うっさいこの無自覚タラシ野郎! 心臓に悪いんじゃボケ!
助け舟を出してくれたナカタにはマジで感謝だよ。危うくショック死するところだった。
それを見ていたブラージが呆れたふうにやってくる。続いてラファエレがやれやれと言ったふうに首を振った。
「ったく、昨日はお前が大変つって雨の中走り回ってたのによ。肝心の本人は熱で浮かれてんだからな。世話が焼けるを通り越してムカつくぜ」
「まったくだ。危うくトーナメント前に風邪ひくところだったぜ」
うっ。痛いところを……。
ぐぐぐ……今回ばかりは何も言い返せない。たしかにみんなに迷惑かけたのは事実だし。トーナメント前でそんなことになったら取り返しがつかなかった。
でも、謝るしかないのか? これに?
このアゴでかブラージと調子に乗ってウザい顔してるラファエレに?
ジーと彼らを見つめる。だんだん……だんだんとだけど、なんかムカついてきた。
無理だ。アンジェロちゃんとかならまだしもこんなやつらに謝るなんて私にはできない。こんなのに謝るなんて一生の恥だ!」
「……聞こえてんぞテメェ」
「……てへっ、許してちょーだい?」
「謝る気まったくねえじゃねえか!」
「もんぶらんっ!?」
ゴチンっ、という音がなる。
うぅ、いったーい! 暴力反対! なんで何でもかんでも暴力で解決しようとするかなぁ! (ブーメラン)
でもまあさすがに今のは私もないと思ったので、謝っておくことにした。
「あーはいはい。みんな、悪かったね」
「まあ彼女もこう言ってることだし」
フィディオがなだめると、彼は舌打ちをする。
「ちっ。しゃーねえな。このままじゃミーティングが始まらねえし」
「ミーティング?」
なるほど……朝ごはんでもないのにみんな揃っているのはそういうことか。一人納得する。
しかしみんなの顔はいつも以上に深刻そうだ。普段は何人か適当にしてるのに、今ばかりは誰もが真面目にフィディオたちを見ている。
はて、みんながそんなに悩むことなんてあったっけ?
「で、その議題は?」
「監督をどうするか、だ」
「あ……」
げぇぇぇぇっ! そうだったっ!
FFIはもちろん公式の大会だ。そして公式戦に出場するには11人以上の選手と、それをまとめる
……そう、監督である。
じゃあ私たちの監督は誰でしょうか?
……総帥である。
「ま、ま、まっ……」
「ま?」
『ま?』
「マズすぎるでしょォォォッ!?」
あらん限りの声で叫んだ。
みんなは『ようやくかよ』みたいな反応でため息をつく。
「ヤバいヤバいヤバい! せっかく決勝トーナメントに行けたのにこのままじゃ失格になっちゃう!」
「落ち着けなえ。FFIの運営に聞いてみたんだが、一回戦前日にまで代任を見つければ特例で出場を許可するようだ。あっちも俺たちが出れないというのは商売的に困るからだろう」
「まあ、サッカーも金ありきだしね」
「そ、そう……」
アンジェロちゃん、意外にシビアだね。
でも次の試合の前日か……。
決勝トーナメントは全ての試合が終わった日から一週間後に行われる。昨日は私の問題で潰しちゃったし、残りは六日だ。
とはいえ誰でもいいってわけではない。監督には監督の仕事がもちろんあり、それをこなせるような人じゃないと。
でもそんな人材、うちのブラック企業にいるわけない。いたら私が欲しい。総帥だったらもっとコネがあったかもしれないけど、私が率いていたのはたいていチンピラ上がりの半グレとかヤクザとかなのだ。頭脳担当は専門外である。
みんなで必死に悩んでいる時、アンジェロちゃんが手を挙げる。
「そういえばナエって副監督なんだよね。じゃあこのまま監督になっちゃえばいいんじゃない?」
「っ、そうか、その手があったか!」
思わぬアイデアにフィディオたちが一瞬声を明るくする。しかし私とナカタは逆にしぶい顔をした。
「……残念ながらそれはできない」
「えっ!?」
「……なんでですかキャプテン?」
「……お前たちは知らなくて当然だろう。FFIでは、選手がなれるのは副監督までなんだ」
そう、これはちゃんと記載されている。
FFIはFFが大規模になったもの。だからルールもFFと似通っており、そしてそのFFでもこれはあった。
というかこのルールはもともと私のために作られたものなのだ。
忘れている人も多いかもしれないが、総帥は元日本サッカー協会副会長。このルールは多忙な総帥が、いちいち指揮を取らなくていいように作らせたもの。本来だったら選手でも監督になれるようにする予定だったのだけど、さすがにそれは子どもに任せるのは危険だという反対意見が多かったらしく、現在のような形になったらしい。
それを説明してあげると、みんなはぬか喜びだったというようにガックリとうなだれた。
「イタリアサッカー協会は何してるの?」
「昨日連絡はしたんだが……まだはっきりしていないんだ。どうやら誰が適任かで揉めているらしい」
「利権争いか……どこのお偉いさんも変わらないね」
さすがの完璧超人ヒデナカタもサッカー外には弱いらしい。お手上げと言わんばかりに手をプラプラさせている。
はぁ……昔円堂君たちを監督不在にして困らせたことがあったけど、それのバチが当たったのかな。
八方塞がり。
うんうん唸ってみんなで考え込む。
その時、勢いよく合宿所の扉が開かれた。
「その仕事、私に受けさせてくれないかね?」
入ってきたのは小太りのおじいちゃん。しかし彼の顔を見たとたん、私以外のみんなが驚く。
「あなたは……まさか……」
「まさか……シバタ!?」
「いや、パオロ監督だろ」
冷静なツッコミありがとうブラージ。というか誰だよシバタって。
パオロと聞いて思い出した。この人、前のイタリア代表の監督だ。たしか賄賂を受け取らなかったから、うちの社員たちがボコボコにして島流しにしたんだっけ。よく生きてたね。
「まったく、あのミスターKという男には酷い目にあったよ。しかし彼がいなくなったおかげで私も解放されてね。こうしてなんとかこの島に戻ってきたというわけだ」
ちらっとパオロ監督はこちらを見てくる。
こりゃ確実に私が総帥関係者ってバレてますねー。ピューピューと口笛を吹く。
「とはいえ、私にできることは少なそうだがね」
「どういうことですか?」
フィディオが首を傾げる。
「君たちの試合は全て見させてもらったよ。よくここまで成長したものだ。君たちは完全に私の予想を超えてみせた。……悔しいが、私が指揮してもこれほどにはならなかっただろう」
「パオロ監督……」
ほっほっほと軽く笑っているが、パオロ監督の顔はどこか影が差しているようにも見える。
たぶん、本当に悔しいのだろう。陰謀で代表の座についた男が、実は自分以上の能力を持っていたのだから。内心はプライドがぐちゃぐちゃになってるはずだ。
それでもそれを表に出そうとしないのは、彼の人格ゆえだろう。
「今の君たちは私なんかが下手に指示を出すよりも、自分たちで考えた方がいいだろう。情けない話だがね」
「そんな、大袈裟ですよっ! 俺たちはまだまだで……!」
「大袈裟などではない。これは長年サッカーを見てきた『イタリア代表監督パオロ』としての判断だ」
フィディオは悩んでいるが、私はこの男の案に賛成だ。総帥は監督といっても、練習内容を細かく支持するようなことはほとんどなかった。せいぜいジャパン戦の前ぐらいだ。
こらそこ、職務怠慢とか言わない。
だから私たちは普段自分たちで考え、特訓に励んできた。今さら誰かの指示でやっても困惑するだけだろう。
「もちろん、監督としての事務仕事はきっちりやる。いや、そこの彼女の仕事も全て引き受けるつもりだ」
「マジ!?」
「ああ。選手を万全の状態で試合に送り出すのも監督の仕事だからね」
「やったー! パオロ監督大好き!」
神かこの人。正直、このあとに待ち受けているであろう書類地獄に絶望してたんだ。それを全部やってくれるなんて嬉しすぎる。
「ねえねえいいでしょフィディオ? この人にもう決めちゃおうよ!」
「ナエ、俺はもうキャプテンじゃないんだが……」
「いや、キャプテンはお前だフィディオ」
「えっ!?」
「お前は俺がいない間もチームを引っ張ってきた。今のお前なら俺以上にみんなを引っ張れるだろう」
ナカタはポケットからキャプテンマークを取り出すと、彼に手渡す。
フィディオはまだ困惑しているようだ。
でも誰も文句を言う人はいなかった。
ナカタの言うように、私たちは今日までフィディオに引っ張られてやってきた。私たちの中ではすでに彼がキャプテンなのだ。
「いいのかな、俺で……」
その呟きに、ブラージが大声で答える。
「いいに決まってるだろうが! ほれ、お前らも言ってやれ! どうせこいつは言わなきゃわかんねえんだからよ!」
「ったく、あんだけ指示飛ばしといて逆にキャプテンじゃないなんて、むしろありえないぜ」
「僕も賛成だよ! フィディオならやれるよ!」
「ブラージ、ラファエレ、アンジェロ……」
その他にも多くのメンバーがフィディオに賛成の声を上げる。
うん、決まりだね。
意地の悪い笑みを浮かべてフィディオに問いかける。
「こんなに言われちゃ、やらないわけにはいかないんじゃない?」
「……わかった。キャプテンマーク、みんなの心、預からせてもらうぞ!」
『ウォォォォォォッ!!!』
彼がそう宣言すると、合宿所が拍手と大歓声で溢れた。
ふと、彼の顔が円堂君に重なって見えた。
これは持論なんだけど、キャプテンに必要なものは『信じる心』なのだと思う。何回もキャプテンやって、それで失敗してきた私だからこその持論だ。
私のような悪人や小物はまず人を疑うことから始める。いや、普通の人間だったら大なり小なり疑うという心は持つものだ。そして多少悪い面が浮かび上がるとすぐに離れようとする。
だけど、彼らは違った。
彼らは私がどんなに悪人でも信じようとするのだ。特にフィディオはすごい。あの総帥を信じるなんて誰でもできることではないだろう。
だからこそ、あの人を救えたんだろうなぁ。
……そして、私も。
みんながこれだけ慕っているんだ。だからきっと大丈夫。
今日この日、イタリア代表の新キャプテンが誕生した。
「……私、忘れられてないかね?」
余談だけど、パオロ監督も無事監督になった。
まあ些細なことだよね。影薄いし。
パオロは名前しか出てないのでほとんどオリジナルです。しかし事務仕事担当ということでほとんど出すことはないだろうし、ぶっちゃけ忘れてもらっても構いません。