悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
ガルシルド邸での事件から三日後。
とうとう決勝トーナメント初戦の日がやってきた。
コンドルスタジアムの控え室にて、目を閉じる。すると壁を通り抜けて、観客たちの大歓声が聞こえてくる。
その大多数がイタリアの名を叫んでいる。
「……大人気だね。敵さんの応援なんてほとんど聞こえないよ」
「コトアールは南アフリカの貧しい国だ。おそらくチケットを買えなかったんだろう」
独り言にナカタが返事を返してくる。
コトアール代表『リトルギガント』。
彼らをビデオで見た印象は『得体が知れない』というものだった。
この決勝まで上がってくる実力はあるけど、格別に強いわけじゃない。予選リーグじゃブラジルに負けてるしね。
しかし、どうしても私には彼らが本気を出しているようには見えなかった。
試合を見ていればわかる。
終始乱れていない呼吸。今まで一度も出されていない必殺技。なによりも、負けても本気で悔しがっていない。
それに、不安に思う要素もまだある。
アラヤダイスケ。コトアール代表を務める監督だけど、公式データは一切不明。しかしその正体を、総帥からもらったデータを通して私は知っている。
円堂大介。
当時の日本代表をまとめ上げた伝説的存在。そしてもちろん、あの円堂君の祖父さんでもある。
前に飛行機で総帥から話を聞いた時は正直半信半疑だったけど、まさか本当に生きているとはね。私、というより総帥の間にある因縁はちょっと闇が深いものだが、そこはもう説明しなくていいだろう。
とにかく、そんなすごい人が率いているチームなのだ。決して弱いはずがない。
……ちなみにビデオ見て気づいたんだけど、何故か夏未ちゃんがあっちのマネージャーになってた。
いやなんでそこにいるのよ。円堂君はどうした?
……まさか、大介さんの方から落として外堀から埋めていくつもりなんじゃ……。
夏未ちゃん、意外と恐ろしい子……!
ちょっとあの子の見る目変わっちゃいそう。
情報をそうやって整理していると、フィディオが全員に話しかける。
「みんな、ここはもう決勝トーナメントのステージだ。試合のレベルも今まで以上になると思う。だけど俺は信じてる! ここにいる俺たちが世界最強なんだってことを!」
『おうっ!!』
全員の意思がまとまったところで、ドアの外から時間を告げるように声がかかってきた。おそらくは業務員のだろう。
「よし、それを今から証明しにいくぞ!」
勢いよくフィディオは扉を開く。そして右腕にあるキャプテンマークを揺らし、力強くグラウンドへと歩いていった。
私たちが姿を現した途端に、爆発したかのような歓声が湧き上がった。
フラッシュの雨を浴びながら、それを堪能するようにゆっくりとベンチに向かう。リトルギガントはすでにアップを始めているようだ。
ナカタは観客たちを眺めて感慨深そうにしている。
「ふっ……本当はここに立つつもりじゃなかったんだけどな」
「まーたぐちぐち言ってるの?」
「ああ。やはり君たちの成長のためにも、俺は出ない方がいいんじゃ……」
「あーのーねー! 全力を出し切るのは当然として、それで負けていい試合なんてあるわけないじゃん!」
「……それもそうだな。むしろここで出ない方が相手にとっても、国のみんなにとっても失礼か」
はぁ……。
今の話でわかるように、この栗頭は最初試合に出ないつもりだったのだ。みんなの成長のためとかなんとか言ってるけど、不完全燃焼のままやってもレベルアップするわけないでしょうに。フィディオはコロッと頷いてしまったので説得するのに苦労したよ。
……私はこの試合、勝たなければならない。
勝って円堂君ともう一度……そして世界を……。
それがあの人のためにできる、私の唯一の恩返しだから。
誰かのために戦う。私にとっては初めてのことだ。
なんとなくいつもより肩が重く感じる。回すとコリコリと音がなる。
こんな重圧をいつも円堂君は背負ってきたのかと思うと、改めてすごいなって思った。
アップが終了し、リトルギガントはベンチに戻っていく。
その時、驚くべきものを私たちは見た。
彼らはユニフォームの下から、次々と鈍色の物体を取り出していく。それが地面に落ちた時、耳を疑うような大きな音が聞こえてきた。見れば謎の物体は地面に埋まりかけている。
重りだ。しかもとんでもなく重い。あんなものをつけてアップしてたのか。
彼らの顔に疲れは見えない。その事実に、いっそう気を引き締めた。
二つのチームは二列になってセンターラインを境目に並ぶ。
うーん……なんか敵の顔ぶれ、どこかで見たような気がするんだよなぁ。上に比べて足がやけに短いデブとかヤクザみたいな顔つきのフォワードとか。
ま、気のせいだろう。私にコトアールの知り合いなんているわけないし。
今日のフォーメーションはこんな感じ。
メインは私とフィディオ、ナカタだ。ジャパン戦みたいにこれでネオギャラクシーを狙っていくって感じ。
キックオフは相手から。
ホイッスルが鳴り、試合が……始まった。
ドラゴというヤクザのような目つきの男が駆け上がってくる。
私たち前線のメンバーは一瞬で目くばせをし、タイミングを調整してわざと抜かせる。
理由? もちろんこれを発動するためだ。
「いくぞ、必殺タクティクス—— カテナチオカウンター!」
誘い込まれたせいで、ドラゴは私たち側のコートの中盤に中途半端に飛び出す。
そこをフィディオがヒールブロックでボールを奪う。
「いってこいナエ!」
蹴り上げられたボールは前線に一人上がっていた私に渡った。
今度は私が敵陣地に飛び込んだ形になる。しかし私を一緒にしては困る。自慢のスピードとテクニックであっという間に二人を抜いて、ペナルティエリア前に着く。
ディフェンス陣が守りを固めてくる。だけど、突け入る隙はもう見えてる。
「スプリントワープ!」
桃色のオーラを身にまとい、一瞬で加速。その急激な速度の変化に相手はついていけず、私の体は彼らの間をすり抜ける。
そして一対一。両手を向けて構えるキーパーに対して、両足でボールを挟み、回転しながら宙へ跳ぶ。
「潰れちゃえ! —— 皇帝ペンギン零式!」
指笛によって呼び寄せられたペンギンたちが空を泳ぐ。
足元に描かれた六芒星の魔法陣がボールを中心に置き、妖しく輝く。
そこに蹴ると——六つの閃光が空を切り裂き、ゴールへ向かって放たれた。
迫り来る桃色の光を目にしながらも、彼の表情は変わらない。
とうとう光に包まれて、こちらからはキーパーの姿が見えなくなる。
決まったと思った瞬間、閃光の中で赤い光がXを描いた。
「ゴッドハンドXッ!」
そんな声とともに、閃光が切り裂かれた。
中から出てきたのは神々しい赤光で形成された巨大な手。助走とともに繰り出されたそれは閃光を弾き飛ばし、ボールを完璧に静止させてみせる。
その手を私はよく知っている。
『ゴッドハンド』。円堂君の十八番技にそれは瓜二つだった。
「点はやらない……この僕がいる限り! ……な〜んてね! へへっ!」
鋭い眼差しでそう言ったあと、すぐさま照れたように彼は表情を崩して笑った。この無邪気な雰囲気も、どことなく円堂君に似ている。
これがコトアールキャプテン、そして円堂大介の弟子『ロココ・ウルパ』。
「君、すごいね。この大会で僕が受けた中じゃ一番の衝撃だよ」
「軽々しく止めたくせによく言うよ」
「師匠の教えがいいからね。じゃあ、次は僕たちの番と行こうか!」
ロココがボールを高く蹴り上げる。それはセンターラインを超え、オルフェウスコートへ。周りにはリトルギガントのフォワード、ミッド陣が大集結している。
……なるほど、誘い込まれたってわけか。やけにディフェンスがあっさりしてたのは彼が確実に止めることを信じてたから。そんでカウンターと。
小さな巨人たちの猛攻が始まる。
起点はボールを受け取ったゴーシュから。まるでシュートのようなパスを撃ち、しかし相手はそれに余裕で追いついてまたシュートを出してくる。
なにあの速さ……私には及ばないけど、全員がフィディオとかナカタレベルだよ。
リトルギガントの平均身体能力は、明らかに私たちを超えていた。
巨体が自慢のダンテがタックルをしかけた。しかし彼は逆に自分よりも一回りも二回りも小さい選手にすら跳ね除けられてしまった。
「ヒートタックル!」
「バーバリ……ぐあっ!?」
必殺技を出す時間もない。なのに相手の必殺技ばかりが決まっていく。
っ、まずい。ボールを奪われてから1分も経ってないのに、もうペナルティエリア前まで攻め込まれちゃってる。このままじゃ私が来るまでに間に合わないよっ。
「フィディオ、挟み込んで止めるぞ!」
「はいキャプテ……じゃなかった! ナカタさん!」
オルフェウス内でも最も実力のある二人がゴールへの道を塞ぐ。しかしそれを前にしても、現在ボールを持っているマキシと、並走しているドラゴは余裕そうに見える。
「おいマキシ、あれをやれ!」
「オーケーオーケー。ほらよっ!」
「っ、シュートか!」
「待てフィディオ! あれはシュートじゃない!」
マキシが蹴り出したボールをブロックしようと、フィディオが前に飛び出す。しかしその足が当たる前に、目を疑うような出来事が起きた。
なんと、ボールが突然サーフボードみたいに伸びたかと思うと、ものすごい速度で宙を浮きながら突き進んできたのだ。
「ハッハッハッ! エアライドォ!」
「バカなっ……ガハッ!?」
「フィディオ! ぐぁっ!?」
その上にドラゴが着地。まるでスケボーみたいなアクロバティックな動きを決めると、勢いのままに彼らを蹴散らしていく。
その先のディフェンスも同じような結末だ。必殺技を出す前に全部吹っ飛ばされてしまった。
残るはブラージただ一人。
奇しくも、私の時と瓜二つのシチュエーションになる。だけど、結果まで同じとは限らない。
「こい! イタリアの壁の高さを教えてやる!」
「口先じゃなくてボールで語りな! —— ダブル・ジョー!!」
ドラゴが上下横の三方向から蹴りを加えると、ボールは赤い竜のアゴを現出させ、Wを描くようにジグザグに飛んでいった。
対するブラージはジャパン戦以上に巨大なコロッセオの壁を出現させる。
ぶつかり合う二つの技。しかしアゴはまるで勝負にもならないと壁を噛み砕き、ブラージを押しのけてゴールネットに突き刺さった。
『ゴォォォルッ!! コトアールまさかの先制! 見たこともない実力でオルフェウスを圧倒したァ!』
「案外ちっせえもんだなぁ! イタリアの壁ってのはよ!」
「ぐっ……!」
進化したブラージの技がこうもあっさりやられるなんて……。
一連の流れを見てわかった。あのドラゴとかいうフォワード、実力は間違いなく私やフィディオと同格だ。
いや、その表現はちょっと違うか。
「これは……予想外だ」
「弱気?」
「まさか。俺が出てきたのは正解だったと思ってたところだ。君の勘は正しかったようだな」
ナカタが見据えたのは、逆側のゴールにいるロココ。
……悔しいけど、今の私やフィディオだけじゃたぶんあいつから点を奪うことはできない。ああも簡単に止められてるのを見たらわかる。
だけど、希望が潰えたわけじゃない。私たちには三人が揃うことで撃てるあの技がある。
ジャパン戦で試合を決めたあの技『ネオ・ギャラクシー』が撃てれば……。
私とナカタはフィディオにアイコンタクトを送る。それに頷き、彼はチームのみんなを励ます。
「みんな、試合はまだまだだ! 一点を返す時間は十分にある! ここから逆転するぞ!」
「おうっ! 先制点取られた程度で動揺するほど、楽な試合を積み重ねてきたつもりはねえぞ!」
ブラージたちは大丈夫なようだ。その声は虚勢を張っているものではなく、戦いへの熱を感じられる。
たとえ個々の力が劣ってても、絆の力でそれを補っていく。円堂君だって毎回やってることだ。
やってやるさ。
そう決意し、センターサークルの中央にボールを置いた。