悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
残り時間半分、試合は今までにないくらい白熱していた。
リトルギガントもオルフェウスも、どちらも一歩も退かずに激突し合っている。あまりに激しすぎて血が流れている人たちもいるくらいだ。
「ヒートタックル改!」
「ぐあああっ!!」
っ、ロココ以外も進化するのか。でももういちいちこれくらいじゃ驚かないぞ。
ボールを持っているゴーシュは、燃え盛る体のまま爆走していく。しかしいつまでも自由にさせておくほどこちらも甘くない。
彼の前に、突如骸骨の顔を彫った盾が現れた。
「バーバリアンの盾!」
「ナイスだよダンテ!」
そのままアンジェロちゃんにボールが渡る。
「ヘブンズタイム」
「っ!」
発動者以外動くことを許さない神の時間。それが終わったころにはアンジェロちゃんは敵の背後にいた。
しかし、静止している彼に向かって伸びる足が一つ。
「もらったっ!」
「うわっ!」
その正体はウィンディだった。風のようなスピードのスライディングがアンジェロちゃんの体を弾き飛ばす。
「ふっ、その技が連続使用できないのはわかってるんだ!」
もうバレたか。
ヘブンズタイムはその強力さゆえにエネルギー消費量が激しく、連続で使おうとするとタイムラグが発生してしまう。だから一度発動し終えた直後を狙われるとキツイのだ。
アフロディほどだったらそれもほとんどないんだけどね。
ボールがどんどんつながっていき、一気にオルフェウスゴール前まで防衛ラインが下がってしまう。まるで前半を思わせるような鬼の攻めっぷりだ。
「エアライドォッ!」
「のわっ!?」
しまった、センターバックが突破された。
残っているのはブラージのみ。現在ボールを持っているのは、ドラゴだ。
「ハァァッ! ダブル・ジョーッ!」
「クソッタレェッ! 真コロッセオガードォォォッ!!」
赤い大顎と化したシュートが、コロッセオの壁に迫る。
牙が突き刺さると同時に、全体にヒビが発生する。そのままビキビキと音を立てて、崩れ始める。
なんとしても入れまいと、ブラージは雄叫びをあげるも、現実は非情だった。
次の瞬間、壁は砕け散った。
「デーモンカット……V3っ!!」
「ナエっ!?」
でもブラージの頑張りは無駄なんかじゃない。おかげで私が間に合うことができた。
地面から噴き上げた紫炎の壁は、進化してその厚みをいっそうに増している。赤顎の牙がそれに突き立てられるも、さっき壁を破壊した代償で弱まったそれじゃ、突破することなんてできやしない。
やがて顎の形をしていたオーラは消え失せ、ボールがペナルティエリア外へと弾かれた。
「ふぅ……助かったぜ……」
「ハァッ……ハァッ……どういたしま「まだだっ!!」
突如、天空に浮かぶ黒い影。それはボールに飛びつき、太陽を背にして私たちを見下ろす。
その正体を見て目を見開いた。
ありえない、こんな最悪なタイミングで……!
「ここに来てロココだとぉぉぉぉっ!?」
ブラージの大声が私の言いたいことを代弁してくれる。
だってそうでしょ。どうしてキーパーがこんなところにいる?
しかしそんな、あり得ないことをあり得るようにしてしまうのがイナズマ魂なんだと思い出した。
ロココは空中でクルリと一回転すると、溢れ出る膨大なエネルギーを両足に込める。その圧だけで熱が発生し、熱い風がほおを撫でる。
ググッと溜め込まれた筋肉を解き放つように、両足がボールに打ちつけられる。瞬間、天空に赤いXの文字が浮かび上がり、その中心部から極太のレーザーが放たれた。
「Xブラストォォォッ!!」
私もブラージも反応することができない。そのレーザーはあまりに速すぎた。空気が焼けたかと思うと、もう前にそれはない。
レーザーはゴールネットを突き破り、スタジアムの壁を粉砕したことでようやく止まった。
「……キーパーがシュート技を持ってるなんて、思いもしなかったよ」
「ヘヘっ、何が起きるかわからないのがサッカーだからね!」
そう言った彼の顔が円堂君と被って見える。
いつだったっけ。円堂君も同じようなこと言ってた気がするなぁ。
悔しさはある。でもそれ以上に楽しくなりすぎて、気がつけば自分でも笑みが止まらなくなってしまう。
「まだだ! まだ時間はある! 諦めるな!」
フィディオの声にみんなの顔がすぐに上がる。
そう、まだまだだ。私たちはまだやれる。ホイッスルが鳴るまで止まったりするもんか。
最後の最後まで諦めない人に、勝利の女神は微笑むんだから。
「ハァァッ!! スプリントワープッ!!」
走る。走る。今の私には誰の声も聞こえない。
スピードによって切り開かれる未知の世界。私は、風に溶けていた。
一歩踏み出すごとに体が軋む。体力がもう尽きかけているのだとわかる。
それでも、止まるわけにはいかない。勝つにはもうこれしかないのだから。
前線で三人を抜き去り、一気に敵コート中盤へ。
しかし、さらなる三人が私を待ち構えるようにして取り囲む。
「フィディオッ!」
半ばシュートみたいなパスを出す。しかし彼は応えてくれた。
彼の足がボールに食らいつき、スピンをかけて射出する。
「一人ワンツー!」
私に集中し、一塊になっていた彼らはそれに反応することができない。
ボールは誰もいない地面に着地し、直後すさまじいスピン力によって自動でフィディオが走る先へと飛んでいった。
「キャプテンっ!」
「まったく、キャプテンはお前だろうに。まあ、今は許してやるか!」
咄嗟のことでつい言ってしまったのだろう。それに苦笑しながら、ナカタはゴール前で待ち構える最後の壁を突破しようとする。
「スーパーエラシコ!」
やろうとしているのは先ほどと同様、スーパーエラシコを利用してボールに弾丸状の回転をかける突破法だ。
だけど、同じ芸当が二度通じるほど、リトルギガントは甘くなかった。
「グランドクウェイク……改ッ!!」
「なっ……ここでまた進化だと……!?」
本来は弾丸と化したボールが土壁を貫くはずだった。
しかしそれが実現する兆しは一向に現れない。壁は私たちの希望を通すものかと分厚く、重く、佇んでいる。
「ウォォォォッ!! 止めさせない……! せめてこのボールだけは、繋げてみせる!」
ナカタ渾身の蹴りが、ボールを挟んで壁に突き刺さった。
ハンマーで釘を打ち込んでいるように、徐々にボールが壁の奥へと動いていく。しかし進めば進むほど、その足は土砂の噴出に巻き込まれていき、ナカタは苦悶の表情を浮かべる。
「いっ……けぇぇぇぇっ!! なええぇぇぇぇッ!!」
土砂の壁が爆発したかのように弾け飛び、ボールがとうとうペナルティエリアへと侵入した。
コロコロと弱々しく転がるボールは、それでも私のもとに届く。その表面には何か赤黒い液体がまばらに付着している。
「ナカタ……!」
「俺のことはいいッ! 頼む、シュートを決めるんだッ!」
「でも私一人じゃ……!」
ネオ・ギャラクシーを受け止めたあの赤い手が脳裏に浮かび上がる。
わかってるんだよ、もうみんなが集まる時間なんてないってことぐらいっ。
でも、でもでも。私一人だけで撃っても、ロココを破れるとは到底思えない。
足が震える。呼吸が荒くなり、頭の中が真っ白になっていく。
チームと総帥のための勝利。それが今重くのしかかる。
この時になって、私は自分じゃわからないほどパニックになってしまった。
どうする? 何が正解なの? パスをする? シュートを撃つ?
わからない、わからないわからないわからないわからないわからない……!
「一人じゃない!」
「へっ……?」
そんな私の真っ白な世界を切り裂くように、その声は聞こえた。
「一人じゃない! 君には俺たちがついている! だから、俺たちの力を信じて全力でボールを蹴るんだ!」
「フィディオ……!」
フィディオの声が私を現実の世界へ引き戻してくれる。そして冷静になって耳を澄ませば、彼以外の私を応援する声がいくつも聞こえた。
「やっちまえナエ! お前はそんなところで諦めるタマじゃねえだろ!」
「ナエ! 僕たちのことは心配しないで、思いっきり撃ってよ!」
「俺のポストを継いでるんだ! 負けたらしょーちしねえぞ!」
『いけっ、ナエ!!』
ブラージ、アンジェロちゃん、ラファエレ、みんな……!
それだけじゃない。このスタジアムで応援してくれている人々。全ての声が、今はっきりと聞こえた。
一人じゃない、か……。
そうだね、うんそうだ。円堂君の力の秘密が今ちょっとだけわかった気がするよ。
仲間の絆が私に力をくれる。
一人じゃできないことも、仲間とならなんだってできる!
「ハァッ!」
私はボールを真上に蹴り上げた。その足は天を貫かんとばかりに一直線に掲げられる。
空に至ったボールに、みんなの体から溢れ出る光が集中していく。
その色は赤だったり、青だったり、黄色だったりと、決して被ることはない。
この光はみんなの思いだ。勝ちたい、負けたくないっていうみんなの希望の思い。それを束ねれば……!
そしてボールは極光を纏いながら巨大化していき……ついに、空にオーロラ色の月が浮かんだ。
「綺麗……」
思わずそうつぶやく。
それは私が今まで作り上げてきたどんな月よりも美しく、力強かった。
私は背中に同じオーロラ色の翼を生やし、その鮮やかな月に近づく。
いくよ、みんな……!
私は踊るように空中で回転し、月を蹴った。
「ミラクルムーン」
月が地面に近づくにつれ、オーロラの光が優しく世界に満ちていく。ゴール前などもはや目を開けるのも大変だろう。
だが、その光に対抗するように赤い手が現れた。
「僕は負けない! 勝って、決勝に行くんだ! —— タマシイ・ザ・ハンドォォォッ!!」
見上げるほど大きな二つの質量が衝突する。
直後、爆音。
その時に発生した膨大なエネルギーは、目に見える衝撃波となってグラウンド中を襲い、二人以外の全ての人間をフィールド外へと吹き飛ばす。窓は割れ、壁にはヒビが入り、ついにはコンドルタワーそのものまでが震えるかのように揺れた。
何も聞こえない。鼓膜が破れてしまったのだろうか。
だけど叫ぶ。声が枯れ果てても。その月に全てを捧げるかのように。
「ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」
「ハァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」
月が、沈んでいく。
手が、落ちていく。
その時、なぜか私には手の奥に隠れているはずの彼の顔が見えた。
……笑っている。
その口が動き、何かの言葉を紡ぐ。
——またいつか、サッカーしよう。
「楽しかったよ、ロココ」
赤い手がバラバラに砕け散り、ルビーの雨が降る。
そして月が地面に落ちると同時に、オーロラ色の光が世界を一色に染め上げて——。
——私の意識は、そこで途絶えた。