悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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バカンス?

 ……。

 浮上していく。泥沼のような世界から。

 濁流が押し寄せ、水底に引き摺り込もうとしてくる。しかし体に働いている浮力の方が大きいようで、もみくちゃにされながらも徐々に上昇していく。

 そうしていくと、真っ暗な世界の空に光が見えた。

 手を伸ばし……意識が覚醒する。

 

 

 ♦︎

 

 

 ……気がつけば、ベッドの上で目を開けていた。

 おう、これが知らない天井ってやつですか……。まさか体験することになるとは……。

 あれ、試合は? もしかして夢でも見てた?

 うーん、寝起きのせいか考えがまとまらない。とりあえず起きるか。……って、痛ァ!? 筋肉が変な音を立てたんデスケド!?

 

 錆びついた機械みたいにぎこちなく動く体を根性で引っ張り、立ち上がる。ふと横を見ると窓があったので、覗いてみた。

 デパートのみたいに広い駐車場にヤシの木が綺麗に整えられて植えられており、車椅子やら松葉杖を使って移動する人たちがちょこちょこ見える。

 ここ、ライオコット病院だね。行ったことはないけど情報としては知ってる。

 たしか世界大会を開くということでガルシルドから多額の投資を得て出来上がった大病院だったはず。まあ小さな島で世界大会開くってのならそれくらいは必要になるよね。

 

 うーん、いまいち状況が飲み込めない。

 いつ私は怪我をしたんだろ? 体をペタペタ触って調べたところ、大した傷はなかった。ホッと胸を撫で下ろす。

 スマホは……ないね。この個室には私の私物は置かれてなくて、酷く殺風景だった。真っ白なキャンパスに一輪の花が咲いている。

 でも幸いテレビが見つかったので、つけることにした。

 

『……では、次のニュースです。FFI決勝進出をかけた試合、3対4で制したのはコトワール代表リトルギガントでした』

 

 ニュースキャスターが口をパクパクさせて何かを喋っている。が、聞こえない。代わりに『コトワール決勝進出』の文字が鮮明に映った。

 ……そうか、私は……。

 ……視界がぐしゃぐしゃにぼやける。何度も顔を拭おうとしても、乾くことはなかった。

 ごめん、総帥。勝てなかったよ……。

 噛み締めるように、小さな嗚咽が部屋の中に響いた。

 

 

 ♦︎

 

 

 敗北のショックで再び寝てしまい、次に起きたのは夕方ぐらいだった。気怠げにナースコールし、そのままあっという間に医者による診察が終わった。

 医者によると、フィディオたちもすぐに来てくれるらしい。彼はスケッチブックにそう書いて伝えてくれた。

 

 ……まあ診察の結果から言うと。私の鼓膜が破れたらしい。

 道理でさっきのニュースの時も何も聞こえなかったわけだ。いくら回復の早い私といえども完治まで一週間はかかるらしく、しばらくは安静にするようにと伝えられた。

 ちなみにそれ以外は特に問題ないらしい。

 

 で、数十分後。駆けつけてくれたみんなが私のベッドを取り囲んでいる。

 

『その……ナエ……今回の負けは……』

「あーもう、そんな全員で辛気臭い顔しないでよ! どっちが治療必要なのかわからなくなっちゃうじゃん!」

 

 豪炎寺君呼ぶぞ!

 ちなみに治療法はファイアトルネード療法です。あれ、カウンセリングにちょうどいいんだよね。

 彼の株が下がった気がするけど、現に今までシュートぶつけて問題を解決してきた彼が悪い。

 

『ったく、心配して損したぜ。てっきり枕濡らして泣いてるかと思ったのによ』

「……」

『無視すんなや!』

「……あ、ごめん。さすがに視界に入ってないと何言ってるのかわかんないんだよね」

『このクソアマ……!』

『おいよせブラージ! いくらクソガキでムカつくナエでも、今は一応怪我人だぞ!』

 

 フォローになってないよクソラファエレ。というか一応怪我人って、なめてるでしょ。歴とした怪我人だわ。

 まあこんなふうに多少難はあるけど、会話には困ってない。私には読唇術の技術があるから、口の動きだけで何を言ってるのかだいたいわかるのだ。

 習っててよかった影山塾。

 

 フィディオたちはしばらく談話したあと、昨日の試合について語ってくれた。

 どうやら私対ロココの戦いは私が制したらしい。しかしシュートが決まったところで時間切れになり、試合が終了してしまったようだ。

 会場はもう大騒ぎ。なにせそのシュートでスタジアムがぶっ壊れちゃったみたいだし。またまたご冗談をと笑いながら手をパタパタさせてたら、ブラージにテレビを見せられて空いた口が塞がらなかった。

 おう、ジーザス。

 すんません。ほんとすんませんでした会場の皆さん。ネットでテロリストとか叩かれないかちょっと心配だ。

 おかげでコンドルスタジアムはしばらく閉鎖する予定らしい。

 ……修理代、ガルシルドの懐から出てくれるよね?

 

 そんなこんなで一通り話したあと、フィディオたちは帰っていった。

 うーん、やることないね。とりあえず私物は部下に送らせて……そうだ、この耳もどうにかしなきゃ。私は命とかよく狙われるからたった一週間でも致命的なのだ。

 そしていろいろやったあと、とうとうすることもなくなって寝ることにした。

 

 

 ♦︎

 

 

 後日。

 キタキタキタキター!

 とうとう私の荷物が届いたぞー! ベッドの横には色々な物が詰め込まれたダンボールが置かれてあった。スマホはもちろん、私服なんかも入ってる。

 でも一番注目すべきなのはこれだろう。チョーカーにイヤホンがついたような機械を取り出す。

 装着して、チョーカーのボタンをスイッチオン。すると……。

 ふはははっ! 聞こえる、聞こえるぞ! これが鳥のさえずりか! これがテレビか! これが世界か!

 ……よく考えたら鼓膜破れたの昨日の今日だし、そこまで感動なかったわ。

 

 とまあこんなふうに、このチョーカーもどきは補聴器の役割を果たしてくれるのだ。鼓膜が破れてるのに、音を集める効果しかないはずの補聴器でどうして聴こえているのかは謎だけど、まあいつものオーバーテクノロジーってやつである。エイリアの技術を吸収したことで最近はそれに拍車がかかってるように思われる。

 ちなみに見た目は完璧にアレだけど、別に演算能力が高まったりベクトルを操ったりとかはないので悪しからず。

 とりあえず聴力が戻った記念にテレビをつけてみた。

 

『俺のターン、ドロー! ジャンク・シンクロンを召喚!』

 

 ……。

 バイクに乗りながらカードゲームしてる謎アニメのチャンネルをすぐさま変える。

 

『チャージ三回、フリーエントリー、ノーオプションバトル!』

『チャージ三回、フリーエントリー、ノーオプションバトル!』

 

 いいチャージインだ。……じゃなくて!

 いやだから、そういうのはいいんだって。というかよくこのクソアニメ外国で放送できたね。

 その後も次々とチャンネルを変えていく。そのたびに映るのはアニメアニメ。しかもチョイスがたびたびおかしい。誰だSchoolDaysなんて選んだのは。子供が見たらどうするんだ。

 ボタン連打をしてると、ようやくニュース番組に脱出できた。

 

『FFIもいよいよ大詰め! 三日後に行われるジャパンVSブラジルを終えれば、いよいよ決勝戦です。マードックさんはどちらが勝つと思われますか?』

『実力的に考えると、やはりブラジルでしょう。サッカー王国の名に恥じず、その実力は一級品。現に昨日のコトワール戦まで下馬評は一番でしたからね。しかしジャパンは試合のたびに強くなる可能性のチーム、なかなか侮れませんよ』

 

 ブラジルか……。ガルシルド逮捕への手がかりはまだまだだ。前回潜入した時は決定的な証拠は出てこなかった。だからもう一度潜る必要があるんだけど、警備は前回以上になってるに違いない。

 幸いなのは、データの隠し場所に心当たりがあるくらいか。データ管理室にもないんだったら、あとはガルシルドの事務室ぐらいしかない。

 三日後か。耳がまだ治ってないのはキツいけど、これ以上時間を与えて逃げられるわけにはいかない。やるしかないだろう。

 チャンスは円堂君たちの試合の日。あいつらは監督として必ずスタジアムに行くはず。その留守の間を探る。

 

 っと、思考にふけていると、扉をノックする音が聞こえた。

 

『ナエー、見舞いに来たぞー』

 

 この声、フィディオか。試合が終わってよっぽど暇になったらしい。二日連続で見舞いなんて別にいいのに。

 

「調子は……どうやら良さそうだな」

「まーね。怪我もあんまりないし、たぶん明日には退院できそう」

「本当か!」

 

 ほんと、怪我が酷くなくてよかったよ。骨とか折れてたら潜入どころじゃないからね。

 

「そういえば、みんなは?」

「観光とか海水浴とかに行ったよ。思えばこんなリゾート島に来てたのにサッカーしかやってなかったからね。いろいろ発散するにはいい機会だ」

 

 あいつら……私に内緒でそんなことを……!

 ずぉぉぉっ! というオーラが撒き散らされてるのに気づいたのか、フィディオが冷や汗を垂らしながら半歩下がる。

 

「……もしかして怒ってる?」

 

 ピクッ。

 

「……いや、怒ってないけど?」

「いやすごいほおがピクついてるんだけど……」

 

 ピクピクッ!

 

「怒ってない!」

「ほら、やっぱり怒ってるんじゃん!」

「怒ってないったら怒ってない! うっさい、バカ!」

「もがっ!?」

 

 投げつけた枕がクリーンヒット。フィディオは漫画よろしくビターンという大きな音を立ててひっくり返った。

 怒ってないよ? 寛大ななえちゃんはこれくらいじゃ怒らないさ。ただ……超ムカつく!

 

「こうなったら私たちも遊びに行くよ!」

「え、でも君は入院してるんじゃ……」

「そんなのはいいの! どうせ大した怪我じゃないんだし!」

 

 窓を勢いよく開いて、外へと飛び出す。

 部屋から静止する声を無視し、壁から生えている配管なんかに次々と飛び乗って降りていく。ふふっ、私を見た人たちが歓声を上げながらケータイやカメラを向けてるよ。私もずいぶん有名になったらしい。気分が良かったので配管に捕まったりしながらピースをしてあげたりした。

 

「ナエー! いくらなんでもそれはまずいだろー!」

「ヘーキヘーキ! フィディオも早くこっちきなよー!」

 

 ほーら、私を捕まえてご覧なさーい!

 こうして私は病院を脱出し、しばらくフィディオとの追いかけっこが続いた。

 

 

 ♦︎

 

 

 二人でリゾートエリアにやってきて、ふと気づいた。

 男女二人が街で遊ぶ歩く。

 これってまさか、デ、デ、デ……!

 

「ん? 顔が真っ赤だけど、どうしたんだ?」

「にゃ、にゃんでもない!」

 

 どどどど、どうしようっ!

 服、変な格好じゃないよね? 今の私はアロハシャツに短パンとラフな格好だ。

 色気ないとか言うな! 忘れてるかもしれないけど、こっちは大会に男として登録しているのだ。一般人にスカート姿なんて見られたら大バッシングものだ。おまけに最近じゃMVP *1候補にもなっちゃって、さらに有名になっちゃったし。

 ……い、いや別にフィディオはただの友人だし、緊張する理由はないはず。そう言い聞かせてみたけど、胸の鼓動はまったく止まらなかった。

 

「おっ、ユニフォームショップがあるぞ! ちょっと入ってみないか?」

「ひゃいっ!」

 

 ぐっ、思わず変な声が出ちゃった。

 それにしても……。

 フィディオが入っていった店をまじまじと見つめる。

 さすがはサッカーアイランド。ユニフォーム専門店もあるんだ。中に入っていろいろ触ってみたところ、素材も本物と同じ。かなりいい店だねここ。

 ……まあ、日本円換算で一着一万円ぐらいするのが玉に瑕だけど。

 

「うっ、高い……」

 

 フィディオはイナズマジャパンのユニフォームを持ってそう呟く。

 まあ中学生のお小遣いじゃ辛いよね。フィディオは別に鬼道君みたいに金持ちってわけじゃないし、ポンと一万円相当の金を出すのはかなりのためらいがあるのだろう。

 でもこのまま何も買わないのはつまらないよね。せっかくのお出かけなんだし。

 

「はいこれ。出してあげるよ」

「い、いやそんな大金受け取れないって! それに前言ってたけど金欠なんだろ?」

「レンガの修理のこと? あれだったらとっくに完済してるよ。それに私はその気になったら数百万程度すぐに稼げるからいいの」

 

 銃とか売り捌いたり、ハッキングしたデータを流したりとかね。まあ一応足を洗ったつもりだし、これからはあんまりそういうことはしないつもりだけど。

 ひらひらと揺れるお札をぐいぐいと押しつける。それでもやっぱり受け取ってくれないようだ。強情なやつめ。

 

「じゃあこうしようよ。将来フィディオがプロに入ってお金を稼いだら返してよ。それまで待っててあげるからさ」

「そ、それなら……」

 

 当然のことながらフィディオは将来プロ入りが確定している身だ。むしろこの男が入れなかったら誰が入れるのか。今もおそらくヨーロッパどころか世界中からオファーが来てるはずだし、16歳になった途端に契約を結ぶことになるだろう。

 なんでわかるかって? 私にも超来てるんだよ、オファーが。

 だから彼の事情はだいたい察せる。

 

 ユニフォームを見ていると、背番号が刻まれていないものを発見した。気になったので店員に聞いてみる。

 

「あのー、これも商品なの?」

「ああ。うちは好きな背番号を刻めるサービスもやってるんだ。もちろん値は張るが、本物とほぼ同じクオリティに仕上げてみせるぜ?」

 

 なるほど。ちらっと店の奥を覗いた感じ、たしかに本格的っぽい機会が置いてある。

 正直に言うと、私はイナズマジャパンのユニフォームは全員分持っている。だから私が買う意味はないなーって思ってたんだけど、オリジナルものが作れるなら話は別だ。

 

「フィディオ、これにしようよ!」

「げっ、値段が1,5倍くらいまで上がってる……。でもたしかにオリジナルものは欲しいかも……」

「ケチケチ言わない! 私が出してあげるからさ!」

 

 彼も欲望には勝てなかったらしく、最終的には頷いてくれた。

 私はいつも通りの78番、フィディオは無理やりの語呂合わせで220番を刻むこととなった。……これでフィディオと書いてあるってわかる人は果たしているのだろうか。

 

 会計を済ませ、ユニフォームが出来上がるまで待つことにする。店員によれば、どうやら三十分ほどでできるそうだ。

 うーん、ここで待つにも他で買い物するにも微妙な時間だ。さんざん話し合った結果、トイレに行ったあと隣の店を覗くこととなった。

 

 トイレは店の中にはない。レシートさえ持ってれば外に行っても大丈夫ということなので、公共のトイレを借りることにした。

 すぐに用を済まし、トイレ内に設置されている鏡を覗き込む。

 ……化粧とか私もした方がいいのかな?

 

 誰もいない中そう悩んでいると、耳にひんやりとした金属が当たった。

 それはチャカッという音を鼓膜の奥に直接送り込んでくる。

 

「忠告を無視したようだな、白兎屋なえ」

 

 刺すような冷たい殺気。

 私に気づかれないほどの技量。こんなことができるやつなんて私は一人しか知らない。

 ゆっくりと両手を上げて、その顔を垣間見る。

 

「……楽しく遊んでたところで来ないんで欲しいんだけどね、バダップ」

 

 とりあえず、一言言わせてほしい。

 ここ女子トイレなんですけどっ!?

*1
最優秀選手賞のこと




『フィ』:二つの『フ』なので2
『ディ』:double からとって2
『オ』: アルファベットのOからとって0

 ほんと無理やりですね。円堂とかだったら810とかでわかりやすいのに。
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