悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
悪なえもまだ伏線が残っているとはいえ、いよいよ終盤。できれば最後までお楽しみください。
現在試合はハーフタイム中。それを見計らって私たちはグラウンドに入っていく。それも大勢で。
たぶん二十や三十はいるんじゃないだろうか。そのほとんどが国際警察、そして各国首脳陣となれば気分は大名行列だ。なんか偉くなった気がする。
先頭にいるのは財前総理。率いる先はブラジルベンチにいるガルシルド。
「……これは各国首脳陣の皆さま。何かご用ですかな?」
「しらばっくれるのはやめるんだ。……鬼瓦刑事」
「ガルシルド、殺人及びその他の罪により、お前を逮捕する!」
ビシッとガルシルドの眼前に逮捕状が突き出される。
折り畳まれていたそれは重力に従ってペラペラと開いていき……地面にまで達する。
いや長くね? 逮捕状ってああいうものなの? あれに全ての罪状でも書かれてるのだろうか。
ガルシルドは露骨に顔を歪める。
「……ヘンクタッカーめ、しくじったか」
ガッチャンと。鬼瓦刑事が手錠をはめた。
お、すんなり捕まったぞ。観念したのか、それともまだ作戦があるのか。どっちにしろ総帥以上にクズなこの男のことだ。警戒しすぎるに越したことはないだろう。
「ふふん、とうとう年貢の納め時ってやつだね」
「影山の小娘か。毎度毎度邪魔をしおって……!」
「強がるのはやめなよ。今回の一件であなたを信用する大国は0。何をどうやっても今後は上手くはいかないでしょ。今後があ・れ・ば、だけど」
「ぐっ……!」
くふふっ、そうそうその顔だよ。その悔しそうな顔、それが見たかった! ザマーミロってやつだ。
やつは間違いなく這い上がれないだろう。直接ではないとはいえ、やつが殺した数は3桁に届きうる。こんだけ殺ってれば普通は処刑、よくて終身刑だ。
個人的には終身刑の方がいいんだけどね。死ぬってけっこう楽だし。ガルシルドにはぜひとも外国の、犬の餌みたいな飯しかない刑務所でプライドを粉々にされながら息絶えていってほしい。
っと、今の騒ぎを見ていた円堂君たちが慌てた様子でやってきた。
「なえ、これは!?」
「遅くなってごめんね。ガルシルドの屋敷は厳重すぎて、この日にしかデータを盗めなかったの」
「そうか、よくやってくれたぜ! ハハッ!」
笑い声とともに肩を叩かれる。その顔には安堵と喜びがたくさん感じ取れた。それほどまでにブラジル代表のことを気にかけていたのだろう。まったく、相変わらずお人好しな人だ。
っと、そうだ。ロニージョの件が残ってた。
盗んだデータの最新のものには、彼に関することが書かれていた。どうやら彼、RHプログラムの実験体となっていたらしく、今は危険な状態らしい。
ロニージョは複数のドクターに囲まれて、脈を取ったり体のあちこちを触られたりなど、色々な検査を受ける。結果は黒。出た判定に、全員がガルシルドを睨む。
「なんということを……。ロニージョは素晴らしい選手のはずだ。改造する必要がどこにあった!?」
「ふん、どんなに性能が良くとも絶対はありはしない。私はそいつの性能をさらに高めてやっただけだ。感謝されこそすれ、恨まれる道理はないと思うがね」
「……最低だね」
「貴様が言えたセリフか。貴様が世界の舞台にいれる理由とて、私のおかげではないか。違うかね?」
「違うね。全く違う。私の力は私だけのもの。私はただ効率の良い特訓としてRHプログラムを利用しただけ。あなたたちみたいな物や誰かに頼らなきゃ維持できないような偽物とは断じて違う」
というか私のRHプログラムプロトタイプって、言っちゃえばバカみたいに厳しい特訓メニューってだけじゃん。電極脳にぶっ刺してるのと一緒にしないでほしいよ。
くだらない。そう吐き捨てるように、ガルシルドは不敵に笑う。
……そろそろいいでしょう。
その余裕、今すぐぶち壊してあげる。
胸ポケットから小さな機械を取り出し、それをガルシルドに見せつける。彼はそれがなんなのかわからなかったらしく、怪訝な表情を浮かべる。
「これは仕込みマイク。逮捕状が出るまでの間に、このスタジアムのスピーカーと繋げさせてもらったよ」
「なっ……まさか……!」
「今の話、観客の人たちはどう思ってるかなー?」
ガルシルドが慌てたように観客席を見渡す。
沈黙。
観客たちは不気味なほど静かに耳を傾けていた。ある者は怒りを堪えるように、ある者は信じられないといったふうに。出す言葉が見当たらなかった。
しかしガルシルドのその行動を皮切りに、感情が一気に決壊する。
握り潰させなんてさせやしない。政治上だけでなく、この世間からも消えてなくなれ。
スタジアムはまるで爆発したかのように、怒号とブーイングで震えた。
「この大会のことを君に知らされた時は、私も胸が高鳴ったものだよ。世界中のサッカー少年たちの夢、それがついに叶うのだと。だからこそ私は許せない。彼らを裏切り、私欲のためにサッカーを利用したお前を!」
「たっぷり俺たちの怒りを署で聞かせてやる。さあこい!」
鬼瓦刑事に連れられ、ガルシルドはグラウンドを去っていった。
その後ろ姿が完全に消えたあと、会場から拍手が湧き上がる。
……終わったね。何もかも。
もうサッカー界に潜む闇は存在しない。それは嬉しいことのはずだけど、大切な人との繋がりも消えてしまったように感じ、少し寂しさを感じた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、円堂君が話しかけてくる。
「やっぱお前はスゲーやつだな! 俺たちも何か手伝ってあげれたらよかったんだけど……」
「それでいいんだよ。こんなもの、真っ当なサッカープレイヤーが関わることじゃないさ」
「違う! お前は真っ当どころか、スッゲーいいサッカープレイヤーだ! 俺が証明してやる!」
「……私はこれまで酷いことをしてきたんだよ?」
「サッカーを思うやつが悪いやつなわけないさ。今だって俺たちを助けてくれたじゃないか」
「なんだそりゃ。……でも、ありがとね」
一見むちゃくちゃな理論。しかし彼が本気でそう思っているのは間違いないのだろう。そう思うと少し嬉しくなった。
「よーしみんなー! 協力してくれた人たち、支えてくれる人たちのためにもいい試合を見せようぜー!!」
『おうっ!!』
そして試合が再開した。
それは前半とは比べ物にならないくらいにいい試合と言っても過言ではないだろう。
ブラジル代表も、ジャパン代表も。みんなキラキラと笑顔で輝いている。それに魅せられた観客たちが熱を送り、試合はさらにボルテージを上げていく。
身分や国境なんて関係ない。小さな子どもから各国首脳陣まで、誰もが手に汗握って祈り、あるいは声をあげて応援している。
そうこれが、これこそが『サッカー』だ。
結果はジャパンの勝利に終わった。しかし負けたブラジルを責めるような人は誰もいなかった。むしろ両国のサポーターは惜しげも無い拍手を両チームに送っている。
素晴らしい試合だった。心からそう思う。それだけでも体に穴を空けてガルシルドを捕まえた価値があったものだ。
観客へ手を振る彼らに背を向け、スタジアムを去った。
♦︎
しかし幸せとは長くは続かないものらしい。悲しいものだ。
スタジアムを出てすぐかかってきたのは部下からのメール。
それを確認して……憎悪が溢れ出して思わず歯軋りをしてしまう。
「あのクソ成金……舐めたことしてくれるじゃん……!」
どうする……? 正直言ってもうガルシルドが復活することは無理だ。あれだけ世界中から敵視されれば表に浮上することなんて不可能に近い。しかし逆に裏、つまりアングラに潜られたらおそらく二度とやつを捕まえることはできない。
それによって何が起こるか。同じゲスをたらふく見てきた私ならわかる。
——復讐だ。
たとえ地下に潜っても、平和ボケした日本人の一人や二人を暗殺することぐらいは容易いだろう。私ならなんとかなるとしても、みんなが狙われたら……!
そこまで考えた時にはすでに体が動き出していた。
無謀なのはわかっている。でもやるしかない。でなきゃ彼らが危険に晒されるのだから。
メールの一文。
そこには『ガルシルドがパトカーを破壊し脱出』と書かれていた。
♦︎
試合も終わり、イナズマジャパンの全員が控え室で着替えをしていた時。
突然その知らせはやってきた。
ドアが勢いよく開かれ、慌ただしく同年代の黒人が入ってくる。
「はぁっ、はぁっ……みんな、ナエがどこに行ったのか知らない!?」
「お前は……コトアールのロココ! どうしてここに? それになえがどうかしたのか?」
円堂たちはその顔に見覚えがあった。
オルフェウスと激しい試合を制した現状最も強いと言われるゴールキーパー。特に円堂からすれば無視できない相手だ。
しかしそんな彼は大量の汗を流し、焦っている。
「詳しいことは省くけど、ガルシルドが部下にパトカーを襲わせて脱出したんだ。それでナエの姿も見当たらなくなって……」
「なんだって!?」
耳に入ったのは決して無視できない言葉。
ようやく逮捕できたと思ったのに。なえの努力は全て無駄になってしまった。彼女の気持ちを思うとやるせなく感じてしまう。
陰鬱な雰囲気が漂う中、鬼道が質問を投げかける。
「そもそもどうしてガルシルドのことを知っているんだ?」
「僕も師匠……うちのコーチと一緒にガルシルドの屋敷に乗り込もうとしたんだよ。そこで彼女と合流したってわけ」
そこでロココのポケットから軽い電子音が鳴り響いた。
どうやらメールが来たらしい。すぐに内容を確認した彼は、苦々しく顔を歪める。
「くっ……うちのマネージャーが港でボートに乗り込んだナエを見たみたい。たぶん……」
「まさか、一人でガルシルドのところに向かったのか!?」
「……」
返ってきたのは沈黙。
それだけで行動に移すのは十分だった。
急いでドアノブに手をかけた円堂を、秋が引き止める。
「え、円堂君!?」
「俺、あいつを追いかけてくる! あいつは俺の仲間なんだ! 放って置けない!」
「……俺もついていこう」
「鬼道!」
「一応の腐れ縁だからな。無視はできまい」
鬼道だけじゃない。彼を皮切りに、次々とみんなが席を立つ。
「へっ、俺に乗れねえ波はねえ! ガルシルドがなんだ、全部ぶっ飛ばしてやるぜ!」
「僕はなえちゃんのおかげで今の僕になることができた。だから僕もなえちゃんを助けるよ」
「ちっ、面倒ごと持ってきやがってクソアマが。まあちょうどガルシルドには俺もムカついてたからな。ついてってやるよ」
「よっしゃ、行こうぜみんな!」
その光景を見て鬼道は思う。
昔の彼女は想像できただろうか。ここに命をかけて自分を助けてくれる人間がこんなにいることに。
やつはもう闇の存在などではない。グラウンドで人に希望を与える立派なサッカープレイヤーだ。
だからこそ、再び闇に沈めさせてたまるものか。
全員は決意し、控え室を出た。