悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「くっ、ダメだ! 追いつけない!」
あのスピードに定評があるシロウですら、チーム・ガルシルドの動きについていけていない。他のみんなは言うまでもない。
まるで彼らだけビデオを倍速にしたかのようだね。それほどまで隔絶した差が彼らの間にはあった。
普段自分のスピードを三人称視点で見ることがないから新鮮に感じる。なるほど、デモーニオが私に突っかかってくるわけだよ。
ボールは先ほど必殺シュートを放った男に。壁山が気を集中させ、飛鷹が足を振り上げるも、必殺技を出す間もなく抜かれてしまう。
もうディフェンスはいない。円堂君は苦々しく片手を構える。
イジゲン・ザ・ハンドはもう通用しない。それはさっきの1点で明らかになっている。かと言って今の彼にそれ以上の必殺技はない。
悩んでいる時間はない。けど、悩まずにはいられない。
そんな時、フィールドの外から雷のような声が轟いた。
『『ガン、シャン、ドワァァァンッ!!』だっ!』
「が、がんしゃんどわん?」
す、すごいな。耳がお釈迦になってるはずなのに私にも聞こえてきたよ。なんという声量。
……じゃなくてっ。
なんじゃそりゃ? あのおじいちゃん、ほんとにボケたんじゃないの?
突然の擬音ワードに目をパチクリ。しかし円堂君やロココにだけはわかったらしく、なんか『我天命を得たり』みたいな顔をしていた。
『ふっ、とうとうボケたか円堂大介。 かまわん、やってしまえ!』
『ガンショット!』
くっ、ガルシルドと同じことを思っちゃうなんて、不覚だ……。
敵は大介さんの珍妙な指示に一瞬ためらうも、すぐにさっきの必殺シュートを撃ってきた。
対して円堂君は……。
『ガン、シャン……ドワァァァンッ!!』
ぞわっと全身の毛が逆立つのを感じた。
円堂君が叫んだ一瞬。ほんの一瞬だけ。凄まじい気の奔流が彼から溢れ出した。しかしそれは荒れ狂う河川のようにとどまることを知らず、あちこちに霧散していってしまう。
それでも懸命に手を伸ばし……弾丸がそれを弾いた。
ガンッ! という鈍い音が聞こえ、彼の頭上のバーが揺れる。
ボールは真っ白いバーに黒焦げを付けたあと、ゴールの真上を通り過ぎていく。
イジゲン・ザ・ハンドの時はコースが変わる気配すら見えなかった。なのにあの不完全なパンチングはガンショットを逸らすことができた。それはつまり、あの必殺技を完成させることができれば……。
「ねぇ円堂君。がんしゃんどわんって、結局どういう意味なの?」
『んー? なんかよくわかんないけど、この言葉みたいに体を動かすとスッゲー力が湧いてきたんだよな』
「やっぱ感覚的な話なのね……」
まあダンギュンドカーンとかシュタタタタンドババババーンとか、摩訶不思議な呪文を常に解読してきた円堂君だ。彼にしか感じられないものがあるのだろう。
まぐれかもしれない。しかし、それでも今まで手も足も出なかった相手に一太刀浴びせられたことにみんなの顔が湧き上がる。
逆にガルシルドは見るからに不機嫌な顔をしていた。
『強化人間のシュートを止めるとは……』
『一寸の虫にも五分の魂ということでしょう。お任せくださいガルシルド様。所詮は虫ケラ、今度こそ蹴散らしてみせましょう』
虫以下の人たちが何か言ってるよ。
試合はコーナーキックからだね。私もボールを取るため、ペナルティエリア内に戻ってきている。
コーナーは私に有利だ。私のジャンプ力だったらほぼ確実にボールを取れる。豪炎寺君たちもそれをわかっているので、前線に残っている。
ボールは弧を描いてPKくらいの位置、ちょうど私の真上にやってきた。ドンピシャだ。そのまま誰よりも早くジャンプして……。
「なえ、囲まれてるぞっ!」
「……? がっ!?」
円堂君が何かを叫んでいたが、それが私の耳に届くことはなかった。
そしてその意味をすぐに知るようになる。
口から吐き出されたのは、空気ではなく血。
体を貫くような衝撃とともに、バランスを崩してしまう。
何が起きたのか? 視線が重力に引かれて下に落ちる。
腹部と両脇腹に、肘や膝が突き刺さっていた。
『なんてやつらだ……!』
『スコーピオ!』
スコーピオと呼ばれた小柄な選手にボールが渡る。
『必殺シュートはガンショットだけではない。数多の戦闘データから解析された、究極のシュートを受けてみろ!』
チーム・ガルシルドの三人が紫色の気を身に纏い、向かい合いながらボールを蹴り上げた。
そのモーションには見覚えがあった。特にベンチにいた風丸と染岡君が反応する。
天高く飛翔したボールからは紫色の炎が噴き出す。そして徐々に翼が、尾が、クチバシが生え、やがて鳥……いや不死鳥を形作った。
あれは……まさか。
『真ダークフェニックスッ!!』
見間違えるはずがない。
ダークエンペラーズ最強のシュート、ダークフェニックスが復活し、憎き仇敵である円堂君に襲いかかった。
『ガン、シャン、ドワァァァンッ!! ——ぐあぁぁっ!!』
先ほどと同じく、気の溜まらない手を突き出す円堂君。しかし不死鳥はそれをたやすく食い破り、彼ごとゴールネットに突き刺さって、闇の炎をばら撒いた。
『ぐっ……また失敗かっ!』
『違うっ! ガンシャンドワンじゃない! ——ガァンッ、シャァンッ、ドワァァァンッ!! だっ!』
英語のLとRの発音か!
『そっか、そういうことか!』
だからどうしてわかるの!?
『片手じゃない。もっと全身を使え。片手がダメなら両手で、両手がダメなら体でボールを捕らえるのだ!』
いや、日本語喋れるじゃん。さっきからそう言ってくれればいいのに。
私たちボールで試合再開……といきたかったけど、夏未ちゃんがホイッスルを二回鳴らした。前半終了の合図だ。
点差は2で、今のところ不利だ。でも、あいにくとこれ以上の点差をひっくり返した試合を知ってるものでね。絶望は感じなかった。
♦︎
『そこの嬢ちゃんたち、こっちのバカモンの手当てを頼む』
『は、はい!』
「バカとはなんだいバカとは!」
『腹に穴空いてる状態で走るやつのことを言っとる』
げっ、さすがにもうごまかしきれないか。
イナズマジャパンのユニフォームは海みたいな青。しかし私のは、お腹の部分だけ紅に染まっていた。慌てて秋ちゃんがユニフォームをめくると、その下にはさらに真紅に染まった包帯が出てくる。
『こ、こんな状態で試合を……?』
「傷が開いたのはさっきだよ。ヘンクタッカー君め、さては狙ってたね」
おまけに三人で肘当てに来る始末。なんか私にだけやけに殺意高すぎませんかね……? もしかしてさんざん殴ったり蹴ったりしたのを根に持ってたり?
秋ちゃんは絶句していたけど、すぐに真剣な表情になって私に告げる。
『これ以上の続行は無理よ。大人しく病院に行きましょう』
「残念だけど、お断りだね。私はサッカーからは逃げない」
『っ、どうしてそんなに意地になるの!? 生きていれば次があるじゃないっ! ここで死んじゃったら意味ないでしょっ!』
いつもの秋ちゃんらしくない剣幕に少し怯む。
『木野先輩、もしかしてなえさんを一之瀬さんと……』
春奈ちゃんの言葉で、その理由がおぼろげながら理解できた。
そっか、秋ちゃんは一之瀬の幼馴染なんだっけか。
あの時はよくニュースでやってたから覚えている。日本対アメリカの試合、活躍が期待されていた一之瀬は体に爆弾を抱えていた。それも命に関わるレベルの。当然そうなると手術しなければならないけど、成功確率は低く、また失敗すると二度とサッカーができなくなるらしい。
だから彼は、自身の死に場所にイナズマジャパンとの試合を選んだ。
秋ちゃんは見ていたのだろう。美しいペガサスの羽が一枚、また一枚と焼け落ちていく姿を。
だけど、私たちにはそれだけ命を懸ける価値があるんだ。
「この一試合に立てなきゃ、それ以降の試合に価値なんてない。それだけだよ」
『でも……!』
『やめとけお前さん。言っても無駄だ』
『っ、監督なら選手の命を守る方が大事でしょ!?』
おー、さすが雷門のオカン役。大介さんにも容赦なしだ。
大介さんは深くため息を吐く。ゆっくりと口を開き、語り出す。
『命と誇り。どちらも戦士に必要不可欠なものだ。今そこの嬢ちゃんは誇りを守るために戦っている。もしお前さんがそれを止めたら、お前さんは戦士としての嬢ちゃんを殺すことになる』
その言葉は声量以上に耳に響いた。重く、深く、心に沈み込んだ。
秋ちゃんもその有無を言わせぬ迫力に押されたのか、口をつぐんでしまう。それ以降、彼女が話すことはなかった。
『嬢ちゃんは寝ながらでいいから聞け。これより作戦を伝える』
おーありがたい。いくら慣れてると言っても痛いものは痛いからね。遠慮なく甘えさせてもらおう。ついでに冬香ちゃんを呼び寄せて膝枕してもらう。メガネ君の目線が冷たくなったけど気にしない気にしない。
夏未ちゃんが一歩前に出てきて、説明し出す。
『チーム・ガルシルドを見てわかったことがあるわ。彼らはポジション通りの能力しか強化を受けてないみたい。それが突破口になるわ』
『えーと、どういうことだ?』
円堂君が首を傾げる。夏未ちゃんは丁寧に説明する。
『例えば、ディフェンスだったらブロッキング能力、ミッドフィルダーだったらキープ力とパス力、オフェンスだったら突破力やシュート力しかそれぞれ強化を受けていない』
「完全分業制ってわけね。ま、いくらRHプログラムでも限界はある」
『ハッ、素人が考えそうなことだな』
私と不動は彼らの不完全な強化を鼻で笑う。
サッカーにはポジションというものはあるけど、決してそれぞれの役割を完璧にこなしていれば勝てるわけじゃない。オフェンスの攻めが足りなければディフェンスも上がり、ディフェンスが足りなければオフェンスも下がる。
全員で攻め、全員で守る。それが現代サッカーの基本だ。
それを口で言ったら、壁山に驚かれた。
『あっ、久遠監督も前に同じこと言ってたッス』
『オーストラリア戦前か。懐かしいな。たしか『守ることしか考えていないディフェンスなど、私のチームに必要ない』だったか』
鬼道君が当時を振り返るように教えてくれる。
大介さんはその言葉に頷いていた。
『そうだ。一つのことしかできん選手など、たとえ身体能力が高くとも恐るるに足らんわ。ということで、お前たちにはポジションチェンジをしてもらう』
「具体的には?」
『フォワードとディフェンスを入れ替える』
「ふぁっ!?」
予想の斜め上をいく発言したぞこのおじいちゃん。
えっ、てことは壁山とか飛鷹がフォワードってこと? んで私とか豪炎寺君はディフェンス?
頭が一瞬真っ白になったのは私だけではなかったようで、壁山がすぐに悲鳴のように喋り出した。
『お、おおおおオレがフォワードッスか? ムリムリムリッスよ! 豪炎寺さんたちでも止められるのに、オレが点を決められるわけないッス!』
『安心しろ。お前も言ってただろ。守るだけがディフェンスじゃないと。同じことだ、シュートを撃つだけがフォワードじゃない』
『で、でもぉ……』
まあ壁山の性格じゃ、怯えるのも無理はない。
そんな時こそ円堂君の出番です!
『壁山、挑戦を恐れるな! 今までどんな結果になるかわからなくても、挑戦してきたからこそ成功してきたんだろ? だったら今度もやるしかないだろ!』
『キャプテン……』
『安心しろ! お前がミスしても俺たちがいる。お前は一人じゃない。チームで支えてこその仲間だ!』
『は、ハイッス!』
さすが主治医、見事なカウンセリングですねぇ。イナズマジャパンのほぼ全員を治療したその腕前は健全です。
ファイアトルネード撃たない分、もう一人の医者より安心だしね。
ということで壁山の説得に成功。理屈も納得できるということで、ポジション交換をすることになった。
というか作戦内容をあらかじめ教えてくれる監督って、久しぶりに見た気がする。瞳子監督時代は酷かったからなぁ。映像を見る限り、久遠監督も説明をちゃんとしてないようだし、もしかしたら実力派の監督はみんな作戦を秘密にする癖があるのかもって一時期思ってたけど、ちゃんとそんなことはなかったようだ。安心安心。
そんなこんなで後半戦のホイッスルが鳴った。
エルデンリングが発売されましたね。てことで作者はダークソウルをやり始めました。こういう死にゲーは初めてなので、若干泣きが入っています。いや面白いんですけどね。
ただし鐘のガーゴイルと犬のデーモンと病み村、お前らは許さん。