悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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災悪の序曲

 サッカーで賑わう島、ライオコット島。

 そこからずいぶん離れた離島にて、男は投獄されていた。

 

 男はひたすら自身の体をかきむしり続ける。あまりにかきすぎて皮膚が崩れ落ち、泥のような血が流れるにも関わらず、それをやめることはしない。

 

「なぜわからない……私が、私が世界を救う救世主だというのに……!」

 

 毎日毎日、何十何百時間も彼はそればかりを唱え続ける。しかし呪詛のような呟きも、ずっと続けば慣れるもので、檻を挟んで向こうにいる看守と囚人たちは誰もそれを気にしていなかった。中にはそれを子守唄代わりにして眠る者もいるほどである。

 それがさらに男の苛立ちを燃やし、彼は汚らしくなった髭を引きちぎる。ここに来る前には立派だったそれはほとんどが抜け落ち、手入れされていないホームレスのものと同等程度にまでなってしまっている。

 ブチブチと髪や髭が引きちぎられる。あまりに強く引っ張りすぎて赤い液体が流れる。同時に痛みが燃え上がり、その業火の中に彼は一人の少女の姿を見る。

 

「おのれぇ……! 小娘がぁっ……! 貴様さえ、貴様さえいなければぁ……!」

「そんなにやつが憎いか?」

 

 怒りで染まった彼の心を突き刺すように、酷く冷たい声が彼の背後から聞こえた。

 恐怖のあまり振り返ると、そこには黒いコートに身を包んだ少年らしき男がいる。顔はフードに隠れていて見えないが、その下からうかがえる瞳はギラギラと赤く光っている。

 誰も、その様子には気づいていない。近くにいるだけで重圧を感じるような気配を放っているのにも関わらず、看守たちはまったくこの男に気づいていない。それがさらに男の異常さを際立たせる。

 

「取引だ。お前の持つ実験……その中からやつのデータを全てよこせ。そうすれば復讐を手伝ってやろう」

「ふ、復讐……できるのか……?」

「ああ。お前の実験は禁忌とされ、我々の時代にはデータは全て削除されてしまっているからな。だからこれは取引だ」

 

 まるで地獄に投げ込まれた一筋の蜘蛛の糸のように、その言葉は思えた。絶対に捨てられず、しかし半ば諦めかけていたその男の野望の残滓。しかしフードの男を聞き、それは急速に膨れ上がり、マグマのように噴き上げてくる。

 

「く、くくくっ……ハーッハッハッハッハッ!! いいだろう、私の全てをくれてやる! その代わりあの小娘を……白兎屋なえを絶望の底へ叩き落とすのだ!」

「……取引成立だな」

 

 その日、刑務所内で謎の大爆発が起き、看守の数名が死亡。

 そして運が悪いことに檻が大破し、一人の囚人が世に解き放たれることとなった。

 

 

 ♦︎

 

 

 FFIもいよいよ大詰め。決勝戦の日は順調に近づいてきている。

 なのに私は浮かない顔をしている。その原因は、今ちょうど見ているテレビ。

 

『……では、次のニュースです。今朝ブラジルの●●刑務所で謎の爆発が起き、収容されていたガルシルド・ベイハン氏が脱走いたしました。近所の住人は十分に注意し、もしこの男性を見かけたら近寄らず、すみやかに警察に電話してください』

 

 そしてニュースキャスターの顔が消えると、バッと忌々しいガルシルドの顔写真が映し出される。ニュースキャスターが彼の来歴などを詳しく語っているが、それは聞くまでもないこと。私の耳にはなにも入ってこない。

 空は重苦しい鉛色。それは私の心を写しているよう。

 ちょうど次のニュースに移り変わったところで、スマホから着信音が鳴る。

 

「……もしもし」

『……その声、ニュースは見たようだな』

 

 電話は鬼道君からだ。彼は私のいつもは出さない低い声でこちらの内心を悟ったみたいだけど、そういう彼こそその声は暗い。

 もう彼の組織や財産は凍結されていて、あいつはほとんど動くことはできないだろう。でも私たちにとってそんなことは重要でない。

 『あの怨敵が外で生きている』。それだけでハラワタが煮えくり返りそうになるのだ。

 今にも声に溢れ出てきそうな怒りをグッと抑え、バレないように声を絞り出す。

 

「……鬼道君は決勝戦に集中して。ガルシルドの件はツテもある私が調べてみる」

『そう言っていつも突っ込むのがお前の悪いところだ』

「安心してよ。ガルシルドはブラジルにいたんだよ? どうやってここまで来るのさ。私もこの島からしばらく離れるつもりはないし、あいつを追うことはないよ」

 

 そういう意味でガルシルドがここに絶対にいないのは助かった。私じゃあいつ見た途端に、脇目も振らずに追いかけちゃいそうだからね。

 鬼道君がお別れの言葉を言い、電話が切れる。

 さて……まずはどこから調べるかな。ツテがあると言っても私はもう暗部ではないのだ。どこまで融通が利かせられるか……。ぶっちゃけ国際警察に全て任せたほうがいい気がするんだけど。

 そう理性ではわかっていても、自分で何かやらなければ何か不安になってしまう。でなければ気づかない間に、巨大な影に飲まれてしまいそうな気がしてならないのだ。

 カタカタとひたすら無言でパソコンを打ち続ける。しかしよほど夢中になっていたのか、自室のドアがノックされていることに気がつかなかった。

 ドアがバンッと開かれると、思わず飛び上がってしまう。

 

「ナエ、何かあったのか!?」

「にゃぁあ!?」

「……あ、ごめん」

「なっ……なっ……!?」

 

 部屋の中には冷や汗をかいて後ずさってるフィディオと、驚きのあまり変な声を出してしまった私。

 そして驚きが収まると、今度湧き上がってきたのは顔も真っ赤に染まるような羞恥心。

 

「わ、わざとじゃないんだ! ガルシルドの件があったから心配で……!」

「まずは電話くらいしろぉぉぉぉっ!!」

「ごはっ!?」

 

 ベッドの上にあった枕を思いっきりシュート。わたが入っているはずのそれは彼の顔面を見事に撃ち抜き、ドアの向かいの壁に激突させた。

 何かあったのかじゃないよ!? いきなりすぎてこっちが驚いたわ!

 その後、呼吸が整うまで5分くらいかかった。さすがにそれだけ時間があれば彼も復活するようで、私が出したパイプ椅子に座っている。

 

 テレビで見た通り、ガルシルドの脱獄はかなり大々的に報道されている。さっきの言葉から、彼もそれが耳に入ったのだろう。

 余計な心配はかけたくないので、鬼道君とした話をもう一度話してあげると、ホッと安心したようだ。

 

「じゃあ、また前みたいに無茶することはないんだな?」

「……もしかして円堂君にでも聞いた?」

「バッチリと。ナエがガルシルドのところに単騎突入しようとしてたところまで」

「いやー我ながらバカなことしたもんだねー」

 

 アッハッハと笑ってたら「笑い事じゃないよ……」って呆れられた。

 いやほんと、ごめん。これに関しては言い訳する気も起きないわ。だって円堂君たちが来なかったら間違いなく蜂の巣にされてたし。某イケメンソルジャーの最期みたくなるところだった。でも「夢を抱きしめろ」とかカッコいいセリフはちょっと言ってみたかったかな。

 

「まあ君のことだ。何かしら事件に関わるんだろうね」

「心外だなー。こっちから手の出しようがないんじゃ、さすがのなえちゃんも大人しくしてるって」

「君が大人しくしてるところなんて見たことないんだけど」

「寝てる時ぐらいはジッとしてるよ」

「じゃあ起きてる時は忙しないってことじゃないか……」

 

 お、こりゃ一本取られた。

 でもジッとしてるのって性に合わないんだよね。つまんないし。

 人生はサッカーと同じなのだ。ガンガン攻めたほうが楽しいに決まってる。

 とはいえ、今回ばかりはマジで本当に大人しくしているつもりだ。前回はイナズマジャパンのみんなに迷惑かけちゃったしね。ジッとしてるのは性に合わないって言ったけど、それで友人たちが巻き込まれていい理由にはならないのだ。

 

「そういえば、最近ナカタを見ないね。もう旅に出ちゃったの?」

「いや、今は島めぐりを色々やってるみたい。早朝に出て深夜に帰ってくるから宿舎じゃあんまり会えないけど、観光してる他のメンバーがたまに会ってるらしいよ。ブラージの話じゃ、この前スキューバダイビングやってたって」

「海上にいるのによく見えたね」

「いや、ブラージたちも参加してたみたいだ」

「……ほんとにバカンスしてるねあの人たち」

 

 道理で練習の時以外見かけないわけだ。

 いや、この場合は練習時間外の時でも練習してる私がおかしいのか?

 ……べ、別に寂しくないし。フィディオだってよく付き合ってくれるもん。たまに他のメンバーに誘われてどっか行っちゃうけど。

 ……もうちょっとバカンスの過ごし方でも調べてみるかな。

 

 その後も他愛もない雑談をしながらパソコンをカタカタいじるが、一向にガルシルドに関して進展する様子がない。情報屋は相手してくれないし、部下は大勢行方不明で姿をくらましてるしでさんざんだ。いや、これは私が暗部を抜け始めているということなのだろう。

 そう考えるといいことのはずなのに、今だけは恨めしい。

 やっぱりガルシルドがいる限り、私は真に光の世界へ出ることはできないのだ。まるでヘドロだ。光に向かって足を出そうとすると、靴に張り付いて離れない。私を再び沈めようとしがみついてくる。

 フィディオが部屋から出ていったあとも、その作業は続いた。チーン、とデジタル時計が二度ほど鳴る。もう外は夕暮れだ。それほどの時間が経っているのに、手がかりのての字すら掴めない。

 

「これ以上やっても無駄か……」

 

 パタンとパソコンを閉じる。

 あー無駄な時間だった。せっかくの休日が潰れちゃった。そもそもなんであのゲロカスのために私が貴重な時間を浪費せねばならんのだ。こっちは総帥に雇われて以来のまともなバカンスを満喫してるというのに。

 ……遊びにも行かずに練習してることがバカンスなのかだって? バカおっしゃい、最高に素敵な一日になってるに決まってるじゃないか。円堂君ならきっとわかってくれるはずだ。

 ぶつぶつ一人で言ってたらなんか腹立ってきた。とはいえ八つ当たりできそうなブラージたちもここにはいないしなぁ。夕飯のころには帰ってくるだろうけど、それまでまだ時間がある。

 しょうがない。気分転換に散歩でもするか。

 念のために武器を太ももに装備し、宿舎を出る。

 

 宿舎の正面扉の前にはグラウンドが敷かれている。それを横断し、敷地の内外を隔てる門を通り抜ける。

 と同時に、目の前の車道を一つの車が通り過ぎる。

 

 そして、私は自分の目を疑った。

 ありえないものが瞳の奥に映った。

 車ではない。その中にいた人物。

 一瞬。ほんの一瞬だけど、あれほど血眼になって追い詰めた相手なのだ。見間違えるわけがない。

 それはトレードマークの髭が抜け落ち、歯も折れ、見るも無惨な姿をしていたけど、本人だ。

 

 ——私が見た車の中。そこにガルシルドが見えた。

 

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