悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「よしっ」
準備は整った。
愛用のスパイクの紐を固く締め、78を背負ったイナズマジャパンのユニフォームのほこりを落とし、立ち上がる。
隣には同じユニフォームを着たフィディオがいる。
どうやら最近イナズマジャパンとの共闘が多かったから、常に持ち歩いていたようだ。元々オルフェウスも色合いは違うが同じ青色なので、かなり似合ってる。
ミーティングの時間となり、みんなが輪を作るようにして集まる。
「さて、なえ。試合をするにあたって俺たちは敵の情報を知る必要がある。お前が隠していたことを洗いざらい吐いてもらうぞ」
「わかってるって鬼道君。こうなっちゃったら隠し事は無駄だしね。私が知ってる限りのことを話すよ」
その宣言通りに私は知っていることを全て教える。
とはいっても私はそこまでバダップたちに詳しくない。サッカーのヒントになるようなものはないだろう。
しかしその一部の情報を聞いて、みんなが非常に驚く。
「それじゃあ、あいつらは未来人なのか!?」
「なるほど……未来か。それだったら先ほどの未知の技術にも説明がつく」
「それがなんでナエを狙っているんだ?」
こっちが知りたいよ……。
こっから先は全て憶測でしかない。しかし彼らの言動からおそらく当たっていることだろう。
「たぶん、未来の私が何かやらかしたんだと思う。それでどうにもできなくなって、たぶんこの時代に……」
「過去のなえを消せば、未来は改変される、か」
こくりと頷く。
みんなは何も言ってこなかった。
たぶん、未来の私の姿をおぼろげでも想像できちゃっているからだろう。私はつい先日まで悪の組織にいた人間だ。円堂君たちの妨害だっていっぱいしてきた。どうして未来の私が同じような悪人にならないと言えよう。
「……考えても仕方がないことだな。今は目の前の敵に集中しよう」
「そうだ。どんな理由でも、なえは俺たちの仲間だ! 絶対に奪わせはしないぞ! 後のことは後で考えればいい!」
「あはは……すごく後回しにしちゃってるね。……でも、ありがと」
最後の言葉だけは、かき消えてしまいそうなほど小さい声で呟いた。
「ん? なんか言ったか?」
「いーえ、なんでもありませんよー。さ、試合に集中しなくっちゃ!」
「おう! それもそうだな!」
うまく誤魔化せたようだ。
その後はみんなでポジションの確認を行う。とはいっても私たちは何度も共闘した仲だ。お互いの特徴も知ってるし、フォーメーション決めにはさほどかからなかった。
選ばれたのはバランスのいいフォーメーション『ベーシック』。イナズマジャパンの基本フォーメーションだ。
先頭では私と豪炎寺君が切り込み、中盤では鬼道君と不動が状況を支配。そして最後の砦として円堂君が、それぞれメインの動きを担うことになるだろう。
対するオーガ側では、バダップがフォワードの位置にいる。
あの身体能力と蹴りの威力でなんとなくわかってたけど、やっぱりあいつがキャプテン兼エースか。
その位置はちょうど私の目の前であり、私たちは互いに向き合うようにして殺気をぶつけ合う。
「ようやくだ……ようやくこの時がきた。お前に俺たち人類の怒りを見せてやる!」
「気合入ってるね〜。いい笑み浮かべているよ」
「笑み……? そうかもしれない。俺は今この瞬間を楽しみにしている。俺は、お前を殺すためだけに、軍に入ったのだからな!」
「っ、そりゃ叶わぬ夢になっちゃいそうだ。残念」
参ったな。思ったよりバダップの恨みは強かったみたい。
彼の目をどこかで見たことがあるような気がした。今ようやくわかったよ。
こいつは、前の私と同じ目をしている。
ガルシルドに唯一の家族を奪われ、狂った私の目に。
……因果応報なんて言葉が一瞬だけど浮かんだ。
悪はそれを恨むより凶悪な悪によって殺され、その悪もまた別の悪に殺される。この世はそういう循環でできているのかもしれない。
そんな思考を中断するように、私の運命のホイッスルが鳴った。
先攻はイナズマジャパンだ。
豪炎寺君がバックパス。そこから鬼道君がゲームメイクをしようと、周囲を見た時……そこには鬼の形相で迫るバダップがいた。
「邪魔だっ!」
「ぐあぁっ!?」
荒々しいタックルによって鬼道君が倒され、ついでに中盤を一気に抜かれた。
流れがオーガに傾いていく。他の選手たちもバダップに追従するようにジャパンコートに侵入してくる。彼らもまたバダップのような鬼となっている。
「くっ、守備を固めろ! ボールを奪って体勢を立て直す!」
幸いゲーム開始からすぐの出来事だったので、守備のフォーメーションは崩れていない。それに分が悪いとさすがに感じたのか、隣のミストレにパスを出した。
そこを読んでいたかのように、シロウが飛び出す。
「くらえ、『デビルボールV3』!」
「なんだって!? ——がっ!!」
彼が勢いよくボールを蹴ると、それに翼が生え、まるで嘲るようにシロウの周りを飛び回る。
今のは魔界軍団Zの技か! しかも本物よりタチが悪い。なんとボールは彼の視界を振り切ると、死角からひとりでにぶつかってきたのだ。それも執拗に、何度も何度も。
最終的には縦に旋回したボールが、シロウの顎をアッパーカットのように撃ち抜き、彼はグラウンドに倒れた。
「吹雪! くそっ、なんてやつらだ!」
「よそ見してる暇はないぜ、キーパーさんよぉ!」
まずい。シロウが倒れたことで左サイドが手薄になってる。当然ミストレはその穴を突くように攻め込み、コーナーにまでたどり着いた。
ペナルティエリアにはバダップを含め、敵選手が三人も侵入している。そこにミストレは綺麗な弧を描くセンタリングを上げる。
「ここは絶対通さねえ! キャプテンのダチは俺が守る! ——『真空魔V3』!!」
しかし左サイドバックはもう一人いる。
飛鷹がナイフのように鋭い蹴りを繰り出すと、その空間がスパッと割れる。そこから溢れ出した真空がボールを吸い込み、センタリングを阻止することに成功した。
さすが響木監督が見出しただけのことはある。あれでちょっと前までは素人だったなんて考えられないよ。
しかし本人の実力が高くても、やはりまだ経験値が足りない。急いでクリアのためにボールを打ち上げようとすると、突如バダップがものすごい速度で彼に飛びかかる。
「豪炎寺さん! ……なっ!?」
「ふっ……!」
そして勢いよく放たれたボールはバダップのお腹に吸い込まれるようにしてめり込み、しかし彼は表情を崩さない。
「エスカバ!」
ボールはエスカバに渡る。
まずい、ペナルティエリア内でボールを奪われるのは最大のタブーだ。ここはどこから撃ってもシュートの威力が減衰することはない。すなわちどこからでも、瞬時に撃てる距離だということ。
エスカバが勢いよく両手を広げると、その左右の地面から正方形の赤いボックスが複数展開される。その表面は瞬時に上にスライドし、中から大砲の弾のようなものが見えた。
そしてその表現は決して間違っていなかっただろう。
「『デスレイン』!!」
本物のボールが蹴られると同時に、数十の赤いボックスから赤いエネルギー弾が発射された。それは雨のごとくゴールに降り注ぎ、円堂君に迫る。
すごい……セインとデスタのシャドウ・レイにも匹敵する威力だ。
でも円堂君だって日々進化しているのだ。
彼の背からオーラが立ち上り、それは赤マントをつけた魔神へと姿を変えていく。
「『ゴッドキャッチ』!!」
稲妻を纏った魔神の両手が、盾のようにゴール前に突き出される。
そこにシュートの雨が殺到。砂埃が巻き上がる。
だけど晴れた時、見えたのはまったく無傷の手だった。
「……やるなっ!」
「ちっ、時代が違うとはいえ、腐っても日本代表ってことかよ」
あの強烈なシュートをこうもあっさりと。
これがFF開始前は弱小サッカー部のキャプテンだったのだから、何が化けるかわからないものだ。
今の彼は、もう弱小なんかじゃない。間違いなく世界の頂に近いキーパーの一人となっている。
「吹雪!」
投げられたボールが、シロウに渡る。
「任せて、キャプテン!」
まさに風の如き速さ。
ディフェンスのはずの彼は、敵の防御陣に風穴を空けるように、ドンドン突き進んでいく。
「『真パワーチャージ』!」
「ふふっ、風になろうよ」
まさに鬼のような見た目の巨漢が、ものすごい勢いのタックルを繰り出してくる。しかしシロウはまるでスケートのようにトリプルアクセルを決めながら、その一撃をいなしてみせる。
そしてパスがフィディオに出される。
彼がボールを持つと、それだけで周囲の雰囲気が変わる。放たれるプレッシャーが空気を重くする。その鋭い目と合わされば、並みのプレイヤーでは呼吸すらできないであろう。それほどの圧迫感が今のフィールドにはあった。
「悪いね。俺の大切な人が命をかけている。だから、この試合だけは、負けるわけにはいかないんだ!」
「っ、はやっ……なっ!?」
一瞬。またたきの間に白い流星が走った。
それはオーガの選手たちですら追いつけないほどのスピードで、どんどんゴールへと迫っていく。
「ゲボボッ!」
額に+の文字を刻んだ、小鬼のようなディフェンスが最終ディフェンスラインに立ちはだかる。その足からは紫色の炎が噴き出しており、フィディオはそれと同じものをよく知っていた。
『デーモンカットV 3』。
足を振り抜く。一瞬間が空き、次の瞬間に正面の地面が燃え盛った。
紫色の炎は弧状に噴き出し、その中に囚われていれば有無を言わさず体を焼かれていただろう。
——そう、囚われていたならば。
「ゲ、ゲボボッ!?」
「俺はナエと同じチームなんだ。その技は効かないよ」
フィディオは必殺技が放たれる直前、さらに踏み込んで加速し、炎の壁の
いくら頑丈な城壁も、内部に入ればないも同然。私と何回も特訓して、体でタイミングを覚えてたからこそできた突破法だ。
小鬼を抜ければ、最後に残るはいよいよキーパーのみ。
さっきのが小鬼だとすれば、こいつは立派な鬼だ。
巨大すぎるあまり、口から飛び出した犬歯。厚着なはずのキーパーのユニフォームでさえ、隠しきれないほどの筋肉で覆われた巨体。ゆうに二メートルはあるだろう。その片目にはゴーグルが斜めにかけられ、まるで額にもう一つ目があるようだ。
しかしフィディオが怯むことはない。今日の彼がそれ以上の気迫を放出しているからだ。
その足元が黄金に光り輝き、魔法陣が展開される。
そこから放たれるは、伝家の宝刀。
「『真、オーディンソード』ォォッ!!」
神すら射殺せそうなほどの剣が、ゴールに向かって飛び出した。
すごい。今まで見た中で一番の威力だ。
だけど……。
視線をゴールに向ける。そこにいたキーパーは、円堂君にも迫りそうなほどの、青白い雷を右手から発生させていた。そこから感じられるエネルギーは、オーディンソードにも負けてはいない。
「『真ニードルハンマー』!!」
キーパーはまるで棍棒でも振るうかのように拳を振るい、槌と剣が激突する。
黄金の光と青白い電気があちこちに飛び散る。ゴール中央は目を刺すような光に包まれていて、とても直視できない。
数秒間の競り合い。
しかし徐々に、徐々にキーパーの方が後ずさりをしていく。
「うっ、ウォォォァァァアアッ!!」
もはや決まったか、と思われたところで、キーパーが最後の意地を見せた。
すなわちボールに接触しながらも、強引に拳をアッパーを繰り出す体勢に切り替えて、上方向へ必殺技を放ったのだ。
オーディンソードはコースを逸らされ、斜め上に向かって突き進んでいく。その先にあるのは、バーだ。
ゴォォォォウンッ!! とゴールが揺れる。それは敵のキーパーが起こした奇跡か。ボールは天高く打ち上がり、ゴールに入ることはなくなったのだ。
——私がいなかったら、だったけど。
地に片手をつき、体中のバネを弾くように跳躍。
ボールは地上からは豆粒ほどにしか見えない。しかし私はそれに追いつくことができるという確信があった。そしてそれは実際正しかった。
やっぱり、超能力が覚醒したことで身体能力も相当上がっている。前までの私だったら絶対ここまで跳べなかった。
下から私に迫ってくる気配を感知。
あれはバダップだ。どうやら彼は今の私と同等の身体能力を持ってるらしい。化け物め。
しかしだ。ジャンプ中というのは、実は非常に無防備なのだ。地面に足がついてないから身動き取れなくなってしまう。
つまりだ。
にこりと微笑み、かかと落としをボールに叩き込む。
「っ、くそ!」
真下に弾丸が放たれる。さしものバダップにもこれを回避する方法はなかったようで、まるでハエ叩きで叩かれたみたいにバランスを崩し、落ちていった。
これで邪魔する者はいない。あとはシュートだけだ。
そして、今ならあの技も使えるような気がした。
超能力を使い、私を縛り付けていた重力の鎖を断ち切る。
飛行はいろいろコントロールが難しいみたいだからやってないけど、浮遊くらいなら今の私でも簡単だ。実際試合前にもやってるしね。
意識を集中させ、エネルギーをボールに注ぎ込む。
その色はまるでオーロラのようだ。赤、青、緑、他にもさまざまな色が光っては消え、浮かんでは沈む。やがてそれらは月の形を成し、見下ろす大地をあまねく照らす。
「『ミラクルムーン』」
同じ色の輝かしい翼を生やし、回転。巻き上がった神風とともに——蹴りをくだす。
そして月が隕石のごとく落下する。
「ハイボル——ッ!?」
キーパーが何やら必殺技を出そうとするも、無意味。発動する前に月は彼に直撃し、ゴールを飲み込んだ。
瞬間、光が世界に満ちる。ゴール前が見えなくなるほどの輝かしさ。それが晴れた時には——傷だらけのキーパーと、ゴール内で転がるボールがあった。
……よし! うまくいった!
ぶっつけ本番でもいけるものだね。なんて軽口を叩こうとして振り返り、気づく。
みんなが、唖然としていた。
誰も喋ろうともしない。いや、まるで口がしゃべる機能を忘れたみたいに、動く気配がなかったのだ。しかしその目だけはジッと、突き刺すように私を見つめている。
それに若干の寒気を覚える。何が怖いのかはよくわからない。ただただ、そんなふうに見られるのが嫌だった。
「す、げぇ……すげえぜなえ!」
「完成させていたんだな!」
そんな中、円堂君とフィディオだけは真っ先に私のところに駆けつけてくれた。私の心に吹いていた冷風も、ふと収まる。みんなもハッとしたあと、得点を得たことを思い出したかのように、見るからに喜んだ。
「さ、さすがなえさんッス! あんな強い奴らから、あっさり一点取っちゃうなんて!」
「やれやれ。これは同じストライカーとして負けていられないな。ね、豪炎寺君」
「……ああ」
……うん、さっき感じた冷たさはきっと気のせいだ。長年人の裏を読む仕事ばっかりしてきた私だからこそ、彼らが本気で喜んでいるのがわかる。だからあれは錯覚に違いない。
……そう、心の中で言い聞かせる。
一方オーガはお通夜みたいな雰囲気……どころか、火山が噴火したような憤怒で顔を歪ませていた。
特にバダップは怖い。目だけで人を殺せそうな顔をしちゃってる。
「おのれ、せめてFF辺りの時代に戻れたら……!」
あ、たしかにその手があったか。
あいつら、私みたいなどこぞの戦闘民族思想を持ってないみたいだし、普通タイムスリップするんだったら確実に勝てる時代に飛ぶよね。どうしてそうしなかったんだろ?
……なんて聞いてみたら、罵声を浴びせられた。
「諸悪の根源が抜け抜けと……お前のせいでこの時代に来たんだろうが!」
いや、知らんて。
彼らの言い分はこうだ。
本当はFFが開催される時期に飛ぶ予定だったそうで、しかし事件が発生。タイムスリップをする際に通るワームホールに結界が張られており、この時代より前に遡ることができなくなっていたのだ。そしてそれを張った犯人というのが、未来の私らしい。
……未来の私すごっ。超能力に覚醒した今でも、そんなのできる気がしないんだけど。そりゃ暗殺のターゲットにされるわな。
そうものすごく睨まれながら説明される。
しかし突如、彼はそれをやめた。耳にある機械に手を当て、そこに意識を向けている。
また通信か……。まああれは彼らにとって監督のようなものだ。機械をグラウンドに持ち込まれるのはあまり好きではないけど、指示を出すだけならサッカーのルールに違反はない。
『オーガよ。やはり今のお前たちでは勝ち目が薄い。ゆえに命令する。『鬼便神毒』を使え』
「っ、しかしそれは元々奴が開発した……!」
『もはやそれ以外に手段はない』
「……っ、了解……!」
『……お前たちの忠誠、賞賛に値する。今までご苦労だったな』
「いえ……全ては国の未来のためにっ!」
……なんだろ? なにか嫌な予感がする。
バダップは何かを聞いて目を見開いたあと、こちらにも血が流れそうなほど強く歯ぎしりをしながら、そう言った。
その目は何かの覚悟を決めた目をしている。さっきまでは死を覚悟する戦士といった雰囲気だったが、今のはまた違う。さっきよりも強烈なオーラと覚悟を感じる。
これじゃあまるで……戦場に飛び込む死兵じゃないか。
バダップは喉が張り裂けそうなほど大きな声で、叫ぶ。
「オーガ総員、命令だ! 『鬼便神毒』を使用せよ!」
『ハッ!』
その命令を聞いた彼らに、迷いはなかった。
耳の機械が二つに割れる。中から出てきたのは怪しげなピンク色の液体。だけど、なぜだか見覚えがある気がする。あれは未来で作られたもののはずなのに。
記憶を遡ろうとするが、状況がそれを許さない。彼らは注射器を手に取ると——それを躊躇なく心臓に突き刺した。
闇なえ「おっ、未来でタイムスリップしようとしてるやついるじゃん。妨害してちょうどいい試合になる時代に送ってあげよ」
たぶんこんな感じのノリ。