悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:キメラテックパチスロ屋

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デスブレイク

 新たな必殺技『グランドクロス』。それはザゴメルを打ち破り、流れを私たちに引き戻した。

 そういえば、フィデオと二人っきりの必殺技はこれが初めてだ。

 そう意識するとなんだか気恥ずかしく感じるな。

 まあフィデオはそんなこと気にしてないようだけど。この鈍感野郎め。

 私たちのハイタッチが高く響いた。

 

 だけど、いいことばかりじゃない。

 この一点を引き入れるために犠牲にしたこともある。

 私たちはフィールドで足を押さえながら横たわっている不動のもとへ駆け寄る。

 

「ちっ……ジロジロ見んじゃねえよ」

 

 鬼道君がいち早く手を差し出す。

 

「立てるか?」

「いらねーよ。こんなの唾つけときゃなお……ぐぅっ!」

「ああもう、動いちゃダメだよバカじゃないの!?」

「一言余計だクソ女……っ」

 

 抵抗する彼をみんなに押さえつけさせる。

 診療は私がすることになった。今はマネージャーちゃんたちがいないからね。次に手慣れてる私にお鉢が回ってきた。

 靴を脱がさせ、ソックスを剥ぎ取る。

 まず目に映ったのは、粉々に砕けているレガース。あらゆる衝撃に耐えられるよう設計された強化プラスチックがこうも易々と壊れるなんて……。

 そして破片を取り除き、見えたのは拳ほど大きく腫れた、青い肌だった。

 

「これは……!」

 

 あまりの酷さに円堂君が戦慄する。

 サッカーを長年やってきてても、ここまでのものは見たことがないだろう。

 明らかに骨が折れている。歪んだ部分が肌を圧迫し、内側から今にも突き出てしまいそうだ。

 想像を絶する痛みだろう。それを悲鳴もあげず、精神力だけで抑えこんでるのはさすがとしか言いようがない。

 だけど、これじゃあ試合に復帰することはできない。

 

「待ってて。今すぐ治すから」

 

 エネルギーを宿した手を当てようとする。

 しかし、逆に腕を掴まれて静止されてしまった。

 

「……いや、いい。テメェのそのオカルトパワーは相当体力を消耗するはずだ。だったら使うのは今じゃねえ」

「でも、それじゃあ不動が……」

「うっせえ! いいか、今あいつらから点を取れるのはお前しかいねえ! 俺は足手まといになるのだけはゴメンなんだよ!」

 

 理屈ではわかってる。

 不動の方が正しい。

 でも、私はついさっき仲間の大切さを思い出したばっかなんだ。見捨てられるわけないじゃん!

 

 逡巡する私の肩に、そっとフィディオが手を置いた。

 

「……フドウの言う通りにしよう」

「でも……!」

「彼の覚悟は本物だ。たぶん何を言っても止まらない」

 

 そんなの知ってる。

 不動は人一倍頑固だ。人の言葉一つで変わるのなら、ここまで私とこじれていない。

 

「これは見捨てるんじゃない。意志を引き継いでいるんだ。わかるね?」

「……うん」

「けっ、メソメソしやがって。らしくねえな。俺に情でも湧いたか? 言っとくが、俺はテメェが大っ嫌いだぜ」

 

 ムカッ。

 

「……嫌いにさせてくれてありがとう。おかげで治療する気が失せたよ」

「あん? 何言ってんだ? 試合終わったら治せよ。FFI出れなかったら困るだろうが」

「誰が治すもんか、バーカ!」

 

 結局、ベンチにたどり着くまでの間、ずっと私たちは罵倒のドッジボールをし続けた。

 まあそのおかげか不動を治療しなかったことに対する罪悪感は皆無になってた。

 これもあいつの思い通りなのかな? いや、たぶんそんなことはないだろう。

 

 代わりに入ってきたのは虎丸。

 鬼道君によると実は彼、キーパー以外ならどこでもできるという幅広い選手とのこと。それで代わりにミッドに入れられてた。

 イナズマジャパンは元々ミッドが少ないからね。純粋なミッドは鬼道君と不動しかいない。

 若干響木監督の選出に疑問を持ったが、それで勝って来れてるのだから間違いはないのだろう。

 サッカーは結果が全てなのだ。

 

 ……さて。

 そろそろ私に向かって投げられてる殺気の対処でもしようか。

 

「白兎屋なえぇ……っ!」

 

 センターラインの向こう側。

 バダップたち一同は、全員がレーザーみたいに射殺せそうなほどの目線を私に集中砲火していた。

 うん、超怖い。

 なので不動のところに行ったりして、気がつかないふりをしてたんだけど……まあ無理あるよね。

 

 ボールをセンターサークルに置いて、一呼吸。

 そして試合開始のホイッスルが鳴り——

 

『ハァァァッ!!』

 

 ——続いて二回、また鳴った。

 

『っ……!』

 

 私とバダップの足が、ボールに触れる直前に停止。

 その振りだけで暴風が吹き荒れる。

 しかしボールはその中でも静かにたたずんでいる。

 

 ハーフタイムか。

 ちょうどよかった。そろそろ私もみんなも限界が近づいてきていたのだ。休めるならそれに越したことはない。

 バダップは忌々しげに掲示板を睨みつけ、ベンチに戻っていく。

 

 ……オーガ陣営も汗がすごい。

 まさしく滝といった表現が似合うほど、その肌からは汗が流れている。

 それに試合中はあんなに激しい動きをしてたのに、その足元はどこかおぼついていない。

 鬼便神毒の影響だろうか?

 あんな神のアクアがかすむほどの代物を使って体が無事なわけがない。

 死亡までのタイムリミットは105分って言ってたけど、ガタが来るのはそれよりも早そうだ。

 

 ベンチに戻ってまずしたことは、円堂君の手当てだった。

 

「っ、冷て〜!」

「ほら我慢して。そんなに手が焦げてるんだもん。まずは冷やさなきゃ」

 

 コールドスプレーをぶっかけて、包帯を巻く。

 しょせん応急手当てだけど、何もしないよりはマシだろう。

 超能力だったら完治させられるんだけど、力の残量もあまりないのが感覚的にわかる。だから今はダメなのだ。

 

 他のみんなも応急手当ての道具を使って、各々が自身を治療している。

 ボロボロだ。味方も敵も。

 おそらく延長戦はもう体が持たないだろう。次の後半で決めるしかない。

 みんなもおそらくそれをわかっている。

 だから点数では勝っているのに、誰も楽観的な表情をしていない。

 

「ナエ……」

 

 フィディオが話しかけて来る。

 

「君は俺が守る。絶対に死なせやしない」

「……みんなの前でよくそんなクサイセリフ言えるね」

「あ、ご、ごめん!」

 

 おいコラみんな、何見てるんですか?

 特に不動! ニヤニヤすんのやめろ! ぶっ殺すぞ!

 唯一円堂君はわかってなさそうで助かった。

 やっぱキャプテンは格が違った。

 

「言っとくけど、私は誰かに守られるだけのか弱いお姫様はゴメンだよ。私の運命は、私の足で切り開く」

「はは、そうだね。君はそういうと思ったよ」

 

 ホイッスルの音が聞こえた。

 どうやらもう試合再開のようだ。

 私たちがグラウンドに向かおうとすると、パンっと円堂君が手を叩いた。

 みんなの目線が集中する。

 

「よし、みんな! 円陣組むぞ!」

「え、円堂、いったい何を……」

 

 いつも通りだけど突然過ぎるでしょ。

 豪炎寺君が呆れ顔で頭をかくが、彼は聞く耳持たない。ニッと笑って強引に豪炎寺君の肩に腕を回す。

 

「敵は確かに強い! だけど、俺たちは今まで強い敵と何回も戦って、勝ってきた! そりゃ絶望した時もあったかもしれない。だけど最終的に、俺たちは勝って乗り越えてこれた! それはお前たち仲間がいたからだ!」

 

 彼の言葉に吸い込まれるように、私は記憶の奔流の中に飲まれていく。

 

 最初の出会いは、あの草も敷かれていない砂の上のグラウンドだった。

 あの時の円堂君は本当に弱くて。

 でも諦めない精神がゴッドハンドを生み出し、試合を覆した。

 

 そして世宇子戦。

 彼はとうとう私を追い抜いてみせた。

 誰にも止められたことがなかった全力のシュートを、全力の一撃をもって粉砕してみせた。

 

 それから旅もしたっけなぁ。

 真帝国として円堂君と戦ったり、その後一緒に共闘したり。

 その縁は今ここでも、ずっと生きている。

 

 そして世界の舞台で私は出会った。

 初めて愛していると言える人に。

 フィディオは私と総帥をを闇の中から救い出してくれた。

 今こうして私が光を浴びられるのも、彼のおかげだ。

 

 ——流れる。流れる。

 

 ——ボールに触れた時から、今に至るまで。

 

 ——その全てが私の大切な宝物。

 

 

「だから今回も俺たちは勝つ! 俺たちの友情の力で! これは、そのための円陣だ!」

 

 円堂君の声がビリビリと心を揺さぶる。

 それは彼の本心がそのまま伝わって来るからだろうか。

 戸惑う人はもういなかった。

 全員がほおを緩めて頷く。

 

「よし、やろう!」

「わかったわかった! 腕引っ張らなくても大丈夫だって!」

 

 フィディオを引き連れたまま、円堂君の首に腕をかける。

 それを皮切りにどんどんみんなが肩を組んでいく。フィールドの十一人だけじゃない。ベンチのみんなも。あの不動ですら顔では嫌がってるが、鬼道君と組んでいる。

 私たちは鎖の輪のごとく、固く繋がった。

 

 スゥゥゥッ。と円堂君が空気を吸い込む音が聞こえる。

 そして、落雷が落ちる。

 

「絶対勝つぞッ!」

『おうっ!!』

 

 シンプルな言葉。

 だけどそれが、心まで私たちを繋げたのを感じた。

 

 コートを交代して、各自己のポジションに着いていく。

 目の前のバダップを見つめる。

 憎悪に満ちた顔だ。

 目は血のように赤く塗り潰され、人間じゃないみたい。

 薬の影響か、理性も削れてきているらしく、その雰囲気はどちらかと言うと獣に似てきている。

 だけどその目だけは輝きを失っていない。

 絶対に私を殺すと叫んでいる。

 

 ……呑まれたりするもんか。

 泣いても笑ってもこれが最後。

 全力を、尽くすだけだ。

 

 後半はオーガから。

 たぶんバダップは、さっきみたいに一直線に突っ込んでくる。

 その時の準備はできていた。

 ちらりと視線を後ろに向ける。

 虎丸、鬼道君が気づかれないぐらいの小ささで頷く。

 バダップが来たら、まず私が真正面から押さえて、その隙に二人が私の背中を支える。そして逆に跳ね返して、強引にボールを奪う。

 いかにバダップと言えども、私+二人を相手するには無理があるに違いない。

 

 そしてホイッスルが鳴り——バダップがヒールでボールを後ろに蹴った。

 

「なにっ!?」

「必殺タクティクス——『エンペラーロード』!!」

 

 今までと違う攻め方……。

 どうやらあんな正気を感じられない目をしていても、理性はちゃんと残っているようだ。

 たぶん、私たちの作戦も筒抜けだったのだろう。

 

 急いでバダップに接近しようとする。

 しかし急にオーガの選手が背を向けて壁のように立ちはだかった。

 

 ぐっ、邪魔!

 左右にゆらゆらと揺れてフェイントをしかけ、なんとか相手を欺こうとする。しかし敵はどちらにも釣られてくれなかった。それどころか、フェイントを無視するかのように背中を私の体に押し当て、身動きを潰してきた。

 左右に揺れると言っても、それは上半身だけの話で、下半身は動いていない。そこを突かれたのだ。

 そのまま道端の岩をどかすように、力づくでフィールドの端っこまで押されてしまう。

 

 見ればみんなも同じように背中を押し当てられ、動きを封じられている。

 飛鷹なんかは強引に脱出しようとしてるけど、身体能力はあっちの方が上だ。逆に押されて、ペナルティエリアから遠ざけられていった。

 その結果、バダップの向きから一直線に道ができる。

 それはまさに王の道。

 誰にも立ち入ることは許されない、高潔なる道。

 

「もはや手段は選ばん! 円堂守! 死にたくなかったらゴールを去れ!」

「絶対に嫌だ!」

 

 蹴り上げたボールを追って、バダップが宙を跳ぶ。

 脳裏にデススピアーの言葉が浮かび上がる。が、それは間違いみたいだ。

 バダップに追従するように、さらに二つの影が空に出現したのだ。

 その名はミストレとエスカバ。

 

 まさか……三人で……!

 ゾッと悪寒が走った。

 ボールに集中していく、赤黒いエネルギーに本能が悲鳴を上げる。

 

 バダップは円堂君を一蹴するように叫んだ。

 

「ならば死ね! これがオーガの、俺たちの最後の希望——『デスブレイク』だ!」

 

 三人のオーラでコーティングされたボールは、ひと回りほど大きくなって赤黒く染まっていた。

 そこからハリセンボンのように全方位からスパイクが生える。

 見るからに痛々しいそれを、三人はYを描くようにして蹴った。

 

「「「『デスブレイク』!!」」」

 

 回転をかけられたボールが地面にぶつかる。

 途端に、膨張したかのように巨大化。それは明らかにゴールに収まりきらないほどのサイズだ。

 さらに回転するスパイクが空気や周囲の地面を切り裂きながら、赤黒い竜巻を発生させた。

 まさに天変地異。

 エンペラーロードから抜け出し、ゴール前に私たちは飛び出す。しかし何かをする前に宙に浮かされ、カマイタチで全身を切り刻まれながら、まるで虫ケラのようにあっけなく吹き飛ばされていった。

 

「『ゴッドキャ……ッ!!」

 

 いつもは頼りになる雷神も、この時ばかりは無力だった。

 振り抜かれた両手は一瞬で串刺しになり、そのまま雷神の胴体に穴が空く。

 そしてボールは円堂君に迫り——ゴールが赤黒い竜巻で包まれた。

 

「円堂君っ!」

 

 返答はない。

 それでも無事を確認したくて、必死に竜巻を見つめる。

 その中で私はあり得ないものを発見してしまった。

 白く、角張った金属部品。それが何本も風にさらわれ、竜巻の中で踊っている。

 

 そう、私は嵐の中に、バラバラになったゴールを見た。




 最近暑くて仕方がない……。

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