悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
『ジ・アース
幻想的な光景。
しかしそれに目を奪われている場合ではない。
さっきのレーザーの影響か、スタジアム中にバリバリとヒビが入ってきたからだ。そしてそれはドンドン大きくなっていく。
……あれ、これもしかしてヤバくね?
そんな私の疑問は、真上からガレキが降ってきたことで大正解だったようだ。
「にょわぁぁぁ!? あぶなっ!」
間一髪! 飛び込みきりもみジャンピングのおかげで命拾いした。
地面にぶつかって粉々になったガレキが粒子となって空気に溶ける。
これ、シャレにならないくらいやばいわ。
まずオーガスタジアムは全方位が壁に囲われている。唯一の脱出口は出入り口の一箇所のみ。でもここからはかなり距離があります。
んで最後に、そもそも私たちには走る体力がもうありません。
「……うん、オワタ」
「諦めんなよぉ!」
円堂君。太陽みたいに熱くなってるとこ悪いんですけど、それ地面にうつ伏せになりながら言うセリフじゃないんですわ。
腕をパタパタさせながら「どうしてそこで諦めるんだ!」とか「もっと熱くなれよ!」とか聞こえてくるけど、無視しとこう。
他に動ける人は……ダメですねこりゃ。
どうやらあのジ・アースでエネルギーを根こそぎ吸い取られたらしく、もはや立ってる人さえ少ない状況だった。
あっ……。
「もぎゃっ!」
のわー! 顔面がー!
言ってる側から体に力が入らなくなり、バッタンと前に倒れてしまった。
右腕確認! 動きません!
……ダメだこりゃ。
「も、もうダメっスー!」
「ついに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思わざりしを」
「ラーメンと! 餃子ミカンあんパンと! ポテチいっぱい食べたかったッスー!」
「おお、惜しい。あともうちょっとで五七五七七だったのに」
「辞世の句なんて読んでる場合かーっ!」
鬼道君の怒号とともに、とうとう頭上の天井が落ちてきた。
おいぃ!? 絶対今叫んだせいでしょこれ!
ふざけるな! ふざけるな! バカやろー!
そんな心の絶叫とともに、私の視界は黒い影に覆い尽くされ……。
……ん? 何も起きないね?
てっきりぷっちんプリンレベルでプチリと潰されるかと思ったんだけど。
右腕確認! 動きま……動きます!
どうやら多少力が回復してきたらしい。
ゆっくりと目を開ける。
そこは、雑草だらけでボロボロなサッカーグラウンドだった。
「ここは……転移する前の……」
「ぬわー! ぎゃー! どひー!」
「壁山うるさい」
「もごふっ!?」
いったいいつまで叫んどるんだこいつは。
適当に鳩尾殴ったら黙った。
みんなも死んでないことにようやく気づき、一人、また一人と立ち上がってくる。中にはまだふらついている人もいるけど全員無事みたいだ。
……訂正。壁山がなぜかお腹を押さえて倒れていた。
誰がやったんでしょうねぇ。
「帰って……きたのか……?」
ポツリと鬼道君が漏らす。
「てことは……勝った! 勝ったんだぁぁ!!」
円堂君の勝利宣言とともに、それぞれが歓喜の雄叫びをあげた。
普段はクールな豪炎寺君や鬼道君も、フッと静かに笑い、パァン! とハイタッチする。声は出てないけど、花火みたいな大音量は、それだけ彼らの感情がうかがい知れる。
そして私とフィディオは……。
「やった! やったぞナエ! 俺たち勝ったんだっ!」
「っギャァァッ! 抱きつくな近い近い!」
「ぶべらっ!?」
あ……反射的に殴っちゃった。
い、いやでもこれはフィディオが悪いよね。唐突にその……だ、抱き締めるなんて! いい匂いした……じゃなくて、恥ずいわ!
「あ、なえちゃん顔真っ赤だよ?」
「うるさいシロウ!」
「ほらほら、せっかく君の王子様が来たんだから優しくしてあげないと」
「天誅!」
「ぐはっ!」
脳天にチョップをキメると、シロウが真後ろにバタンと倒れた。
お、おう、白目むいてるんだけど……。
お、俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!
そう、からかったこいつが悪いのだ。まったく、少し前まで根暗だったのに嫌な進化しやがって。
とまあこんな感じで、みんな大はしゃぎだ。
それほどまでに苦しい戦いだった。
正直勝てたのが奇跡なくらい。
……いや、奇跡ってのは起こすものだったか。
円堂君の諦めない心が奇跡を起こした。そう私は考えている。
「はっ……ぐぅ……っ!」
「……バダップ」
だからすっかり忘れていた。こいつらがいたことを。
バダップたちは苦しそうにうめき声をあげるだけで、立ち上がることはなかった。全員が全員倒れている。中にはピクリとも動かず、目を閉じている者もいる。
円堂君が彼らに駆け寄る。
「バダップ、大丈夫か!?」
「フンッ……言った……だろう……。鬼便神毒は神の毒……飲んだものは105分後に息絶えると……ゴハッ!」
「バダップ!」
彼の口から赤黒い血が溢れた。
地面に小さな水溜まりができる。
明らかに異常な吐血量だった。
見れば他のオーガのメンバーも同じように血を吐き、痙攣している。
「お前たちはどうしてそこまで……?」
「未来を救うためだ」
バダップは静かに天を仰ぎ見る。
そこにもう覇気は感じられない。あるのは枯れ木のような、吹けば折れてしまいそうなオーラのみ。
その目は憎しみの光すら灯しておらず、どこか虚だった。
いや、焦点が合っていない。
……失明、している。
バダップは絞り出しように、未来の出来事を語り始める。
「俺たちの未来は地獄だった。サッカー狂ウイルスなんてものが世界中にばら撒かれ、経済は大混乱。誰も働かずに狂ったようにサッカーを始めたことで街は荒れ果て、食うものすら困る有様だ。そして俺の父と母も突然仕事を辞め、狂気のままにサッカーをし出し、プレイ中の過激な事故で死んでいった。そんな出来事が毎日のように起きていた」
「それは……酷いな」
ロクなものではないとは思ってたけど、まさかそこまで酷くなってたとは。
「不幸中の幸いだったのは、俺たちが子どものころにウイルスをばら撒き、世界を支配していた人物が死亡したことだった。やつは肉体改造で体を若いままに保っていたせいで寿命が短くなっていた。だが、やつが死んでも壊れた世界は戻らない。俺たちの時代では発病した者も含めて、生きた人間は数億人程度しか残ってはいなかった」
「そしてそのばら撒いた本人ってやつが——」
「——私、ってことだね」
みんなが息を呑むのが聞こえる。
けど、私自身はそれほど驚いてはいなかった。
だって私、もともと危険思想の犯罪者だもの。そんな酷いことしないなんて言えるわけがない。
フィディオが反論しようと口を開こうとする。
しかし私は首を横に振ってそれを止める。
庇おうとしてくれるのは嬉しいけど、事実未来では私が暴れているんだもの。言い逃れはできないよ。
それは彼もわかっているのか、悔しそうに拳を握る。しかしせめてもっと情報をもらおうと、バダップに質問する。
「で、でもナエはどうしてそんなことを……」
「知らん。サッカー界を追放された復讐だとか、最強のチームと戦いたかっただとか、噂はいろいろある。だが真相は本人しか知らない」
みんなが私を見てくる。
いや知らんて。未来の私のことなんか。
でもまあ、どっちもあり得なくはない。
サッカー界を追放されれば私は怒り狂うだろうし、もっと強い敵と戦いたいって願望なら今でもくすぶっている。
「だから俺たちは国によって送り込まれた。お前を抹殺し国を、世界を……そして俺たちの家族を救うために。だが……もう終わりだ。俺たちのやってきたことは無駄だった」
バダップは顔を伏せる。
くぐもった、だが怒りや悲しみなんかの負の感情を押し込めたかのような、悲痛な嗚咽が聞こえてきた。
それを黙って私たちは見下ろしている。
可哀想。
そうみんなと同じように思ってしまいたかった。
だけど私にだけはそれは許されない。
そんなことをしたら毒を飲んでまで戦った彼らの思いに泥を塗ってしまう。その行動を無価値にしてしまう。
自分たちがやってきたことは無駄だった。
そんな虚しい思いを抱えたまま死んでほしくなかった。
こんなにも素晴らしいプレイをできる人間が無価値なわけがない。
だけど私には、何も……。
「終わりじゃないぜ」
「え……?」
円堂君はバダップの濡れた手を握った。
もはや握り返すこともできないのだろう。力が抜けたそれを、しかし跡が残るほど強く思いを込めて握りしめている。
バダップは顔を円堂君のほうへ上げる。
「だって、お前たちが来てくれたおかげで、未来のなえがそんなふうになることを知れたんだ。なら、止められるさ」
「……無理だ。お前たちではやつには勝てない。実際未来のお前もサッカーで殺されている」
「戦うだけが全てじゃないだろ? なえだってそんなことしたいだなんて思ってないはずさ。な?」
「未来がどうかはわからないけど……今の私は、そんなことしたいだなんてかけらも思ってないよ」
それが私の本心だ。
円堂君や大勢の人たちを殺したいだなんて思ってるはずがない。そりゃ未来では考え方が歪んじゃうのかもしれないけど……それでも絶対そんなことしたくない。
「今のなえはサッカーが大好きなただのプレイヤーだ。なら、これが変わらないように俺たちが支えてやればいい」
「……本当にそんなことが、できるのか……?」
その声には少し力が戻っていた。
まるでわずかな希望を見出したかのように。
そして私の心も彼の言葉によって救われていた。
そうか……今の私のままでいたのなら未来での悲劇は起きないんだ。
考えれば当たり前のこと。
でも申し訳なさでいっぱいだった私の頭には、それが青天の霹靂のような言葉に思えた。
この選手たちに何もしてあげられないと思っていた。
だけど、こんな私でもできることがあるんだ。
心に光が差し込んでいく。
私は心の中で誓った。
絶対に私は私のままであり続けると。
彼らの未来を守ってみせることを。
そしてもう一人、同じことを思ってる人がいたみたい。
「ちょっといいかい? 俺、君たちに誓いたいんだ」
フィディオはそう言って、彼の前に膝をつく。
彼の目はまっすぐだった。
まるで何かを決心したかのよう。
一瞬こちらを見て、顔を赤らめたが、それでもその瞳に揺らぎは感じられない。
そして彼は、この後の私の人生を変えるようなことを言ってのけた。
「——俺は絶対にナエを守ってみせる。いつどんな時でもずっとそばにいて、彼女を支えてみせる。だから、安心して休んでくれ」
『……は?』
……は?
……待て待て。その言葉の意味って、もしかして……!
顔が発火したかのように熱くなったのを感じた。
心臓が今までにないほど脈打つ。お腹はキュッとして、思わず私は両手で目を塞いでしまった。
し、鎮まれ! 鎮まるんだ! 今なら何かの間違いって可能性も……!
指の隙間から彼と目が合う。
彼は気恥ずかしそうに目を逸らした。
にゃぁぁぁっ!?
これってまさか本当に……!
「こ、これからもよろしくお願いします!」
「……うん、よろしく」
今も恥ずかしすぎて直視できない。
それでも片手をゆっくりとはずし、差し出された手を、そっと握った。
「ひゅーひゅー! おめでとうッス!」
「なえちゃん、真っ赤になっちゃって可愛い〜」
「おい、どうでもいいからさっさと俺の足治せよ」
「ふっ、めでたいことだな。まさかあのなえに……くっ……!」
「き、鬼道……泣いてるのか?」
「いや感動のシーン台無しなんですけど!?」
茶化すなバカもん! ああ、フィディオがしゅーちしんに耐え切れなくなって逃げ出しちゃった!
ちょっ、おまっ、せっかくいい雰囲気だったのに! 君たちのせいだぞ!
というか一人KYなやついなかった!? 具体的にはトサカバナナの人。
あと鬼道君は感涙すな! お父さんかお前は!
「ハーッ! ハーッ! ハーッ!」
「……とまあこんな感じで笑い合えれば、きっと未来も変えられるさ」
「そうだな……そうかもしれん……ゴホッ!」
「バダップ!?」
急いで彼の元に駆け寄る。
「時間か……いい、ロスタイムだった。未来の希望が見えた気がする……」
……もうお別れだ。
みんなは気づいていないけど、バダップ以外のメンバーはもう息をしていなかった。
そして彼ももうじき、同じになる。
「ありがとうね。ここに来てくれて」
「……なぜ礼を言う?」
「だって、あなた達が来てくれなかったら、私たぶん変わることはなかったと思うから。そりゃ未来のことはまだわからないけど……それでもこうやって決意できるのは君たちのおかげなんだよ?」
「……そうか……」
バダップは目をゆっくりと瞑る。
あれ……目が霞んでよく見えないや。
おかしいな……何度も拭ってるのに、目のゴミが取れない。それどころか目元が熱くなって、どんどんぼやけていくよ。
息が苦しくなる。
我慢の限界で嗚咽が漏れる。
フィディオはそんな私をそっと抱きしめてくれた。
「わ、私……頑張るか゛ら゛っ! 絶対に゛あなた達の未来を守ってみせるか゛ら゛ぁ゛!!」
「ああ……円堂守、フィディオ・アルデナ、白兎屋なえ……まか、せた……ぞ……」
バダップはそれっきり、何も言わなくなった。
最期の彼の顔はとても穏やかな笑みを浮かべていた。
未来に希望が見えたからなのか。自分たちのやったことに意味があったと安心できたからなのか。それはわからない。
だけど、彼の最期の心は晴れやかなものであったと、私は信じたい。
オーガのメンバーたちの体が光の粒子となって溶けていく。
それらはまるで天国に行くかのように、空へと飛んでいった。
彼らの遺体は未来に送られたのだろうか。
できることなら最後まで立派に戦った英雄として、暖かく葬られていることを願う。
こうして、最強のサッカー選手、バダップ・スリードは亡くなった。
♦︎
あのオーガとの戦いから数日後。
いよいよFFI決勝戦の日がやってきた。
この島で最も巨大なタイタニックスタジアムは何万もの観客たちを収容しており、かつてないほどの声援が嵐のように轟いている。
すごいけど、耳が痛いよ。座ってる席も何もしてないのにブルブルと振動してるし。お客さん興奮しすぎ。
試合前ですらこんな状態なのだ。始まったらさらに酷くなりそう。
まあ気持ちはわからないわけではないけどさ。現に私も興奮を抑え切れないでいるし。
っと、話をすれば両チームの選手たちがセンターラインに並行に整列をし始めた。
「いよいよだな」
「あーあ、私もあそこでやりたかったなぁ!」
「まあまあ、まだサッカー人生は続くんだ。世界の舞台だってもう一度立てるさ」
湧き上がる私の闘志を察したのか、ポンポンとフィディオが頭を撫でてくる。それだけで気持ちが落ち着いていくのが……はぁ、自分のチョロインさを自覚させられるよ。
あのあと、私たちは正式に付き合うようになった。
だから今は公の場だけど女性らしい服装を着ている。
いい加減自分を偽るのにうんざりしてたしね。私だって好き好んで男性用の服を着てたわけじゃないし。ついでにもう暗部から抜けたケジメということで、愛用の銃とナイフを封印することにした。
今回の服もたんまり貯まってる財産を引き出して買ったお高いものだ。ちなみにコーディネートしたのはアフロディ師匠。ネットで繋げながら選んでくれた。この人のファッションセンスには脱帽する。
フィールドでは円堂君とロココが火花を散らしながら握手をしている。歓声が一気に湧き上がって鼓膜が破れそう。
ちなみにオッズは1,3でリトルギガントが優勢とネットでは騒がれているが、私たちはそれが誤りであると知っていた。
なにせ円堂君たちはあのオーガを倒したのだ。
あの時沸いてきた不思議な力は消えてしまったようで、オメガ・ザ・ハンドも使えなくなってしまっているようだけど、彼らはあの試合で劇的に進化している。私の見立てでは両者の実力はほぼ互角くらいだ。
あと、おまけで私の超能力も弱くなっちゃってるみたい。どうやらあの時は命の危機で瞬間的に覚醒しただけだったらしく、寝たらもとより少し強くなった程度に収まってしまっていた。
ただ円堂君たちと違って、私の力は体内に今でも残ってるらしく、ただ蛇口の開け方を忘れてしまっただけのようだ。おそらく訓練すれば数ヶ月であの時の力を引き出せるようになるだろう。
あ〜あ、それでも今ならリトルギガントに勝てる自信あるんだけどなぁ。
バダップたちもできればもう少し早く来てほしかったよ。パワーアップしたあとで戦う相手がいないせいで、燻って仕方がない。
貧乏ゆすりをしながらそう思っていると、観客席に紛れ込んでいるある黒服が異様に目に入った。
ガタイがよく、黒人。それだけなら掃いて捨てるほどいるけど、妙に殺気立っている。その気配が私の感覚を鋭敏にした。
あいつ……ガルシルドのところで見たような……。
そういえば、オーガの件以来あいつを見ていない。テレビでも捕まったなんて情報は入っていないはずだ。
まさか……。
黒服は周囲を見渡したあと、スタジアムの内部へ消える。
「……フィディオ、ごめん。お腹壊しちゃったみたい」
「ポップコーン食べすぎるからだよ。ほら、試合が始まっちゃうから早く行ってきなよ」
そう言って急いでスタジアム内に入った。
あの黒服は……いた。
息を潜め、物陰に隠れて様子を伺う。
……よし、気づいてないみたい。
黒服は移動を再開。階段を降り続け、たどり着いたのは……スタジアムの地下?
関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開き、黒服はどんどん進んでいく。
って、やばっ! 扉が閉まっちゃう!
一度閉まったら開けた時に気づかれちゃう。それだけは避けないと。
急いで扉に手をかけ、音を立てないように侵入する。
カツーン、という黒服の足音がこだまする。
それは一つだけではないようだった。一際大きな鉄扉の前には、同じ服を着たもう一人の男が立っていた。その手には明らかに本物のハンドガンが握られている。
確信した。やつらは警備員なんかじゃない。おそらく犯罪組織に属する人間だ。
鉄扉にはプレートが張り付けられており、そこには『中央管理室』と刻まれている。
彼らはこの扉のガードか何かなのだろう。先ほどからずっとこの場所を動かない。
彼らは仲間が増えて気が緩んだのか、軽い雑談をし始める。
「それにしても雇い主様には困ったもんだぜ。こんなガキどもの遊びでマジになるなんてよ」
「言うな。ガルシルドは金払いだけはいい。多少のことには目を瞑るんだ」
ガルシルド! やっぱりガルシルドはまだ暗躍してたんだ!
私の予感は当たっていた。
道理で見覚えがあったわけだ。もちろん会話なんてほとんどしたことがないけど、私の暗部歴はかなり長い。何度も会う機会はあった。
さらに彼らの会話に耳を澄ます。
「だけど俺は乗り気じゃないぜ。いくらなんでもガキどもと観客までぶっ殺すのはやりすぎだろ?」
「ほう、意外だな。お前にも良心が残っていたとは。だがそれはすぐに捨てるんだな。俺たちは道具、余計な感情はいらん」
「だけどよ、爆弾でスタジアムをぶっ飛ばすなんてイカれてるぜ」
その言葉に背筋が凍った。
爆弾? それもスタジアムを破壊できる規模の?
あのクズやろう、とうとう一線を超えたな!
爆弾なんていつからと思うだろうけど、そんなもの容易に想像できる。最初からだ。
このライオコット島はガルシルドが改造を加えてサッカーアイランドにした島。当然このスタジアムだってやつの息がかかっている。
そしてガルシルドは大のサッカー嫌いだ。大介さんの件もあって、嫌がらせで爆弾を仕込んでたって不思議じゃない。
「起動後に逃げる猶予はある。お前が心配する必要はない」
「そーいうこと言ってるんじゃねえって」
「へー、それ私も詳しく聞きたいな」
「なっ、お前は……がっ!?」
不意打ち気味に飛び膝蹴りを顔面にくらわせる。そして両手を組んで塊とし、浮き上がった顔面に全体重を乗せて叩きつけた。いわゆるダブルスレッジハンマーってやつだ。
振り返って空中で一回転。もう一人の男にかかと落としをくらわせ、その頭蓋にヒビを入れる。
気絶してる二人の服をあさると、カードキーのようなものが出てきた。
たぶん、これがこの扉のキーだ。
そしてこの奥にガルシルドはいる。
私はスマホを取り出し、鬼瓦刑事にメールを送った。
あの人とはけっこう関わりがあったから、総帥が死んだ時にメアドをもらっていたのだ。どうやら私をずいぶんと気にしてるらしい。お人好しなことだ。何かあればかけろって言われてたけど、今がその時だよね。
さて、私はここで警察が来るまで大人しく待機、なんてことはしない。
私の予測だと、警察が来るまで早くて数十分、遅くて一時間はかかる。警察って組織は大きすぎるせいで動きがトロいのが常なのだ。毎回上層部に連絡取って許可もらわなきゃまともに動けないしね。鬼瓦刑事は本来日本の警察だし、信用されるまでにさらに時間がかかるだろう。
元犯罪者目線で言わせてもらうと、だから大物に逃げられるのだ。総帥とかガルシルドとか。
そしてそれだけの時間があればほぼ確実に爆弾が起動してしまう。
サッカーの試合はハーフタイム含んで105分。やつは一番盛り上がっている時を狙うだろうし、警察じゃ遅すぎるってわけ。
ただ、一つ問題がある。
私は今武器を持っていないのだ。
さっきも言った通り、私はもう銃もナイフも携帯していない。
黒服たちのをあさったんだけど、彼らの下敷きになったせいか、銃身が二つとも歪んでしまっていた。これじゃあ使い物にはならない。暴発なんてしたら目も当てられないし。
唯一武器になりそうなのは……これがあったか。
ポケットから六面体で形成された小さな球を取り出し、指で強く押す。すると球はどんどん大きくなっていき、サッカーボールサイズのものとなった。
持っててよかったエイリアボール。これなら最低限は戦える。
ただ、それでも私の方が不利だ。ボールじゃどうやっても銃の速度と連射には敵わない。あそこに人が大勢いたら私の負けだ。
だけど、引き下がるわけにはいかない。
みんなの夢の舞台を、悪夢の惨劇になんて変えてたまるか。
私はカードを壁についていた機械にスライドさせる。
扉はピー、という電子音のあと、自動的に開いた。
そして中に突入すると同時に、一番最初に目に入った人影に向かって、ボールを蹴った。
「がぁっ!?」
「な、何者!?」
「こういう者ですっ!」
部屋の内部は正方形の空間に四つの柱が建っている。私から見て奥にはスタジアム中の監視カメラの映像が映っている。
ガードはパッと見四人だ。そしてその奥にはボロボロにやつれたガルシルドもいる。
そしてその内の一人は無力化した。
跳ね返ってきたボールを即座に蹴り返し、もう一人を撃破。
と、そこで彼らの銃が発砲され……。
「っ、くぅぅっ!」
左腕から血が噴き出た。
絶叫してしまいそうなほどの痛みをこらえ、柱の影に隠れる。その時点で回収を諦めたので、ボールは跳ね返って壁に埋まってしまい、もう使い物にならない。
かくなる上は……!
「やぁぁぁああっ!!」
ジグザグに走りながら、私は彼らに向かって突っ込んだ。
発砲音が何回も鳴り響き、体中に赤い線が刻まれる。だけど直撃はしていない。そして矢のように加速した勢いのままに、ガードの顔面を殴りつける。骨が折れる感触がした。
「ひ、ひぃっ! バケモノォッ!?」
「人様の幸せを食い荒らすお前たちが化け物だよ!」
もう一人のほうが叫びながら発砲。殴った状態のままだった私に避けられるはずがなく、体に穴が空く。
血が口から吐き出される。
焼けるように体が痛い。
止まるな! 足を動かせ!
「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇっ!!」
死ぬのは……おまえだっ!
音速を超えた回し蹴りが最後の黒服の脳天に炸裂。彼は出してはいけない音を出し、血をぶちまけながら柱の影に消えていった。
ハァッ、ハァッ……!
やばい、意識が朦朧とする。今にも倒れそう。
でも、まだだ。まだ目の前のこいつを倒すまでは……!
「や、やめろ! こっちに来るな!」
「あなたはここで死ね! 死んで、地獄で総帥に謝罪させてやる!」
これ以上言葉を交わす余裕なんてない。
私は思いっきり足を引きしぼり……。
——鮮血が舞った。私のお腹から。
「ご……にん……め……!」
背後から聞こえたのは発砲音。
そうか、柱の影にもう一人、いたんだ……。
限界だった。私は崩れるように床に倒れる。
ぐぅっ……ぅ……!
痛みはもはや感じない。だけど、寒い。
体中が凍えて動けない。
その時、私の顔の横に鈍く光るものがあった。
ハンドガン。さっき私が倒した人の……。
とっさに私は手を伸ばし、そして……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
「がっ!」
後ろにいる最後のガードに向かって撃った。それは彼の頭蓋を寸分違わず撃ち抜いたようで、すぐに物言わぬ屍となる。
これで、全部。
あとは……。
「う、撃つぞっ!? これ以上銃口を向けるなら撃つぞ!?」
「それは……いいね……最後まで地獄にお付き合いしてあげるよ……!」
ガルシルドは恐怖のあまり尻を地面に打ちつけ、そのまま這うように下がり続ける。その手には銃が握られているけど、プルプル震えていてまるでオモチャのようだ。
私の体はもう動かない。
私は顔と腕だけを持ち上げ、その照準をやつに定める。
「う、うあぁぁぁぁっ!!」
——薄暗い部屋で、二つのマズルフラッシュが私たちを照らした。
薄れゆく意識の中……フィディオの笑顔が浮かんでは消えた。
次回、最終回。
エンディングは分岐して二個になるので、次回は連続投稿します。