悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
『『XブラストV3』ィィィッ!!』
『『ゴッドキャッチG4』ッ!!』
赤い閃光と雷神の両手がせめぎ合う。
凄まじい威力だ。まるで地震でも起きているかのようにグラウンドが揺れている。
だが、それらを放った二人が怯むことはない。
仲間たちの思いを背に、両雄は叫び続ける。
そして——。
『うぉぉぉぉっ! 勝ったぞぉぉぉーーっ!』
優勝トロフィーを掲げ、彼は叫んだ。
スタジアムはお祭り騒ぎだ。祝福するかのように色鮮やかな紙吹雪が降り注ぎ、空にはたくさんの花火が咲いている。それらが夜を打ち消すかのように彼らを照らしていた。
チームの仲間たちが駆け寄ってきて、彼を胴上げする。
まるで打ち上げ花火のように高く、高く。
天に舞う気持ちに酔いしれながら、高らかにもう一度叫んだ。
「勝ったんだぁぁぁ!! ……あ?」
そして意識が浮上する。
先ほどまであったスタジアムの光景は消えており、目に映るのはサッカーグッズだらけの自室。そのベッドの上に彼は立っていた。
「……へっ?」
『守、あんたまた叫んでるの!? 今日は卒業式じゃない!』
「げっ、ご、ごめん母ちゃん!」
『まったく、嬉しいのはわかるけどもう一年も経ってるのよ! いい加減落ち着きなさい!』
お、おっかね〜。
鬼のような怒号はまさに落雷のようだった。
ところどころにイナズマ関連の話題に縁のある彼だが、それでも母の雷だけは苦手だった。というかあれだけ鬼のように怒られてビビらないやつはいない。そうに違いない。
夢か……。
そう自覚するのに時間はかからなかった。
部屋に飾ってある優勝トロフィーと記念写真を見て、ほっと安心する。
彼——円堂の中でその記憶は今でも色褪せないものとして輝いていた。しかしそれを思い出すたびに、光の中に生まれた闇の事件も思い出してしまい、少し心が痛んでしまう。
っと、いつまでも思い出にふけってる場合じゃない。
部屋に飾られている電子時計を見ると、6:30の数字が表示されている。
よし、卒業式まであと一時間以上はある。
夢見もよかったし、それのおかげで早起きもできた。今日はなんていい日だ! いつもは一ヶ月に一回寝坊しなければいい方なのに!
『守ー! あんた今日試合あるんでしょー? そんなに寝てていいのー?』
「……あっ」
ちらりと時計を見る。
待ち合わせ時間まであと15分。
円堂の顔がサッと青ざめた。
「ね、寝坊したーっ!」
♦︎
「行ってきまーす!」
「ちょっと! 走りながら食べるなんて行儀悪いわよ!」
「んもんもがっ!」
「だから話を聞きなさい!」
円堂家に突如落ちた落雷を背に、円堂は逃げ出した。
だってこのままだと遅刻コース確定だし。というか普通に怖いし。
ちなみにここまで起きてから5分しかかかっていない。身支度に関しては熟練の域である。もっとも、しょっちゅう寝坊するから進歩せざるを得なかったのだが。悲しい定めだ。
土煙を巻き上げて円堂は走る。
あっという間に住宅街を抜けて河川敷へ。
朝日降り注ぐ川は輝きに満ち、まるで宝石でも沈んでるかのようだ。
陸地では小鳥たちがさえずり、老人夫婦が一息をついて休んでいる。その左右には桜並木が立ち並んでおり、桜色の群れは春の訪れを感じさせる。そこにはまったりとしたひだまりの空間ができあがっていた。
しかしそれは長くは続かなかった。
遠くの道からドドドという足音が猛烈に近づいてくる。
側から見ればまるで猛牛が突っ込んでくるかのように見えたが、実際は必死さのあまり真っ赤に顔を染めた円堂が疾走してるだけだ。
巻き上げた土煙は小鳥たちを逃げ出させ、老人夫婦を砂まみれにした。
しかしこれはこの町ではよくある光景である。
突如、一瞬だけ強風が吹く。
それは早咲きした桜の花弁をさらい、ついでに地面に落ちていた古新聞を飛ばして円堂の顔に張り付かせた。
「もがぎゃっ!?」
ゴロゴロスッテーン! なんて擬音が浮かびそうなほど見事には円堂は地面を転がった。ついでにおにぎりを喉に詰まらせて、ゴミ箱に顔から突っ込んだ。
今日は厄日である。
「いつつ……なんだこれ?」
顔から剥がした古新聞の見出し写真を見て、あ、と声が漏れる。
『イナズマジャパン世界大会優勝』と大きく書かれたそれは、どうやら円堂たちがFFIで優勝した時のものらしかった。
円堂たちのFFIの活躍は、日本でのサッカーブームの幕開けとなった。
今じゃ日本中どこにいってもサッカーばかりだ。テレビじゃサッカー番組が次々に生まれ、小学生のなりたい職業ランキングはサッカー選手が独走し、そして道のあちこちではボールを蹴る音が聞こえてくる。
そしてここ稲妻町は特にすごかった。
なにせ選抜された選手の数が一番多かった学校が雷門中なのだ。そしてキャプテンの円堂やエースストライカーの豪炎寺をはじめ、チームの中心核の選手の出身校も雷門中。これで騒ぎにならないはずがない。
結果、今年の入学希望者は前年の三倍にまで増えたそうだ。さらには聖地巡礼としてこの町に訪れる人々が急増し、町全体が非常に活発化した。
これには大人たちもほくほく顔である。挙げ句の果てには校長や理事長、町長までもが円堂たちを拝み始める始末だ。夏未は顔を真っ赤にして泣きそうな顔で恥ずかしがっていた。
だが……。
新聞の裏に書かれた悲劇の記事を目にし、円堂の心が若干沈み込む。
そこには『ゴッドプリンセス死亡』と黒い文字で書かれていた。
事件は決勝戦の途中で起きた。
なんとあのガルシルドがスタジアム地下に侵入し、仕込んでいた爆弾を起動させようとしたのだ。
それを防いだのが白兎屋なえ。鬼瓦刑事が言うには、彼女がいなかったら爆弾は決勝戦中に爆発する可能性は高かったらしい。
しかしその代償に、彼女は死んだ。
彼女は怨敵であるガルシルドと相打ちになる形でこの世を去った。
当時は青天の霹靂の出来事で、全員が悲しんだものだ。特にフィディオの荒れようは見ていられないほどだった。
しかしみんな、今は立ち直って毎日を生きている。
葬式には優勝トロフィーを持っていくことを許可してもらえた。彼女は英雄として取り上げられ、何万人ものファンたちとともに盛大に弔われた。
フィディオもその日までは食事が喉を通らないほど沈んでいたが、その日枯れ果てるまで泣いたことで一区切りがついたようだ。
今ではヨーロッパのプロチームにスカウトされたらしく、その活躍は話題になっている。
「って、ぼーっとしてる場合じゃなかった! 遅刻遅刻!」
円堂が走り出そうとしたその時。
桜色の風が突然河川敷に吹いた。
今度はかなりの強風だ。大量の花弁が小魚のように空を泳いでいるかのよう。それらは円堂の視界を一瞬で塗りつぶした。
そしてそれがはれたころ、道の奥から一人の少女が歩んでくる。
ゆらゆらと揺れるピンク色の髪。
翡翠色の宝石のような瞳。
彼女は不敵な笑みを浮かべていた。
その姿を円堂は知っている。
間違いない。あれは紛れもなく……。
「ヤッホー、円堂君。元気にしてた?」
「なえ……なのか……?」
「さあ、どうでしょう?」
おどけたように彼女は笑う。
その様子は記憶の中の彼女そのままだ。
彼女はああやって、いつも余裕を見せるように笑っていた。
しかし実際は大人らしい余裕なんてこれっぽっちもなく、何かあるとすぐ百面相みたいに半泣きになったり、笑ったり、騒いだりする明るい少女だった。
円堂は目元が熱くなってくるのを必死に堪え、笑いかける。
「っ、ハハっ、生きてるんだったら連絡くらいくれよ!」
「……うーん、じゃあ連絡できないね。残念だけど」
しかし彼女は意味なことを言うと、くるりと背を向けてきた。
どういうことだ?
そう聞こうとする前に彼女は坂を飛び降りて、下にあるサッカーグラウンドに走っていく。そしてこっちに手を振ってきた。
「ほら、早く早く! さっさと始めようよ!」
「始めるって、何を?」
「私たちがやることなんて一つに決まってるでしょ!」
言われて、彼女の意図を察する。
彼女の目は網に入れて肩で担いでいたボールに集中していた。
すごい目がキラキラしている。やる気満々である。
「い、いや、俺遅刻寸前だから学校に行かなきゃなんだけど……」
「や る よ ね?」
「……はい」
断れませんでした。
断ろうとした瞬間にものすごい黒いオーラが溢れたんだぜ? 断れる勇者なんて不動ぐらいだ。
なえは怒ると怖い。これ常識。
勝負はキーパーとストライカーってことで、PK形式でやることになった。
キーグロをはめ、ゴールラインの上に乗る。
断ろうとして言うのもなんだが、円堂はこの状況にワクワクしていた。
あれから一年。長く続いた円堂となえの因縁は、その背景もあってかなり根深い。
何度も己の誇りをかけて戦いをしかけてきた彼女は、円堂にとっては永遠のライバルとも言える間柄なのだ。
それはなえも同じように感じているのだろう。
彼女からは先ほどのような明るい雰囲気は消えており、ギラギラとしたナイフのように円堂を見ている。
笑みをずっと浮かべているが、八重歯がのぞいていてこちらはずっと好戦的だ。
スーッと深呼吸をして、体中の気を高める。
そして一言。
「よし、こい!」
「さあ、今日こそ白黒つけようよ!」
なえはオーロラ色の翼を生やし、ボールとともに飛翔した。
天に両手をかかげると、様々な色のエネルギーがボールに注ぎ込まれていき、やがてオーロラ色の巨大な月ができあがる。
キラキラと大地を照らすそれはまさに幻想的。
しかしその威力は凶悪の一言に尽きる。
彼女はくるくると踊るように月に近づき、それを大地に落とした。
「『ミラクルムーン』」
すさまじいエネルギーの衝撃波が円堂を襲う。
余波だけでこの威力。さすがはなえだ。
しかし円堂だってあれから一年、猛特訓を重ねてきた。
負けるつもりは……ない!
「ウォォォッ!!」
円堂が叫ぶと落雷がゴール前に落ち、黄金の雷神が姿を現した。
しかしそれはなえの記憶にあるものとは違う部分がある。
雷神が身にまとうオーラは、いつもの金ではなく虹色だった。
そしてその迫力は段違いの一言だ。今度は逆になえがプレッシャーにさらされ、冷や汗を垂らす。
円堂は両手を引きしぼり、月に向かってそれらを突き出す。
「『ゴッドキャッチG5』!!」
河川敷は虹色の光で満ちた。
発生する衝撃波は枝についている桜を全て散らせ、川が激しく波立つ。
円堂は両手にズシリとのしかかってくる衝撃に押され、ズズズッと両足がゴールラインを超えた。
しかしボールはまだラインを超えていない。なら、まだ負けじゃない。
雄叫びをあげ、全身の力を込める。
それに呼応して雷神の雷も威力が増していき……。
——爆発。
円堂は耐えきれなくなって、ゴールネットに体を支えられた。
ボールは……?
黒煙で何も見えない。しかしまたもや桜色の風が吹き、それを吹き飛ばす。
——そこには、ゴールラインの一歩手前で地面に埋まったボールがあった。
「よっ……しゃぁぁぁっ!!」
円堂が勝った。
円堂が勝った。
その喜びを噛み締め、ガッツポーズをとる。
なえはそれを悔しさ半分と喜び半分といった顔で拍手を送る。
「あーあ、止められちゃったか。まあ、一年も経ってるし当たり前だよね」
「そういうお前はこの一年何してたんだ?」
「……」
人差し指を口に当て、可愛らしくウィンクする。
常人だったら照れてしまい、顔をまともに見れなくなってしまうが、そこはサッカー一筋の円堂だ。まったく気にせずに彼女の言葉の意味を考えていた。
たしかに、彼女のシュートは記憶通り強烈なものだった。
そう、記憶通りすぎるのだ。
言ってしまえば、彼女のシュートの威力は一年前とまったく変わっていなかった。
なら特訓をサボったのか。あのなえが? それこそあり得ない。
なえはサッカーに文字通り命をかけている。
そんな彼女が特訓をやめるなんて、それこそ円堂にはあり得ないと思った。
なえは質問に答えず、ずっとニコニコと笑みを浮かべていた。
円堂は答えを待ち続ける。しかし帰ってこない。
静寂が舞い降りた。
いつまでそうしていたのだろうか。
なえはおもむろに背を向けると、口を開いた。
「私ね、旅に出ることになったの」
「旅? もしかして武者修行ってやつか!? どこにいくんだ?」
「……ずっと、ずぅぅーーっと遠いところ。だから今日はお別れを言いにきたの」
彼女の表情は見えない。
相変わらず彼女は背を向け続けている。
しかし円堂は、彼女の姿が一瞬だけ認識できなくなった。しかしすぐに感じられるようになった。
何故だか不安が円堂の心から湧き上がった。
まるで彼女が消えてしまうのではないかと。そんな錯覚を感じ、引き止めるために言葉を紡ぐ。
「永遠のお別れってわけじゃないんだろ? いつか会えるんだよな!?」
「うん、いつか会えるよ。でもいつになるかはわからないなぁ。たぶん現役じゃ会えないね」
その言葉を聞いた時、円堂は見た。
なえの姿が徐々に薄く、半透明になっていっているのを。
体からは光の粒子が溢れ、その光景はバダップの最期を思い出させる。
「お前……その体……」
円堂はなんとなくだが理解した。
理解してしまった。
しかし何もすることはできない。その手を伸ばすが、それは彼女の体をすり抜けるだけで終わってしまう。
なえは振り返って円堂を見た。
「ありがとうね、円堂君。君のおかげで私の未練は果たせたよ」
——今度は、お空の上でサッカーをやろう。
それが最期の言葉となり、少女の姿は光となって弾けた。
キラキラと光る粒子が空に溶けていく。
それはまるで天に続く架け橋のように思えた。
円堂は荷物を背負い、河川敷の桜並木を抜けた。
今日の出来事が本当のことなのかどうかはわからない。
しかし、円堂は心の奥底に溜まっていた闇が払拭されたのを感じていた。
不安だったんだ。可哀想だと思ってた。
あんなに夢を追い続けてた少女が、その道半ばで倒れてしまうだなんて。
しかし安心した。
——彼女が最後に見せた笑顔が、そう思わせた。
♦︎
「……いいのか?」
「いいのいいの。もうやり残したことはないし……彼に会ったら成仏できそうにないから」
桜並木を駆ける少年の背中を見送りながら、なえは隣に立っている男の問いに答えた。
男は長身だった。顔は細く、その目には黒いサングラスをかけている。発される威圧は誰もが恐怖を抱くだろう。
しかしそれもこの人の魅力ってやつだ。
男は少年が去っていった方とは逆に歩き始める。
「なら、我々も行くとしようか」
「うん、総帥」
男は宙に浮かんでいた。
いや、それは正しくないか。正確に言えば天に伸びる光の階段に乗っていた。そしてゆっくりと手を差し出してくる。
私はそれを大事そうに握り、一緒に階段へ飛び乗る。
そして私たちは天に向かって歩み始めた。
さようなら、フィディオ。
本当は会いたかったけど、それじゃあ君の足を引っ張るだけだしね。
せっかく立ち直ったんだもの。私のせいでそれを引き止めたくはないの。
あなたは常に前を向いてサッカーを続けてください。
私は空から君を見守ることにするよ。
だから心配しないで。
——さようなら、私の愛しきフィディオ。
♦︎
『ゴッドプリンセス』の死は、世界で大々的に報道された。
その活躍と英雄的な死に、FFIがMVPを与えたのは必然であったと言える。
そして彼女と関わりの深いイナズマジャパンのメンバーの証言によって、彼女の出生や生い立ち、そして性別を偽っていた理由について明かされると世界がざわめいた。
曰く——『女性差別のせいで輝く場所を与えられなかった、悲劇の名選手』
曰く——『女性だが同年代で一番強いストライカー』。
これに影響を受け、今まで彼女と同じ思いを抱えていた世界中の女性サッカープレイヤーが立ち上がり、抗議活動を開始。
彼女に憧れて次々と男性をも上回るプレイヤーが出てきたこともあり、世界サッカー協会は数年後にルールの変更を宣言した。
『サッカーでの性別による区別の撤廃。これによりサッカーはより熱を増し、進化していくことだろう』
サッカー協会会長はその会見でそう言い残した。
これにより、二つのサッカー界は統合された。これからは男性だろうが女性だろうが同じ試合に参加でき、しのぎを削ることができるようになる。
その記念として、少女の銅像が教会の本部では飾られている。
人々はその姿と生き様を称え、こう呼んだ。
——『サッカーの女神様』と。
そして10年の時が経つ。
生まれ変わった雷門中に、新たな風が吹く。
「なんとかなるさ!」
革命の灯火となる少年は、そう言って門をくぐった。
はい、これで『悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです』は完結となります。今後の予定とか感謝の言葉とかはイフエンドの後書きに書くので、今回は別の話をさせてください。
もともとなえちゃんが死亡するのはこの小説を書いている時から決定していました。
最初は「敵役の少女を書きたい」と思い、「でもイナイレ無印って大会に女子出れないな」って思った時に、「非合法な手で性別を隠して大会に参加する少女が、サッカー界を変える」みたいな構想ができて、GOでは女子も参加できる理由につなげたいと思いました。
なえちゃんが死ぬのは、まあ冷たい言い方ですけど因果応報ってやつです。なえちゃんもさんざん悪いことしてきましたからね。その罪を償わなければなりません。
でも書いている途中で死なせたい、でも死なせたくないみたいな思いが出てきて、最終的にどっちも書くことにしました。創作はかく自由にあるべき! です。
というわけで次回のイフエンドも見ていただけると幸いです。