悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
ホイッスルが鳴り響き、試合は終了した。
スコアは1対2。帝国の負けだ。
今日をもって四十年間無敗の歴史は、幕を閉じた。
だが鬼道に後悔はなかった。
所詮は策略にまみれた偽りの歴史だ。それに、歴史はまた作ることができる。
ここから始まるのだ。真の帝国の歴史が。
「みんな、ついてきてくれてありがとう」
「何を言ってるんだ。俺らはお前の仲間だろうが。ついていくのは当然だ」
「源田……」
源田がキーパーグローブを外した手で鬼道の背を叩く。その手は真っ赤に腫れていた。
しかし、源田の顔は何かが吹っ切れたかのように晴れやかだった。
源田だけではない。
佐久間、洞面、辺見に大野……その他全員が同じものを感じていた。
久しく忘れていた、胸の高鳴り。熱の余韻。
ああ、これがサッカーだったな、と。
「また一から出直しだ。やるぞみんな!」
『おうっ!!』
新たな門出を迎えた帝国学園。
そんな彼らに、円堂が近づいてくる。
「いい試合だったぜ、鬼道」
「円堂……。今回は負けたが、全国では必ず雪辱を果たす。それまで覚悟しておくことだ」
「えっ、どういうことだ?」
「まさか知らないのか? 前全国大会優勝校には無条件で特別推薦枠が設けられているんだ」
そうは言っても、トーナメントの表では雷門と帝国は遠くに配置されることだろう。
再び合間見えるのは決勝戦でだ。
しかし二人は確信していた。
必ず再会し、優勝を賭けて戦うことを。
「そっか。なら続きは決勝戦でだ」
「ふっ、雷門は帝国に勝利したんだ。俺たち以外に負けるなんてことがあったら許さんからな」
二人は手を差し出し、握手をする。
その瞬間、決壊したかのような大歓声が、観客席から溢れた。
「……あれ、そういえばなえは?」
「ああ、あいつか。気にするな。あいつは試合が終わるとすぐに帰ってしまうんだ」
それを聞いて少し円堂は残念がる。
爆裂パンチもゴッドハンドWも、元はといえば彼女のヒントから生まれたものだ。
少しはお礼を言いたかったのだが、いないのであれば仕方がない。
そう割り切ることにし、円堂は仲間たちの元へ帰っていった。
♦︎
リモコンのボタンが押されると、ちっぽけなテレビに映されていた映像が途切れた。
「どうだ。帝国の選手はお前を見限ったからこそ、こんなに素晴らしい試合ができたんだ」
鬼瓦はそうとなりに座っている男に断言してみせた。
パトカーの中では、重々しい空気が流れていた。
その元凶である男は、鬼瓦の言い分を下らないと言い捨てる。
「何が素晴らしいだ。敗北に価値などない」
「彼らだけではない。サッカーを汚したお前は、サッカーにも見捨てられたんだ」
「フッ、お前は何もわかってはいない」
いかにも正義面をして喋る男の滑稽さに、思わず男——影山は大声で笑い出したくなった。
人間の闇は無限だ。
いったいどうしてあの画面の奥に裏切り者がいないなどと断言できるのだろうか。
今は真っ暗になってしまった小型テレビを見つめながら、影山は先ほどの試合を思い出す。
——実にくだらなかった。
鎖をつけられてもなお必至に飛び跳ね続ける兎と、その鎖に気づかない盲目の動物たちによる運動会。
だが兎を責めるのは間違いだろう。なにせその鎖をかけたのは他でもない影山自身なのだから。
そしてそれを解く鍵はすでに手渡してある。
水面に浮かんだ月に獣が届くことはない。だがその中でも唯一兎だけは至ることができる。
その違いを、次の試合で彼らは悟ることだろう。
無様に獣が地を這いつくばるその様子を思い浮かべ、影山は口を邪悪に歪めた。
♦︎
「はぁ〜! すっきりしたぁ……!」
自室に戻った私は、大きく伸びをしてベットに倒れこんだ。
身体中が汗でベタベタだ。
でも心は気持ち良さで満ちていた。
あんなにエキサイトした試合は久しぶりだった。
思い浮かぶのは、皇帝ペンギン2号へ命がけで突っ込んでいった円堂君の勇姿。
そして最期の落雷。
凄まじい気迫だった。
間違いない。
彼も私と同じように、
初めて他人をそう思えた。
未だ冷めぬ胸の高鳴りにうっとりしていたのも束の間、疲労でまぶたが重くなっていく。
そして私はしばらくの間寝てしまっていた。
目が覚めたのはスマホがブー、と音を鳴らしたときだった。
見ると、入れていたアプリの更新がきたとの報告が書いてある。
その下にまだ開けていないメールのことが表示されていた。
送られてきたのは……午前中、つまりは試合前だ。
差出人の欄には『影山』と書いてあった。
「……ふーん、いよいよ、か……」
メールに書かれていたのはこれからの命令だった。
それを全て読み、私はさっきしていたのとは別の笑みを浮かべる。
こうしちゃいられないや。
さっさとシャワーを浴びて荷造りをしなければ。
私は帝国のユニフォームを脱ぐ。
その下には、無骨な金属製のベルトのようなものが巻かれていた。
それを外すと、まるで吸い込まれるかのように一瞬で地面に落ち、鈍い音が部屋にこだました。
「やっべ、足に落ちるとこだったよ……やっぱ危ないね、
そう、私は日常生活を含めて常に二十キロの重りをつけて行動していたのだ。
なんのために?
そりゃ決まってる。私のありあまるエネルギーを押さえつけるためだよ。
その後シャワーを浴びて身体を洗い流した私は、五つほどの大きなスーツケースに部屋のものを詰め込み始めた。
この部屋とも今日でお別れか。
部屋を見渡す。
飾られていた異常なまでにボロボロのサッカーボール以外は特に目に入らなかった。
私はサッカー一筋だったため、室内は女子のものとは思えないほど質素だ。
だから荷造りは思ったより簡単だった。
最後に、私が先ほど脱いだユニフォームを畳む。
そこで少しだけ迷って、机の上に置いておくことにした。
——ありがとう帝国学園のみんな。あなたたちとのサッカー、悪くなかったよ。
そう心の中で念じ、スーツケースを抱えて部屋を出た。
向かう先は執務室だ。
今の時刻は八時。帝国学園の生徒は全員が帰宅しており、廊下に人気はまったくしなかった。
もちろん巡回の警備員がいるんだけど、そいつら全員のルートは把握している。
というか私は一応そいつらの上司なのだし、見つかっても問題はない。
ということで堂々と両手にスーツケースを四つ、頭の上に一つという曲芸じみたことをしながら目的地の扉前にたどり着いた。
この中には機密がいろいろとあるので、誰もいないときはロックがかかっている。
だけど私は総帥補佐。
解除のカードキーを使って中に入り、いつもの席に座ってパソコンをいじった。
……あ、私の防犯プログラムが作動している。誰かハッキングしたね。
こう見えて私のプログラミングの腕は総帥補佐を任されるだけあってかなりのものだ。
それを打ち破れるとなるとプロの犯行。つまりは警察の仕業だ。
でも残念、しかけておいたプログラムは他人がアクセスすると自動で全データを消去するというものだ。
さすがのプロでもデータが消える前という短時間でこれを解除するのは不可能だ。
バックアップのデータは別であるので損害なし。
てことで次は総帥のパソコンを操作して、データを全て初期化させた。
復元ができないようにしておいたし、これで足がつくこともないはず。
最後に総帥の席の後ろに隠されている、大きな金庫の前にしゃがみこむ。
これの番号ももちろん知っている。
全二十桁にもなるそれを間違いなく打ち込むと、金属同士がこすれる音を出しながら扉が開く。
中は金庫というよりも一つの部屋だった。
そこに学園の機密や個人情報などなど、様々なものが保管されている。
でもそれらは取るつもりはない。
奥にあるものに目を向ける。
そこにはガラスケースに入れられて厳重に保管されたノートがあった。
あれは『禁断の書』。
帝国学園で総帥がその地位を確固たるものにしてから考案された、ありとあらゆる禁断の技が書かれた書物。
ガラスケースを外し、中身を拝借する。
懐かしいねぇ。
私も昔はこれで特訓したものだ。
円堂君風に言うなら『影山の地獄特訓ノート』ってところかな。
金庫を出て、私が開ける前と同じ状態に戻すと、ノートをスーツケースに入れた。
そして執務室を抜けてしばらく歩き、帝国学園を出る。
校門前には黒塗りの車が一台待機していた。
運転席に座っていた人物が窓を開けて、こちらに頭を下げてくる。
「お疲れ様です」
「夜分遅くにごめんねー。黒服ハゲ君も眠いでしょ」
「いえ、自分は暗部っすから。……あと自分はタケシです」
「そっかそっかタカシ君、じゃあゼウススタジアムまでよろしくね」
「……わかりました」
突っ込むのも疲れたのだろう。
黒服の人は私の荷物を全て車に詰め終えると、さっさと発進させた。
窓から帝国学園が遠ざかっていくのが見える。
「さようなら、帝国」
私は帝国学園が見えなくなるまで、ずっと窓の外を見続けるのだった。
『禁断の書』
名前の通り、例の必殺技などについて書かれた書物。
ゲーム2では、例の技に秘伝書があることが判明してるので、そこから想像して作ってみました。
さてさて、使うのはいつになることやら。
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