悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
全ての始まりは、雨の日のことだった。
目の前にあるボールに蹴りを叩き込む。
壁に当たり、跳ね返っては、また蹴る。
ただそれの繰り返し。
余計なことは考えたくなかった。動きを止めれば嫌な考えばかりがばかりが頭に浮かんできた。
憎しみ。
それはもう自分の父親だったり、周りの人間だったり、何もしてくれない社会全体だったり。
あまりに多くのことを憎みすぎて何を憎んでたのか、そのころはもうおぼろげになっていた。
だけど自分が何かを憎んでいることに変わりはない。
だから、その憎しみをボールに叩きつけることで発散していた。
そんなときに、横から突然声がかけられた。
「いい蹴り、いい目だ。深い闇が込められている」
これまで孤児院の先生たちにいくら声をかけられようが足を止めることはなかったのに、その耳に残る声に思わず振り向いてしまった。
黒い傘に黒い服、そして黒いサングラス。
存在そのものが闇のような男がいた。
「……あなた誰?」
「これは失礼。私は影山零治だ」
「……白兎屋なえ」
影山と名乗った男は背筋の凍るような目線で私を観察していた。
それを振り払うため、再びボールを蹴り始める。
「いったい何を憎んでいる?」
「……大人は嫌いやっぺ。嘘しかつかない。おとーちゃん、迎えにくるいうてたのに帰ってこんかった……」
あれは北海道の家から追い出された日。
泣きながら必至に父にしがみついた。
振り払われてもすぐに立ち上がって、決して離さなかった。
根負けしたように父は言った。
『仕事が落ち着いたらすぐに迎えにいく』と。
しかしあれから一年。
父は迎えにくるどころか、顔を合わしにすらこなかった。
「ではなぜ、サッカーをする?」
「ボール蹴ってたら嫌なこと忘れられる。ただそれだけ」
「なるほどな……」
男は一人で頷いたあと、こう言ってきた。
「力が欲しくはないかね?」
「力……?」
「そう、逆らう者全てを押し潰すことのできる、圧倒的な力だ」
「……力があれば、もう騙されない?」
「ああ。誰も貴様を騙そうなどと思いもしなくなるだろう」
質問に男は即答する。
「……だとしても、あなたの力は借りひん。いうたはずや。大人は嫌いやって。うちはうちの力だけで這い上がってみせる」
「不可能だ。今の貴様の環境ではな」
「……どうして?」
「あのような孤児院では貴様の才能は磨かれない。だが、貴様はここで腐るには惜しい人間だ。だから私は声をかけている」
たしかに、その通りかもしれない。
私とて元社長令嬢だ。
英才教育を受けていたおかげで、少なくとも男の言葉が正しいかどうか判断できるぐらいの知恵はついていた。
「もう一度言おう。私についてこい。私ならば貴様に必要なもの全てを与えてやれる」
近くで落雷が落ちて、轟音とともに光が一瞬辺りを照らした。
そのとき頭をよぎったのは、いつか本で見た悪魔の契約という話。
今がまさにそれだ。
男が手を差し出してくる。
この手を握ったら、おそらくもう二度と元の生活には戻れなくなるだろう。
だけど、それでも。
私はこの手を掴むことに、迷いなどなかった。
「フッ、いいだろう。貴様にはこの世のありとあらゆる闇を呑み込む術を教えてやる。覚悟しろ、白兎屋」
「なえでええ。よろしゅうな、先生」
「先生ではない。総帥と呼べ」
「そう……なら、よろしゅうな、総帥。これでええか?」
男は満足げに頷き、歩き出した。
これがオワリノハジマリ。
『うち』が死んで、『私』が生まれた日。
♦︎
音一つしない自室の中で、静かに目が覚めた。
……なんだか懐かしい夢を見た気がする。
あのころは大変だったなぁ。とにかくサッカーは二の次で、総帥補佐になるため様々な知識を徹底的に叩き込まれた。
おかげでこうして世の中の闇を知り尽くすことができて、今のように中々楽しい生活が送れている。仕事は暗部らしくブラックだけど。
壁にかけられていた時計に目を向ける。
ぼやけた視界の中で短針が10の数字を指していた。
久しぶりにぐっすり寝れた気がする。
なにせ今までは仕事漬けだったからね。でも総帥がいないしばらくの間は自由の身ということだ。
こんな日は気分よくサッカーを……って、そういえば今メンバーが誰もいないんだっけ。
サッカー。
私の人生の全てを支配する熱源だ。
いつからこうなったんだっけか。総帥に拾われたときも、あくまでストレス発散になるからやってただけだったはずだ。
記憶を遡っていく。
だけど形になろうとした瞬間に胡散してしまい、思い出すことは出来なかった。
さてと、昔のことばかり考えるのはやめて、そろそろ仕事に行かなくちゃ。
いつもより量は少ないけど、それなりにはあるからね。
ベッドから抜け出して伸びをする。
服は……どうしよっかな。
今までは性別バレを防ぐために黒のダッフルコートで全身を隠してたけど、もうその必要もないか。
というわけで可愛らしくイメチェンしちゃいましょう!
クローゼットを開く。
そこには何着ものジャージとユニフォームばっかりがかけられていた。
そーでした。サッカー馬鹿な私がオシャレなんていちいち気にしてるはずないじゃん。
はぁ。自然とため息が出てしまう。
そして下を向いていると、開けられていない段ボール箱が目に入った。
これは……ずいぶん前に届いたやつだね。
仕事が忙しくて開ける暇がなく、そのまま当時は倉庫がわりに使ってたこの部屋に送ってたんだっけ。
名前のところには亜風炉照美と書かれていた。
うーん、アフロディから?
とりあえず開けてみるか。
カッターを探すのが面倒だったので、鍛え上げられた手で強引に開封した。
女子力のかけらもないね。我ながら泣き出しなくなる。
出てきたのは透明な袋に入れられた服と手紙だった。
こちらも開封して読むことにする。
えーとなになに。
女の子に間違えられて服をプレゼントされたけど、着ないだろうからなえにあげる、か……。
アフロディは女性にしか見えないほど美しい顔をした男の子だ。
そして私のような暗部とは少し違うけど、総帥の下につく人物でもある。
ダンボール箱をひっくり返してみる。そこには胸にピンク色のリボンがついた白い服に、黒のミニスカートがあった。
グッドタイミングアフロディ! さすが神様!
彼がくれた服は思いのほか、私に似合っていた。
サイズも同年代でなおかつ、アフロディが女性みたいに細かったのもあって、ぴったりだ。
まるで生まれ変わったような気分である。
私は上機嫌に鼻歌を歌いながら、部屋の外へと出ていった。
♦︎
目的の場所まで歩いている途中、目についた窓の外を覗く。
真っ白な雲が、海にように広がっていた。
そう、ここゼウススタジアムは空中要塞なのだ。
普段は空の上に浮いているので警察に絶対に見つからない。
犯罪者が隠れるにはうってつけというわけである。
ちなみに、外観は無駄に凝られていて、ギリシャ神話風の銅像や柱などがあちこちに設置されてある。
正直これをなくせば費用はもうちょっとマシになったでしょうに。
工事関係者との話によると、総帥が独断で決めたことのようだ。
本当に、どんなセンスしてるんだあの人は。
とまあ、今はなき総帥のことを考えていると、とある扉の前にたどり着いた。
ロック解除のためのカードキーを差し込み、中に入る。
中は薄暗く、それでいて赤っぽい色をした光に包まれていた。
その奥には玉座のような雰囲気を纏う椅子が置かれている。
その椅子にドカッと座り込む。
ここは本来は総帥の席なのだけれど、いない今は使ってもバレないであろう。
やりたい放題である。
ここはメインコントロールルーム、つまりはこの空中要塞の心臓部だ。
とは言っても操縦室は別にある。
ここでは指令を出すのがメインとなっている。
そして総帥がいない今、組織のトップは私だ。
その記念すべき最初の仕事をしようじゃないか。
目の前にある、壁に埋め込まれたキーボードに手をかざす。
すると何もない空中にいくつもの立体ビジョンが浮かび上がった。
ふふっ、最新鋭のパソコンはやっぱりいい。
キーボードも右左前に三つずつあるから作業効率が格段に上がった。
それらを駆使して、三つの画面にそれぞれの部下からの報告を表示する。
流し読みしていると、気になるものが一つあった。
どうやら少年サッカー協会の会長さんが帝国戦でのアクシデントを機に、総帥について探り始めたらしい。
これからの活動の障害になる可能性は高い、とのことだった。
うーん、サッカー協会に目をつけられるのはさすがに面倒だね。
しょうがない、やっちゃうか。
たしか会長は近日に、フットボールフロンティア本戦開会式の視察に、フロンティアスタジアムにおもむくはずだ。
だったらそこで事故に見せかけて処分しちゃえば、身動きは取れなくなる。
方法は……警告も含めて『鉄骨落とし』でいいか。
どうせあの鬼瓦刑事には睨まれるだろうし。
そうと決まれば善は急げだ。さっそくキーボードを打って、工作員に指令を送った。
ラピュタは本当にあったんだ!
……はい、すみません。