悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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神の裁き

 雷門対帝国の試合から数週間のときが過ぎていた。

 

 鬼道たち帝国イレブンはベンチの近くで待機をしていた。

 開始のホイッスルが鳴っていないというのに観客席は騒がしい。

 

 ここはフロンティアスタジアム。

 フットボールフロンティア本戦の会場である。

 今日、帝国学園はその栄えある第一回戦を控えていた。

 

 しかし、彼らは等しく浮かない顔をしていた。

 源田が全員の声を代弁するかのように言葉を漏らす。

 

「……結局、なえは行方知れずか……」

 

 帝国のエースストライカーである白兎屋なえ。彼女の姿は、なぜかベンチにも見えなかった。

 しかしその理由はチームメイトである彼らにすらわからない。

 彼女は雷門との試合が終わった瞬間、まるで最初からいなかったかのように忽然と姿を消してしまったのだ。

 

 残ったのは、彼女の自室に置かれていたユニフォームだけ。

 それですらも、手がかりとはなり得なかった。

 

「まさか、影山に何かされたんじゃ……!」

 

 佐久間がそう言い出したのを皮切りに、他のメンバーからも「だが影山は捕まったんだぞ?」、「まさか残党がまだ帝国学園に残っているのか?」などの様々な声が漏れた。

 

「こうして話していてもらちがあかない。こうなったらなえ抜きでやるしかないだろう」

「だが鬼道、なえがいなくなったことで明らかに攻撃力が落ちるぞ? そこはどうするんだ?」

「サッカーは一人でやるものではない。たしかになえがいないのは痛いが、いなければそれを補うプレイをするだけだ。幸いここは一回戦、そして相手は無名だ。油断は禁物だが、苦戦することはないはずだ」

 

 鬼道の言う通り、今日の対戦相手である世宇子中は名前を聞いたこともないほどの無名校だ。

 それに帝国にはなえほどではないが、寺門というフォワードがいる。雷門戦後の特訓で皇帝ペンギン2号の連携にも加われるようになっており、頼れる存在だ。

 そんな彼がいるので、大丈夫だと全員は安心していた。

 

 ——そう、このときまでは。

 

 やがて主審に呼び出され、帝国メンバーは各自のポジションにつく。

 そこで鬼道は、いつのまにか世宇子らしきチームがグラウンドに立っていることに気づいた。

 

「……あいつら、いつからグラウンドにいたんだ?」

「なえのことで心配になってるあまり、見逃していただけだろ」

 

 それもそうかと鬼道は一度は納得してみせ、再び世宇子のメンバーを観察することで新たなことに気づいた。

 白いユニフォームを身に纏う人数が、九人しかいないことに。

 

「どういうつもりだ。十人で戦うつもりなのか?」

「ハハ、そんなわけないじゃないか。ちゃんといるよ、十一人」

 

 戸惑う鬼道に、長い髪を持つ少年が答える。

 

「ああ、失礼。僕はアフロディ。このチームの副キャプテンさ」

「……何度数え直しても十人しかいない。最後の一人はいったいどこにいるんだ?」

「やはり人間の視野は狭いね。まあそれも仕方ない。なにせ人間は元から天界を覗くことは敵わないよう作られているからね」

「天界だと……?」

 

 ゴーグルの下で訝しげな目をしながら、鬼道は上を見上げる。

 そこには、太陽の光を一身に浴びながら、ゆっくりと落ちてくる人の姿があった。

 

「なっ、あいつは……!?」

 

 鬼道は珍しく、口から声を漏らして驚いた。

 しかし人間が空から降りてくるのに驚いているわけではない。

 その容姿が見覚えのあるものだったからだ。

 

 腰にまで届くほど長いピンク色の髪と、目を見張るほど女性として整った顔立ち。

 

「ヤッホー鬼道君、それに帝国のみんなも。元気にしてた?」

「なぜだ……なぜお前がそこにいるっ、なえっ!」

 

 彼らの仲間であったはずのなえが、そこにいた。

 ギリシャ風の白いユニフォームを着ていることから、彼女が世宇子のメンバーなのは明白だ。

 

 大会規定第六十四条第二項『プレイヤーは試合開始前に転入手続きを完了していれば、大会中のチーム移籍は可能である』という条文があったのを鬼道は思い出した。

 しかし普通ならば、強豪である帝国を抜ける理由がない。

 つまりは帝国にいるとなんらかの不都合があるはずなのだ。

 そこから導き出される答えは一つ。

 鬼道は苦々しく、口を開く。

 

「お前だったんだな……影山の手先は」

「大せいかーい。私は総帥の命令でここに移ったってわけ」

 

 その真実に、帝国メンバー全員の顔に動揺が走る。

 影山が言っていた『見通すことのできない闇』はこのことだったのかと、鬼道は理解し、珍しく感情を露わにする。

 

「なぜだ!? お前はサッカーを愛しているんじゃなかったのか!?」

「愛してる? そんな一言じゃ私のサッカーへの想いは語れないよ」

「ならばなぜ、サッカーを汚した男の下なんかに……!?」

「うーん……まあ鬼道君にだったら教えてもいいかな?」

 

 鬼道の激昂を前にしても、なえは平然と笑みを浮かべていた。

 そんな彼女は人差し指を天へと突き出すようなポーズを取り、語り出す。

 

「サッカー界の頂点。それは全てのプレイヤーの憧れだ。でもね、残念ながらこの世には男女っていうとってもくだらなくて、それなのに超えられない壁が存在するの。私が女である限り、真の意味でこの世の頂点に立つことはできない」

 

 男女というのはどのスポーツにもつきまとう問題だ。

 男は女よりも身体能力に秀でているのが一般常識である。

 もちろんなえのような例外もいるので一概には言えないが、それでもプレイヤーの平均的な実力は女よりも男の方が高いと言える。

 

「でも、総帥はそんなくだらないものを壊してくれるんだよ。だから私はあの人の下につくことにした! 全ては頂点に至るために!」

 

 そう語ったなえの表情は、鬼道ですら今まで見たことがないものだった。

 口元は三日月に歪み、目はまるで絶対零度を思わせるほど冷たい。

 さらには幻覚か、邪悪なオーラまで身体から溢れているのが見えた。

 

「……どうやらお前には、何も言っても無駄なようだな」

 

 もはや口だけで解決するのは不可能だと、鬼道は理解した。

 彼女はもはや、自分が知っている白兎屋なえではない。

 いやそもそも、自分たちは同じ孤児院出身というだけで、最初から彼女のことを理解などしていなかったのだ。

 それに今初めて気づき、鬼道は表情をしかめる。

 

「たしかに、お前の言うこともわかる。だが、それでもサッカーを汚すことだけは許さない」

 

 そんな鬼道が出した結論は、試合をすることだった。

 全力でぶつかり合えば、思いは伝わる。

 鬼道たちを救ってくれたキーパーが教えてくれたことだ。

 それを心地に刻みながら、鬼道は今だに動揺している仲間たちに声をかける。

 

「いくぞみんな! サッカーで勝って、なえを説得するんだ!」

『おうっ!!』

 

 帝国の士気はこれ以上ないほどに高まっていた。

 そこに仲間の絆というものを感じとったなえは、少し羨ましげに、冷たく微笑む。

 

「アフロディ、手筈通りにね」

「わかってるよ、マイプリンセス」

「……なんかアフロディに言われると百合百合な感じがするね」

「僕は男だ!」

 

 そしてホイッスルが鳴り響き、試合が始まった。

 

 ボールは帝国からだ。寺門からパスを受け取った佐久間とともに、鬼道は世宇子側のグラウンドへ攻め込んでいく。

 だが、世宇子の選手たちはフォワードはおろかディフェンスさえも、動くことはしなかった。

 

「こいつら……なめているのか!?」

「だったら渾身のシュートをお見舞いするまで!」

 

 一気にゴール前まで駆け上がったところで、佐久間はバックパスをする。

 その後ろにいた鬼道は口笛を吹いて地面からペンギンを出現させ、ボールを蹴った。

 

「皇帝ペンギン——!」

『——2号ッ!!』

 

 佐久間と寺門がタイミングを合わせてボールを蹴り、シュートをさらに加速させる。

 ミサイルのような勢いとともに、ペンギンたちはゴールへ殺到した。

 

「——スピニングカットV2」

 

 だが、それがゴールラインを割ることはなかった。

 キーパーに迫るギリギリのタイミングで、地面から青い衝撃波の壁が噴き上がる。

 ペンギンたちはそれにぶつかり、威力負けしてあっけなく弾き飛ばされた。

 

 壁が消えると、失速したボールが地面を転がり、その上になえの足が置かれる。

 

「バカな……ハーフラインから一瞬で戻ってきただと……?」

「それに皇帝ペンギン2号が、あんな簡単に……」

 

 佐久間たちの戦意が揺らいでいくのを見て、なえはニヤリと笑う。

 

「さぁ、サッカーやろうよ」

 

 そう言った瞬間、なえの身体から漆黒のオーラが溢れ出た。

 それを見た鬼道の脳裏に、嫌な予感がよぎる。

 

「っ、止めろぉ!」

「ムダだよ——ライトニングアクセル」

 

 鬼道たちが動き出すよりも速く、なえは足を踏み出し加速する。

 そして⚡︎のマークを描くようにドリブルをし、彼らを突破した。

 

 鬼道たちにはその動きがまったく見えていなかった。

 かろうじて目視できたのは、彼女が足を踏み出したところだけ。

 次の瞬間には視界全てが漆黒のオーラに塗り潰され、気づいたときには彼女は背後にいた。

 

「待て……ぐわぁぁぁぁっ!?」

 

 すぐに追いかけようとするも、それは叶わなかった。

 なえのあまりの速度に、抜き去ったあとに暴風が発生したのだ。

 それに巻き込まれ、鬼道たちは地面に叩きつけられる。

 

「アハハ、遅い遅い! そんなんじゃハエが止まっちゃうよ!」

 

 鬼道たちを抜き去ったあとも、なえは止まらない。

 まるで暴走車のようにグラウンドを駆けながら、次々と近づいてきた帝国ディフェンスたちを吹き飛ばしていく。

 そしてあっという間に、ゴールへとたどり着いてしまった。

 

「こい……! どんなシュートでも、割らせはしない……!」

「あっそ、頑張ってね。——ディバインアロー改」

 

 源田は右手に力をためて跳び上がり、衝撃波の壁を発生させようとする。『パワーシールド』の構えだ。

 しかし拳を地面に叩きつけようとしたそのときには、ボールは光の矢となって源田の目の前に迫ってきていた。

 

「なんっ、ガハッ!?」

 

 光の矢が源田の背骨に突き刺さり、そのまま彼ごとゴールに押し込まれる。

 これで1点。あまりにもあっけなさすぎる。

 なえは振り返る。

 そこには地面に倒れ伏した帝国の選手たちが目に入った。

 

 今まで見たことない惨状に、彼ら自身や観客席も静まり返る。

 

 その信じられない光景を目の当たりにして、鬼道は誰よりも早く我に返って、源田の元へ駆け寄った。

 

「源田っ!!」

「ガハッ、ガハッ……!」

 

 ゴール前にうずくまり、荒々しく咳き込む源田。その口からは赤い液体が流れ出ていた。

 

「あーあ、ちゃんと守ってよ源田ぁ。まだまだ序の口だよ?」

「なえ……貴様ァッ!!」

「よせ、鬼道……っ!」

 

 挑発的ななえの物言いに鬼道が激昂するが、それは源田本人によって鎮められる。

 自分たちを見下しながら去っていくなえの背中を、鬼道は歯を食いしばりながら睨みつけた。

 

 源田は結局、退場することなくゴールにとどまった。

 試合が再開し、佐久間がボールを受け取ろうとする。しかし一瞬でなえが現れ、オーラを纏った右足を振るった。

 

「スピニングカットV2」

「ガッ……!?」

 

 衝撃波の壁が発生して佐久間は吹き飛ばされ、ボールがなえに奪われる。

 彼女はその後、デメテルと呼ばれる鉄兜をかぶった少年にボールをパスした。

 

「残念ながら遊びはここまで。みんなには今から潰れてもらうね」

「ダッシュストーム!」

 

 なえのその宣言は、現実のものとなった。

 

 デメテルが暴風を発生させ、次々と帝国の選手たちを空へと吹き飛ばしていく。

 いくら特訓で鍛え上げられた身体といえども、バランスの取れない空中から地面に衝突すれば大怪我となる。

 

 しかしデメテルにためらいはない。むしろ、わざと寄り道して、徹底的に帝国の選手たちを吹き飛ばしていった。

 最後に立っている選手が源田一人になったところで、ようやくデメテルはシュートを繰り出す。

 

「リフレクトバスター!」

「フルパワーシールドV2!! ……ガァァァァァァッ!!」

 

 デメテルが気合を込めると、地面から岩がいくつも出現し、空中に浮かぶ。そこにシュートすると、ボールは次々と跳ね返っていくとともに加速し、ゴールに襲いかかった。

 源田は今度こそ必殺技を発動するのに成功する。しかしボールは衝撃波の壁をたやすく突き破り、再び源田に当たりながらゴールに入った。

 

 

 そこから先の試合は凄惨としか言い表せなかった。

 帝国がボールを持った瞬間に、なえの衝撃波が炸裂して、フォワードが吹き飛んでいく。

 続くデメテルやアフロディによる必殺技によってさらに他の選手も負傷していく。

 

 やがて試合開始から十五分。

 スコアは9対0となっており、帝国の選手たちは誰もが地に伏していた。

 

「あーあ、こりゃもうダメだね。使い物になりそうにないわ」

 

 まるで散歩をするかのように、ボールを持ちながらなえは歩いていく。

 しかしそれを止めようとする者は誰もいない。

 帝国ディフェンスの全員が大怪我を負っていて、もはや動くどころか立ち上がることもできないのだ。

 

 いや、どうやら一人いたようだ。

 なえが前に視線を向けると、かつてないほどボロボロになった鬼道が彼女の前に立ち塞がっていた。

 

「ここはっ、通さん……っ!」

「真ジャッジスルー、てね」

 

 なえは鬼道の腹部めがけてシュートしたあと、踏み込んで容赦なく後ろ蹴りをボール越しに叩き込む。

 鬼道にボールがめり込んだあと、一拍遅れて衝撃波が発生し、彼は倒れてしまった。

 

 これでもうなえ止める者はいない。

 死屍累々。

 地獄絵図と化したグラウンドを進んでいくと、源田が立ち上がっているのが見えた。

 

「はぁ、いいの? このままじゃほんとに死ぬよ?」

「ほざけ! さっさと撃ってこいっ!」

 

 自分に喝を入れるかのように源田は叫んだ。

 その手にはめられたキーパーグローブは所々が破けており、彼の負傷具合がうかがえる。たぶんこの中では一番の重症だろう。

 それにもかかわらず、源田は立ってみせた。身体はふらついているが、目だけは獣のようになえを睨みつけている。

 

 それを見て、なえはすごいと感じた。

 以前の彼ならばここまでボロボロにされれば倒れていたはずだ。いったい何が彼を支えているのか。

 しかし勝負の世界は非情だ。

 どんなに頑張ろうが勝てないときはある。

 

「……じゃあ遠慮なく、本気で蹴らせてもらうよ」

 

 彼のダメージ具合からして、これがラストとなるだろう。

 せめてもの情けとして、なえは全力でシュートをすることに決めた。

 

 空中に浮かび上がったボールを、バク宙をしながら天高く蹴り上げる。するとボールに闇のオーラが集中していき、やがて漆黒の月と化した。

 なえは跳躍し、オーバーヘッドキックをそれに叩き込む。

 

「ダークサイドムーン!」

 

 絶望が、落とされた。

 上から接近してくる黒い月を見て、源田は圧倒的なエネルギーを感じ取る。

 

「避けろぉ、源田ァ!」

 

 倒れたままの鬼道が必死に叫ぶが、源田はあえてそれを聞き流した。

 

 ——たしかに、凄まじいシュートだ。

 ——だが逃げるわけにはいかない。決勝戦で、雷門と戦うためにも。

 

「フルパワーシールド、V3ィィィィィッ!!」

 

 黒い爆発が、ゴール前で起こった。

 煙が晴れていき、鬼道の目に映ったのはぐちゃぐちゃに折れ曲がり、壁にめり込んだゴール。

 

 そして——陸上トラックの上で倒れ伏す、源田の姿だった。

 

「源田ァァァァァァァァァァア!!」

 

 鬼道があらん限りの声で叫ぶも、源田が動くことはない。

 糸の切れた人形のように、微動だにしなかった。

 

 これを見た審判は即座に試合終了のホイッスルを吹いた。

 こうして試合は10対0で世宇子の勝ちという、前代未聞の結果となった。

 

 あまりの凄惨さに観客の誰もが身動きが取れないでいた。

 静寂が支配する中、場違いなセリフがポツリとなえの口から出てくる。

 

「……やべっ、ゴール壊しちゃった。総帥に怒られる……」

 

 世宇子の選手たちはすでにグラウンドを出ていた。

 なえも彼らに続いて、退場していく。

 

 その背中を憎々しげに、鬼道は睨みつけていた。




♦︎『ダークサイドムーン』
 初のオリジナル技。
 空中に浮かんだボールを宙返りしながら蹴り上げる。
 天まで昇ったボールが闇のオーラを纏いながら、巨大化。
 それをオーバーヘッドキックで蹴り落とす。
 威力はゴッドノウズを少し超える程度。


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