悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
『フットボールフロンティアAブロック、世宇子中対
実況の声だけが空回りするかのように、グラウンドに響き渡る。
目の前には倒れたまま動かない敵選手たち。
「ふぁ〜、退屈だったなぁ。準決勝の相手がこれじゃあつまらないよ」
「仕方ないよ。むしろ、人間にしてはよくやったと褒めてあげるべきかな」
大きくあくびをしながら、呟く。
本当につまらない試合だった。少しドリブルしただけですぐ吹っ飛ぶし、最後の方なんかボール自体を恐れて逃げ回っているやつもいた。
サッカー選手失格だねってことで、そいつらには問答無用でボールを蹴り込んでやったよ。
今日はフットボールフロンティア準決勝の日だ。
帝国を倒してからの間も、私たちは二回戦を余裕で勝ち抜き、今日の試合も圧勝。
これによって世宇子中は決勝進出が確定した。
残るはBブロック。
対戦するのは雷門中対木戸川清修だ。
木戸川の三兄弟はトライアングルZという、皇帝ペンギン2号にも匹敵する技を持ってるけど、まあ円堂君のゴッドハンドWには通じないでしょうね。
というわけで、明日行われる試合は雷門が勝つだろう。
視線を前に向ける。
相手ゴールは帝国のときのようにひしゃげておらず、その形を保ち続けている。
あれこそが、総帥の開発した新時代のゴールだ。
サッカー協会にはかなり好評で、今では量産体制もできあがってかなり懐があったかくなったらしい。
何故か開発費を出した私の財布は寂しいまんまだけど。
なんか納得のいかない表情を浮かべながら、私はグラウンドを退場した。
♦︎
総帥が外出するという話を聞いたのは、その数日後だった。
しかも驚くことなかれ、ただの外出ではない。総帥はなんと、雷門の監督が営業しているあの雷雷軒に行こうとしているのだ。
現在、私は黒塗りの車に乗っていた。
窓の外を覗くと、海のように青い空が見える。
絶好のサッカー日和である。
「それにしても、アフロディがついてくるなんて珍しいね。そんなにラーメンが食べたかったの?」
「いや、僕は雷門の円堂君に興味を持っただけだよ」
「またまたー、普段神神言ってるアフロディが他人を気にするわけないじゃん。心配しなくてもあそこのラーメンは超美味しいよ」
「……普段君が僕のことをどう思ってるか、少しわかった気がするよ」
ありゃりゃ、アフロディは拗ねてしまったのか、窓の方へ顔を背けてしまった。
この様子じゃしばらくは話かけても無視されちゃいそうだ。
とはいっても、稲妻町までまだそこそこの距離があるからなぁ。
暇だ。
なので仕方がなく、前の助手席に座っている総帥に話を振った。
「総帥も総帥で、ラーメン食べにいくだなんて珍しい。それも店を指定してまで。食べログでも見てたの?」
「貴様は私が本当にラーメンを食べにいくと思っているのか?」
「え、違うの? だって今お昼じゃん」
「……ちっ」
おおこわい。舌打ちしましたよこの人。
ちなみにさっきの総帥の質問への答えだけど、あれは嘘だ。
総帥が雷雷軒にいく理由がイナズマイレブン関係であることはバカでも辺見でもわかる。
じゃあなんで知らないふりをしているのかというと、単純に総帥をからかうためだ。
だってその方が面白いじゃん?
でも、たいていそういうことした日はロクでもないことが起こるんだけどね。
例えば総帥からの報復とか嫌がらせとか。
それでもやりたくなってしまうのが、人の性なのだ。
「総帥ー、なに頼むの? 私のオススメはギョウザだよ!」
「アフロディ、なえを黙らせろ」
「はい大人しくしてようねっと」
「むぐっ!?」
突如ハンカチを持ったアフロディによって、私の口は塞がれてしまった。
……あ、いい肌触り。高いの使ってるな。……じゃなくて!
なにか異物が私の口の中に転がり込んでくる感覚がきた。
抵抗しようとしたけどすでに遅く、アフロディは私の顎を上に向けることで無理矢理異物を飲み込ませる。
とたんに襲いかかってきたのは、凄まじいほどの眠気。
まさか……睡眠薬……?
頭がぐわんぐわんと揺れ、まぶたが重くなっていく。
それに抗えず、私の意識は闇に落ちていった。
♦︎
車が揺れたときの衝撃で背中をぶつけ、意識が覚醒していく。
よだれが若干ほおについていた。
それを拭き取り、横になっていた身体を起こす。
アフロディの姿は見えなかった。途中で降りたのだろう。
左右を見れば、様々な店がずらりと並んでいる。
そこで私は、ここが稲妻町の商店街であることに気づいた。
車が『雷雷軒』と書かれた看板の前で停止する。
助手席の総帥は降りると、すぐに店の戸を開けて中に入っていった。
遅れて私も、眠気まなこを擦りながら入店する。
「いらっしゃ……影山っ」
雷雷軒の店員——響木監督は総帥を見るなり、警戒心を露わにして睨みつけてくる。
わーすごい嫌われようですこと。
まあこの人の悪行を振り返るとこんな反応は当たり前なんだけど。
「ほう、ずいぶんな態度じゃないか。フットボールフロンティア決勝戦までコマを進めたという自信かね?」
「私もいるよー」
私たちはカウンター席に座り込む。
響木監督は私を見て少し驚いたけど、すぐに眉をひそめて口を開く。
「客じゃないなら帰ってくれ」
「では、ラーメンでも作ってもらおうか。それとも、この店は客を選ぶのか?」
「……ちっ」
「あ、響木監督! 私は豚骨ラーメンで!」
嫌々ながらも、響木監督は麺を茹で始める。その背中を、総帥はサングラスの奥にある目で、口元を歪めながら見ていた。
どうせ、落ちぶれた昔の同僚の姿に愉悦でも感じているのだろう。性格が悪いね。
「それにしても、同じフィールドに立っていたのに今ではずいぶん違うな。お前はしがないラーメン屋の店主。対して私はサッカー界の頂に立とうとしている」
「その口ぶり……やはり、世宇子中のバックにはお前がいるのか」
「ああ。私の可愛い選手たちだ」
「え、総帥が私のこと可愛いって言った……?」
「貴様は例外だ。貴様のどこにそんな要素がある」
「私、一応女の子なんだけどなぁ。泣くよ? マジで泣いちゃうよ?」
「……」
くそ、無視するなぁ!
第一その言い分だと、私よりも他のメンバーの方が可愛いってことになるじゃん!?
アフロディならともかく、ポセイドンよりもブサイクだなんて認められるか!
そんな不満タラタラな私の顔を響木監督は見ていたようで、こちらに話しかけてきた。
「なあ嬢ちゃん。サッカーは好きか?」
「うん、大好きだよ。円堂君にも負けないぐらいにね」
「そうか……ならなんで、そんなサッカーを汚すような男といっしょにいるんだ?」
その指摘は至極真っ当なものだった。
たしかに、総帥がやってることは世間一般で言えば犯罪だ。
だからこそ、それを知っててついていく私のことを知りたいのだろう。
私が総帥といる理由か……。性別を偽装できるってのが大きいけど、やっぱ一番は——。
「——総帥なら、私を世界に連れてってくれるって、信じてるからかな?」
「……ほう。こいつは意外な答えがきたな」
総帥がやってることは汚い。
これは価値観がぶっ壊れている私でもわかることだ。
でもそれが問題にならないくらいに、総帥はサッカーの教育者として優れているのだ。
ドリブルやパスなんかの基本から戦術の何から何まで。
総帥はサッカーというものを知り尽くしている。
それはただサッカーが憎いっていう人じゃ絶対にできないことだ。
だから私は信じている。
総帥が私を広い世界に導いてくれることを。
「その辺にしておけ」
詳しく話そうとしたら、総帥に止められた。
その顔に、先ほどまで浮かべていた笑みはなかった。
ただただ無表情。口を固く閉ざしている。
まるで、感情を悟られないようにするために。
「お前には言っても無駄だと思っていたが、嬢ちゃんを見て気が変わった。だから最後に忠告してやる。……罪を償ってサッカーに謝れ」
「ク、フハハハハッ! 何を言うかと思えば、くだらない戯言だな。歳をとって少しは利口になったと思っていたが、どうやらお前は変わらないらしい」
突如、総帥は狂ったかのように大笑いしだした。
その姿は側から見れば、狂人そのもの。
笑った振動でズレたサングラスの奥に見える目は、ゾッとするほど冷たく、恐ろしかった。
響木監督は出来上がったラーメンを、それぞれの席に置いた。
「それがお前の答えか……」
「ふっ、すぐにそんな戯言を吐けなくなる。私は勝利を掴み、貴様はまた負け犬になる。地べたを這いつくばり、運命を呪うことしかできない負け犬にな」
響木監督は何も言わず、じっと総帥を見つめている。
総帥は怪訝そうな表情を浮かべた。
「どうした?」
「……食わないのか?」
「食いたくないな。負け犬が作ったラーメンなど。ダシに犬の骨でも使われていそうで不味そうだ」
「え、私けっこうこの味好きなんだけどなー」
総帥が拒否した一方で、私はズルズルとラーメンを食べていた。
うん、美味い! こってりしててサイコーだね。
総帥からの目線が冷たくなった気がしたけど、気にしないでおこう。
「総帥ー。ラーメンもらっていい?」
「ふっ、おたくの選手はずいぶんとうちの負け犬ラーメンを気に入ったようだな」
「……こいつを連れてきたのは失敗だったか。アフロディに押し付けておけば……」
すでに自分の分は食べ終わっており、総帥のラーメンに手をつけたところで、そんな言葉が聞こえた。
私のこと頭に疑問が浮かび上がる。
「そういえば、アフロディってどこにいるの?」
「雷門中だ。今ごろ円堂は倒されているかもしれんな」
「なにっ!?」
動揺した響木監督が、総帥を呼び止めようとする。
しかし総帥はすでに立ち上がって、戸を開けていた。
「さらばだ。試合、楽しみにしてるぞ。フハハハハ!!」
「えっちょっ、待って! 私まだ食べ終わってないのに!」
そう言い残して総帥は出て行ってしまった。私は急いでそのあとを追いかけていく。
ああもう、ゆっくり食べたかったのに!
空気の読めない総帥を睨みつけながら、黒塗りの車へ乗り込んだ。
♦︎
雷門の校門前に駐車してすぐに、私は車を出た。
見上げれば、空中ではアフロディがボールを蹴ろうとしている。
トン、とアフロディの足が触れた。
それだけでボールは赤黒いオーラを纏いながら加速していき、ゴール前でどっしりと構えている円堂君に落ちていく。
「うぉぉぉっ! ……ぐがっ!?」
円堂君は両手でシュートに食らいつく。数秒の均衡ののちに、彼の体はゴールネットまで弾き飛ばされた。
しかし体を犠牲にしたおかげでボールはシュートコースを外れ、ゴールバーの上を通り過ぎていく。
シュートは止めたけど、ちょっとまずい倒れ方をしたかもしれない。
後頭部を思いっきり打ち付けちゃってる。
円堂君はしばらく動くことはなかった。
心配して雷門の選手たちが駆け寄っていく。が、
「どけよっ!」
彼らしくもなく、円堂君は仲間たちを強引に押しのけて立ち上がった。
そして見たこともないほどの激しい形相でアフロディを睨みつける。
「こいよ、もう一発っ! 今の本気じゃないだろ……っ! 本気でドンとこいよっ!!」
おおっ、怖……っ!
でもさっきのシュートのダメージは深そうで、足が産まれたての子鹿にようにプルプルと震えている。それでも円堂君から感じられる威圧は迫力があった。
アフロディは何をやらかしたのやら。
「へぇ。神のシュートを止めたのは君が初めてだよ。彼女が気にかけるのも頷ける」
「彼女だと……?」
「わったし、だよー、豪炎寺君」
ちょうどいい感じで話が振られたので、自慢のスピードを生かして一瞬で姿を現してみせた。
雷門メンバーの表情が驚愕で満ちる。
うんうん、予想通りのいい反応をしてくれるね。
ちなみに今日の服は、アフロディからもらったやつの上に黒いダッフルコートを着ている。
だから性別がバレる心配はない。鬼道君が言えば別だけど。
「やあなえ。ようやくき……た……なんだいその手に持ってるものは?」
「ラーメンだけど?」
彼の前で、見せつけるように麺をすすってみせる。
そりゃラーメン屋行ったらラーメン食べに行くでしょ。何言ってんだか。
「……今ラーメン食べる必要ってあったかい?」
「甘いねアフロディ。食事は練習と同じだよ。私たちの血となり、肉となるんだ」
「どうして君はタイムリーに僕が否定した言葉を言うのかな?」
ああ、なるほど。円堂君があんだけ怒っていた理由がわかった。
おおかた練習なんて無意味だ、とか言っちゃったんでしょうね。
そりゃ努力の塊みたいな円堂君がああなるわけだ。
「やっほー、円堂君。帝国戦以来かな?」
「お前……どうして……?」
「あれ、世宇子の試合見てないの? もしくは鬼道君から聞いてるものだと思ってたんだけど……」
そう言って私は黄色のユニフォームに青いマントを羽織っている鬼道君に目を向けた。
彼がここにいるのは偶然でもなんでもない。
彼は千羽山という学校と戦うときに、雷門に転向していたのだ。
その理由はおそらく私たちを倒すためなんでしょうね。
敵の戦力が上がることは、私としては万々歳だからいいんだけど。
「鬼道、どういうことだ?」
「すまないみんな。試合前に動揺させたくないと思って、黙っていたんだ」
豪炎寺君の質問に、鬼道君は雷門の選手たちに頭を下げながら答えた。
「改めて自己紹介しとくよ。世宇子中キャプテンの白兎屋なえ。試合、楽しみにしてるよ?」
「副キャプテンのアフロディ。決勝では、神の奇跡というものを君たちに見せてあげるよ」
最後に自己紹介して、私たちは校門に向かって歩き出す。
今の雷門じゃ世宇子の足元にも及ばないだろう。だからこそ、今日の出来事が刺激になってほしいものだ。
一週間後の試合を思い描き、笑みを浮かべながら私は車に乗り込んだ。
ちなみに帰ったあと、ラーメンの容器を返すのを忘れていたのは別のお話。
本当は雷門対帝国戦のときに書きたかったのですが、忘れていたのでここで。
♦︎『ゴッドハンドW』
劇場版イナズマイレブンGO vs ダンボール戦機Wのときに、天馬が使ってたやつです。
簡単に言っちゃえば両手で二つのゴッドハンドを出して、シュートを受け止める技です。アニメでは両手で一つのゴッドハンドを作っていましたが、それとは少し別物です。
自分は二つのゴッドハンドのことを『ゴッドハンドW』、両手で大きなゴッドハンドを一つ作る技を『ダブルゴッドハンド』としています。
まあゲーム版じゃ『ゴッドハンドW』の描写が『ダブルゴッドハンド』だったり、逆にやぶてん漫画じゃ『ダブルゴッドハンド』と書いて二つのゴッドハンドを出したりしていますが、色々ややこしくて公式で区分されているわけじゃないので、この作品では勝手にそう区別させてもらいます。