悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
いよいよ、待ちに待った決勝戦の日がやってきた。
ベッドから起きて、ユニフォームに着替える。
まだ朝なので、昼の試合まで時間はけっこうあるけど、体が高ぶって仕方がない。
それだけ、私は興奮していた。
思えば、ここまで長い道のりだった。
幼少のころに総帥に拾われ、地獄のような特訓を耐え抜いて。
そして今、世界への切符を目の前にしている。
世宇子を使って、サッカー界を支配するという『プロジェクトZ』。
この計画が完成することで、ようやく私は世界へ挑戦できるんだ。
だから雷門中、あなたたちを全力で倒す。
そう決心し、部屋を出た。
♦︎
それから数時間後。
ゼウススタジアムはかつてないほどの熱狂に包まれていた。
見渡せば、観客席には人、人、人。全ての席が埋まっている。
こんな光景は私ですら見たことはなかった。
というのも、ここはあくまで総帥が身を隠しつつ、選手たちを鍛え上げるのを目的として作られたからだ。
本来なら客なんてとても呼ぶような場所ではない。
じゃあなんでこんなに客がいるのかというと、総帥がサッカー協会に圧力をかけて決勝戦のスタジアムを無理やり変更したからだ。
正直、場所なんてどこでも変わらないと思うけどね。
総帥はほんと、無駄なところでこだわる。
グラウンドに設置してあるベンチの一つには、雷門の選手たちの姿が見えた。
全員、円堂君の話を聞き入っている。
アフロディがちょっかいを出してから一週間。
果たして
幻の『マジン・ザ・ハンド』は。
この技は総帥から聞いたものだ。なんでも、円堂大介が現役時代で使っていた技で、ゴッドハンドを超える威力を誇るのだとか。
残念ながら昔過ぎて映像は残っていないので、実際はどんなものか知らないのだけれど。
そうやって考えごとをしていると、一人の男が台車を押しながら世宇子側のベンチに近づいてきた。
台車の上には半透明な色をした液体が入ったグラスが人数分置かれている。
これが神のアクアだ。
飲むだけで身体能力を上げる違法ドーピング薬。
それを知っていて、世宇子のみんなは次々とグラスを手に取っていく。
「僕たちの、勝利に!」
『勝利に!!』
アフロディのかけ声で、全員がグラスの中身を飲み干した。もちろん私もである。
うん、甘いね。ポカリスエットの味だ。子どもでも飲めるように改良に改良を重ねた努力が身を結ばれているのを感じる。
え、努力の方向性が違うって? これでいいのだよ。
だけど、私の体に変化はない。
私の場合は昔の実験で使い過ぎたから体に耐性ができていて、この程度の量じゃ効果が出ないのだ。
それでも一人だけ飲んでないと、なんだか仲間外れにされたような気分になるので、飲んだ。
彼らは空になった容器を次々と地面に投げ捨て、割っていく。
いや台車に乗せろよお前ら。
掃除するの私の部下の黒服たちなんだからね?
そんなこんなで、準備は整った。
主審に呼ばれ、両チームがグラウンドに並ぶ。
私の前には、いつもより険しい顔をしている円堂君がいた。
「待ってたよ円堂君。今日は思いっきり楽しもう」
「……一つ聞かせてくれ。お前はサッカーが好きなんだよな?」
響木監督にも同じことを聞かれたっけ。
師弟で性格が似てるのは羨ましいことだよ。
……いや、よく考えたらうちの師匠に似てても嬉しくもなんともないわ。撤回しよ。
そんなどうでもいいことを考えながら、私は同じ答えを彼に返す。
「うん、大好きだよ。じゃなきゃここまでしないさ」
「そうか……だけどお前のサッカーは間違っている。サッカーってのは自分だけじゃなくて、敵も味方も、見ている人たちも、みんなが楽しくなるスポーツなんだ! それを俺が教えてやる!」
「私のサッカーを否定する気? いい度胸じゃん」
今の言葉には、さすがの私も心がささくれ立った。
私は人生の全てをサッカーに投げ出したんだ。
私のサッカーが間違っているはずがない。
間違ってちゃいけないんだ。
私は円堂君を睨みつけた。円堂君も鋭い眼光で私を突き刺してくる。
主審に促されてした握手は形だけ。
今確定した。
目の前にいるのは紛れもなく、私の敵だと。
「私のサッカーで、あなたたちを潰す」
「俺とじいちゃんの好きなサッカーで、お前たちをぶっ飛ばしてやる」
言葉はそれだけで十分だった。
コイントスによって前半は世宇子ボールと決まり、私たちは互いに背を向け、それぞれのポジションに着いていく。
そしてとうとう、運命のホイッスルが鳴った。
デメテルからのパスで、ボールが私に渡る。
その瞬間、私の体から黒いオーラが噴出した。
——さあ、サッカーやろうよ。
「っ、くるぞ! 気をつけろ!」
「——ライトニングアクセル」
それを見た鬼道君が声を張り上げるけど、無意味だ。
一歩前に踏み込む。
それだけで私の体は⚡︎の軌跡を描きながら、一瞬で豪炎寺君と染岡の背後まで移動していた
「なっ……消え……」
「いつのまに……ぐあぁぁっ!?」
ワンテンポ遅れて暴風が発生し、彼らを天高く吹き飛ばす。
それに目を向けずに、ゴールに向かって一直線に、一人で走り出す。
「なんて速さだ……!?」
フォワードを抜いたら、当然次に立ち塞がるのはミッド陣だ。
鬼道君と、一之瀬という木戸川清修のときに加わった選手が私に近づいてくる。
けど無意味だ。
先ほどと同じようにライトニングアクセルを発動し、あっという間に二人を抜き去った。
残すはディフェンダーのみ。
しかしセンターバックである壁山と土門は、目の前で起こった出来事に完全に萎縮してしまっているのがわかった。
「ボールを取れないディフェンスに価値なんてないよ。邪魔だ」
「ぐっ、あぁぁぁぁっ!!」
「ガァァァァァァッ!!」
二人を空の旅に案内してあげ、私はガラ空きとなったペナルティエリアに侵入した。
腰を深く落としている円堂君と、改めて対峙する。
今回は私も本気だ。全力でいかせてもらうよ!
「こい! どんなシュートも止めてみせる!」
「月は時に美しく、時に冷酷。それを教えてあげるよ」
サマーソルトキックでボールを天空に打ち上げる。するとボールに黒いエネルギーが集中していき、やがて漆黒の満月となった。
それをオーバーヘッドキックで、地上に叩き込む。
対する円堂君は両手を掲げ、気力で形作られた二つの巨手を出現させた。
「月の裏側に呑まれて消えろ——ダークサイドムーン!!」
「ゴッドハンド
必殺技同士が衝突する。
二つの手が黒い満月を捉える。しかし徐々にだが、ゴッドハンドにはヒビが入っていく。
そして次の瞬間には粉々に砕け散り、円堂君は満月を抱きながらゴールに突き刺さった。
得点。開始からわずか二分の出来事だった。
あまりの実力差に、雷門の選手たちはおろか、観客までもが言葉を失っている。
逆に世宇子中の面々はその光景をほくそ笑みながら見ていた。
「相変わらず、美しいシュートだね」
「神々しさ抜群のアフロディのほうが綺麗だと思うんだけど」
だってこの人翼生やしたりするんだぜ?
どう見たって真っ黒ボール落とすだけの私よりも派手でしょうが。
ちなみにうちの中で一番地味なシュート技を持ってるのはデメテルだ。
なんだよリフレクトバスターって。
ただ岩にボール反射させてるだけじゃん。
実際は反射するたびに加速していくので、見た目の割には強いんだけど。
「よし、みんな! 今度はこっちの番だ! 取られたら取り返そうぜ!」
『おうっ!!』
どうやら雷門はまだまだ戦意を喪失していないらしい。
そうこなくっちゃ。私は笑みを浮かべる。
「次はしばらく遊ばせてあげようじゃないか」
「はいはいっと。帝国の時と同じあれだね」
アフロディの提案に頷く。
ホイッスルが鳴り、ボールを持った染岡がこっちのコートに攻め込んでいく。
しかし私を含めた世宇子中の選手たちは一切その場から動くことはなかった。
「なめやがって……豪炎寺!」
「おうっ!」
雷門のフォワード陣はあっという間にペナルティエリア内に侵入。
染岡が右足を振り上げ、青いエネルギーを集中させていく。
「ドラゴン——」
「——トルネードッ!」
染岡が蹴り出したボールを、豪炎寺君のファイアトルネードがさらに加速させる。炎を纏った竜が出現し、ボールとともにゴールに突っ込んでいく。
「スピニングカットV2!」
しかし私は持ち前の素早さで、瞬間移動でもするようにポセイドンの前に立つと、エネルギーを込めた右足で衝撃波の壁を発生させた。
「馬鹿な……帝国戦とはまるで別人だ……」
キーパーでもないのに、渾身のシュートを止めてみせた私に対して、豪炎寺はそう呟く。
ボールは弾かれて——鬼道君の足元に落ちた。
「……なんのつもりだ?」
「撃ってきなよ。全部ひねってあげるからさ」
指をくいくいと内側に折り曲げ、鬼道君を挑発する。
その両隣に一之瀬と豪炎寺君が並び立つ。
「ボールを渡したこと、後悔させてやる……!」
鬼道君がボールを蹴りながら、指笛で呼んだペンギンたちを撃ち出す。そこに一之瀬と豪炎寺君が両サイドから駆け込んできて、完璧なタイミングでツインシュートを決めてみせた。
「皇帝ペンギン——」
『2号ッ!!』
爆発が起こり、驚異的な速度でペンギンたちがこちらに襲いかかってくる。
「スピニングカットV2」
だけど私は再びスピニングカットを発動し、シュートを止めてみせた。
ボールはまた高く弾かれて、今度は一之瀬の下に転がっていく。
「あなた、アメリカでそこそこ有名なんでしょ? だったらその力の片鱗、私に見せてよ」
「っ、言われなくてもやってやるさ……! 土門、円堂!」
一之瀬の後ろを眺めると、土門と円堂君がこちらに上がってきているのが見えた。
これはあれだね。木戸川清修で使った技をやるつもりらしい。
私がやる気満々で構えていると、後ろから声がかかってきた。
「おいなえ、次は俺にやらせろ。退屈でたまらん」
「えー、私まだやりたいんだけど」
「帝国戦の時は貴様に散々やらせてやっただろうが」
「ちぇっ、わかったよ」
ポセイドンに言われて、ゴール前から脇に外れる。
そのころには雷門の三人は集結していて、足並みをそろえて同時に走り出していた。
そして互いにすれ違うことでグラウンドに✳︎を描くと、そこから炎を纏った不死鳥がボールを中心に出現。
三人は跳躍してボールを踏んづけ、不死鳥をシュートした。
映像で見てたのとは全然違う。迫力満点だ。
私のスピニングカットも、おそらくこれには威力負けしてしまうだろう。
しかし、ゴールを守っているのは私ではなく、守護神ポセイドンだ。
だから、なんの心配もない。
「ツナミウォール!」
彼が両手を地面に打ち付けると、ゴールを覆うように津波が発生。
不死鳥をボールごと押し流した。
「ふっ、ウォーミングアップにもならないな」
「俺たちの必殺技が、通用しないなんて……」
最強シュートが次々と止められたのを目の当たりにして、雷門の攻撃陣に絶望が浮かび上がる。
ツナミウォールでクリアされたボールは、アフロディの下に渡っていた。
彼は走ることもなく、まるで散歩でもするかのように歩き始める。
それを見た雷門ディフェンス陣が襲いかかるが……。
「無駄だよ。君たちの力はわかっている。僕には通用しないということがね」
アフロディは片手を天高く掲げ——指を鳴らす。
「ヘブンズタイム」
それだけで、世界が灰色に染まった。
雷門の選手たちの動きがゆっくりとなる。
いや彼らだけでなく、アフロディを見ていた全員の時間が緩やかになった。
そんな中、アフロディだけは悠々と選手たちの間を歩いて通り過ぎていく。
そして再び指を鳴らすと、時間は元どおりになり、選手たちは動けるようになった。
しかし途端に彼らの近くに小型の竜巻が発生し、吹き飛ばされていく。
あれがアフロディのドリブル技、『ヘブンズタイム』だ。
原理は指の動きと音で催眠術をかけ、彼以外の時を緩やかにするというもの。
しかし、こんな風に偉そうに説明してる私が言うのもなんだけど、それがわかっていても、私はヘブンズタイムから逃れることができなかった。
そういう技なのだ。あれは。
たとえ目を瞑ろうが耳を塞ごうが、強制的に催眠状態に陥らされてしまう。
破れるのは思考能力を失ったサッカーサイボーグみたいなやつらぐらいだね。
そうやってポンポン雷門の選手たちを吹き飛ばしていると、すぐにゴール前にたどり着いた。
アフロディが歩いていたのが幸いしてか、円堂君はすでにゴール前に戻ってきている。
しかし、それはなんの障害にもならないだろう。
「天使の羽ばたきを聞いたことがあるかい?」
アフロディの背中から、神々しいほどに真っ白な翼が生えてくる。それを利用して空中に飛ぶと、ボールに白い電気を纏わせた。
そして蹴りが、叩き込まれる。
「ゴッドノウズ——これが神の力!」
「ゴッドハンドW!!」
円堂君が両手でゴッドハンドを出現させるが、無意味だ。
神の雷は容赦なくそれらを砕き、円堂君ごとゴールに突き刺さった。
前半戦十分も経たずに2対0。
神の恐怖はまだまだ続いていく……。
今日の後書きはちょっと書くことが多くなるかも。
背番号変更点
アフロディ:10→7
ヘルメス:7→8
原作では8番だったアテナはベンチです。
♦︎『ライトニングアクセル』
なえの場合は、本人が纏うオーラの色が白から黒に変わっています。理由は、白より黒のほうが雰囲気に合っているから。
まあ原作でも『ゴッドハンド(林)』とかいう色違いがあるので、それと同じようなものと思ってください。
♦︎『ヘブンズタイム』
今話で一番表現に悩んだ技です。
ヘブンズタイムには、大まかに分けて『時間操作論』、『高速移動論』、『催眠術論』などがありますが、この作品では最後のものを採用させていただきました。
理由は、のちの展開で説明をつけることができるからです。
それに、オリオンの公式では一応催眠術だと決定づけられていますからね。設定ガバガバなオリオンなので、鵜呑みにはしたくないんですが。
それと、本編で『時間が緩やか』と書きましたが、これはヘブンズタイム中でも、よく見れば選手が動いているのが確認できたからです。
ヘブンズタイムの考察はなかなか面白いもので、もっと書きたいのですが、あまり文字数が多くなるのもどうかと思うので、今日はここまでにしておきます。
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