悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
アフロディのシュートによって円堂守が吹き飛ばされる一部始終を、影山はメインコントロールルームにて口の端をつり上げながら見ていた。
倒れふす雷門中。悔しがる響木の顔。
素晴らしい。
何もかもが素晴らしい。
特に、あの円堂大介の孫が倒れる瞬間はたまらない。
いよいよ完成するのだ。Zプロジェクトが。
そしてそのときこそ、円堂大介への、なによりもサッカーへの復讐が果たされる。
影山零治の父、影山東吾はかつて日本サッカー界を代表する選手だった。
繊細なボールさばきに豪快なシュート。そこには少年サッカーの憧れの全てがあった。
だからこそ影山は父を尊敬し、憎んだ。
円堂大介率いる若手選手たちの台頭。
それによって東吾は日本代表の座を下され、それにショックを受けて落ちぶれていった。
そこにはもう、かつての憧れの姿はない。
東吾は酒に溺れ、やがて失踪した。のちに母は病死。
影山は一人となった。
そのときに、影山の中で家族を壊したサッカーへの憎しみが、灯火のように膨れ上がっていった。
だが……。
先週、なえが口にした言葉が脳裏にちらつく。
『総帥なら、私を世界に連れていってくれるって信じてるからかな?』
影山はそこまで考えたところで、思考を振り払った。
くだらないことを思い出した。
そう自分に言い聞かせ、再びモニターを見つめる。
しかし、なえの言葉は影山の頭に残り、反響し続けた。
♦︎
「少林! どうした!?」
雷門選手たちが、足を抑えてうずくまる少林の下に駆け寄っていく。
どうやらヘブンズタイムで吹っ飛ばされたときに足をくじいたようだ。あの様子じゃ続行は難しいだろう。
その予想は正しかったようで、少林は最終的にベンチに戻され、空いたポジションに半田が付くこととなった。
まあ、誰が来ようが変わらないんだけどね。
「くそっ、これ以上好き勝手やらせるかよ!」
キックオフで試合が再開し、染岡が突っ込んでくる。
私は動かずに、彼をスルー。様子を伺うだけにした。
ディフェンスも暇してるだろうからね。ちょっとは活躍の場を与えてあげないと。
染岡がペナルティエリアに入ろうとしたそのとき、センターバックであるディオが彼の前に立ちはだかった。
「メガクエイク!」
跳躍し、地面を激しく揺さぶると、その衝撃で地面から岩が飛び出した。
染岡はそれに突き飛ばされて、体を強く打ち付けてしまう。
「ぐあぁぁぁ……!」
悲痛なうめき声をあげながら、染岡はグラウンドに倒れた。
その片手は肩に押さえつけるようにして触れている。
脱臼だろうか。見ただけじゃ詳しくはわからないけど、少林同様戻ってこれなさそうなのは確かだ。
染岡の代わりに入ってきたのはメガネだった。
彼のことはよく覚えている。最初の帝国戦のときに入ってきて、敵前逃亡した選手だ。
その後の試合でも目立った形跡はなし。
唯一の活躍が秋葉名戸戦だけど、あれは敵の実力が低かったからであって、決して彼が上手かったというわけではない。
ただまあ、雷門のフォワードは三人しかいないため、彼を出さざるを得なかったということか。
ボールはスローイングから始まった。
豪炎寺君がボールをゴール前で受け取り、空中に跳び上がる。
「ファイアトルネードォォォォ!! 改ッ!!」
ものすごい気迫だ。今大会で間違いなく最高のファイアトルネードだっただろう。
「ふっ、無駄なあがきを。裁きの鉄槌!」
だが、神には通用しない。
炎のシュートの前に、サイドバックのアポロンが立ちふさがる。
彼が両手を空に掲げると、エネルギーで作られた巨大な足が天から落ちてきて、ファイアトルネードを踏み潰した。
ボールは地面にめり込み、歪んだあと、弾かれるようにクリアされる。
そして偶然落下地点にいたメガネが、それを拾ってしまった。
「メガクエイク!」
「ひっ……ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
背後から迫り来るディオは恐怖そのものだっただろう。
メガネは小さな悲鳴をあげながら岩に突き飛ばされ、染岡と同じように倒れた。
ボールはサイドラインを超えて外へ。
入れ替わるように担架が運ばれる。
交代してわずか数分後で退場か。
交代する選手を除くと、雷門のベンチ枠の残りは一人。
まさに火の車だね。
雷門は鬼道君をフォワードに上げて、空いたポジションに宍戸を入れることにしたようだ。
攻撃力を上げて得点しようって寸法だろうけど、焼け石に水になるだろう。
ポセイドンの守りを崩せるシュートがない時点で、雷門に勝ち目はない。
スローイングはゼウスから。
ハゲ頭のピエロみたいな顔立ちのヘルメスからボールが投げられ、デメテルにつながる。
「ダッシュストーム!」
すぐさまダッシュストームを発動。
デメテルは突風で雷門の選手たちを次々と吹き飛ばしながら、一気にゴールまで突っ切っていった。
もうサッカーじゃないね、これ。
パスとかのテクニックがまるでない。
それでも勝てるのは、個人個人が強すぎるからだ。
「リフレクトバスター!」
地面から浮き出てきたいくつもの岩がボールを反射し続け、シュートを加速させていく。
「っ、ゴッドハンドW!!」
懲りずに円堂君も両手でゴッドハンドを出すも、デメテルのシュートは徐々にそれを押していった。
ゴッドハンドにひびが入っていく。
これは決まったな。
そう思ったとき、二つの影が円堂君の背後に立った。
「キャプテンっ!」
「危ないッス!」
栗松と壁山だ。
二人は円堂君の背中に手を当て、全力の力を込めて押した。
「お前ら……っ!」
「キャプテンの立場に変わることはできないでヤンスけど……!」
「俺たちだって……支えることはできるッス!」
ゴッドハンドWが砕け散り、円堂君の手に直接ボールが当たる。
だが三人は諦めない。
声が枯れるまで雄叫びをあげ、必死に足腰に力を込め続ける。
——『トリプルディフェンス』。
わずか数秒の間。しかし見ている私にも、彼らにもその時間はとても長いものに感じられた。
やがて焦げるような臭いと煙がゴール前から立ち昇る。
円堂君の両手には、勢いを完全に失ったボールががっしりと収まっていた。
「な、なにぃっ……!?」
デメテルが驚愕と戸惑いの入り混じった声を漏らす。
その目はまるで信じられないものを見たかのようだった。
「いくぞっ、反撃だっ!」
信じられないことはもう一つ。
円堂君が止めたのを見た雷門の選手たちの動きが急に良くなったことだ。
躍起になったデメテルたちフォワード・ミッド陣営がボールを奪いにいくけど、いくらタックルされようが吹き飛ばされようが強引な体勢からパスをつなげていく。
もはや根性というよりも執念に似たものを彼らからは感じられた。
これが、雷門の力だ。
まるで円堂君とチームが鎖でつながっているかのように、円堂君が立ち上がるたびに強くなっていく。
そうだ。私が見たかったのはこの力だ。
——だが、まだ足りない。
「いかせるか!」
「疾風ダッシュ改! ……鬼道!」
アルテミスを風丸が素早いドリブルで抜き去り、鬼道君へパスを出す。
そのボールを受け取った彼の目の前に、私は一瞬で姿を現した。
「くっ……イリュージョンっ!」
「スピニングカットV2」
「ぐわぁぁぁっ!!」
イリュージョンボールが発動される前に、衝撃波の壁で鬼道君を吹き飛ばしボールを奪う。
「いかせるかぁ!」
「ここは通さない!」
「ライトニングアクセル」
『ガァァァァァァッ!!』
すぐに取り返そうと松野と一之瀬がやってくるけど、素早いドリブルで彼らを抜き去り、その余波で吹き飛ばす。
足りない。ぜんっぜん足りない。
この程度じゃ私が満足できない。
私が見たいのはその先の力。
私にはない、私と対等に立てる力なんだ!
「引きずり出してあげるよ……この私がっ!」
センターサークル辺りからゴールに向かって一直線に突き進んでいく。
途中邪魔するやつらが立ちはだかったけど、その体にシュートを撃ち込んで強引に突破口をこじ開けていく。
やがて私はペナルティエリアにたどり着いた。
「壁山、栗松、頼むぞっ!」
「無駄だよ! ダークサイドムーンッ!!」
『トリプルディフェンスッ!!』
漆黒の月を再び天空から落とす。
円堂君はゴッドハンドWの構えだ。
その後ろには栗松と壁山が円堂君の背中を支えている。
だけど、やっぱり無意味。
暗黒の月はまるで障害物などなかったかのようにたやすく三人を吹き飛ばし、爆発を起こした。
煙が晴れ、ゴールネット付近に転がるボールと円堂君たちが目に映る。
これで3対0。
全国大会というこの場所では絶望的な点差だ。
ふと周りを見渡せば、別の選手たちの大勢が同じように地面に倒れていた。
どうやらボールをゴール前まで持っていくときの過程でやりすぎてしまったらしい。
それでも、円堂君は立ち上がろうとしていた。
腕に力を込めて上半身だけ起き上がらせ、力強く私を睨みつけている。
「へぇ、まだやるんだ? それとも勝算でもあるのかな?」
「そんなものはないっ! だけど諦めるわけにはいかないんだっ! 俺の、俺の仲間たちの大好きなサッカーのために……っ!」
「そうだ! よく言った円堂!」
円堂君の声に応えるように、鬼道君が立ち上がる。それを見て他のメンバーも次々と立ち上がってきた。
その異様な光景に私は笑みを、アフロディは怪訝なものを見る目を、他の世宇子メンバーは畏怖を彼らに向ける。
倒しても倒しても立ち上がってくる。
まるでゾンビみたいだ。
だけどそれと異なる点は、彼ら全員が瞳に炎を宿していること。
そこには絶望なんてかけらもありはしない。
いいチームだ。
選手たち全員が見えない鎖で強く結ばれている。
だからこそ残念でならないよ。彼らをここで潰すのは。
ベンチにいる男がTの文字を両腕で作って掲げている。
それを見た私は全員を引き連れてベンチに戻った。
そして試合中に運ばれてきた台車に乗せられたグラスを手に取る。
側から見れば余裕しゃくしゃくで全員が水分補給をしているように見えるだろう。しかしその実態は違う。
彼らは神のアクアを補給しているのだ。
この薬物は身体への負担が大きいため、そこまで濃くすることはない。いつも使っているやつだと効果は持って15分程度だ。
だからこそ、効果を失わせないためにも部下を使って15分後に補給できるようにしておいたというわけだ。
ふと、ベンチに置いてあったスマホが振動しているのに気づく。総帥からの電話だ。
「はいもしもーし」
『神のアクアのデータは取れた。ここからは雷門を徹底的に潰せ。それでプロジェクトZは完結を迎える』
「了解ー」
ポチッと通信を切る。
あーあ、とうとう殲滅が指示されちゃったか。
正直無意味に怪我させるのはサッカーじゃなくなるから、私はあんまり好きじゃないんだけど。
でも仕方がない。それが総帥の命令だ。
恨むんなら私じゃなくて総帥を恨んでね、円堂君。
私たちは作戦を共有したあと、それぞれのポジションに戻った。
そしてキックオフの笛が鳴り、懲りもせずにフォワードとミッド陣が攻め込んでくる。
最前線にいる私たちは、あえてそれを見逃した。
しかしそれは攻撃陣を檻の中に誘い込むためだ。
ある程度ペナルティエリアに近づいてきたところで、ディフェンスのディオたちが動いた。
「メガクエイク!」
「ぐあああああああっ!!」
「がっ……!!」
突き出た岩によって、ボールを持っていた豪炎寺君と、鬼道君が倒れた。
だがディオはあえてボールを回収しなかった。
そうすることで必然的に後ろを走っていた次の雷門選手がそれを拾うことになり、絶好のマトが生まれる。
「裁きの鉄槌!」
「なにっ……ぐわっ!?」
ボールを持った瞬間、一之瀬は隕石のように降ってきた足に吹き飛ばされ、宙を舞った。
それを引き起こしたアポロンも、同じようにボールを放置する。
そして誰かがそれを拾った瞬間に攻撃をしかける。
これが作戦の第一段階、『オフェンス潰し』。
まずはこれで雷門の攻撃の要を削ぐ。
誰がどう見ても痛めつけているようにしかその光景は見えないだろうけど、審判の笛が鳴ることはない。
なぜなら
私たちはただ単にボールを持った選手からボールを奪っているだけに過ぎず、意図して攻撃した証拠なんてものはどこにもない。
おまけにディフェンスの技の全てが非接触技であることも、判断するのが難しくなる要因につながっている。
そうこうしていると、とうとうオフェンス陣の全員が地に沈んでしまった。
起き上がる気配もないし、第一段階はこれで完了でいいだろう。
指示を出し、私たちに向かってボールを出させる。
さあ、第二段階『ディフェンス砕き』の始まりだ。
「ライトニングアクセル!」
「くっ……ぐわぁぁぁっ!!」
圧倒的なスピードで風丸を抜き去り、それによって発生した衝撃波で吹っ飛ばす。
だけどそれで終わらず、土門に向かってシュートを撃った。
「なっ……ガハッ!」
小枝のように細い身体は面白いように吹っ飛び、さらにはボールが跳ね返っていってデメテルに渡る。
「ダッシュストーム!」
『ぐあああああああっ!!』
残っていた壁山と栗松のコンビも、デメテルの暴風によってあっけなく吹き飛ばされた。
だけどデメテルはゴールに攻め込むようなことはせずに、優雅に歩いていたアフロディにパスをする。
「なめ……るなぁっ!!」
「キラァァァスライドォォォ!!」
「ヘブンズタイム」
立ち上がった風丸と土門が決死の覚悟で襲いかかるが、アフロディが指を弾いただけで動きが止まってしまった。
その間にアフロディは二人の間をすり抜け、再び指を鳴らす。
そして、時が動き出した。
『ガァァァァァァッ!!』
アフロディの通った跡に小型の竜巻が発生し、二人を飲み込んだ。
見渡せば、オフェンス陣と同じようにディフェンス陣も立ち上がれなくなっている。
これで全員か。それじゃあ最後はメインディッシュだ。
「くそっ! 狙うのは仲間じゃなくてゴールだろ!? 撃つなら俺に撃ってこいよ!」
「言われなくても……そうさせてもらうさ!」
アフロディはそう言ってシュートを放ち、構えていた円堂君をたやすく吹っ飛ばす。
でもボールはバックスピンがかけてあったためゴールに入らずに、私の下に跳ね返ってきた。
「ほらほら、早く立たないとゴールに入っちゃうよ?」
「っ……まだだ!」
円堂君が立ち上がるのを見届けてから、シュートの体制に入った。
ボールを宙に浮かせ、電気を纏った足で何度も蹴りを叩きつけていく。
初めて円堂君に見せた技。
「ディバインアロー改!」
「爆裂パンチ改!」
トドメの後ろ蹴りを当てた瞬間、ボールは光の矢と化してゴールに突き進んでいく。
対する円堂君は帝国戦の時と同じように、いやそれ以上の速さで拳を叩き込んでいくが……。
「ぐわぁぁぁっ!!」
威力が足りず、ゴールネットまで吹き飛ばされた。
ボールはさっきのようにこちら側に跳ね返ってきて、今度はデメテルが受け取る。
現在、このゴールは四人の選手によって囲まれている。
これぞ作戦の最終段階『円堂殺し』。
私たちはこのあと何回も何回も、時間が許す限りシュートを撃ち込んでいった。
だけど、円堂君の心が折れることはなかった。
「まだ……まだ……燃え尽きてねぇぞっ!!」
「ふ、不死身か……あいつは……?」
その姿、まさに修羅の如し。
倒れても倒れても立ち上がる姿に、私以外の全員の足がすくみあがっていていた。
「神であるこの僕が……恐怖を感じただと……?」
アフロディはいち早くそれに気づき、私にも見せたことのない形相を円堂君に向ける。
「そんなはずが……そんなはずが、ない!」
呆然と立ち尽くしていたデメテルからボールを奪い取り、アフロディは翼を生やして空へ飛んでいく。
『ゴッドノウズ』の体勢だ。
さすがの円堂君も、これ以上は無理だろう。
アフロディが歪んだ笑みを貼り付けながら、ボールを蹴ろうとしたそのとき——
——ぴぃぃぃ! というホイッスルの音が鳴った。
掲示板を見れば前半が終了してしまっている。
まさか、耐えきるとはね……。
アフロディは一瞬顔を歪めたあと、地上に降りて翼を消した。
そして満身創痍の円堂君に宣言する。
「……まあいいさ。どうせ次で最後だ。神のシュートで、君もろとも雷門を潰す!」
それだけ言うと、アフロディはベンチに戻っていった。
後半戦、普通なら雷門はもう戦えない状態だろう。でも彼らは必ず続行を選択してくる。
これで本当の最後だ。
決着をつけようじゃないか円堂君。
心の中で一方的に宣言して、私はこの場から去った。